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海洋・淡水域における漁業生産に関するわが国の研究動向

2011年 2月18日

山根 猛

山根 猛(やまね たけし):近畿大学農学部水産学科教授

1947年10月生まれ。1982年10月 水産学博士取得(北海道大学)。1999年4月 近畿大学 教授(農学部)
1997年4月 国際協力事業団神奈川国際研修センター非常勤講師現在に至る (現JICA九州)。1998年4月~2001年 長崎大学水産学部非常勤講師。2005年4月 福井県立大学非常勤講師。その他、東南アジア諸国学術交流事業拠点大学(東京水産大学;現東京海洋大学)方式学術交流、東南アジア諸国学術交流事業拠点大学(鹿児島大学)方式学術交流、東南アジア諸国学術交流事業拠点大学(北海道大学)方式学術交流に係る協力研究者。

受賞:

平成3年度日本水産学会賞(田内賞受賞)

 漁業研究は、産業科学といった性格上、水産業に対する各国の政策の影響を強く受ける。そこで、まず世界の漁業研究の現状の一端について最近のFAO報告をもとに述べる。

 現在、1995年10月第28回FAO総会において採択されたCode of conduct for Responsible Fisheries(責任ある漁業のための行動規範)が水産業に対する政策理念として世界各国に定着しつつある。わが国においても上記規範が採択された1995年12月に京都で「食料安全保障のための漁業の持続的貢献に関する国際会議」、(以降京都会議と記す)が開催され京都宣言および行動計画が採択された。京都会議で採択された緊急行動の項目7.で漁獲技術的な問題として、混獲、投棄、偶発漁獲等に係る選択漁獲技術の開発、環境上安全で経済的に効率的な漁具の開発、浪費と投棄を最小化することが含まれている。さらに2001年10月には、カナダ・レイキャビクにおいてReykjavik Declaration on Responsible Fisheries in the Marine Ecosystem (以降レイキャビク会議と記す)が採択されている。上記宣言に見られるように、Code of conduct を促進するために技術指針の策定をFAOは積極的に進めてきている。現在FAOにより14の技術指針が策定されている(FAOのホームページを参照)。

 Aquatic ecosystemsの保全・持続的な利用に向けた様々な取り組みが過去数十年の間世界各国で実施されてきたが、必ずしも十分であるとはいえない状況にある。一方、FAOによれば、世界の食料需給における水産生物の重要性は今後さらに増加するだろうとの予測がある。世界人口の増加に伴い、Aquatic ecosystemsから食料を獲得することは、従来に増して重要になっている。上述の背景を考慮すれば、食料獲得産業として漁業を安定的かつ継続的に遂行するためには、地域の状況がある程度配慮されるとしても、FAOが策定している技術指針の影響を受けることになる。それにともなうさまざまな技術開発、特に、環境に配慮しつつAquatic ecosystemsから食料として水産生物を獲得する漁獲技術を開発することが上記の会議において述べられているように漁業を取り巻く状況は従来のものとは大きく変化してきている。さらに、京都会議の緊急行動・宣言で挙げられている課題を始めレイキャビク会議で採択された宣言の影響を強く受けることは言を俟たない。

 現在、世界で進められている漁業研究は、Ecosystem Approach to Fisheries (EAF)といった方向に沿うようになっていると見て差し支えない。特に、ネガティブインパクトといった視点から、漁業がとらえられている場合、必然的に、研究の方向はネガティブインパクトをできるだけ低く抑えるあるいはなくす目的での研究展開になる。具体的には、たとえばゴーストフィッシングや選択漁獲、混獲・投棄の減少に関する課題、ボトムインパクトに関する研究等が漁業研究分野では多数展開されることになる。それはわが国の当該分野の研究の動向に密接にかかわっていることはいうまでもない。実際この方面の研究がわが国において近年増加している。昨今は海外における研究発表の機会が増加したことにより、当該分野の研究成果は水産学会誌への投稿以外に海外での発表時に出版されるプロシーディングへの掲載が増加する傾向にある。

 FAOのグローバルプロジェクト “Reduction of Environmental Impact from Tropical Shrimp Trawling”, through the Introduction of Bycatch Reduction Technologies and Change of Managementが12ケ国および国際組織(SEAFDEC)により2002年2月から2008年9月まで展開され多数の報告書(2006~2010年の期間で22編)が出版されている。

 いっぽう、わが国では「わが国の漁業における混獲の実態とその対策‐環境にやさしい漁業をめざして‐」と題するシンポジウムが1995年に開催され、成果は水産学シリーズ105「漁業の混獲問題」日本水産学会監修 松田 皎編(1995)にまとめられている。さらに平成17年度日本水産学会漁業懇話会第50回講演会において「日本の漁業における混獲投棄量の推定のための全国標準手法による調査」と題し評価方法を標準化して実施された定量的な結果が上記懇話会報告に取りまとめられている。その他多数の漁獲技術に係る成果が水産学会漁業懇話会報告として出版されている。海外では、2002年以降、FAO‐ICES Working Group on Fishing Technology and Fish Behaviourによる活動報告がなされている(FAOのホームページを参照)。以上が世界の漁業の背景にあることから、研究は当然上記に沿ったものになっている。

 日本の漁業分野の研究について見る。日本水産学会の研究発表部門分類によれば、1.漁業(6細目)、2.生物(9細目)3.増養殖(8細目)、4.環境(5細目)、6.化学・生化学(4細目)、7.利用・加工(5細目)そして8.社会科学(5細目)の総計8部門そして42細目に細分化されている(図1)。漁業分野は;漁具、漁法、漁場、漁海況、資源、音響計測、その他に分類されている。水産科学の研究内容は極めて広範囲にわたることが細目数から伺える。総細目数を分母にとり各部門別に見れば、生物・増養殖分野の数は17/42となり総数の約40%を占める。

図1

 これらの状況をもとに漁業研究、特に、漁具・漁法に限定して研究発表数について研究分野分類に従って直近5年(2006~2010年)に公刊された日本水産学会誌の論文数(論文・報文・短報を含む)について見ると年度により変動するものの、当該分野の総掲載論文数に占める割合は、平均的におよそ10%であることがわかる(図2)。情報源を和文誌に限定した場合の掲載論文数からただちに研究状況について言及できないものの、最近の研究の方向性についてはある程度推測して差し支えないだろう。発表論文題目から見れば、漁業研究の基礎になる物理的視点から課題を取り扱った論文数が著しく減少していることは無視できない事実である。

 いっぽう、世界の状況を反映して、混獲・漁具の選択性にかかわる研究成果の割合は増加している。これらのことを参考にすれば、図1に示す漁具・漁法といった細目に限定して見た結果は必ずしも少数であるとは言えないだろう。わが国の若手研究者(大学院学生・Pdを含む)が置かれている昨今の状況から、彼らは常に業績評価を意識して、少しでもインパクトファクター(IF)の高い雑誌へ投稿する傾向がある。加えて、若手研究者以外の水産学会会員がIFの高い国内外の雑誌への投稿が増加する傾向にあることは否めないことから和文誌への投稿数にその影響が表れていることは容易に想像できる。

図2

 次いで、日本水産学会誌に掲載されている研究活動としての漁業関係のシンポジウム・特集からみた状況について触れる。2006年度にはミニシンポジウム‐ゴーストフィッシング研究の現状と方向性‐が開催された。さらに、栽培漁業技術開発の最前線・最前線IIといった特集が組まれている。栽培漁業と資源管理に焦点が当てられていることから、細目分類としては境界・融合領域的な内容になっている。

 水産科学における漁業研究の位置づけは、わが国では、栽培漁業といった表現に代表されるように、従来とは大きく変化している。一方、世界総生産量に占める漁業生産の割合が低下してきているとは言え、産業的には狩猟的な面の比重が大きく、また、世界の生産動向についてFAOの資料(SOFIA2008)を詳細に検討してみると、魚類の養殖生産量は内水面養殖がその大部分を占め、海産魚類の生産量は内水面のそれの1/10以下である。このことから理解できるように、人類に食料を供給するシステムとして海面漁業を考えれば、その果たす役割の重要性は今後さらに高まることが理解されよう。もちろん生態系への負荷の軽減は考慮されねばならない。さらに研究活動も世界的にみれば、水圏生態系を変化させることなく持続的に食料獲得の場として利用することを念頭に置いたEAFの推進を強力に進める上で果たす漁獲技術(ソフト・ハードを含む)の新たな展開を視野に入れた斬新的な研究が進められてきている。加えて、30年前に故川上太左英博士により「漁業解析入門」で指摘されているように選択漁獲そして漁具のより精緻な運用の必要性はEAFの活動と密接に関係しており、京都会議以降、ますます重要な課題になってきている。一方、わが国の社会的な背景に強く影響される産業科学としての漁業研究の状況は和文誌への掲載論文数が必ずしも研究状況を反映しているとはいえないものの、少なくとも研究状況の一端をうかがわせるものであろう。だとすれば、相対的な研究者数が研究門部門2.そして3.に比較して少数であることは否めない。一方、研究分野の広がりから見れば、他分野に比べて研究活動が停滞しているとは言い切れない。加えて、日本水産工学会が刊行している水産工学には、水産科学、特に物理・工学的な視点からの成果が多数記載されている。

 研究者数は相対的に少数であるものの、当該分野の研究は多様であり、同じ研究者により複合・融合領域の様々な研究が鋭意進められてきていることは過去5年間に開催された漁業懇話会報告、日本水産学会主催のシンポジウム内容を見れば明らかである。参考までに、最近のシンポジウム・特集記録から抜粋して課題名を記載すれば以下のとおりである。

 2006年 ゴーストフィシング研究の現状と方向性、特集 2008年まぐろ延縄漁業における混獲回避、2009年特別シンポジウム生態系サービスと水産、2009年、急潮の発生・伝搬機構と定置網の被害防除など。これらのシンポジウム・特集では漁業技術を中心とした問題解決のための研究、地域的な諸問題に対応する技術開発、内水面、特に河川漁業とダム管理の問題などが述べられている。

  近年では1999年そして2000年に開催された日本水産学会ミニシンポジウムでの成果が「漁具物理学」松田 皎編著として2001年に出版されている。さらに本書で紹介された1997年にフランスで開催された国際ワークショップはその後も隔年で、EU域において継続して開催されているとともに、参加者・国数は増加している。アジア地域では過去2回、第7回2005年(韓国)、第9回2009年(日本)で開催された。ワークショップで紹介・検討された成果は、Theory of Fishing Gears and Related Marine Systemsとして継続して刊行されてきている。たとえば、最新のワークショップのプロシーディングVol. 6 (ISSN:0945-0874,ISBN:4-946-421-13-6) のコンテンツをみると、1. FISHING GEAR SEABED INTERACTION, 2. UNDERWATER TECHNOLOGY & FISH BEHAIVOR, 3. NET HYDRODYNAMICS, 4. PERFORANCE & EFFICIENCY, 5. CONTROL ENGINEERING IN FISHRIES, 6. NUMERICAL SIMULATION OF FISHING GEAR, 7. EXPERIMENTAL INVESTIGATION ON FISHING GEAR, 8. PRTICULAR FISHING GEARから構成されている。内容は物理・工学的な研究に加え、最近では生物の行動と漁具といった複合・融合領域の研究に工学的な視点からの成果が増加しており、漁業分野の研究の重要性が示唆される。ここで構成されているコンテンツすべてに日本人研究者の発表がある。上記はいずれも漁業研究分野に含まれる。上記国際ワークショップは2011年にはクロアチアでの開催が決定しており、日本から多数の若手研究者の参加が望まれる。

  複合・融合領域的な研究の進展にともなってフィールドから、生物行動と漁獲過程に関する情報が、徐々に蓄積されてきている。これらは、EAF を実施するためには必要・不可欠であり、データの蓄積に加えて情報の定量的な評価法の理論整備が必要であろう。漁業分野に関係した最新の成果は、2006年度日本水産学会シンポジウム 「水産生物の行動と漁具の運動解析におけるテレメトリ―手法の現状と展開」において報告されるとともに、水産学シリーズ152(日本水産学会編)山本勝太郎他編として出版されている。漁具と対象生物の応答、つまり水中における生物・物理過程として漁獲過程を捉えて研究をさらに推進するためにはテレメトリー手法の当該分野への応用は不可欠である。今後、得られた現場での情報を如何に定量化し、評価するかといった技術開発が益々求められている。

 2001年に実用に耐えうる計算手法を新たに水産科学に導入することを目指して数理水産科学会が創立された。同会が刊行している数理水産科学では水産研究にかかわる新たな実用数理の構築と理論整備を目指した試みは特筆すべきである(数理水産科学;Vol.1~Vol. 8)。漁業を初めて科学的な視点からとらえたとされている寺田虎彦、その教え子である田内森三郎の系譜につながる川上太左英ら先学に繋がるものと期待される。先学者が漁業を如何に定量的に評価するかといったことに腐心しつつ研究を進めてきた結果は過去の当該分野の研究史を参照すれば明らかである。後進の研究者が対象にしている当該分野は従来に増して複雑化しているものの、EAFにみられるように国際的な制限要因の影響を強く受けながらも、生物、特に行動・生態分野との複合・融合研究領域に拡大している。また模型則に代わる手法として近年ではシミュレーション技術が著しく向上し、たとえばNaLA; Net-shape and Loading Analysis systemと名付けられた漁具の動態把握の計算手法は、わが国の漁業研究者の努力の結晶であるとともに、世界的に見ても第1級の成果と言える。NaLAによる計算結果を検証するために漁具の運動を拘束しない、たとえば水産学シリーズ152で紹介されている超小型機器類の当該分野への応用については、その開発目的が生物の自然状態での行動を記録することであることから現状ではまだ多くの制限要因があるものの、漁具の現場での動態把握はマイクロデータロガ‐を通してある程度把握できるようになった。同書で述べられている、“ギアテレメトリー(漁具運動情報遠隔測定)”といった新たな研究分野が開拓されつつある。既述した、漁獲過程の解明は、21世紀の漁業がEcosystem Approach to Fisheries (EAF) といった方向性のもとで“Smart Fishery”を目指すのであれば必要・不可欠でありその際、マイクロ機器類は非常に有効なディバイスとして機能することが期待できる。

 2011年3月には、既述した水産を科学の対象にした研究者の系譜に繋がる若い研究者を中心として「21世紀のSmart Fisheryを目指して」と題する平成23年度日本水産学会春季シンポジウムが開催される。内容は、Smart Fisheryをめざして;日本の事例、欧米の事例、中国の事例、韓国の事例、コンピュータシミュレーションと漁業;網時の計算モデル、コンピュータシミュレーションの応用事例‐I、コンピュータシミュレーションの応用事例II、漁船と漁具の運動練成、魚の行動情報と漁具漁法;漁具に対する魚群の行動と漁獲、魚群行動情報と漁具設計、選別漁具の選択性と魚の逃避、生残、漁業現場からの要望。以上はEAFを遂行するためには不可欠の研究であり、最近緒に就いたところである。 

 以上主に海面漁業に係る研究動向について述べてきた。一方、内水面漁業については、産業規模が極小であるので漁業分野の研究は少ない。3指定湖沼(琵琶湖、霞ヶ浦、北浦)中では最大である琵琶湖では他の2湖沼に比較して多種多様な漁具・漁法により漁業がおこなわれている(滋賀の水産)ものの、小型定置網に分類されるところのえり漁業に関する研究が社会学・民俗学・歴史学的な観点から多数存在する。しかし漁業科学といった視点からのものは極めて少ない。さらに、琵琶湖・霞ヶ浦・北浦における研究はその大部分が資源管理の範疇にはいることから、本稿では言及しなかった。


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