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遺伝子組換え食品の安全性確保と表示に関する現状と課題

2011年 1月21日

鎌田 博

鎌田 博(かまだ ひろし):
筑波大学大学院生命環境科学研究科(遺伝子実験センター)教授

1949年 10月東京生まれ。1979年 筑波大学大学院博士課程生物科学研究科理学博士。1979年4月より現在まで筑波大学に奉職し、講師、助教授を経て1993年より現職。専門は植物生理学・植物分子生物学で、植物の形態形成、特に分化全能性に関する研究を進めている。一方、1980年代半ばより、遺伝子組換え植物に関する法規制や遺伝子組換え食品の安全性評価にも関わっている。最近では、遺伝子組換え技術・農作物・食品の社会的受容の促進活動にも関わっている。

遺伝子組換え生物に関する日本の規制(カルタヘナ法に基づく環境影響評価)

 遺伝子組換え(genetically modified : 以下GMと略す)生物の育成・利用においては、さまざまな規制があり、産業利用に至るまでのさまざまな段階で全ての規制をクリアーする必要がある。現在、日本では、実験室内での基礎研究を含め、GM生物の育成・利用・産業利用等の全てにおいて、「遺伝子組換え生物等の使用等による生物の多様性の確保に関する法律(通称、カルタヘナ法)」に則って取り扱う必要があり、場合によっては大臣確認や大臣承認を必要とする。カルタヘナ法は、主に、環境への影響を評価・判断するものであり、生物多様性条約カルタヘナ議定書を担保するものである。特に、GM農作物の栽培のような野外環境での利用に関しては、環境への影響評価に関する申請書を提出し、カルタヘナ法における第1種使用(封じ込め措置を施さない利用)の大臣承認を得る必要がある。現在までに、米国、カナダ等で開発・栽培され、日本に食品原料や家畜用飼料原料等として輸入されるGM農作物の大部分については、日本における野外での商業栽培の認可が得られている。また、食品添加物として利用されるアミノ酸や加工用酵素等をGM微生物を用いて生産することについては、カルタヘナ法に基づく第2種使用(封じ込め措置の下での利用であり、一般的には閉鎖系での利用)の許可を得る必要があり、現在までに日本では多数の認可がなされている。

遺伝子組換え食品・食品添加物としての安全性の確認・承認

 国際的には、1990年代より、OECDを中心に、GM生物、特にGM農作物の産業利用に伴う安全性確保(環境影響評価ばかりでなく食品としての安全性評価等も含む)に関する科学的議論が進められ、安全性確保のためのさまざまな考え方や基準が示されてきた。当時の基本的な考え方、すなわち、プロダクトベースの評価、主に環境影響評価におけるファミリアリティーの考え方、主に食品としての安全性評価における実質的同等性(現在でもこの語が誤解されて使われているようであるが、比較対象を決定するプロセスであり、安全性を決定するものではない)の考え方の3つは、現在でも世界共通の標準的かつ重要な概念となっている。

図1

 

 日本においては、GM食品添加物(組換えDNA技術応用食品添加物)の安全性評価の考え方や評価基準等が1990年代に制定された。その後、米国におけるGMトマト(フレーバー・セーバー・トマト)の商品化を見据え、GM食品(組換えDNA技術応用食品(種子植物))の安全性評価の考え方や評価基準等が制定された。日本では、必ずしもOECDの議論に拘束されることなく、独自の科学的議論を行ったが、結果的にはほぼ同じ考え方が制定された。それ以降、当初は自主規制(ガイドライン)としての適用であったものが、法律に基づく認可義務制度となったものの、基本的な考え方や評価基準等は大きくは変わっていない。現在では、GM食品としての安全性評価の世界的な基準は、FAO/WHOの合同食品規格委員会であるCODEXの議論を経て制定されたものであり、日本を含む世界各国がこの基準をもとに国毎に制定された評価手順・評価基準に則って安全性の審査を行っている。なお、日本においては、GM食品・食品添加物としての安全性評価は食品衛生法、GM作物等の家畜用飼料・飼料添加物としての安全性評価は飼料安全法(飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律)に基づいて行われてきたが、2003年に食品安全基本法が制定されたことを受け、内閣府食品安全委員会において純粋に科学的なリスク評価を行い、そのリスク評価の結果をもとに、リスク管理組織である厚生労働省(食品および食品添加物)あるいは農林水産省(家畜用飼料および飼料添加物)において、当該GM食品・食品添加物等を日本で市場流通させて良いかどうかの最終判断がなされることとなっている(図1、表1)。

表1

 

遺伝子組換え食品の表示を巡る法規制

 日本においては、GM食品としての安全性評価が終了し、食品としての流通が認められたものについて、その表示を巡る議論が消費者を交えて行われてきた。GM食品が承認・流通しはじめた当初、GM食品・食品添加物については国がその安全性を確認したものしか市場流通が認められないことから、食品としての安全性は通常の食品と同じであり、安全が確認されたものにあえて表示をすることは、通常の食品における対応と比較して不均衡になるとの強い意見があったものの、例えそうであっても消費者の知る権利を保障してほしいとの消費者の強い意見を受け、農林水産省において、JAS法(農林物資の企画化及び品質表示の適正化に関する法律)に基づく表示が義務化されることとなった。したがって、日本におけるGM食品の表示は、食品としての安全性の観点からではなく、あくまでも消費者の知る権利を保障するためのものであるが、GM食品表示に関する消費者の意識は全く異なり、GM食品は危険であるから表示をしているのだと受け止めている消費者が多いのが現状である。なお、GM食品添加物については、遺伝子組換え技術を使って生産されたものであってもこれまでの通常の発酵技術等で生産されたものであっても、最終産物は基本的に物質としては全く同じであり、両者を区別する科学的検知方法もないため、表示は義務化されていない。

 一方、JAS法に基づく表示の義務化と相まって、食品衛生法に基づくGM食品としての表示の義務化もなされることとなった。ただし、食品衛生法に基づくGM食品の表示義務化と表示の正しさを担保するための検査システム構築の主要な論点は、遺伝子組換えによって従来の食品と比較して栄養組成等が大きく変化し、栄養摂取上の配慮が必要な場合に消費者にそのことを周知するための表示が不可欠である点、および、日本で未承認のものは国内流通させてはいけないことをどのように担保するかの2点である。第1の点については、高オレイン酸ダイズのGM食品としての日本での承認において、通常のダイズに比べてオレイン酸含量が大幅に増え、給食等での献立を決定する際に栄養摂取量の指標となる食品標準成分表の数値と大きく異なることとなるため、高オレイン酸ダイズであることを表示して国民に周知する必要があり、表示の義務化が必要と判断された。第2の点については、わずかな混入であっても日本で未承認のものが輸入される、あるいは、加工食品として流通することを防ぐための検査手法を確立することが必須となることである。

 ところで、日本において承認され、市場流通される大部分のGM食品が米国をはじめとする諸外国から輸入されていることから、米国における農作物(特に穀物)の栽培・収穫・集荷・輸送等の流通実態を考慮し、非GM産物であってGM産物の非意図的な混入が5%未満であれば遺伝子組換えと表示することは法的に求めないことが定められた。因みに、非意図的混入率については、EUでは0.9%、韓国では1.0%に設定され、米国では表示が義務化されておらず、国毎におけるこのよう対応の違いが国際的な混乱を生む原因の1つとなっており、食料の国際流通における大きな課題となっている。なお、日本においては、定量PCRによる混入率が5%を越えていたとしてもそのことを持って表示義務違反と判断するのではなく、対象農作物の生産・収穫・輸送・流通の各段階で付加される書面の審査(IP handling)によって最終判断をすることが定められているため、PCRによる定量検知はあくまでも予備的なスクリーニングである。

 現在、日本の食品市場でGM原料を使用していることを記載してあるものは極めて限られている。逆に、GM原料でないこと(遺伝子組換え(原料)不使用)の表示は自由であったため、豆腐や納豆等をはじめ多くの食品において不使用表示が蔓延し、不使用表示を日頃から見せられている消費者は、GM食品は危険なものであるとの意識を植え付けられることとなった。これは、多くの消費者がGM食品に不安を感じており、遺伝子組換えの表示があると消費者が購入しないのではないか(逆に、「遺伝子組換えでない」と書くことで食品としての優位性が高まり、より多く売れる)との食品製造企業や流通企業の判断・思惑によるものと思われる。しかし、この「不使用」表示が改められない限り、表示の正確な意味(消費者の知る権利を保障するためのものであり、食品としての安全性の問題ではない)が消費者に伝わらず、結果としてGM食品に関する正しい知識・理解が消費者に広がらず、社会的受容が進まないことも事実であろう。「不使用」表示を禁止した方がよいのではないかとの意見もあることを付記しておく。

表示の正しさを保証する検査法の課題

 表示の義務化に伴い、二つの大きな問題を科学的に解決せざるをえなくなった。第1の問題は、日本で未承認のものが輸入されていないかあるいは流通していないかを検査する方法を確立することであり、第2の問題は、日本で流通が承認されているものであっても5%未満であるかどうかを定量的に検査する方法の確立である。第1の問題については、そもそも諸外国においても食品としての利用が承認されていない場合には、どのような農作物にどのような外来遺伝子が組み込まれているかについて全く情報がなければ検査方法を確立すること自身無理がある。このため、日本に農作物やその加工食品等を輸出している国でGM農作物としての実用化が間近な物あるいは実用化されたものについて、可能な限り多くの情報を集め、対応策(検査法の確立)を検討しておく必要がある。特に米国や中国で開発中のものについて、日本は常に大きな関心を持っており、必要に応じ、港湾等での輸入物検査が実施できるように努力している。

 第2の問題については、日本でGM食品としての承認をする際、定性PCR法と定量PCR法の開発を進めることになり、検査のための塩基配列情報をどのように入手するか、どの部分を用いてプライマーを設定するか、どのような条件でPCRを行うか、定量のための検量線を書くために必要なポジティブコントロールとネガティブコントロールの原材料(GM種子の含量がほぼ100%および0%の穀粒サンプルが必須である)の入手等、多様な情報・材料・手法開発等が必要となる。実際には、イベント毎の承認(ある農作物に同じ遺伝子を導入したとしても、ゲノム上の挿入位置が異なる場合には別な系統(イベント)として取り扱い、遺伝子組換え食品としての承認もイベント毎になされている)であるため、イベントを区別する必要があり、外来遺伝子挿入位置を含めた詳細な塩基配列情報が必須である。しかし、食品としての安全性評価の際に用いられる詳細な情報は、一般的に、開発会社にとっては極めて重要な企業秘密である場合が多く、そのまま検査のための情報として流用することはできない。また、原材料、特に組換え体100%の材料は会社の所有物であるため、単純に定量検査用の材料として提供を義務づけることは困難である。このため、検査法の開発に際しては、開発会社との協議・協力が不可欠である。

 さらに、最近では、GM系統同士を交配して、同一個体に複数の外来遺伝子を持つ系統(スタック系統)が多数育成され、食品としての利用も順次許可されており、このスタック系統の利用拡大によって、定量性の確保が困難になりつつある。日本では、最近、(非意図的)混入率の積算根拠は、穀粒の数当たりに占めるGM種子の数の割合であることが明示された。従来、個別のイベント毎の検知においては、場合によっては一定数の穀粒を同時に粉砕して定量PCRを行うことで定量性が確保できていた。しかし、スタック系統では同一穀粒中に複数の遺伝子が挿入されている(現在日本で食品としての流通が承認されているスタック系統の中には、同一穀粒中に8つの外来遺伝子が導入されているものもある)ため、一定数の穀粒を混ぜてから粉砕して遺伝子毎に検知を行うと、複数の遺伝子が検知された場合、異なる1つの外来遺伝子を含む種子が複数存在していたのか、異なる複数の外来遺伝子が同じ穀粒中に存在していたのか区別がつかないため、単純に積算すると、混入率を多く見積もってしまうことになる。もちろん、個別穀粒毎の検査を行えば問題はないが、個別穀粒毎に現在承認されている多数の外来遺伝子の全てを検査しようとすると莫大な経費と時間がかかることになる。この問題は、日本だけの問題ではなく、混入率を定めている全ての国の問題でもある。現在、良い解決方法は決定されていない。

 ところで、従来、日本では、GM食品の表示の義務化を定めた法律に基づき、農林水産省と厚生労働省の両省において個別に検知法の開発と実際の検知が行われてきたが、両省で齟齬が生じないよう、両省の関係者間で常に意見交換・協力が行われてきた。しかし、2009年に、消費者庁が新たに創設され、GM食品を含む表示の権限が消費者庁に移管されたことに伴い、現時点ではこれまでのような迅速かつ適切な表示への対応がなされておらず、混乱が生じている。実際、ハワイで生産され、米国では普通に流通している(日本人がハワイに旅行してパパイヤを食べれば必ずと言っていいほど食べている)ウィルス耐性パパイヤについて、日本においては既に食品安全委員会におけるGM食品としての安全性評価や農林水産省・環境省における環境への影響評価も終了し、特段の問題は認められないことから、国内での流通は問題無いとされているにもかかわらず、消費者庁における表示のあり方の検討が進んでおらず、長期に渡って最終の流通承認がなされていない。

食品の国際流通に伴う表示を巡る課題

 世界のグローバル化に伴い、食品原料・加工食品等が世界規模で活発に流通している現状において、上述したような非意図的混入率が国によって異なる点、遺伝子組換え食品として承認されているイベントが国毎に異なっている点、承認される時期が国毎に異なっている点等、各国の事情があるものの、流通段階での混乱が生じる可能性は高い。このため、世界が協調して互いに検査法について協議し、互いの方法を認め合うことが重要となっている。上述したCODEXでの協議も進められてはいるが、関係する全ての国が承認しうる検査法を確立するには長期に渡る議論と協力・妥協が必要であろう。そのため、ISOを中心に、GM食品の検知方法に関する国際標準化(ISO/TC34/SC16)が進められており、米国、カナダ、イギリス、フランス等と一緒に日本も主要な参加国として活動しており、最近では、韓国、中国、タイ、インドなどのアジア各国も積極的に参加して、協調的な活動をしている。日本で開発されたプラスミドをベースとする定量検知法(宿主特異的な検知用遺伝子(A)の配列と検知したい外来遺伝子(B)の検知用配列を同じプラスミド上に同数だけ配置してあるため、AとBのPCRによる増幅率を比較することで定量解析が可能となる方法)はISOの標準的な定量検知法の1つとして登録されている。最近、この方法を導入したいヨーロッパの国が増えており、2010年10月に名古屋で開催されたカルタヘナ議定書締約国会議の席でも、アフリカ諸国等からこの定量法を教えて欲しいとの依頼を複数いただいた。世界各地の発展途上国では、配列情報の入手やポジティブコントロール・ネガティブコントロールが手に入りにくいことを考えると、このプラスミドをベースとする定量検知法は極めて有益な方法であり、日本が世界に貢献できる大切な技術である。

今後の課題

 分子生物学の飛躍的な発展に伴い、さまざまな技術が次々に開発されているが、このような技術を駆使する遺伝子組換え生物の中には、従来想定もしていなかったタイプのものが出現しており、それに伴う法規制や安全性確保の考え方の確立が間に合わない状況が生じている。例えば、遺伝子組換え植物を台木、非遺伝子組換え植物を穂木として接ぎ木を行い、穂木上に形成された果実等の生産物を食品として利用する場合、この生産物は遺伝子組換え食品としての安全性の承認を受ける必要があるのかどうか、あるいは、遺伝子組換え植物同士を交配して優良な栽培用種子(F1雑種等の実際の農業生産で使われる種子)を生産するが、この栽培用種子自身は外来遺伝子を含まない場合、環境影響や食品安全等に関して遺伝子組換え生物としての規制を受けるのか等、現時点では法的にも未決着の課題が多い。このような課題は遺伝子組換え食品としての表示にも関わっており、生産・流通・消費者対応にも大きな影響があるため、今後、関係者全員で協議すること、ならびに、全ての関係国で協議する必要があろう。


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