第58号:地震予測研究
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四川大地震原因はダム貯水なのか

2011年 7月 4日

陳顒

陳顒(Chen Yong):中国科学院院士

1942年12月生まれ。1965年に中国科技大学を卒業、1993年中国科学院院士、2000年第三世界科学院院士。中国地震局地球物理研究所所長、国家地震局副局長、国際地震学と地球内部物理学連合会(IASPEI)地震予報と地震災害委員会主席、中国地震学会理事長などを歴任。現在は、国家地震局科学技術委員主任、中国地球物理学会理事長。長期にわたり地震学と岩石物理学を研究。主な研究分野は、震動波で地下の構造と物性を測定する理論と方法及び環境・エネルギー・災害減少における潜在応用。ここ数年の研究の重点は地震レーダーの研究であり、都市地球物理学の発展に尽力。論文は百本近くあり、著書は『The Tangshan Great Earthquake of 1976 – an Anatomy of Disaster』、『Seismic Hazard and Risk Analysis: A Simplified Approach』、『岩石物理学』、『分形幾何学』など多数。

 2009年1月16日付の『サイエンス誌』「今週のニュース」コラムで、「四川大地震の人為的な原因」と題する報道が掲載され、「紫平鋪ダムが四川大地震を誘発した可能性も」と報道している。四川大地震発生半年後、海外において、似たような報道(イギリス「Telegraph」ウェブサイト、アメリカ『ニューヨーク・タイムズ』など)は、急に多くなってきた。

 紫平鋪ダムは四川岷江の都江堰上流約6キロのところに位置する大型の水利施設であり、成都市からは約60キロ離れている。2001年3月に着工し、2005年9月に貯水し、2006年に竣工した。紫平鋪ダムの貯水容量は11.12億立方メートルで、コンクリート堤の高さは156メートルにも達し、国内において有数の高さである。紫平鋪ダムは、2008年5月12日に起きた四川大地震の震央より数キロしかなく、四川大地震は紫平鋪ダム貯水によって誘発されたのではないか、との疑問が浮かぶ。

 ダム貯水による、ダム付近における地震活動度(地震の発生頻度と地震のマグニチュード)の高まりは、「ダム誘発地震」または「ダム地震」という。初めてのダム誘発地震の記録は、1931年ギリシアのマラソンダムである。注水またダム建設などの人工工事によって地震が誘発されるかもしれない、ということはその時から知られるようになった。全世界において作られた大・中型ダムの数は1万を超えているが、地震を誘発したダムの数は101に留まっている。ダム誘発地震の多くは、中小地震で、ダムへのダメージは小さい。その中、破壊力の強い地震を誘発したダムの数は18件であり、誘発した最も強い地震のマグニチュードは6.5である。

 国内外で起きた100を超えるダム誘発地震を統計・帰納してみると、ダム誘発地震の特徴を次のようにまとめることができる。

  1. ダム誘発地震の震央は、ダムとその周囲にしか分布していなく、ほとんどはダムとその近く5キロ以内の範囲に位置する。震源の深さはほとんど5キロ以内であり、10キロを超える事例は少ない。四川大地震の震央から紫平鋪ダムまでの距離ははるかに5キロを超えている。紫平鋪ダムは、地震活動度の高い地区に位置しており、ダムが建設される前の歴史記録から見ると、その近くに少なくとも5回もの大きな地震が発生している。1657年に汶川で起きたマグニチュード6.5の地震は、紫平鋪ダムから30キロ離れている。1748年に汶川で起きたマグニチュード5.5の地震も、紫平鋪ダムから30キロ離れている。1787年12月に潅県で起きたグニチュード4.75の地震は、紫平鋪ダムから5キロ離れている。1970年2月に大邑西で起きたマグニチュード6.2の地震は、紫平鋪ダムから55キロ離れている。1970年3月に蘆山長石壩で起きたマグニチュード4.7級の地震は、紫平鋪ダムから51キロ離れている。ダム建設中の地震を観測するため、貯水する前に、四川省地震局によって作られた紫平鋪ダム遠隔測定地震ネットワークは、2004年8月16日から地震情報を収集し、2005年6月27日に検査の上引き取られ、作業が始まった。四川省地震局ダム誘発地震研究所の統計した紫平鋪ダム地区の地震活動度のデータから見ると、紫平鋪ダムの貯水により、水位の変化があったが、地震の頻度とマグニチュードには大きな影響はない。貯水前と貯水後のデータを比較してみると、2005年10月1日の貯水開始日から2008年4月までの2年7ヶ月の間に、紫平鋪ダムとその周辺地区の地震活動は、長年における当地域の地震の頻度と強さは、正常な変動範囲内にある。紫平鋪ダム貯水後、ダム及びその周辺地区においては、地震活動度が明らかに高まる観測はない。
  2. ダム誘発地震の震度は低い。世界的に、今までダムが誘発した最も強い地震はマグニチュード6.5であり、それは1967年12月にインドのコイナ(Koyna)ダム誘発地震だった。比較的安定しているデカン高原地区で発生した地震であり、震央はダムの南3キロの処にある。コイナダムの堤の高さは103メートルで、1962年に貯水開始後、約450回の地震が発生している。世界範囲からみると、圧倒的多数(80%以上)のダム誘発地震はマグニチュード5以下であり、比較的弱い地震である。マグニチュード5.0~5.9の地震のケースが10件あり、マグニチュード6.0~6.5の地震は4件しかなく、インドのコイナダム誘発地震のマグニチュード6.5と、ギリシアKremastaダムのマグニチュード6.2と、中国新豊江ダムのマグニチュード6.1と、ザンビアとジンバブエの国境にあるカリバダム(Kariba Dam)のマグニチュード6.1である(表1を参照)。四川大地震はマグニチュード8.0で、史上最強のダム誘発地震のエネルギーの200倍にのぼる。
  3. ダム誘発地震の割合が小さい。国内外の地震・地質専門家らが認めているダム誘発地震は約100件程度あるが、世界ダム会議に登録している3.5万のダム数(大、中、小型ダムを含む)の3‰しか占めていない。
    表1:主なダム誘発地震のリスト
    ダム名 高さ(m) 貯水容量
    (108m3)
    貯水開始期日 初地震の期日 最強の誘発
    地震の発生
    地震の
    マグニチュード
    Koyna,インド 103 27.8 1962.6 1963.10 1967.12 6.4
    新豊江,中国 105 115 1959.10 1959.11 1962,3 6.1
    Kinnersani,インド 61.8   1965 1965 1969.4 5.3
    キーロコエ,ソ連 233 27.8 1974.7   1974.12 5.1
    Marathon,ギリシア 63 0.4 1929.10 1931 1938 5.0
    Kremasta,ギリシア 165 47.5 1965.7 1965.12 1966.2 6.2
    Monteynard,フランス 155 2.75 1962.4 1963.4 1963.4 5.0
    銅街子,中国 74 3 1992.4 1992.4 1994.12 5.5
    Bajina Basta,
    ユーゴスラビア
    89 3.4 1967.6 1967.7 1967.7 5.0
    Kariba,ザンビア 123 1750 1958.12 1959.6 1963.9 6.1
    Aswan,エジプト 111 1640 1968   1981.11 5.6
    Oriville,アメリカ 235 4.4 1967.11   1975.8 5.5
    Volia Grande,ブラジル 56 23 1973   1973 5.0
  4. ダム誘発地震は、「前震―本震―余震」との三段階に分けることができる。ダム誘発地震の場合、ダム貯水中の段階において、弱い地震(前震)が発生し、その後地震の頻度が徐々に高まり、震度も高くなる。表1から見ると、本震の発生の期日は、ダム貯水水位が初めて最高水位になる期日と一致していることが分かる。その後、地震は徐々に弱くなり、余震の段階に入る。すべてのダム誘発地震は、「前震―本震―余震」との三段階に分けており、まだ例外はない。それと違い、ダム貯水と無関係の地震のほとんどは、前震―本震―余震との三段階特徴がない。全世界の地震統計によると、前震のある大地震は全体の5%にもなっていない。2008年の四川大地震の発生期日は、紫平鋪ダム貯水初期の2005年でもなく、ダム水位の高い時期でもない(5月12日は増水期前であり、ちょうど水位の低い時期であった)。もっとも重要なのは、四川大地震には、前震がなく、前震―本震―余震の特徴を持っていない。

     

     四川大地震を今までのダム誘発地震と比べると、現象学から見て明らかに違っている。地震の震度、震央の位置、前震の無さなどからみると、四川大地震はダム誘発地震の特徴と一致していない。

  5. 四川大地震は逆断層によって引き起こされた。しかし、今まで逆断層型のダム誘発地震のケースはない。
    上述の分析において、現象学の角度からほとんどのダム誘発地震の特徴を考察し、四川大地震と比較した。この部分では、「貯水」と「地震」の関係性を力学の角度から分析してみたい。
    地震は断層の突然な動きによって発生するものである。断層面を境にし、上側の岩盤を上盤と言い、下側の岩盤を下盤という。地震発生の際、断層の動き方は大きく三種類に分けられている。断層面を境にし、水平方向にずれる動き方は、横ずれ断層という。上盤が下盤に対してのし上がる動き方は、逆断層という。上盤が下盤に対して、ずり下がる動き方は、正断層という。
    ダムの貯水は地面に対する負荷となり、深い地下において水平方向の引く力が発生する。この力は、横ずれ断層と正断層を引き起こしやすいため、ダム誘発地震のほとんどは横ずれ断層型かまたは正断層型である。四川大地震は逆断層型であり、深い地下において強い押す力(引く力ではない)の作用で、上盤が下盤に対し、のし上がった。逆断層型は海洋にはよくあるが、大陸においては極めて少ない。大陸で発生した四川大地震だが、海洋断層の動き方と同じ特徴を持っている。これは、まさに四川大地震がほとんどの大陸地震と違う点であり、四川大地震を通じて大陸動力学を研究する意義でもある。

 徐光宇などは世界中のダム誘発地震と震源メカニズムのデータを収集して分析した。ダム誘発地震の震源メカニズムは、主に横ずれ断層型と正断層型との2種類があり、前者は後者より多いことが分かった。徐光宇の本には逆断層型のダム誘発地震は2か所記載されているが、それについて本論文では次のように説明したい。1967年インドのコイナダム誘発地震の本震は横ずれ断層型であり、その後数回の逆断層型の余震があった。1977年アメリカサウスカロライナのモンティセロダム(4億m3の中小ダム)の貯水により、マグニチュード2.6―2.8の地震が発生した。誘発したマグニチュード2.8の地震と貯水前の自然地震の余震を区別することは簡単ではない。以上の2つの特例を除き、ダム貯水によって誘発した逆断層型の地震(特に本震)はまだ記録されていない。

 ダム貯水と地震の誘発との関係性は、非常に複雑な問題であり、今までたくさんの研究論文と報道が発表されているが、その多くの問題についてまださらなる深い研究をしなければならない。本論文は、ダム貯水と地震発生の一般論的な分析ではなく、四川大地震と紫平鋪ダムに限定する分析を行った。初歩結論は、現象学と力学の分析からみると、四川大地震は今までのダム誘発地震と大きく違い、四川大地震はダム貯水によって誘発された地震ではないことである。