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人工核酸を用いる遺伝子治療の現状と新しいアンチジーン法の展開

2010年11月22日

関根光雄

関根光雄(せきねみつお):
東京工業大学バイオ研究基盤支援総合センター長、教授

1949年11月生まれ。1977年東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻 理学博士。mRNAの5'-末端にあるキャップ構造をはじめ、スプライシング反応で生成する投げ縄構造をもつRNAの化学合成を世界で最初に成し遂げた。また、フェロモンの遺伝子をコードするmRNA分子の化学合成に成功し、ホップスタントウイロイドの環状RNA分子の25全フラグメントの固相合成を成し遂げている。核酸の化学合成の基礎研究では、”塩基部無保護DNA/RNAの化学合成法”や保護プローブを用いる遺伝子検出法を開発している。スプライシング反応に必須なU1snRNAの5’末端構造の合成に成功し、この分子が細胞質から核内に移行する機構を解明した。

主な著書:

  • 関根光雄編、「新しいDNAチップの科学と応用」、講談社サイエンティフィック (2007)
  • 関根光雄編、「医療・診断をめざす先端バイオテクノロジー」、工学図書 (2009)

1.人工核酸を用いる遺伝子治療の現状

 DNAは塩基対形成により、それぞれ2本鎖を塩基対形成させることによって2重らせんを形成できる。塩基対形成はアデニンとチミン塩基、グアニンとシトシン塩基が平面構造をもつ塩基対が形成される。その際、2つの鎖はお互いに逆向きの方向を向いて2本鎖が右巻き2重らせんが構築される。DNAから転写によって、細胞内で合成されるmRNAは一本鎖として存在する。タンパク合成はmRNAの塩基配列の情報を用いてリボゾームとの複合体のなかで行われる。このようないわゆるセントラルドグマによって生命現象の営みに必要なタンパク質が合成し、機能発現し複雑な生体反応が精密に制御され生命が維持されている。塩基配列が欠損していたり、塩基が変異していたりすることによって引き起こされるいわゆる遺伝子疾患による遺伝子病を治療する方法として、人工核酸を用いる遺伝子治療法がある。

図1

図1. 人工核酸を用いる遺伝子治療法

 すなわち、このような遺伝病の原因である遺伝子そのものを直接標的として、人工核酸と結合させることによって遺伝子の発現を抑制したり、結合と同時に細胞内の酵素によって標的遺伝子を不可逆的に切断し遺伝子発現を阻止することによってその遺伝子がコードしている悪性タンパク質の合成を阻害する方法である。人工核酸が結合できる標的遺伝子としては、メッセンジャーRNA(mRNA)とDNA2重鎖の両方がある。mRNAを標的にする場合には、DNAから転写によって最初に生成するmRNA前駆体(pre-mRNA)からさらに成熟したmRNAに変換されるスプライシング反応を人工核酸で結合させ阻害する方法や、成熟したmRNAに結合させ、コードしているタンパク質の発現を押さえる方法などがある。この一連の遺伝子制御法をアンチセンス法と呼んでいる。このアンチセンス法は現在まで、様々な人工核酸が検討されてきたが、治療剤としてFDAで認可されたものはサイトメガロウイルスによる目の病気の治療剤であるVitravene唯一であるが、すでに販売が中止されている状況である。現在、フェーズIからフェーズIIIまでの臨床試験で薬効が検討されているものも十数個あるが、なかなか世の中に出すまでには、かなりのバリアーがあるのが現状である。これに対して、人工核酸でDNA2重鎖を結合不活性化する遺伝子治療法はアンチジーン法と呼ばれているが、未だに治療薬としては、認可を受けたものはない。臨床試験にすら進んでいないのが現状である。しかし、標的とする遺伝子としては、DNAからコピーされたmRNAが細胞質に数千も数万も存在するのに対して、DNA2重鎖は核内でたった一つの分子しか存在していない。したがって、この一分子に対して人工核酸が結合すれば、遺伝子が発現しなくなるので、mRNAを対象とするアンチセンス法に比べれば論理的にアンチジーン法の方が勝っている。しかし、そうはいかないのも現実である。

 最近、RNA干渉(RNAi)と呼ばれる短い2本鎖RNA(siRNA)を用いる遺伝子のノックダウン法が注目を浴びている。このRNAi法による遺伝子制御は、2本鎖RNAのうちの片方のRNA鎖(アンチセンス鎖)の塩基配列が標的とするmRNAと同じになっていて、この2本鎖RNAが細胞内に投与されたとき、細胞質で、2本鎖が解離し、1本鎖のアンチセンス鎖となり、標的とするmRNAと結合し、2重鎖を形成し、この際Dicerと呼ばれるタンパクが介在して、標的のmRNA分子を切断する。この非可逆的な切断反応によって標的遺伝子の発現を阻止する遺伝子治療をRNAi 法と呼んでいる。この方法は、細胞レベルの実験では、ある特定のタンパク質の発現がうまくできることから、かなり選択的に病気の原因になっている悪性タンパク質の発現を阻止できると期待された。しかし、2本鎖RNAは、免疫応答しやすく、抗原抗体反応を起こしたり、遺伝子に変異があるものも発現阻止してしまういわゆるOff-target効果が起こったりすることが指摘されてきた。そのため、様々な工夫が人工核酸に施されてきたが、いまだに決定的に優れたものがでてこないのが現状である。現在のところ、ようやく静脈内投与によるsiRNA(CALAA-01)が2008年に臨床試験が開始されているのが現状である。 

 一方、遺伝子ではなく、その発現生成物であるタンパク質を標的とするデコイ法やRNAアプタマー法も知られている。とくに、後者の方法は、ひとつひとつのタンパクに分子認識して結合するため、結合特異性に優れ、序々に注目をあつめ、現在開発に携わる企業が急激に増えている。しかし、薬として上市されているのは血管内皮細胞増殖因子であるVEGFを標的とする加齢性黄斑変性症の治療薬Mucugenが唯一である。現時点では、フェーズI,IIのレベルのものが10件程度である。

2. 新しいアンチジーン法

 DNA2重鎖を標的にする場合、DNA2重鎖のメジャーグローブの溝に沿って,人工核酸が3本目の鎖として結合することによってDNAの転写を阻止するものである。このようなDNAと3重らせん構造はアデニンとグアニンのプリン塩基が連続的に配列している限定された箇所でのみ可能である。もともと、DNA3重鎖構造はA-T塩基対のワトソンークリック塩基対に使われている水素結合部位ではなく、アデニン塩基の残された塩基部位と3本目のチミン塩基が2本の水素結合で結合する(Hoogsteen塩基対と呼ぶ)ことによって形成される。また、G-C塩基対については、同様なHoogsteen 塩基対が3本目の鎖のプロトン化されたシトシン塩基と形成され3つの塩基は平面構造をとり、3重鎖構造が構築されている。

図2

 このように、アデニンやグアニンの塩基の背後に3本目の塩基が水素結合することによって3重らせんが形成されるが、プロトン化されたシトシン塩基は酸性条件でしか存在しえない。そのため、核内は通常pH7.0よりも塩基性が少し高いため、実際の細胞内では、このような3重らせんは形成できない。そのため、DNAを天然型のDNA3本鎖として用いて3重鎖形成をせることは不可能である。このため、中性条件でも3本目の鎖としてDNA2重鎖に結合できるような人工塩基の合成が世界中で合成が検討されてきた。

 例えば、シュードシトシンという人工塩基や、天然型のC-N結合の代わりにC-C結合のグリコシド結合をもつ人工塩基が試されている。しかし、合成上の問題点や、Hoogsteen塩基対形成の際の塩基対識別能などの点で、いろいろ問題があり、実用化に至っていない。

 この数年間、我々の研究室では、中性条件下3重鎖形成が可能になる人工塩基の開発に取り組んできた。その結果、これまでの人工塩基を少し変えるだけで、塩基対識別能や3重鎖形成能が著しく改善できることを見いだしてきた。この研究ははじめ、遺伝子検出のための新しい人工核酸を開発したときの新規な現象を見いだしたことから話が始まる。すなわち、これまでの遺伝子診断法では、もっぱらDNAチップ上に植え付けた人工核酸と蛍光標識した標的遺伝子が2重鎖形成によって結合させたあと、チップを洗浄して、チップ上に残存する蛍光強度を測定することで、診断していた。しかし、天然型の人工核酸をプローブ分子として使う限りでは、標的とする遺伝子の相補的塩基配列に結合するだけでなく、1〜3カ所ミスマッチ塩基対をもつものでも結合してしまう致命的な問題があった。これは、例えば、チミン(T)塩基は、教科書ではアデニン(A)塩基と塩基対形成すると教わっているが、実際にはTはグアニン(G)塩基とも容易に塩基対形成する。この塩基対はボブル塩基対と呼ばれているもので、塩基同士が少しお互いに上下に移動するだけで塩基対が形成される。このようなT-Gミスマッチ塩基対がある限り,天然型の塩基を用いるDNAチップは実用化にほど遠い。また、AやGはA-GやA-C、G-Gなどの様々な塩基対形成が可能である。このような塩基対形成のしやすさは、前後の塩基配列に依存しているが、このようなリスクもあり、現状のDNAチップが病院で実際にヒトを対象とした遺伝子診断には全く使われてこなかった理由の一つがここにある。

図3

図3. 天然塩基の典型的なワトソンークリック塩基対とミスマッチ塩基対

 このような現状の中、我々は、天然型の塩基を本質的に化学修飾することによって、T-GミスマッチやA-Gミスマッチを形成させない工夫を凝らしてきた。その一連の研究で、チミン塩基の2位のカルボニル基をチオカルボニル基に置換することによって、T-Gミスマッチ塩基対の問題を解決することができた。これは、T-Gミスマッチ塩基対は、Tの2位のカルボニル基とGの2位のアミノ基が水素結合するためおこるが、このカルボニル基をチオカルボニル基に置き換えることによって、水素結合を弱くすることで、T-Aの正常な塩基対形成に比べてT-G塩基対の相対的水素結合能を弱めることに成功した。この2-チオチミン(s2T)や2-チオウラシル(s2U)塩基を導入することで、画期的なDNAチッップの塩基識別能を改善することができた。この原理は、今後様々な核酸を材料として用いる基礎研究や応用研究で活用されることが期待されている。

図4

図4. 2-チオチミン塩基(s2T)の優れた塩基識別能

 このように、2-チオチミンや2-チオウラシル塩基が優れた塩基識別能を有することが明らかになったが、この2-チオ化されたピリミジン塩基には、また別の優れた性質があることが同時に明らかにされた。これは、この2-チオ化されたピリミジン塩基は、前後の塩基とπ-πスタッキング相互作用が強く2重鎖を安定化する効果もあることが実験データからはっきりとした。これらの知見に基づき、今回我々の研究グループでは、スタッキング効果を考慮して、この2-チオチミン塩基をT塩基の代わりに3重鎖形成に用いることを検討した。その結果、極めてつよく3重鎖核酸も安定化できることを見いだした。

 また、シトシン塩基は酸性条件でしか、3重鎖形成ができなかったが、2-チオ化し、さらに5位にメチル基を導入したシトシン塩基を用いると、より中性条件下でも3重鎖形成できることも見いだした。これも、2-チオカルボニル基のスタッキング効果とイオウ原子の導入で、シトシン塩基の3位の窒素原子の塩基性が向上した結果である。

 一方、8-オキソアデニン塩基は、すでにP.S.MillerによってG-C塩基対のGに結合し3重鎖形成できる人工塩基として報告されていた。しかし、その3重鎖形成能は弱く、もう一歩の改善が望まれていた。そこで、我々は、この人工塩基の8位のカルボニル基をチオカルボニル基に置換した8-チオキソアデニン塩基を設計し、合成し、その性質を調べた。その結果、この8-チオ化した人工塩基は2-チオチミンや2-チオウラシル塩基と同様に強いスタッキング効果があることを見いだした。

図5

図5. チオカルボニル基を導入した人工塩基をもつ3重鎖形成人工核酸

以上の経緯で、我々は中性条件でA-T塩基対とG-C塩基対のそれぞれAとGに結合できる新規人工塩基、2-チオチミンと8-チオキソアデニンを開発することができた。特に、興味深いことは、8-チオキソアデニンを連続的に配列した人工核酸は強い2重鎖DNAに結合できることを見いだした。また、8-チオキソアデニン不連続的に配置すると、あまり結合能が向上しないが、その間に2-チオチミン並べ、すべてチオ化した人工塩基を配列した人工核酸を使うと、著しく3重鎖形成能が高くなることも見いだした。また、2-チオチミンと8-チオキソアデニンを用いた人工核酸はDNA2重鎖選択的に結合できる。8-チオキソアデニン塩基は、グリコシド結合周りがanti型のときに、チミン塩基とワトソンークリック塩基対が形成できるが、実際には 2-チオカルボニル基の立体障害によって、180°回転したsyn型にある程度固定された構造が一番安定である。このため、このsyn型コンホメーションの配置では、相補塩基に対して、アクセプター(アミノ基の水素)とドナー(チオカルボニル基のイオウ原子)がグアニン塩基と塩基対を組めるが、前述したようにチオカルボニル基が水素結合能が弱いため、安定な塩基対形成には至らない。そのため、一本鎖のmRNAとは積極的に塩基対形成しにくくなっている。これらの知見は、中性条件下、選択的にDNA2重鎖に結合できる新しい革新的な3重鎖形成核酸が創成されたことを意味している。このように、チオカルボニル基を導入した人工塩基を連続的に配列した人工核酸は、今後遺伝子治療法の新戦略法として大いに期待されている。


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