第52号:植物科学
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菌類がつなぐ生物共生ネットワーク

2011年 1月24日

細矢 剛

細矢 剛 (ホソヤ ツヨシ):
国立科学博物館 植物研究部 菌類・藻類研究グループ長

1963年12月生まれ。1988年 筑波大学博士課程生物科学研究科基礎生物学専攻。博士(理学)。民間の製薬会社を経て2004年より現職。2009年国立科学博物館特別展「菌類のふしぎ」でマンガ「もやしもん」とともに菌類の魅力をアピール。専門は子嚢菌類の一群であるチャワンタケ類の分類。日本産の菌相を解明しながら、分子系統学的な解析をしている。著書「菌類のふしぎ」(責任編集、東海大学出版会、2008年)「カビ図鑑」(共著、全国農村教育協会、2010年)など。

 読者の皆さんは、「菌類」と聞いたらどんな印象をお持ちだろうか。よく聞くのは「汚い」「怖い」「暗い」「くさい」とおよそ、ポジティブとはいえないものだが、とりわけ日本人にとっては、酒・味噌・しょうゆなどを通じて切っても切れない縁の深い生物といえる。しかし、応用上重要なだけでなく、自然界の中でも重要な働きをしている生物なのだ。それにも関らず、菌類はバクテリア(細菌)や変形菌類の仲間と誤解され、自然界での働きについても十分理解されてはいない。本稿では、そのような知られざる菌類の自然界のすがたを、他の生物との関わりあいに注目して紹介する。

菌類とはカビ・酵母・きのこ

図1 

図1 菌糸

 菌類は、簡単にいうと、きのこ・カビ・酵母のことだ。しかし、これは、「見かけ」を指す言葉で生物学的な分類とはまったく関係ない。まったく形も大きさも異なるきのことカビが同じ仲間だというのは意外かもしれない。しかし、シイタケのようなきのこを手でちぎると、うまく裂ける方向があることが分かる。裂けたあとを見てみると、シイタケは繊維状の構造から出来ていることがわかる。この構造こそが「菌糸」というもので、カビを作っている構造と同じものだ。これに対し、酵母は、単細胞で芽を出すようにして増える生物である。菌糸を作らない点はカビやきのこと異なっている。では、これらの生物の共通点は何だろうか。

 一つの共通点は、いずれも真核生物だという点だ。真核生物とは、細胞の中に二重の膜で囲まれた「核」をもつ生物である。核の中には、遺伝物質が含まれている。これに対し、遺伝物質が裸で細胞内にあり、膜にかこまれた核をもたない生物が原核生物で、大腸菌や乳酸菌が含まれる。そこで、この違いを明確にするため、きのこ・カビ・酵母のことを「真菌類」といい、大腸菌や乳酸菌の仲間を細菌類(バクテリア)といって区別する。

 菌類に共通するもう一つの特徴は、自分では栄養を作り出すことができないことである(従属栄養)。これに対し、植物は光合成によって自分で栄養をつくることができる(独立栄養)。動物も自分で栄養を作り出すことはできないが、口からものを食べて、体内で消化、吸収する。これに対し、菌類は菌糸から酵素を出して栄養物を分解し、体の中に吸収する。また、菌糸は先端だけが伸びるので、栄養物にキリのようにもぐりこんでいくことができる。菌糸は通常幅数ミクロンの細い糸状だが(図1)、多数集まり、栄養源を取り囲み、その内部まで伸びることによって、自分よりも大きな栄養源を利用することができる。菌糸という体制は、分解と吸収に向いた構造といえるのだ。

菌類がつなぐ生物ネットワーク

図2

図2 林床に蔓延する菌糸

 あらゆる生物は死を迎えるが、その遺体を分解する主役は、菌類だ。菌類は動物や植物の遺体を分解し、吸収することによって栄養源としている(図2)。菌類が自然界の掃除屋といわれるゆえんである。このように、遺体を分解して栄養を得る生活を腐生というが、この過程で分解によって生じた栄養物は菌類以外の生物(バクテリアや植物など)にも利用される。したがって、菌類の分解機能は自然界における二次生産であり、菌類は自然界の物質循環に貢献しているということもできる。

図3

図3 菌根 A. カラマツの実生にできた菌根
B. 菌根の拡大 C. 菌根の断面

 菌類の役割は分解だけではない。ブナ科やマツ科の樹木の根を観察すると、部分的に太く膨らんで分枝した構造を見ることができる(図3)。これは、菌類が植物根を取り巻いて変形したもので、「外生菌根」と呼ばれる構造だ。菌糸は細胞間隙に達し、植物細胞からは光合成産物を吸収し、逆に植物細胞にはリンや窒素などの栄養を供給することによって、植物の成長を促進している。菌類と植物は相利共生的な関係にあるのだ。菌糸がカバーする範囲は根の範囲より広く、菌糸との共生は任意なので、菌根は着脱可能な第二の根ということもできる。さらに、菌類・植物の対応は多対多なので、菌糸が別な植物を連結することも知られている。外生菌根をつくる菌糸の正体はきのこである。また、カビの仲間も多くの植物と菌根を形成する。きのこやカビと植物は一見別々に生きているように見えるが、大地の下には、きのこがつなぐ巨大なネットワークが存在しているのかも知れない。

図4

図4 健全な植物葉から培地上に伸長している
エンドファイトの菌糸

 目を地上部に向けてみよう。一見健全な植物の体内にも、内生菌(エンドファイト)と呼ばれる菌類が存在している。エンドファイトとは、植物の生きた健全な組織の内部に、病気を起こさずに生息している菌のことである。健全な植物体を表面殺菌し、培地上に接種することによって分離できる(図4)。エンドファイトの一部には、生理活性物質や抗真菌物質を生産することが知られている。たとえば草本であれば草食獣などの捕食者に対する毒を生産する場合には、捕食阻害をもたらし、植物の生存を積極的に進めることになる。抗真菌物質の生産は、他の菌による感染からホスト植物を守ることにつながり、いずれもホスト植物とは共生的な関係をもつことが知られている。また、樹木の葉内に存在するエンドファイトには、落葉後にもそのまま葉内部に残って、葉の分解の初期段階に関与するものが知られている。

図5

図5 ブナの幹の上に地図のような模様になっている地衣類

 同じ植物でも、藻類との共生で知られるのが地衣類という菌類だ(図5)。藻類と共生して生きている「地衣類」は、極端に劣悪な環境にも生育して植物の遷移の初期に現れる。そして、死んだ地衣体が土となり、次の生物が住める環境をつくるのを助ける。極端にいえば、「森を作る」働きをもっているのだ。

 菌類が関係を結ぶのは植物だけではない。動物とも共生関係をもつことが知られている。菌糸は動物(ナメクジや昆虫など)にとっては、直接の栄養源である。きのこはさまざまな昆虫やサルを含む動物に食されているが、その実態についてはまだ十分把握されていない。

図6

図6 オオシロアリタケ

 アフリカから東南アジアの熱帯に分布し、本邦では沖縄に産するオオシロアリタケはタイワンシロアリがその巣の中で菌床を栽培してその菌糸を食べ、タイワンシロアリのフンがきのこの栄養源となっていることが知られており、動物と菌類の共生関係を示す好例である(図6)。

 上でのべたように、菌類はさまざまな同植物と友好的な関係を結ぶ。しかし、菌類が他の生物と結んでいるのは友好的な関係だけとは限らない。他の生物に寄生して、相手から一方的に栄養を搾取したり、時には殺してしまう場合すらあるのである。植物における寄生菌の多くは植物病原菌として知られており、植物の枯死、変形などをもたらす。農作物に発生すれば、人間の食料に深刻な被害を与える場合もある。

 冬虫夏草として知られる菌類は、動物の寄生菌だ。一般に冬虫夏草といわれる菌類は、約800種あり、その大部分はニクザキン目に所属する子嚢菌類である(図7)。あたかも冬は虫の姿、夏はきのこ(草)のすがたを繰り返し、永遠に輪廻転生するように見えることからつけられた名前である。これらの菌類は、昆虫に寄生してホストの昆虫を殺してしまう。そして、ホスト上やホストから発生した子座上に胞子を形成する。

図7

図7 冬虫夏草の一種 オサムシタケ

 菌類自身が菌類によって寄生される場合もある。菌寄生菌と呼ばれる菌類がそれで、さまざまなカビやきのこが同じ菌類によって寄生を受ける(図8)。

 動植物に対する寄生という作用は自然界ではどのような意義をもっているのであろうか。すべての生物が生きてしまうと自然界は大混雑となる。捕食や病死などによってある程度の生物が間引かれることも必要であろう。菌類は自然界の機能調節に関わっているということもできる。

 上では、菌類の生活モードを腐生・共生・寄生に整理して紹介した。しかし、個々の菌類の生活モードが上記のいずれかに固定されているかというとそうではない。環境に応じて生活モードを変えることもある。たとえば、エンドファイトの一部には植物病原菌も知られる。もともと共生的な生活をしていたものが何かの拍子に病原菌となり、ホストを殺してしまった後も腐生菌として残る場合が考えられる。また、リゾクトニアのように相手によって関係が変わる菌もいる。

図8

図8 きのこに発生した菌寄生菌タケハリカビ

 また、共生・寄生という相手との利害関係に基づいた考えかたには人間の偏見も入っていると考えられる。そこで、菌類側からどのような相手をどのように栄養源とするかによって整理したのが図9である。生きた相手から栄養を得る、生きた相手を殺して栄養を得る、死んだ相手を栄養源にする、という3つのカテゴリーのほかに、その中間的なものがあることに注意していただきたい。たとえば、条件的腐生栄養活物栄養者とは、基本的に活物栄養だが、条件によっては腐生栄養にもなる菌類である。

 寄生も共生も特定か、ある程度の範囲の相手が決まった(選択性がある)関係である。しかし、腐生的に生活する菌類も基質となる生物には選択性があるため、いずれも広い意味で「共棲」しているといえる。菌類のこのような生活はさまざまな生物を仲介するような生き方である。生物の多様性は生物どうしのさまざまな関係によって創出され、維持されているが、その背景で重要な役割を果たすのが菌類なのである。

図9

図9 菌類の栄養のとり方を栄養基質となる相手の性状に基づいて分類したもの

菌類の深い理解を目指して

 菌類と細菌についての知識は初等・中等の学校教育ではほとんど教えられることはなく、大学などの専門教育でも扱われていない傾向があり、社会的に菌類が十分認知されているとはいえない。つまり、菌類には市民権が認められていないといってよい。

 確かに、菌類は時として住宅環境を汚染し、文化財に被害をもたらすことがあり、悪者のイメージが強い。その営みの背景には菌類が栄養を得る手段、「分解・吸収」がある。菌類は菌糸から出す酵素で基質を分解し、栄養分としている。その結果、人間にとって必要なものも黒ずんだり分解されたりするのである。しかし、一方で菌類のそのような作用を人間は「発酵」として利用し、恩恵に浴しているのだ。

 以前、菌類は分解作用だけが注目され、「分解者」としての地位を与えられてきた(ホイッタカーの五界説)。しかし、むしろ、菌類は様々な生物の間の関係をとりもち、つないでゆく役割をもつといえないだろうか。

 今年の国際生物学賞は米国イェール大学・生態・進化生物学部門教授のナンシー・アン・モラーン博士(55歳)に授与される。博士の専門は「共生の生物学(Biology of Symbiosis)」で、昆虫体内に存在する共生細菌とホストの間にみられる密接な共進化関係がご専門である。真菌類も他の生物とさまざまな関係をもっている生物群である。今後の研究の発展に期待したい。