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グラフェンを可飽和吸収体に用いた超高速モード同期固体レーザの研究

2012年1月18日

何 京良

何 京良(He Jingliang):
山東大学結晶材料国家重点実験室 教授

1957年10月生まれ。1998年、中国科学院物理研究所で博士号取得(理学博士、光学専攻)。1991年~1993年、英国Coventry大学応用物理学部で訪問学者。2001年~2002年、台湾交通大学光電気工程研究所で客員助教授。2002年~2004年、南京大学固体マイクロ構造物理国家重点実験室教授。現在、山東大学結晶材料研究所、結晶材料国家重点実験室教授、山東省初の「泰山学者」特別招聘教授。「強レーザと粒子線」第6期編集委員、「レーザと光電子学の発展」第7期編集委員、山東省レーザ学会常務理事。主な研究領域は、レーザ結晶と非線形結晶材料の特徴及び関連装置、新型全固体レーザの研究と応用。ここ5年間、多数の国家重大研究テーマに参画、国家自然科学基金事業を多数主導。Phys Rev Lett、Appl Phys Lett、 Opt Lett、 Appl Phys B等の学術誌上で論文100本以上を発表。

共著者:郝 霄鵬、徐 金龍、李 先磊

1 はじめに

 超高速レーザは1990年代以降、パルス幅が極めて狭く、スペクトルが非常に広く、出力が強力で繰り返し周波数が非常に高い等の特徴により、サイエンス分野の基礎研究、超高速レーザのスペクトル、量子コヒーレンスの制御、マイクロ加工、光通信、分子反応動力学等の領域で広く応用され、かつ、ナノスケールでの現像、超高速X線スペクトル、軟X線非線形光学、プラズマ現像や診断等、重要な数多くの応用方法が新たに開拓し続けられている。新型の超高速パルス光源の模索は、現在のサイエンステクノロジーにおける重要な研究領域となっている。

 チャープパルス圧縮技術の応用と半導体過飽和吸収材料の発見により、超高速レーザの研究はめざましく進展した。過飽和吸収体のモード同期の原理によれば、さまざまなエネルギー注入のもとでは生じる消耗も異なる。このため、モード同期パルスの特性と過飽和吸収体の特性は密切に関係しており、このことにより過飽和吸収体の選択に厳しい要求を突き付けている。1992年、U. Kellerらは半導体過飽和吸収材料と反射鏡を融合させて半導体可飽和吸収ミラー(SESAM)を製造した。SESAMの発明により、上位レベルの寿命を持つネオジム・ドープ及びイッテルビウム・ドープのレーザ結晶によって無調整のQ包絡線による安定したモード同期作動が実現できるようになり、このことによって現時点では最も広く使用されるモード同期装置となった。しかし、SESAMの制作にはMOCVD等の外延的成長技術が必要で、プロセスが複雑なうえにコストが高く、そのうえよく使用されるSESAM材料の吸收帯域幅は狭く、現時点では近赤外波長域でしか応用できない。ここ数年、カーボンナノチューブ(CNT)が過飽和吸収体として広く注目されている。カーボンナノチューブは直接バンドギャップを持つ材料で、バンドギャップの大きさはナノチューブの直径とキラリティにより決まる。さまざまな直径のカーボンナノチューブの混合により広い非線形吸収帯が実現でき、よく用いられる1.0-1.6μmレーザ放出によるゲイン波長域を網羅する。現時点で、すでに多くの研究グループがカーボンナノチューブの使用により光ファイバレーザ及び固体レーザ中で安定した連続波によるモード同期を実現したことを報告している。しかし、カーボンナノチューブのチューブ状の形態により非常に大きな散乱消耗が生じ、モード同期の閾値が引き上げられるため、レーザ出力と効率に制限が生じた。このため、研究者たちはSESAMの長所を持つと同時に広い吸収帯を持ち、広帯域が調整可能な優れた可飽和吸収材料を模索し続けている。

 2004年、イギリスの科学者K. S. Novoselov及びA. K. Geimはセロテープでグラファイト片を繰り返し剥離する方法によりグラファイト層間のファンデルワールス力を破壊することで、単層炭素原子により構成される薄片、つまりグラフェン(graphene)を初めて発見した。これは0次元のフラーレン、1次元のカーボンナノチューブに続き発見された、単層炭素原子の緊密な堆積により形成される2次元のハニカム結晶格子構造を持つ単結晶機能材料である。発見からわずか数年しかたたないが、グラフェンは特有の空間構造や顕著な量子サイズ効果により強い関心を集めている。研究者たちはグラフェン材料の電子伝達特性を研究すると同時に、特有の非線形光学による飽和吸収特性を持つことを見出した。既存の半導体材料と異なり、グラフェンの伝導帯と価電子帯はディラック点に接するため、このようなゼロバンドギャップ構造によりすべての波長域の光は無選択的に吸收性を持つ。光がグラフェンに照射される際、価電子帯電子は光子を吸收して伝導帯まで跳躍し、パウリの排他原理に基づき伝導帯上で最も低いエネルギー状態を占める。光のエネルギーが充分に強い時は、電子跳躍の速度は帯域間の緩和速度を上回り、電子の吸收する光子エネルギーは対応する励起状態以下のエネルギー準位によりすべて充填されると同時に、価電子帯上の正孔も価電子帯のピークまで充填され、吸収プロセスが飽和状態に達する。このようなパウリの遮断効果によりグラフェンが漂白され、パルス中でエネルギーが比較的高い部分も漂白時間内は無消耗で通過した。グラフェンの可飽和吸収プロセスに存在する2つの緩和時間とは、帯域間の跳躍緩和時間と帯域内のキャリア散乱による複合的な緩和時間である。前者は0.4-1.7psの範囲内にあってモード同期の始動作用を果たす一方、後者は約70-120fsと大幅に短く、効果的にパルス幅を圧縮し、モード同期を安定させることができる。単層グラフェンの光に対する非飽和吸収率は2.3%、単層グラフェンの変調度は66.5%にも達し、超短パルスモード同期の発生に役立つ。非飽和消耗の增加により、変調度はグラフェン層数の増加に伴い変化するため、層数の制御によって変調度を調節し、モード同期パルスの性能を最適化できる。

 つまり、既存のSESAM及びSWCNT等の飽和吸収材料に比べ、グラフェンにはバンドの工学的設計や複雑な外延法による成長を必要とせず、材料のキラリティ(スケール)の選択も必要でないため制作コストが非常に低い。さらに重要な点は熱損傷閾値が比較的高く、飽和強度が低く、回復時間が短く、変調度が大きく、波長の調和範囲が広い等の長所がある点であり、高効率・長時間にわたる安定したモード同期運転の実現に役立っている。

 グラフェンのモード同期に関する研究は、現在主に光ファイバレーザの応用に集中している。2007年、シンガポール南洋理工大学のD.Y.Tang研究グループはグラフェンを過飽和吸収体として使用し、エルビウム光ファイバレーザでモード同期運転を実現した。パルス幅は756fs、平均出力は2mWであった。その後、さらにグラフェン・イッテルビウム・ドープ光ファイバにおけるモード同期と調和可能なモード同期光ファイバレーザ領域で一連の研究を行った。英国ケンブリッジ大学のC. Ferrari研究グループは2009年と2010年に、出力22mWの460fsと1.2mWの174fsによるグラフェンモード同期エルビウム光ファイバパルスの出力について報告した。先行研究にあるグラフェンモード同期光ファイバレーザと比べ、それらの平均出力効率はいずれもやや低かった。2010年、D.Y.Tangの研究グループはグラフェンモード同期をNd:YAGセラミックス中で使用したところ、100mWパルス幅が4psのモード同期パルスを得た。W. B. Choらはマグネシウム・カンラン石レーザ上でパルス幅130fs、平均出力230mWのモード同期運転を実現した。しかし、勢いが盛んなグラフェンモード同期光ファイバレーザの研究に比べ、グラフェンモード同期固体レーザの特性に関する研究は依然として少なかった。最近、本研究グループは液相剥離の方法によりサイズの大きいグラフェン片を調製し、さらにグラフェン可飽和吸収ミラー(SAM)を調製したところ、100ミリワットオーダーのNd:GdVO4レーザピコ秒パルスとYb:KGWモード同期フェムト秒パルスレーザの運転を実現することができた。

2 グラフェン可飽和吸収ミラーの調製

 2004年以降、研究者たちはさまざまなグラフェン調製方法を進化させており、これには機械剥離法、SiCまたは金属の単結晶表面の外延的成長法、化学的酸化剥離法、層間挿入剥離法、化学気相成長(CVD)法等がある。われわれは酸化液相剥離法により20μm超のグラフェン片を分離した。具体的な方法は、90℃下で一定量の過硫酸カリウムと五酸化二リンを濃硫酸中に溶かし、さらにバーミキュラ黒鉛300mgを入れて80℃で撹拌した後に、4.5時間反応させるものである。反応が完了したら、ろ液のpHが中性に近づくまで大量の脱イオン水でバーミキュラ黒鉛を洗浄し、80℃で4時間乾燥させる。乾燥後のバーミキュラ黒鉛10mgを蓋付きガラス瓶に入れ、一定量のN-メチルピロリドンを入れ、出力の小さい超音波に2時間かけ、1日静置する。その後、上澄みサンプルを取り、スピンコート法によりBK7ガラス上にスピンコートし、70℃の真空乾燥機に一晩おいて乾燥させたところ、1~10層のグラフェン薄片が得られた。図1aは20μm超のグラフェンの走査型電子顕微鏡図である。酸化していないバーミキュラ黒鉛から得られたグラフェンに比べ、超音波で酸化したバーミキュラ黒鉛からはサイズの大きい単層グラフェンが得られたことから、酸化プロセスによりグラファイト層間のファンデルワールス力が大幅に低減できることがわかる。図1bは2層、6層、10層のグラフェン薄片の高解像度透過型電子顕微鏡図である。

図1

図1a.20μm超のグラフェン薄片SEM、図1b.さまざまな層数のグラフェン薄片HRTEM

 われわれはBK7基質上でSiO2/TiO2薄膜を電気めっきし、1.0μm波長域に対するBK7基質の反射率を95%に調節し、スピンコート法でグラフェンをSiO2/TiO2薄膜上にめっきしてグラフェン可飽和吸収ミラーSAMを調製した。SAMの反射率を測定すればグラフェンの層数をおおまかに確定することができる。このSAM反射率は95.2%~96.1%だったため、グラフェンは約2~10層と言える。

3. グラフェンモード同期ピコ秒Nd:GdVO4レーザの実験及び研究

 当該SAMをモード同期装置兼出力ミラーとして半導体レーザポンプのNd:GdVO4レーザ上に応用した。端面ポンプ源は808nm半導体レーザで、うち平面鏡と入力鏡には808nmの高い透過性と1.0μmの高い反射性を持つ膜を、その他のレーザ鏡には1.0μmの反射率の高い膜をめっきした。Nd:GdVO4結晶はa方向に沿って切断し、通光面は3×3mm2、長さは5mmで、水で20℃まで冷却する。

 実験では、連続波、グラフェンSAM、SESAMモード同期運転下の平均出力効率と吸收ポンプ出力との変化関係を観察した。最初に、透過率5%の出力ミラーを用いてSAMの代わりとし、連続波レーザ運転特性を試験したところ、1.9Wの吸收ポンプ出力下で連続波407mWとレーザ出力1065nmが得られた。出力ミラーをSAMに換えてモード同期装置兼出力ミラーとしたところ、吸收ポンプ出力が1.9Wの時に安定した連続波モード同期レーザ運転が得られ、この時の平均出力効率は360mWで、連続波運転時に比べわずか12%低いだけだった。このことにより、グラフェンSAMの飽和消耗は確かに低いことがわかる。モード同期パルス繰り返し周波数は43MHzで出力は非常に安定しており、Qモード同期の調製に関する不安定な現象は現れなかった。モード同期による単パルスエネルギーは8.4nJ、スロープ効率は22.6%で、光-光転換効率は21.4%であった。自己相関器で測定した対応のパルス幅は16ps、中心波長は1065nmに位置し、半値全幅の近似値は0.58nmであった。実験条件が全く変化しない情况下で、われわれはさらに一部の反射式SESAMをSAMの代わりに用いて、そのモード同期性能を研究した結果、SESAMの反射率は96%、変調度は1.6%、飽和エネルギー密度は70μJcm-2であった。1.9Wの吸收ポンプ出力下では50mWの安定した連続モード同期出力が得られ、半値全幅は14psであった(双曲線正割型と仮定)。このため、SESAMに比べ、グラフェンSAMのほうが高效率な連続モード同期出力により役立ち、さらにパルス幅差も大きくないことがわかった。

4. グラフェンモード同期Yb:KGWフェムト秒レーザの実験及び研究

 一般的に、Ndレーザ媒質のゲイン帯域幅はやや狭いため、フェムト秒パルスを支持しがたい。グラフェンのフェムト秒レーザモード同期特性をさらに研究するため、われわれはゲインの広いYb:KGW結晶をレーザ媒質として選択し、フェムト秒タイムドメインにおけるグラフェンレーザのモード同期・超高速プロセスを研究した。

 光ファイバ結合980nm半導体レーザ端面ポンプYb:KGW結晶を採用した。Yb:KGW結晶はb方向に切断され、通光面は4×4mm2、長さは5mmで、20℃まで冷却した。実験では一対のGires-Tournois干渉ミラー(GTI1とGTI2)を用いて結晶とグラフェンSAMによる腔内の正波長分散を補償し、3回の反射を経て-5700fs2群の波長分散が実現できた。4.6Wの吸收ポンプ出力下では平均出力564mWの連続波による安定したモード同期出力が得られ、パルス繰り返し周波数は87MHz、スロープ効率は25.6%、光-光転換効率は12.3%であった。中心波長は1033.6nmに位置し、半値全幅は2.47nmであった。自己相関器の測定により設定されたパルスは双曲線正割型で、得られたパルス半値幅は489fsで、時間あたりの帯域幅の積は0.339に達し、フーリエの変換極限値に非常に近似した。

5. 結論

 われわれは液相剥離技術を利用し、有效な大サイズを有するグラフェン飽和吸収ミラーの調製に成功し、かつ、全固体Nd:GdVO4及びYb:KGWモード同期レーザに応用して、それぞれにおいて比較的高く安定した出力の16psと489fsのモード同期パルスを得ることができ、非線形飽和吸収材料として、グラフェンには非常に短い回復時間、低消耗、低コスト等の優れた光電気性質があることを示した。重要な点は、グラフェン中のディラック電子には線形波長分散がある点にあり、グラフェンの飽和光吸收には紫外光からTHz波長域に至るまでの最も大きい帯域幅があるため、理想的な広帯域飽和吸収体であることを意味している。このため、グラフェンは飽和吸収を調整するエレメントとして、超高速パルスの発生、光ファイバ通信、光スイッチ等の数多くの現代の光電気装置中で応用のバックグラウンドのある多機能材料であり、去年のノーベル物理学賞がグラフェンの発明者、K. S. NovoselovとA. K. Geim教授に授与されたことも、この点を十分に説明している。


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