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中国の基礎教育課程改革の現状と課題-PISA調査結果を踏まえながら-

2011年 4月26日

日暮トモ子

日暮トモ子(ひぐらしともこ):有明教育芸術短期大学准教授

2009年 早稲田大学大学院 教育学研究科 教育基礎学専攻 博士後期課程 単位取得退学
2004~2009年文部科学省生涯学習政策局調査企画課専門職・外国調査第2係長。
研究分野は、教育思想史、比較教育学。著書に文部科学省編『諸外国の教育改革の動向』ぎょうせい(2010)、学校教育研究所編『諸外国の教育の状況』学校図書(2006)等がある。

はじめに―教育の普及から質の向上へ―

 改革開放政策の下で市場経済を取り入れ、急速に経済を発展させてきた中国は、経済発展を推し進める力となる「優れた人材の育成」を目的として掲げ、1980年代後半から教育改革に取り組んできた。とくに、経済発展の遅れから教育の普及が遅れている地域も少なくなかった事情から、義務教育(小学校と初級中学の計9年間)の未実施地域解消を教育改革の「重点中の重点」として位置づけ、国家レベルで様々な普及のためのプロジェクトを進めてきた。その結果、80年代は小学校教育さえも普及していなかった義務教育は、2009年には全人口の99%が住む地域で実施され、政府が掲げた2010年までに義務教育の全国完全実施という目標をほぼ達成しつつある。

 このように義務教育の普及に一定の成果がみられたことから、現在は教育の質の向上へと改革の重点がシフトしている。教育の水準向上を図るための政府の基本的な方針が「資質教育」(原語:素質教育)である。資質教育とは従来の受験のための知育偏重の教育を反省し、創造性や実践能力など子どもの様々な資質を全面的に伸ばそうとする教育のことで、90年代半から提唱され、今日の初等中等教育改革の方向性を示す考え方となっている。

 資質教育の推進から約10年、中国ではどのような改革が行われ、そしてどのような成果がみられたのか。本稿では、基礎教育段階(初等中等教育)の教育課程改革の動向に焦点を当て、教育の質の向上を目指す中国の教育改革の現状と課題について、2010年12月に公表されたOECDのPISA2009の調査結果を踏まえながら概観する。

1.義務教育課程の改革-知育偏重から創造性・実践能力重視へ-

 中国では教育課程の基準は国(教育部。中央政府の教育行政機関)が定めており、これを省・自治区・直轄市が地域の実情に合わせて調整して実施できることになっている。しかし実際は、全国同一の基準が多くの地域で実施されてきた。運用面の画一性が問題として指摘されていたにもかかわらず、長年にわたって暗記中心の知識の詰め込みによる教育が行われ、地域の実情や児童生徒の発達段階に対応できていなかった。その背景には、過熱した受験競争があった。

 中国では、文化大革命後の大学入試再開(1977年)とともに、上級学校への進学を巡って激しい受験競争が展開され、高等教育への大学進学率は現在でも2割程度である。受験競争は初等中等学校にも及び、学校では受験対策のための知識学習が大きな比重を占めてきた。受験競争の過熱化は児童生徒に対しても過重な学習負担を課すことになった。

 こうした受験偏重教育の反省に立ち、1990年代半ばに新たな教育方針として示された概念が資質教育である。1999年に中国共産党中央及び国務院(内閣)から公表された「教育改革の深化と資質教育の全面的推進に関する決定」や、2001年に国務院から公表された「基礎教育の改革及び発展に関する決定」において、資質教育の推進が今後の教育改革及び教育政策の柱として示され、教育の水準向上を進めていく上での政府の基本的な方針となった。この方針に基づき、2001年に義務教育段階の教育課程の基準の改訂が行われた[1]

 新しい教育課程の編成方針として、教育部は、過度に知識の伝授を重視していた傾向を改め、児童生徒に積極的で主体的な学習態度を養うために、基礎知識と基礎技能の習得と同時に、学習過程を重視するとした[2]。授業時間についても、合計時間数だけを定め、各教科目への配分は割合のみを示し、地方や学校の裁量に委ねた。また、教科横断的な学習を行う「総合実践活動」の時間の導入を指示した。さらに、すでに大都市で実施していた小学校段階における外国語(英語)の授業も、全国的に第3学年から必修とした。このほか、試験制度や評価の方法を改め、問題分析能力や問題解決能力を重視する試験内容とするとともに、小学校では従来の百点法をやめ、4~5段階の等級による評価を行うこと、成績別の氏名公表を廃止することなどを指導している。下表は現行の教育課程基準である。同基準は2005年9月から学年進行で実施されている。

表:義務教育段階の教育課程基準
   学年 時間配分(%)
 1  2  3  4 5  6  7  8  9
教科目 品徳と
生活
品徳と
生活
品徳と
社会
品徳と
社会
品徳と
社会
品徳と
社会
思想
品徳
思想
品徳
思想
品徳
7~9
  歴史と社会(又は歴史,地理を選択) 3~4
  科学 科学 科学 科学 科学(又は生物,物理,化学を選択) 7~9
言語・
文学
言語・
文学
言語・
文学
言語・
文学
言語・
文学
言語・
文学
言語・
文学
言語・
文学
言語・
文学
20~22
算数 算数 算数 算数 算数 算数 数学 数学 数学 13~15
  外国語 外国語 外国語 外国語 外国語 外国語 外国語 6~8
体育 体育 体育 体育 体育 体育 体育 体育 体育 10~11
芸術 (又は音楽,美術を選択) 9~11
    総合
実践
活動
総合
実践
活動
総合
実践
活動
総合
実践
活動
総合
実践
活動
総合
実践
活動
総合
実践
活動
7~8
地方及び学校が定める課程 10~12
週時間 26 26 30 30 30 30 34 34 34 274
年時間 910 910 1050 1050 1050 1050 1190 1190 1122 9522
表注:時間数は単位時間。1単位時間は第1~6学年(小学校)40分、第7~9学年(初級中学)は45分。出典:教育部「義務教育課程設置実験方案」2001年。

 このように現行の義務教育段階の教育課程では、児童生徒の創造性や実践能力の育成を重視する資質教育の理念の下で、従来の丸暗記、受け身の学習を改め、主体性の育成を目指すことによって、教育の質の向上を図ろうとしている。

2.後期中等教育段階の教育課程改革-生徒の主体性を重視した課程編成-

 義務教育の普及の成果を受け、教育部は、義務教育以後の後期中等教育(普通教育を行う「高級中学」及び職業教育を主として行う「職業中学」「中等専門学校」「技術労働者学校」を含む)の改革にも2000年前後から着手している。過度の学習負担や受験偏重の詰め込み教育の原因となっていた進学圧力の緩和をねらいとして、高級中学段階の教育の拡大と中級レベル技術者の確保に向け、1999年から後期中等教育段階の入学定員を増やしている。その結果、1999年に5割程度だった後期中等教育段階の総在籍率は2009年に79%となり、政府が掲げる2010年までに総在籍率80%という目標を達成しつつある。

 こうした量的拡大とともに、質の向上に向けた改革が進められている。その取組の一つが、高級中学の教育課程改革である。高級中学の教育課程については、選択科目に比べて必修科目の比重が大きい、教科間の整合性が少ない、生徒の学習負担が重すぎるなどの問題が指摘されてきた。この教育課程の基準についても、義務教育段階と同様、資質教育の方針に基づき、2004年に見直しが行われた。

 改訂された高級中学の教育課程の基準は、従来の画一的な内容から、多様性、柔軟性を重視したものとなっている。新たにモジュール制や単位制を導入し、個人の選択の幅を拡大するなど、生徒の主体性を重視し、生徒一人一人の多様な個性に応じた教育を行うことが目指されている。なお、新課程は2004年から一部の省で実施された後に実施範囲が拡大され、2007年より全国で導入されている。

3.教育課程改革の成果―PISA2009調査の結果から―

 このように教育の水準向上を目指し、約10年にわたって資質教育推進の方針に基づき教育課程改革を進めてきた中国だが、その成果は得られたのか。それを示すものの一つとして、上海市が参加した国際的な学力調査であるPISA調査の結果がある[3]。PISA調査はOECDが3年ごとに実施している15歳の生徒を対象に行われる学習到達度調査で、2009年調査に上海市が中国として初めて参加した。その結果が2010年12月に公表され、「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」の3分野のすべてで世界1位となったことで、上海や中国の教育に各国から注目が集まった。

 調査の実施を請け負った上海PISA研究センターの担当者によると、上海市は国内における評価技術の発展や、国際的な評価測定手法による同市の教育改革の成果の検証のために調査に参加した。今回の好結果の要因については、資質教育の推進など80年代からの教育改革の成果を指摘している。とくに上海市は他の地域に先んじて教育課程改革に着手した地域であり、国の方針である資質教育の推進を重視しつつ、独自に教育課程改革を率先して進めてきた経緯から、今回の結果は同市の改革の成果である、といった評価が多い。このほか、中国社会の教育を重んじる伝統の存在や、教育条件の良い学校による、条件の悪い学校に対する教育上の支援体制の整備状況からの分析もなされている。

 しかしながら、受験偏重教育の克服に向け、創造性を重視する教育改革を進めている中にあっても、上海を含む中国では激しい受験競争の改善はみられず、児童生徒の学習負担の軽減が解決すべき大きな課題となっている。今回の好成績の要因でも、改革の成果という積極的な評価以外に、科挙など試験文化の影響(試験重視の態度)、課外での習い事など学校外での学習時間の長さ[4]、一人っ子政策による保護者の子どもに対する教育熱の高さなどが指摘されている。したがって、今回の結果を、課程改革など質向上を目指して行われた改革の成果とは単純には言えない面がある。今回の結果が、中国の従来の受験重視の教育観や学力観の転換を促進するものになるのか、それとも受験競争や試験文化を助長するものになるのかについて、中国国内でも議論が分かれている[5]

おわりに-さらなる質の向上を目指して-

 本稿で確認してきたように、中国では、教育の普及から教育の質の向上へと教育政策の重点をシフトさせ、資質教育の理念に基づき教育課程改革を進めてきた。好成績を挙げた上海市のPISA調査結果をこれまでの改革の成果として評価することもできる。しかしながら、初等中等教育において最も大きな問題の一つとされる大学受験を巡る激しい競争は依然として展開されている。さらに近年は、教育格差の問題も生じている。目覚ましい経済発展の一方で、都市と農村、地域間の経済格差が目立つようになり、それに伴い、都市と農村、地域間、学校間の教育格差が拡大している。例えば、農村部の子どもの就学保障や、都市に戸籍を持たない農村出身の労働者の子どもの就学保障の問題に端的に示されている。過熱した受験競争とともに、教育格差の拡大は、教育水準の引き上げにとって障害となっている。

 こうした状況を踏まえ、中国共産党中央及び国務院は2010年7月に今後10年間の教育政策や教育改革の方向性を示した「国家中長期教育改革及び発展計画要綱(2010~2020年)」を公表した。同要綱には、教育の公平性の実現と教育の質の向上を重視した施策や計画が盛り込まれている。教育部は、教育の調和のとれた発展を義務教育の最重点課題に据え、経済的発展の後れた地域に財政的、物的、人的支援をするよう各地方に求めている。教育格差を是正し、教育の公平性を実現しつつ、全体として教育の質をいかに向上させるかが、今日の改革における課題となっている。今後の改革の行方に注目したい。


[1] 改訂前の義務教育段階の教育課程基準は、1992年に制定、翌1993年に実施されたものである。

[2] 教育部(2001)「基礎教育課程改革綱要(試行)」。

[3] 中国国内では、費用の問題もあって、全国的な学力調査は行われていない。ただし、国の政策立案や教育内容の改善のためのデータ収集のために、一部地域を対象とした学力調査は行われている。

[4] 中国国内では、費用の問題もあって、全国的な学力調査は行われていない。ただし、国の政策立案や教育内容の改善のためのデータ収集のために、一部地域を対象とした学力調査は行われている。

[5] 「PISA上海奪冠不可沾沾自喜」『中国教育新聞網』2010年12月15日(http://www.jyb.cn/ opinion/mtzl/201012/t20101215_406073.html)(2011年1月24日閲覧)、及び「PISA2009:国際視野中的上海義務教育質量」『上海教育新聞網』2010年12月17日、(http://www.shedunews. com/web/TDisp_24986_3.html)(2011年1月24日閲覧)などを参照。

引用・参考文献:

  1. OECD(2010), Strong Performers and Successful Reformers in Education: Lessons from PISA for the United States, OECD.
  2. 教育部(2001)「基礎教育課程改革綱要(試行)」。
  3. 上海市教育科学研究院・SHPISA(上海PISA)秘書処和研究中心(http://www.cnsaes.org/homepage/html/SHPISA/)
  4. 鐘啓泉ほか主編(2001)『為了中華民族的復興 為了毎位学生的発展-「基礎教育課程改革綱要(試行)解読-』、華東師範大学出版社。
  5. 中国共産党中央・国務院(2010)「国家中長期教育改革和発展規劃綱要(2010~2020年)」。
  6. 文部科学省編(2010)『諸外国の教育改革の動向-6か国における21世紀の新たな潮流を読む-』ぎょうせい。

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