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中国大学入試制度と基礎教育の関係について

2011年 4月20日

劉 海峰

劉 海峰(Liu Haifeng):厦門大学教育研究院院長

厦門大学教育研究院院長、教授。厦門大学試験研究センター主任、国家教育諮問委員会委員、国務院学位委員会教育学科評議チームメンバー、教育部全国高等学校設置評議委員会専門家を兼任。主要研究方向は高等教育理論と歴史、科挙学と試験制度で、中国教育部人文社会科学重大課題研究プロジェクト「高等学校入試改革の理論と実践研究」のチーフエキスパートを担当。「科挙学導論」、「高等教育歴史と理論研究」、「大学入試改革の理論思考」、「大学入試制度の改革研究」、「科挙試験の教育視角」などの著作は19部出版、論文200編余り発表。)

 中国の全国大学統一試験(大学入試と略称)は基礎教育と高等教育間の架け橋として、大学の新入生選抜、中・高等学校の教育・運営に対する調整及びガイドの役割のみならず、教育系統の統合、社会安定の維持などの重要な役割を担っている。青年学生の個人の運命と多くの家庭の喜怒哀楽に係わるため、以前から、中国教育界ないし全社会の注目を浴びる焦点となっている。本文は大学入試制度の機能と影響を論述する上、大学入試と小・中・高等学校の「資質教育」との二重の関係を分析し、同時に大学入試制度の将来の改革方向を検討する。

一、中国大学入試制度の機能と影響

 1952年に確立した大学入試制度のその基本機能は大学が適格な新入生を選抜し、大学の学生の質を確保することにあるが、試験を重視する中国でその機能により莫大な効果が生れ、大学入試が基礎教育の「指揮棒」となり、小・中・高等学校の教学を左右するようになった。社会の公平と秩序を維持する以外、大学入試の教育においての機能が巨大な影響力を持っており、基礎教育へのプラスの影響は主に下記の2つがある。

 第一に、小・中学生・高等学校生の努力向学を促進し、民族の文化水準を向上させる。大学入試の良い機能と役割は一語で言えば、試験で学習を促すことにある。入試制度の利点は多いが、その一つは、自分を頼り、他人に頼らないことである。生涯で他人に頼ることは多いが、他人に頼ることは難しく、また成功できるかどうかは他人次第である。入試は逆に自分を頼るチャンスを提供し、成功できるかどうかは自分の努力によるものなので、入試と人材選抜は人間の向学心を向上させ、努力させる。1966年から1976年にかけて大学入試が廃止され、教育秩序が混乱し、小・中・高等学校で「読書無用論」が流行っていた。1977年に大学入試は回復し、無数の青年の学習意欲を引き出し、民族文化水準の迅速な回復と向上を促進し、「文革」で被害を受けた文化教育が速やかに回復された。有名な大学に進学するのは多くの中学生・高等学校生の努力の原動力となった。いくら勉強したがらない学生でもこの雰囲気では、やむなく文化知識を学ぶようになる。これは全民族の知識水準を向上させるには積極的な意味を持つ。従って、大学入試は多くの青少年の文化資質を向上させるための巨大な原動力でもある。選抜的試験は試験で学習を促すという強大な機能を持つ。受験生の水準を全面的に向上させた後、一定の区分を保つために、逐次試験の難しさをアップせざるを得ない。この「水位が高まれば船も高くなる」という関係により、今でも大学入試は学生を激励し、高等学校が絶え間なく教育を改善するためのもっとも実際的でもっとも重要な原動力になった。

 第二に、中・高等学校の運営と教育の方向をリード・規格化する。アメリカのSAT及びACTのような、中・高等学校教育との関係が緊密に繋がらないものでなく、中国の大学入試と中・高等学校の関係は非常に直接的なもので、中・高等学校の教育と受験勉強は方向性がないことがないように、大学入試の試験問題は高等学校のテキストの範囲と大学入試の「入試要項」を超えないと定められている。大学の学生募集と中・高等学校の教育の関係は教えたものを試験するとなっているはずだが、大学入試が中・高等学校の教育を強く制約し、実際には試験するものを教えることがよくある。大学入試は中・高等学校の運営と教育をリードする機能を付与された。ある意味では、大学入試は国家意思・政策と学校教育活動の仲介であり、入試科目の設置と試験問題の設計を通じて、国家は政治理論や思想意志を中・高等学校の教育に貫徹することができる。例えば、政治科目の試験に時事の内容を含むため、学生が時事に関心を持つように誘導する。試験科目の増減と試験内容の配分比率の調整を通じて、一部の学問分野の発展をコントロール或いは促進できる。大学入試の指揮棒をうまく操れば、学生の心身の健康的発達を誘導できる。従って、大学入試は教育方針の実施、学校運営方向の規格化にとって重要な役割を持つ。

 大学入試は往々にして基礎教育の「指揮棒」と呼ばれているが、中・高等学校のすべての教育活動が大学入試を中心にし、大学入試を巡って機能しており、試験するものは教えるが、試験しないものは教えないということを指す。例えば、1994年に実施した統一試験を基礎とする「新大学入試」改革では、文科系と理科系に分けて「3+2」の科目組合せを実施した。地理、生物と政治(理科)などの科目を大学入試から切り離し、必須試験科目からはずした。それに伴った問題点は、これらの科目が中・高等学校の教育から粗末に扱われ、教育時間数及び先生の職位も減少し、大学の関連専攻が教育中において学生の基礎知識不足に面し、師範大学の関連専攻の卒業生も就職難に陥った。すると関連学者から次々と中央の関連部門に意見書が提出され、大学入試科目の減少による関連学科にもたらした問題点は全国人民代表大会の提案にまで反映された。1996年8月15日に、中国科学院院士71名は連名で「光明日報」に生命科学を重視するようにと呼びかけ、理科大学入試の生物試験のあるべき地位を直ちに回復しなければならない、特に学生源と今後の研究及び教育の質を確保するために、生物学部及び医学関係、農業学科関係の入試に生物学の試験を免除してはならないと指摘した。現在、受験教育と生物学試験の取り消しの影響により、中学生・高等学校生は生物学の勉強を軽視し、中・高等学校の生物学教師は仕事が落ち着かず、教育内容が遅れて、実験教育設備の不足などは中・高等学校の生物学の教育の質に多大な影響を与えた[1]。その後、国語、数学、外国語プラス文科総合/理科総合を追加した後、この問題はようやく基本的に解決された。

 統一募集入試が小・中・高等学校の教育に与えたネガティブな影響も少なくない。例えば中・高等学校は知識のみ強調し単純に進学率を求め、文科・理科の偏りを起こし、生徒の学習プレッシャーや負担が重すぎ、更に近眼率が上がり、体質が下がり、独創性と個人性の発達が影響され、ある程度人間の創造性を制約してしまい、学校の運営も特色なく、教育改革が進まないなどが挙げられる。試験あっての受験で、特に競争の激しい大学入試は学生を極力受験のために勉強するように導いてしまった。試験するものは勉強するが、試験しないものは勉強しない。このような偏りのある受験のネガティブの影響はある程度においては、知識習得だけでは優れているが、知識偏りという弊害と学業成績至上という功利的な考えになり、高校教育の目標と理想を曲げてしまった。「暗い7月」[2]、「試験地獄」、「異化された大学入試」と批判されている。

 激しい大学入試の競争に伴い、試験問題も年々難しくなるのは、選抜的試験の区分を保ち「水位が高まれば船も高くなる」必然的な結果であるが、「進学主義リード」が下へ小学校と幼稚園まで広がり、少年児童も学習の重い負担に耐えないのは、さらに心配されることである。中国の中学生・高等学校生は世界中で一番プレッシャーが重くて楽しくない群の一つだと言われている。数年来、大学入試の弊害が日々現れてきて、大学入試改革への呼びかけも高まった。1980年代「一方的に進学率のみを求める」への批判から90年代の「受験教育」への批判まで、また90年代末強調された「資質教育」まで、すべて大学入試制度を激しく批判した。

二、大学入試と中・高等学校の「資質教育」との二重の関係

 中国の大学入試は典型的なハイ競争、ハイ利害、ハイリスクの大規模選抜的試験で、中国の各種試験中の最も重要で且つ最も影響の大きな試験で、争議が一番大きい教育改革の一つでもある。大学入試改革の各種議論では「大学入試の徹底的な改革」を主張する急進派と「統一大学入試の維持」を主張する穏健派に大きく分かれて、両方の見解は非常に対立している。急進派は大学入試制度の弊害はもう長年の問題で解決できず、資質教育の推進と小・中・高等学校授業の改革を妨げるため、大学入試制度を完全に廃止あるいは改革する必要があると主張している。穏健派は大学入試が教育の諸悪の根源でなく、各種矛盾の集合点に過ぎず、その他の学生募集の方式で大学入試に取って代わると、矛盾と問題がもっと大きくなり、統一大学入試はまだ存在する必要性があり、大学入試を改善すべきだが、転覆させるべきではないと主張している。

 大学入試と基礎教育との関係は緊密で複雑なものである。影響が大きくて、人々の注目を浴びる重要な制度として、大学入試改革は中国教育改革中の全局性の重大問題であり、教育改革の深化及び全面的に資質教育を推進するキーポイントでもある。大学入試と、全面的な発展を提唱し、資質向上を重視する「資質教育」とは対立の一面もあるし、統一の一面もある。大学入試制度と資質向上の関係は二重のもので、資質教育に影響する受験誘導の一面もあるし、学生資質の向上を促進する一面もある。大学入試は少なくとも学生の下記の資質を向上させることができると私は思っている。

 その一つは、大学入試は学生の学習能力を向上させることができる。大規模の競争的試験として、大学入試は複数の科目を集中して試験し、高校三年間に学んだ知識と能力を2、3日で示すため、学生は合理的に時間を按配する能力を含む学習能力を向上させることを求められる。特に大学入試が近づく数ヶ月間に、全科目復習しなければならないが、系統的に洗い出す必要があるし、また重点を優先させなければならない。学校のスケジュールに合わせながら自分の弱みを補充できなければならない。時間の配分において各科目はいつ復習するか、それぞれどのぐらいの時間を占めるか、いつ勉強するか、いつ眠るか、いつ運動するか、すべて科学的に按配しなければならい。従って、大学入試を経験した学生は以前より随分成長できる。今後どんな複雑な試験或いは他の時間配分に面しても容易に対応できる。

 二つ目に、大学入試は受験生の心理資質が鍛えられる。重要な試験は受験生に非常に大きな心理的プレッシャーを与え、大学入試で正常或いは実力以上発揮しようとすれば、自分の心理状態を適切に調整し鍛えなければならない。多くの大学入試成功者は文化的資質が高いほか、通常彼らの心理資質も試験場所に着くと緊張する人或いは実力を十分に発揮できない受験生より良い。人生で最も重要な試験に面し、親たちの期待、咎め、進学或いは落第に直面して大学入試はよい境遇で育った学生に実戦経験と自分の心理資質を鍛える機会を与えた。彼らに将来、社会に向って、競争に参与する上での鍛練の機会をも与えた。苦難を恐れず、一生懸命勉強し、強靱な意志を持って、ある面では重要な知力ではない要素をも発揮する。

 三つ目は、大学入試が受験生の道徳に対しても教育のきっかけである。 如何に誠実な態度、頑丈な精神、平和な心で自分のレベルを発揮し、大学の選抜を受け、祖国・両親・親戚友人の恩に報いるために尽力するか、如何に復習段階でチームワークを発揮し、お互いに協力するか、如何に学校と専攻を選択するか、如何にして成功と失敗に面するかなどを対処する過程で、すべて良好な道徳の養成が浸透できる。従って、大学入試は文化資質を向上させるだけではなく、ある意味で政治、道徳資質の向上も促進できる。

 試験は測定のツールと評価の手段であり、教育中の重要ポイントと構成部分であり、それ自身は善悪とも言えない。適切に試験を利用すれば、積極的な評価機能を発揮し、学生の知識の習得具合と能力のレベルを確認できるし、先生も試験のフィード・バックを通し、自分の教育効果を評価できる。不適切に利用すると、学生を敵にし、学生の負担を重くさせ、学問分野の偏りを起こすこともある。大学入試も同じで、利害並存するもので、一方的な受験行為を誘導する可能性もあるし、学生の資質向上を促進することもできる。

 勿論、大学入試は基礎教育へのネガティブな影響がはっきりして分かりやすい。この問題について、大勢の人は十分な論述をしているため、ここで詳述は省く。大学入試の弊害を克服或いは減少するために、絶え間なく大学入試を改善しなければならない。どのように改革するかについて、人によって見方が違い、全面的な研究と長期的な計画の上、段階的に押し動かさなければならない。

三、中国の伝統文化と大学入試改革

 大学入試改革に関する各種提案において、アメリカなど西洋諸国の大学学生募集の入試方法を真似る提案が一番多い。大学入試点数も見るし高校の成績も見る。中学生・高等学校生を全面的に評価する。高校生の成長記録(例えば社会活動、文化体育活動、公益ボランティアなどの道徳的行動など)を採用し、且つ中・高等学校校長と先生の推薦状を参考にして、入学申請制度を実施し、学生を総合的に評価することで新入生を募集する、などである。

 確かに、理論から言うと、このような採用は全面的で理想的であるが、実際には現在の中国ではなかなか実施できない。アメリカで通用される方法は中国で通用するとは限らないためである。これは主に伝統的な文化と国情の差異による。同じ品種の蜜柑でも南北の地域差により出来が違うように、異なる環境では同じ果物であっても味が違う。国情、文化伝統が異なるため、アメリカの学生募集方式を移植するには対応する制度環境と文化の土壌が必要となる。そうしないと、気候風土に馴染まず、成長できない。試験成績を重点として大学の学生募集の主要な根拠にすることは中国を含む東アジア地区の高等教育が西洋教育と異なる大きな特色である。中国の大学入試に影響する伝統的文化の一つは教育を高度に重視し、読書至上を信仰する伝統である。儒家文化では教育を高度に重視し、読書至上を信仰し、科挙時代に形成した教育と試験を重視する(ひいては重視しすぎる)伝統は、中国が大学学生募集及び他の社会活動においても非常に試験を信頼し、重んじるようにさせてしまった。

 科挙時代では、学校運営の目的は「科目に応じ人材を備蓄する」[3]ことであり、よく勉強するのは役人になるためであった。短期間の例外を除けば、1300年来、中央も地方の学校の学生も、科挙に合格しさえすれば役人になることができるため、科挙試験は学校教育の強大な指揮棒となり、学校教育の発展方向を指導しコントロールしていた。科挙は学校の目標となり、試験内容は学校の教育内容になり、人材の選定・採用の基準は自然に学校の育成基準になり、科挙試験の方式方法も自然に学校評価の方式方法となった。学校が求めているのは科挙試験の郷試の及第と及第率である。

 科挙による役人採用という試験で学習を促すという影響を受け、中国古代は「読書、学習を重んじる」という濃厚な雰囲気になった。「父や兄として、子供や弟の不勉強を自分達の責任とする。母や妻として、子供と夫の不勉強を自分達の恥とする」[4]。農業、工業、商業世帯の子供でも親により早めに勉強するよう督促される。今現在、中国の多くの父母は、やむを得ない場合を除き、自分の子供を進学させるチャンスを失いたくない。親から子供への読書成長の期待が高く、子供の出世が願われている。台湾の作家の黄春明氏が台湾の若い母親達は「教育熱狂分子」[5]であると言う。中国大陸の若い母親も同じではないだろうか。子供の教育において、多くの親は子供の勉強を督促する時現実を逸脱する。現在、小・中学生・高等学校生の学習と進学のプレッシャーは学校からだけでなく、より多くのプレッシャーは親からである。当初区域を分けて近くに入学することに変更した後、小学校選択の教育プレッシャーは著しく軽減されたが、多くの親は学校に厳しく子供を管理教育するように求めたり、夜及び休日に別途家庭教師を招き補講させた。周りの親が如何に子供の学業成績を心に掛けているか、重点学校に進学させるように如何に頑張っているか、子供よりも緊張して子供と共に大学入試の試験場所に行っているか、すべてを放っておいて学校へ父母会に参加するかをみたら、中国人の積極的な向学心という伝統がどれだけ強いのかはわかるだろう。[6]欧米に移民した中国人も子供の勉強を励ますのは、西洋人よりもっと熱心である。2011年1月、アメリカ籍中国人、イェール大学法学院の蔡美児(エイミー・チュア)教授は「タイガーマザーの闘争賛歌」に子供の教育状況を描き、極端であるが、教育を重視或いは重視し過ぎる中国文化伝統を確かにある程度反映させた。勿論、これは良い一面があるが、どんなことでもやり過ぎると、反面に行く可能性がある。子供の実際条件を顧ず、高すぎる期待、厳しすぎる要求が、子供に重すぎる学習負担と心理負担を与えることになる。

 もし、中国人の教育を高度に重視する或いは重視しすぎるという価値観を変えなければ、進学の競争の激しさも低減できない。100%の進学率に達しても、状況が変わることはないだろう。社会は永遠に階級があるもので、職業は永遠に分類されるためである。絶え間なく「募集拡大」しても、すべての人が大学に進学できるまで拡大する場合でも、社会はやはり階級分けで、社会の分業も必然なものである。すべての人が博士になったとしても、やはり管理の役割もあれば、ブルーカラーもある。高等教育の大衆化に伴い、人間は「学歴」重視から「学校歴」重視に(即ち、卒業学校はどこかを重視する)変わる。遠距離で人間を判断する場合一番直観的で、外観的なものは、「学校歴」であるためである。この場合、必ず競争の重心が上へ移り、「学校歴」重視がますますひどくなり、つまり有名大学と重点大学の競争度は以前にも劣らないということである。これは「水位が高まれば船も高くなる」という結果であり、学歴社会の高等教育発展の必然の規律でもある。[7]中国の多くの親は子供があまり有名でない学校へ進学することに甘んじず、可能性さえあればもっと良い大学に進学させたがる。競争があれば、競争のプレッシャーがある。中国人は面子を重んじ、家柄を輝かせる心理も強く、「及第は早めに」という伝統から、親は先を争う或いは子供の出世を願う心理も根強い。これは子女にピアノ、英語、画、書道などを勉強させることにおいて非常に目立つ。例えば、ピアノの等級試験は大学入試科目に入ってないにも関わらず、多くの人が参加する。子女教育を高度に重視する社会文化の雰囲気の下に、統一入試を変更することは学生の負担とプレッシャーを低減できるわけではない。学生の学習と進学のプレッシャーは主に親からである。ただ統一入試制度だけではない。統一入試制度はなくても学生のプレッシャーを低減できるとは限らない。表では受験教育の問題、例えば道徳、体育などを軽視するのは大学入試によるもののようだが、現象を介して本質を見ると、根源は多くの親が子供の出世を願う心理と教育価値観によるものだと分かる。

 最近数年来、大学入試競争はますます激しくなった。中央政府から繰り返して学生の負担の低減を要求したが、実際、学生の負担はまだ低減しておらず、ある方面で反対に増加した。本来、高等教育大衆化段階に入った後、一方的に進学率を求める状況が変わるだろうと思われていた。然し、現在高等教育大衆化段階に入り、一部の直轄市で高等教育普及化段階が近づいてきたが、進学競争はやはり非常に激しいものである。この中には人間の主観や意思では変わらない客観的規律があり、ある程度は必然的結果である。

 大学入試の競争、高等教育機会を受ける競争は結局社会地位の競争である。最近数年来、多くの業界の競争が日増しに激しくなり、大学入試競争が激化し、実質的に激化した社会競争が教育と試験に反映された結果である。このような社会背景の下において、単独で入試競争を軽くすることは難しい。なおかつ、中国人が高度に教育を重視する或いは重視し過ぎる価値観も短期間に変更するのは難しく、特に一人っ子が大学進学の年齢に入ってから、もっと深刻になった。昔、一つの普通の世帯は子供が2人以上いたため、1人が進学できない場合でも、もう1人は頑張って進学できる可能性があった。子供1人に対する進学の期待は50%しかなかったかもしれない。一人っ子は違って、進学できなければ、100%の失敗になるので、子供に対する期待とプレッシャーが以前より大きくなるのである。5000年もの悠久たる文化伝統と1000年余りの科挙試験制度の影響を受けた中国で、計画経済体制から市場経済体制へ進行している中で大学入試は世界各国と同じ規律もあるし、他国と異なる特殊規律もある[8]

 従って、大学入試競争は必然性を持ち、どんな措置、どんな改革にも関わらず、進学率追求は今後の何年かで益々激しくなる可能性がある。中国都市の交通と同じく、現在多くの大中都市で渋滞が発生している。勿論、道路を絶えまなく広げ・増やしつつあるが、やはり自動車の増加スピードに及ばない。それに、現在渋滞しても多くの人が自動車を買うつもりである。従って大規模にレール交通を発展させ、公共交通を根本的に変貌させる以外、多くの都市は今後数年間で渋滞問題がもっと深刻になるだろう。特に人々が交通ルールを遵守する礼譲意識が薄い状態ではもっと交通渋滞になる。進学のプレッシャーも同じように、多くの家庭が子女を大学に進学させたがる時代に、進学競争の必然性と短期間に減らないことをよく認識すべきである。

 今世界の高等教育は異なることもあるが、同化に向っている。大学の入試改革において同化の事象も見られる。一方、元々分散した各大学が単独に学生を募集する国で大学が逐次統一入試の成績を新入生採用の重要な根拠とみなすようになった。もう一方、元々大学が統一に学生募集を実施した国と地区は、特に試験競争の激しい東アジアの国と地区で、高等教育の大衆化の発展に連れ、入学チャンスも増え、大学と受験生の選択権を広げ、入学方式の多元化を実施している。要するに、中国の大学入試の改革方向は統一から多様へ、学生募集・入試の合併から学生募集・入試の分離へ進み、最終的に中国国情に相応しい統一入試を主とし、統一入試と分離入試を結び付けた多元の入試制度が確立されるだろう。

 2010年7月に頒布された中国「国家教育中長期改革と発展計画綱要」に、学生入試に関して単独で一章、即ち第十二章の「試験募集制度改革」を掲載してある。この中に「資質教育の実施とイノベーション人材の育成を推進する。科学的に人材を選抜し、学生の健康的発達を促進し、社会の公平を維持するのに有利な原則に基づき、学生募集と入試との分離方法を探索する。政府はマクロ管理し、専門機構は具体的に実施し、学校は法律によって独自で学生を募集する。学生は複数回選択できる。分類入試、総合評価、多元採用という試験募集制度に逐次形成させる。」とある。[9]現在、中国は大学の入試改革を調査し検討し、新しい改革案の制定にむけて準備しており、科学的で公平的な、基礎教育をプラス方向へ導くことができる大学入試案を制定するよう期待されている。


[1] 鄭若玲:「大学入学試験の指揮棒という役割の試験分析」、「アモイ大学学報」(哲学社会科学版)2002年2期。

[2] 何健明:「中国大学入試報告」、北京:華夏出版社、2000年、52ページ。2003年より大学入試時間は毎年7月7、8、9日から6月の7、8、9日に変更された。

[3] 張延玉等:「明史」巻69「選挙志」北京:中華書局、1974年、1675ページ。

[4] 洪邁:「容斎随筆·四筆」巻5「饒州風俗」、長春:吉林文史出版社、1994年、532ページ。

[6] 劉海峰:「科挙試験の教育視角」、武漢:湖北教育出版社、1996年、253ページ。

[7] 劉海峰:「高等教育の大衆化と精英性」、「東南学術」2002年第2刊。

[8] 楊学為:「中国試験改革研究」、北京:北京大学出版社 2001年 383ページ。

[9] 「国家教育中長期改革と発展計画綱要」北京:人民出版社、2010年7月、39ページ。


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