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高分子ナノ材料研究最前線

2011年 3月14日

西 敏夫

西 敏夫:
東北大学原子分子材料科学高等研究機構 教授、主任研究員

東京大学名誉教授(2003年~)
東京工業大学名誉教授(2008年~)
1967年:東京大学大学院工学系研究科応用物理学専攻修士課程修了
1967年~1980年:ブリヂストンタイヤ(株)研究開発本部
1972年:工学博士(東京大学)
1972 年~75年:ベル研究所客員研究員
1980~2003年:東京大学工学部物理工学科 専任講師、助教授、教授
1985年:IBM Summer Faculty Fellow
2003~2008年:東京工業大学大学院理工学研究科、有機・高分子物質専攻教授
2008年~現職
1995~97年:(社)日本ゴム協会会長
2000~2002年:(社)高分子学会副会長
2005年~:最高裁判所専門委員、2006年~:日本学術会議連携委員
PR:ポリマーアロイ、高分子ナノテクノロジーの開拓
ISO/TC45/SC4/WG9 免震ゴムの議長、日本発の免震ゴムのISO化達成

中嶋 健(同准教授)、陣内 浩司(京都工芸繊維大学工芸科学研究科 准教授)

1.はじめに

 高分子ナノ材料の研究開発は、日本、中国を始めとして世界各国で盛んに研究されている。それらは、非常に多面的で簡単にはまとめられないが、標準的には我々が2005年に高分子学会から高分子先端材料One Pointシリーズのひとつとして出版した、「高分子ナノ材料」1)が基本となろう。実際、ネット検索で「高分子ナノ材料」と入れると53,100件中からトップに我々の本が現れる。

 今回は、2005年以降について、日本の進歩を中心として我々自身の研究を含めてまとめてみた。特に、日本に関しては、高分子学会のなかに高分子ナノテクノロジー研究会が2002年から発足し、活発に研究会、講演会などを行っている。この辺の活動も参考にして頂けると助かる。また、高分子ナノ材料の発展には、高分子ナノテクノロジーの発展が不可欠である。これも同様に「高分子ナノテクノロジー」というキーワードでネット検索すると33,800件あり、トップに「高分子ナノテクノロジー研究会」が現れる。

 一方、高分子ナノ材料の基本は、ポリマーアロイ、ブレンド、コンポジット(略称ポリマーABC)である。ポリマーABCに関しては、1992年から2002年まで活動した高分子学会のポリマーABC研究会が、2001年1月1日に発行したB5版1,260ページに及ぶ「ポリマーABCハンドブック」2)がある。この本は、1冊62,790円と高価にもかかわらず専門書としてはベストセラーとなり、在庫も殆ど無いという。現在改訂版として「高分子ナノテクノロジーハンドブック(仮称)」を計画中で、高分子ナノテクノロジー研究会から近年中に出版予定である。尚、高分子ナノテクノロジー研究会は、高分子ABC研究会を母体にして、時代の流れに応じて改称したものである。勿論、ネット検索で「高分子ABC」と入れると、約135,000件からトップにこの本が現れる。

2.ポリマーアロイ・ブレンドの発展

 ポリマーアロイの大きな分野のひとつに、ブロック共重合体によるミクロ相分離構造を利用した熱可塑性エラストマー(TPE)という領域がある。これに関してはNPOナノ構造ポリマー研究協会の中に、TPE技術研究会が2006年6月から発足し、現在までに5回の公開講演会、23回の研究会を開くなど活発に活動している。これも「TPE技術研究会」でネット検索すると、206,000件中トップに現れる。

 最近のトピックスとしては、リビング重合を工業規模で成功させて年産1万トン規模で生産され始めた、カネカのスチレン・イソブチレン・スチレンブロック共重合体3)がある。これは、ガスバリア性、振動吸収性に優れたTPEとして注目されている。また同様にクラレは、透明なTPEとしてポリメチルメタクリレート(PMMA)とポリnブチルアクリレート(PnBA)ブロック共重合体4)を量産化する。アクリル系TPEでナノサイズのミクロ相分離のため、ポリスチレン(PS)やポリカーボネート(PC)以上に透明で、PMMAと殆ど同じ位透明である。従って、極めて透明なエラストマー材料が出現した事になる。

 一方、TPEでは、物理架橋の役割をするハードセグメントとゴム物性を示すソフトセグメントからなるブロック共重合体が基本であるが、どちらかのセグメントと相溶する高分子がある場合は、両者を接着剤無しで接着5)できる。例えば、スチレン・ブタジエン・スチレン(SBS)共重合体とPS板などである。この性質を積極的に利用すると、表面が柔軟で内側が硬い複合材が射出成形で可能となる。これをオーバーモールディングと呼ぶが、自動車内装部品等に使われ始めている6)。この様な手法により、高分子ナノ材料の用途が拡大しつつある。

 さらに、TPEでは、今まで主流であったSBSやスチレン・イソプレン・スチレン(SIS)ブロック共重合体だけでなく、オレフィン系のマルチブロック共重合体7)など複雑な構造を持った高分子ナノ材料が次々と現れて来ている。

 ポリマーアロイの分野では、混練条件を精密制御したり、反応押出し(リアクティブプロセシング)を用いて、相分離構造をナノスケール化した高分子ナノアロイが東レを中心に開発され、実用化が進んでいる。例えば、NEDOによる精密高分子技術プロジェクト(2000年〜2007年)では、東レ、山形大、東工大、京都工芸繊維大、産総研などの産学官連携により、非粘弾性ポリマーアロイ(NOVA)が開発された8)。これはポリアミドとポリオレフィン系エラストマーのポリマーアロイで、L/D=100という特殊な二軸押出機を用いることによって、複雑な相構造をナノスケールで制御したものである。これによって、普通はプラスチックとしてふるまうが、衝撃時にはゴムのような挙動を示す新規なポリマーアロイが開発された。さらに、これらの技術を複合したTPEとのポリマーブレンド、架橋を導入したTPVなど目的に応じた多様な高分子ナノ材料が開発されている。

3.ポリマーコンポジットの発展

 各種のナノ粒子、ナノファイバー、ナノシート、3次元共連続構造などによるポリマーナノコンポジットというかたちの高分子ナノ材料の開発は枚挙にいとまがない程多くなって来た。昔から知られているカーボンブラックやシリカナノ粒子による複合も、混合方法、ナノ粒子の表面処理やカップリング剤の最適化や分子設計、さらにはマトリックスとなる高分子の両末端機能化による粒子表面との相互作用増強などにより、ナノ粒子の分散状態制御が可能になりつつある。このようなナノ階層制御により、超低燃費タイヤ用ゴム材料の開発9)などが急速に進んでいる。

 一方、カーボンナノチューブ(CNT)による高分子複合材料の開発も進み、半透明導電性プラスチック、高温高圧下で使用可能なフッ素系ゴムシール10)などが現れている。特に後者は、これを石油掘削用装置のシールに用いると、今迄より深部からの採油が可能になり、石油埋蔵量の大幅な増加につながると期待されている。このように、高分子ナノ材料をメガテクノロジーへと展開するのは新しい視点11)として注目されている。同様な事は、高分子ナノ材料によって、建物や橋梁を地震から守る免震用積層ゴムを高性能化するという目標にも現れている12)。特に、CO2発生抑制に大きく貢献する原子力発電所の免震化も注目され、2010年11月には、柏崎で原子力発電設備の耐震、免震化の国際シンポジウムまで開かれるようになった13)。

 さらに、ナノシートと見なされる層状化合物であるクレーやグラフェンを使ったナノコンポジット材料の進展も著しい。例えば、日本発の技術であるクレーの一種である層状鉱物のモンモリロナイトを、一層ずつはがして高分子やゴム中に分散させ、高弾性率化させた高分子ナノ構造体は、自動車材料へ応用され始めたし、ゴム中に分散させガスバリア性を高めたナノ材料は、自動車用タイヤのインナーライナーに使われ始めた。

 一方、ナノ粒子を使ってポリマーの屈折率を上げる試みや、高熱伝導性フィラーを電場や磁場を使って配向させた放熱シート、異方導電性フィルム等に関する研究も盛んに行われている。個別の高分子ナノ材料の紹介はきりがないので、以下では、これらの研究の共通基盤となる高分子ナノテクノロジーの最前線について簡単にまとめる。

4.高分子ナノテクノロジーの発展

 高分子ナノ材料の研究で重要なのは、

  • ナノ構造解析
  • ナノ物性解析
  • ナノ材料開発
  • 高分子ナノ材料の成型、加工技術
  • 大規模な計算機によるシミュレーション

などの高分子ナノテクノロジーの発展である。

 特に、これらにより、高分子ナノ材料中の複雑な構造の三次元可視化、ナノ材料中の多相構造の空間的分散・配向状態の定量的な解析とシミュレーション、多相界面の制御、多相のナノスケールでの物性マッピング等が可能になりつつある。ここでは進展が著しい二例の紹介に留める。

1) 電子線トモグラフィーによる三次元電子顕微鏡(3D-TEM)による高分子ナノ材料の構造解析14)

高分子材料の3D-TEMに適したシステムが開発され、実際の高分子ナノ材料の研究開発に活用され始めた。基本は、透過型電子顕微鏡(TEM)中で、試料を±60~70°で1°きざみ程度で回転させ、三次元像を再構成するものである。図1(b)に、ゴム中にカーボンブラック(青)、シリカ(赤)ナノ粒子を分散させた系の3D-TEM像を示す15)。ここで、画面の大きさは、726×726×107nmである。これにより、カーボンブラックもシリカも一次粒子径は約20nmであるが、それらは単一粒子で分散しているのではなく、多くの一次粒子が凝集したアグロメレートを形成して分散していることがわかる。この様な系の最適化には、アグロメレートの解析、これらの空間分散状態の制御が必要であるが、今迄この様な情報は得られていなかった。参考までに今迄のTEMでは、図1(a)の様な情報しか得られず、ナノ粒子が三次元的にどう分散しているかは不明であった。3D-TEMの活用により、より優れた高分子ナノ材料が開発されると期待されている。この手法は、ブロック共重合体のミクロ相分離構造の三次元解析14)、クレー配合高分子ナノ材料の解析15)その他に応用され始めている。

2) ナノ物性解析としてのナノ力学物性マッピング

3D-TEMによって高分子ナノ材料の複雑な三次元構造がわかったとしても、そのナノ領域で材料の物性がどうなっているのかは不明である。最近、原子間力顕微(AFM)をベースにしてそのForce-Distance曲線を試料各部で解析し、それをマッピングする手法が開発された17)。これにより、高分子ナノ材料の複雑な構造の各部分での弾性率、凝着エネルギー、粘弾性、変形量、試料の真の凹凸像などを同一場所で一回の測定でナノスケールでマッピング可能となった。例えば、図2(a)に、ポリアミド(PA6)とポリオレフィン系エラストマー(POE)ブレンドの界面での弾性率マッピングを示す18)。これを高性能化するために、POEに無水マレイン酸をグラフトすると、界面は図2(b)の様に劇的に変化する。界面の厚みで言えば、約7.6nmから48nmと厚くなる。同時にPA6相の大きさ、分散状態も劇的に変化する。この様な手法によって、高分子ナノ材料で最重要な問題である界面制御とその解析方法が確立されつつある。

 現在では、これらの三次元情報をもとにして、高分子ナノ材料中でナノスケールでの三次元有限要素法を用いて、ナノから巨視スケールの物性を予測し、その最適化を試みることまで可能になって来た。これらの手法は、個別の高分子ナノ材料に適用可能である。従って、これからは、巨視的に見れば普通の高分子材料と見えるが、内部のナノ構造が制御され、今までに無い特性を持った実用に耐える高分子ナノ材料が次々に現れてくると期待されている。

図1

図1 カーボンブラック(CB)とシリカナノ粒子充てんゴム中のCB(青)とシリカ(青)のTEM像15)

(a)二次元像,(b)三次元像.(726×726×107nm)

図2

図2 ポリマーブレンド界面のナノ力学物性マッピング18)

(a)ポリオレフィンエラストマー(POE)/ ポリアミド(PA6)、(b)無水マレイン酸グラフトPOE / PA6

5.おわりに

 高分子ナノ材料は極めて多岐にわたるのでこれからも新しい材料がここで述べた手法などを基にしていろいろ現れて来るであろう。新しい発想としては、例えば架橋点を化学結合ではなく、環状分子を組み合わせて可動とした環動高分子がある19)。この方法でゲルを作成すると、今迄にない高い膨潤性、高伸張性等が得られる。最近は、これをゴム状物質に応用し、傷修復性塗料まで開発されている。勿論高分子ナノ材料は、目的に応じて設計可能なので、今後はどのような方面を重視するかも大切である。これからの方向としては、

  • エレクトロニクス・ITイノベーション
  • バイオイノベーション
  • グリーンイノベーション

などに向けた高分子ナノ材料の研究開発が求められていると考えている。

主要参考文献:

  1. 西 敏夫,中嶋 健:「高分子ナノ材料」,高分子学会編高分子先端材料One Pointシリーズ,共立出版,2005年3月.
  2. 高分子学会編:「ポリマーABCハンドブック」,エヌ・ティー・エス出版,2001年1月.
  3. 中林裕晴:日本ゴム協会誌,83,284(2010).
  4. B. K. Chapman, T. Kurihara, K. Hirata: 9th. TPE. TOPCON, No. 6-1, Sep. 2010, Akron, USA.
  5. 六田充輝:日本ゴム協会誌,83,296(2010)
  6. M. R. Sadeghi, S. Lattime, R. L. Pfaffle: 9th. TPE. TOPCON, No. 5-1, Sep. 2010, Akron, USA.
  7. L. Weaver, A. Batra, K. R. Hollabaugh, J. M. Rego: 9th. TPE. TOPCON, No. 4-1, Sep. 2010, Akron, USA.
  8. 中浜精一監修:「精密高分子の基礎と実用化技術」,シーエムシー出版,2008年11月.
  9. NEDO,ナノテクチャレンジプロジェクト,「三次元ナノ階層構造制御による超低燃費タイヤ用ゴム材料の研究開発」(2009年〜2011年)
  10. M. Endo, T. Noguchi, M. Ito, K. Takeuchi, T. Hayashi, Y. A. Kim et al. : Adv. Funct. Mater. 18, 3403 (2008).
  11. T. Nishi, K. Nakajima, H. Jinnai: IRC 2009, Nurenberg, Germany.
  12. T. Nishi, J. M. Kelly, F. L. Zhou: ISO Focus, 6, 26 (2009).
  13. 1st. Kashiwazaki International Symposium on Seismic Safety of Nuclear Installations, Nov. 2010, Kashiwazaki, Niigata, Japan.
  14. H. Jinnai, R. J. Spontak, T. Nishi: Macromolecules, 43, 1675 (2010).
  15. H. Jinnai, Y. Shinbori, T. Kitaoka, K. Akutagawa, N. Mashita, T. Nishi: Macromolecules, 40, 6758 (2007)
  16. H. Nishioka, K. Niihara, T. Kaneko, J. Yamanaka, T. Inoue, T. Nishi, H. Jinnai: Composite Interfaces, 13, 589 (2006)
  17. K. Nakajima, T. Nishi: 「Polymer Physics, From Suspensions to Nanocomposites and beyond」, Ed., by L. A. Utracki and A. M. Jamieson, John-Wiley & Sons., 2010.
  18. D. Wang, S. Fujinami, H. Liu, K. Nakajima, T. Nishi: Macromolecules, 43, 5521 (2010).
  19. 伊藤耕三:高分子論文集 65, 445 (2008).

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