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遺伝子の転写制御と植物の花成

2011年 1月 5日

後藤 弘爾

後藤 弘爾 (ごとう こうじ):
岡山県農林水産総合センター・生物科学研究所・専門研究員

1960年12月生まれ。1990年3月京都大学院理学研究科博士課程終了(理学博士)。米国カリフォルニア工科大学博士研究員(Meyerowitz研)、東京大学(遺伝子実験施設)、京都大学( 化学研究所)を経て、2000年4月より、現所属。これまで、花の形態形成、花成制御機構についての研究に従事。現在は果実の形成機構にも興味を持っている。

植物の花成とは

 植物の花成とは、広義には植物生理学的に定義された花芽形成の過程を意味する。しかし、研究が進むにつれ、花成の過程がより詳細に解析された結果、広義の花成は、環境シグナルや内生シグナルを感受し、茎 頂分裂組織で栄養成長から生殖成長への転換が起こり、花器官の原基が形成されて花芽が完成する、という素過程に分けられることが明らかになった。

 シグナルの感受機構は、他の生理現象とも共有されているので、花成独自のものとは言い難い。茎頂分裂組織から葉が分化しているときは、栄養成長と見なされ、花芽が分化すると花成が起きたと認識される。で は、花の器官、がく、花弁、雄しべ、雌しべの分化過程が花成に含まれるかというと、そうではない。花形態形成の遺伝子制御を説明するABCDEモデルによって明らかになった、花 の器官形成を制御する3つのクラスの遺伝子機能がすべて欠損した三重突然変異体は、花が栄養期茎頂になるわけではなく、それぞれの花器官の位置に葉を生じた花的構造を形成する。さらに、栄 養期茎頂でABCE遺伝子を強制的に働かせると、花の各器官が葉の代わりに形成される[1, 2]。つまり、どの器官になるかのアイデンティティの決定と、花成とは独立した現象として捉えることができる。 

 以上のことから、花成をより厳密に定義し直すと、植物の茎頂分裂組織における栄養成長から生殖成長への転換に他ならない。それは、花成誘導シグナルの感受と、花 器官のアイデンティティ決定の間に存在する過程である。

花成経路で働く遺伝子

 モデル植物、アラビドプシス(シロイヌナズナ)を用いた分子遺伝学的研究により、花成を誘導する環境シグナルや内生シグナルは、日長などの光周期シグナル、植物の年齢や温度により生じるシグナル、一 定期間の低温(春化)によるシグナル、植物ホルモンであるジベレリンによるシグナルの4つに分けられることが明らかとなった。そして、これまでに各シグナルを受けて働く花成の経路と、そ れに関わる遺伝子群が明らかにされた(図1)。

図1

図1 アラビドプシスにおける花成経路と遺伝子群

遺伝学的解析によって明らかにされた、アラビドプシスにおける花成経路に関与する各遺伝子間の促進(→)、
抑制(┤)の関係を示す。青色はMADSドメインを持つ転写因子、紫色はその他の転写因子を表す。

 シグナル感受から、花器官のアイデンティティを決定する遺伝子の発現制御に至る経路は、まさに転写因子の発現制御のカスケードである。特 に花器官のアイデンティティ決定遺伝子と共通のMADSドメインを持つ転写因子が、花成経路でも主要な役割を果たしている。また、FTは花成シグナルの統合因子で、葉で感受した光周期による花成誘導シグナルを、茎 頂に伝える花成ホルモン(フロリゲン)の分子的実体と考えられている。しかし、180弱のアミノ酸からなる、この球状タンパク質の分子機能自体はよく分かっていない。花成における作用機構としては、b ZIP転写因子、FDと転写複合体を形成し、下流遺伝子(花器官のアイデンティティ決定遺伝子)の発現誘導に関与すると考えられている。また、FTのホモログであるTFL1は、花成の抑制因子として働く。最近、筆 者らは、TFL1もFTと同様にFDを含む転写因子複合体を形成し、FTとは逆に下流遺伝子の転写を抑制していることを明らかにした。つまり、FT、TFL1は、転写因子複合体に活性化能を持たせるか、抑 制化能を持たせるかの、メディエーターとして働いていることが明らかになった(Hanano and Goto, in press)。このように、花成誘導シグナルと花芽形成の間は、遺 伝子の転写制御のカスケードがつないでおり、狭義の花成の過程とは、転写制御のネットワークに他ならないのである。

促進因子と抑制因子による花成制御

 花成制御の特徴は、FTとTFL1のように促進因子だけでなく、抑制因子も同時にペアで働いていることである。これは栄養成長から生殖成長への転換のタイミングは、種 子生産など植物の生存戦略に直結しており、おかれた環境に最も適合するように、より厳密な調節機能を備えたものだけが、進化の歴史の中で生き残ってきたためと考えられる。

 花成経路の研究は、主に花成が遅れる(遅咲き)突然変異体(野生型遺伝子の機能は花成を促進する)を用いて行われてきた。我々はそれとは逆に、花成を抑制する遺伝子に変異が生じた、早 咲き突然変異体に注目して研究を行ってきた。TFL1もその一つであるが、tfl1突然変異体と類似の表現型を示す、tfl2突然変異体の解析によって、花成を制御するクロマチン因子の存在が明らかになった。こ れまでの研究からも、動物と植物とではエピジェネティックな遺伝子発現制御の様式がかなり違うことが知られている。我々が見つけたクロマチン因子は、動物にも広く保存されているが、そ の作用機構は大きく異なっていることが示された。また、その突然変異体も動物では致死になるが、植物ではnull突然変異でも致死にならない。

アラビドプシスのHP1ホモログ、TFL2

 アラビドプシスのtfl2突然変異体はterminal flower 2の略で、最も特徴的なのは、花序の形成が途中で止まり頂花を作る(terminal flower)ことである。t fl2突然変異体は、それ以外にも、早咲きや矮性といった多面的な表現型を示す。TFL2遺伝子をクローニングした結果、T FL2はchromo-domainとchromoshadow-domainとを持つタンパク質をコードしていることが明らかとなった[3]。これはメチル化されたヒストンを認識してヘテロクロマチンを拡大、安 定化する、動物のHeterochromatin Protein 1 (HP1)や、分裂酵母のSwi6にみられる構造である。従って、TFL2はLIKE HETEROCHROMATIN PROTEIN 1 (LHP1)とも呼ばれている[4]。また、TFL2は分裂酵母のSwi6突然変異体を相補することが出来たので、Swi6やHP1と同様な機能が保存されていると考えられる。

 TFL2分裂活性が高い組織の細胞で強く発現しており、組織特異的な発現は見られない。また、TFL2タンパク質は核に局在している。アラビドプシスのゲノム上において、H P1様の構造を持つ遺伝子は他になく、他の植物種においても単一遺伝子として存在している例が多い。以上のことから、TFL2は植物における唯一のHP1ホモログであると考えられる。

花成経路におけるTFL2のターゲット遺伝子

 tfl2突然変異体は致死でないことから、遺伝学的な解析が可能である。長日植物であるアラビドプシスは長日条件下で花成誘導が起こり、短日条件下では花成が遅れる。一方、t fl2突然変異体では日長感受性がなくなり、早咲きとなる(短日条件でも、長日条件でも野生型より早咲きになる)。こ れらのことよりtfl2突然変異体は日長依存的花成経路に関与したリプレッサーであることが示唆された。

 そこで、花成経路を制御する中心遺伝子の突然変異体とtfl2突然変異体との二重突然変異体の表現型や、各遺伝子のtfl2突然変異体における発現量の解析により、T FL2は花成経路に於いてFT遺伝子を特異的に抑制していることが明らかとなった[3]。

 TFL2はクロマチン因子であることから、エピジェネティックな制御に関与していることが予想された。春化応答は、一定の低温環境におかれたこと(春化処理)を細胞内にメモリーし、遺 伝子発現の変化を通して花成を促進する現象である。そのメモリー効果は減数分裂、受精を通してリセットされ、次世代へは遺伝しないという典型的なエピジェネティックな現象である。ア ラビドプシスにおいて花成の春化応答経路と自律的促進系路とを統合するFLC遺伝子は、FT、SOC1などの発現を抑制する転写因子をコードしている。そしてFLC遺伝子は春化応答の過程で、P olycombタンパク質など多くのクロマチン因子によって、その発現がエピジェネティックに抑制されることが知られている。

 FLCは春化処理をすると発現が抑制され、その後常温に戻してもその抑制状態が維持される。しかし、tfl2突然変異体では、春化処理後常温に戻すとFLCの発現が速やかに上昇し、春 化による花成促進効果がみられなくなる[5, 6]。以上のことから、TFL2はFLCの春化によるエピジェテネティックな発現抑制状態の維持に必須な役割を果たしていることが明らかとなった。

TFL2とヘテロクロマチン形成

 TFL2が花成経路の転写抑制因子として広範に働いていることが明らかとなったが、HPホモログであることやtfl2突然変異体が花成以外にも多面的な表現型を示すことから、花 成経路以外にもTFL2が作用し、発現を調節している遺伝子の存在が予想された。そこでマイクロアレイを用いた発現解析により、TFL2の影響を受ける遺伝子の探索を行った。その結果、t fl2突然変異体で発現上昇している(即ちTFL2により発現抑制を受けると考えられる)遺伝子が86遺伝子、逆にtfl2突然変異体で発現抑制される遺伝子が65遺伝子見つかった[7]。

 また、tfl2突然変異により発現が上昇する遺伝子の近傍の遺伝子の発現量が上昇する例は殆どみられなかった。これは、TFL2が染色体上の領域に対してというより、個 々の遺伝子に対して影響していることを示唆している。以上ように、TFL2は特定のユークロマチン遺伝子の発現をlocalに抑制していると考えられる。

 TFL2がアラビドプシスのゲノム上に存在する唯一のHP1ホモログである。では、動物のHP1のような機能、すなわち不活性な染色体上の領域、ヘテロクロマチンに存在し、そ の形成と維持には関与していないのだろうか。in vitroの実験でTFL2はジメチル、トリメチル化されたヒストンH3の9番目のLys(H3K9me2,3)や、D NAのnon-CGメチル化酵素CHROMOMETHYLASE 3 (CMT3)と結合することから[8]、T FL2とヒストンやDNAのメチル化との関係およびTFL2がヘテロクロマチン遺伝子の発現に影響するのかを調べた。

 まずDNAのメチル化レベルが低下する、met1;cmt3二重突然変異体、ddm1突然変異体ではヘテロクロマチン領域にある遺伝子やトランスポゾンCACTA1, Ta2, Ta3の発現が認められたが、tfl2突然変異体ではそれらの発現は認められなかった[7]。

 さらに細胞生物学的に、アラビドプシスのセントロメア、ヘテロクロマチンのマーカーであるH3K9me2,3の核内局在と、TFL2タンパク質の局在とを観察した。その結果、T FL2の局在はセントロメア領域やH3K9me2,3が濃縮された領域とは重なっていないことが確認された[7]。以上のことから、TFL2はその構造からの予想とは異なり、ヘテロクロマチンの形成・維持や、ヘ テロクロマチン領域の遺伝子発現制御には、ほとんど関与していないということが結論された。

TFL2の作用機構

 TFL2はin vitroではそのchromodomainを通して、ヘ テロクロマチンのマーカーであるH3K9me2/3とユークロマチン遺伝子が不活性化されるときのマーカーであるH3K27me3の両方のペプチド鎖に結合することができる。しかし、こ れまでの実験からはTFL2がヘテロクロマチンに作用するという結果は得られていない。In vivoではTFL2がどちらのマーカーと相互作用しているのかについて明らかにするには、T FL2の結合領域とマーカーの局在をグローバルに比較する必要がある。

 ゲノムタイリングアレイを用いたChIP-on-chip法による解析結果[9, 10]によると、TFL2はH3K9me2/3とは殆ど共局在せず、H 3K27me3と共局在していることが明らかとなった。このことはこれまでに得られていた他の実験結果とも一致しており、TFL2はユークロマチン遺伝子の抑制複合体のコンポーネントであることを示している。ま た、tfl2突然変異体においてH3K27me3の局在に変化がないことから、TFL2がH3K27のメチル化に直接関与するのではなく、メチル化されたH3K27が何らかの方法で認識され、T FL2がリクルートされると考えられる。

図2

図2 ヒストンH3のメチル化によるユークロマチンの不活性化

◆動物細胞では、Esc, Su(z)12, E(z)からなるPSC2がH3K27をメチル化する(H3K27me3)と、P RC1がH3K27me3にリクルートされ、そのクロマチン領域を不活性化する。
◆植物細胞にもPSC2を構成するタンパク質のホモログが存在するので、植物版PSC2によってH3K27がメチル化されると考えられる。 しかし、H 3K27me3を認識するPRC1を構成するタンパク質のホモログが植物からは見つかっていないこと、T FL2がH3K27me3と共局在していることから、 植物細胞においてはTFL2が単独、ま たは未知のタンパク質と複合体を作って、P RC1の代わりにH3K27me3を認識してユークロマチンの不活性化をしていると考えられる。 

 動物細胞ではユークロマチンにある発生を制御する遺伝子の近傍のH3K27が、Polycomb repressive complex 2(PRC2)によってメチル化され、そ れをさらにPRC1が認識、結合することで発現抑制を安定化することが知られている(図2)。植物においては、PRC2を構成する3種類のタンパク質のホモログは見つかっているが、P RC1構成タンパク質のホモログは見つかっていない。PRC2の構成要素と考えられるCLF、EMF2のターゲットと、TFL2のターゲットが重なっていることからも、P RC2が認識する領域とTFL2の結合領域とが関連している可能性が高い。今後、植物においてTFL2の解析を進めることによって、ま だメカニズムのよく分かっていないPRC1の作用機構が明らかになると期待される。

主要参考文献:

  1. Honma, T. and K. Goto, Complexes of MADS-box proteins are sufficient to convert leaves into floral organs. Nature, 2001. 409(6819): p. 525-9.
  2. Goto, K., J. Kyozuka, and J.L. Bowman, Turning floral organs into leaves, leaves into floral organs. Curr Opin Genet Dev, 2001. 11(4): p. 449-56.
  3. Kotake, T., et al., Arabidopsis TERMINAL FLOWER 2 gene encodes a Heterochromatin Protein 1 homolog and represses both FLOWERING LOCUS T to regulate flowering time and several floral homeotic genes. Plant Cell Physiol, 2003. 44(6): p. 555-64.
  4. Gaudin, V., et al., Mutations in LIKE HETEROCHROMATIN PROTEIN 1 affect flowering time and plant architecture in Arabidopsis. Development, 2001. 128(23): p. 4847-58.
  5. Sung, S., et al., Epigenetic maintenance of the vernalized state in Arabidopsis thaliana requires LIKE HETEROCHROMATIN PROTEIN 1. Nat Genet, 2006. 38(6): p. 706-10.
  6. Mylne, J.S., et al., LHP1, the Arabidopsis homologue of HETEROCHROMATIN PROTEIN1, is required for epigenetic silencing of FLC. Proc Natl Acad Sci U S A, 2006. 103(13): p. 5012-7.
  7. Nakahigashi, K., et al., The Arabidopsis heterochromatin protein1 homolog (TERMINAL FLOWER2) silences genes within the euchromatic region but not genes positioned in heterochromatin. Plant Cell Physiol, 2005. 46(11): p. 1747-56.
  8. Jackson, J.P., et al., Control of CpNpG DNA methylation by the KRYPTONITE histone H3 methyltransferase. Nature, 2002. 416(6880): p. 556-60.
  9. Zhang, X., et al., Whole-genome analysis of histone H3 lysine 27 trimethylation in Arabidopsis. PLoS Biol, 2007. 5(5): p. e129.
  10. Turck, F., et al., Arabidopsis TFL2/LHP1 specifically associates with genes marked by trimethylation of histone H3 lysine 27. PLoS Genet, 2007. 3(6): p. e86.

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