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現地調査報告・中国の世界トップレベル研究開発施設(その3)
スパコン「天河1A」「星雲」

2012年 9月6日

豊内 順一(とようち じゅんいち):
(独)科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー
(システム科学ユニット担当)

東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。1991年日立製作所入社。高信頼システムアーキテクチャ、分散コンピューティング基盤などの研究開発、および国際標準化に従事。2011年9月から現職。

1.世界と中国のスパコン開発状況

 コンピュータ・シミュレーションは、「理論」、「実験・観測」に次ぐ第三の科学的手法として、現代の研究開発には欠かせない基盤ツールとなっている。素粒子・天文研究、気象予報、創薬、半導体材料開発、空力解析など幅広い分野において、スーパーコンピュータ(以下「スパコン」)の能力を活用することで、新しい研究成果が次々に生み出されている。

 アメリカと日本は、スパコンの性能が国際競争力の源泉である、との認識に立ち、国策によって1960年代から、スパコンのハードとソフト双方の研究開発に注力してきた。一方、欧州各国はスパコンの重要性は認識しつつも、1980年代以降は、ハードは米日から購入するという割り切りを行って、ソフトと利用技術を中心とした研究開発戦略を採っている。このように国産スパコンを構築できたのは、これまでは米日の二国だけであったが、近年、中国、フランス、ロシア、インドでも国産化の動きが活発となってきた。

 中国がスパコンの自主技術に注力する背景には、1986年に政府自ら研究を進める「国家ハイテク研究プログラム」の対象の一つに、スパコンが選定されたことがある。1990年以降、5カ年計画の一環として、スパコンの研究計画も策定されており、研究と産業の両輪によるスパコンの研究開発がうたわれている。これらの方針を受け、現在は国防大学、中国科学院、国家並行計算機工程技術研究中心の三者が、スパコンの開発競争を行っている。

表1 「京」「天河1A」「星雲」の比較
項目 天河1A 星雲
TOP500順位* 1(2) 2(5) 4(10)
設置場所 理化学研究所 神戸 天津スパコンセンター 深圳スパコンセンター
ベンダ 富士通 国防科学技術大学 曙光信息
完成年(ハードウェア) 2011 2010 2010
プロセッサ(CPU) SPARC64 VIIIfx Intel Xeon X5670 Intel Xeon X5650
アクセラレータ(GPU) なし NVIDIA Tesla 2050 NVIDIA Tesla 2050
LINPACK(Rmax) 10.5ペタFLOPS** 25.7ペタFLOPS 12.7ペタFLOPS
消費電力 12.66MW 4.04MW 2.58MW
*2011/11時点(2012/6時点)の順位
**FLOPS:floating point operations per secondの略。1秒あたりに実行できる浮動小数点数の演算回数。この値が大きいほど演算速度が速い。1ペタFLOPSは1秒当たり10の15乗(千兆)回。

 中国のスパコンの性能は長い間、米日に比すると数世代の差があったが、2004年に中国科学院の「曙光4000A」(Dawning 4000A)が、スパコンの計算性能の順位を発表しているプロジェクトTOP500(http://www.top500.org/)で、初めてTOP10入りした。2010年11月には、国防科学技術大学の「天河1A」(Tianhe-1A)がTOP500の首位に立ち、曙光の後継機である「星雲」(Nebulae)も、世界第3位につけた。翌年6月には日本の理化学研究所の「京」(Kei)が、天河1Aの約3倍の性能で首位の座を奪うものの、中国のスパコンが半年間だけでもトップを維持したことは、非常に印象的な出来事であった。

2.中国スパコン調査

 これまで、中国のスパコンの研究開発体制、運用の実態などに関しては、詳細な報道がほとんどなく、断片的な情報しかなかった。今回、天津と深圳のスパコンセンターを訪問し、「天河1A」と「星雲」の利用状況、運用実態等について調査するとともに、担当者へのインタビューなどから施設・研究の将来性、課題そして今後の日中協力の可能性を検討した。

2.1 「天河1A」視察

(1)施設の概要

 2012年3月7日に、「天河1A」が設置されている天津スパコンセンターを訪問した。同センターは、天津市中心部から電車で50分ほど離れた天津浜海新区のリサーチパークにある。

 天津スパコンセンターは、もとは別の目的で建設された建物を流用したとのことで、サーバールームも元の床から数十cm床上げしただけのフリーアクセスのフロアであった。プレゼンルームには、見学者向けに、「天河1A」を構成するチップやボードなどのハードウェア、応用アプリケーションのパネルが展示してあり、紹介ビデオなどを見ることが出来た。「天河1A」は開発を完了しており、これ以上の拡張予定はないため、同センターに常駐している職員は十数名のみ。研究者は外部からネットワーク経由でスパコンを利用している。

写真1 天津スパコンセンター外観

写真1

写真2 サーバールームの「天河1A」本体

写真1

(2)計算機の構成と活用状況

 「天河1A」のプロセッサの構成は、IntelのCPUに、アクセラレータとしてNVIDIAのGPU、そしてインターコネクト用のGalaxy FT-1000という3種類からなる。ここでいうアクセラレータとは、CPUと組み合わせて計算を加速するために用いるプロセッサである。

 近年は、元々は画像処理用に開発された汎用品のGPUをアクセラレータとして活用したハイブリッド構成により、コストと消費電力の削減を図ることが、一つの流れとなっている。また、インターコネクトとは、複数のCPUやGPUを相互に連結することであり、プロセッサの性能を効果的に引き出すために重要な役割を果たす。「天河1A」のCPUとGPUは言うまでもなく米国製であるが、Galaxy FT-1000は中国が独自開発したプロセッサである。

 「天河1A」の利用者は、国内の学生を含む研究者、企業など。申請すれば誰でも使える。資金の潤沢な研究室からは所定の費用を貰っているが、学生は無料で利用可能。また、込んでいないので、基本的に待ち行列はないとのこと。

 活用分野としてパネルに記載された応用アプリケーションは、石油探査、製造技術、医療バイオ、衛星画像処理、核融合、航空・宇宙機熱流体系計算、気象予測、金融リスク予測、海洋環境、基礎科学(新材料、宇宙)などがあった。

2.2 星雲視察

(1)施設の概要

 2012年3月8日に、「星雲」が設置されている深圳スパコンセンターを訪問した。同センターは、深圳市南山区北部の学園エリアにあり、北京大学清華大学の研究院などが近隣に並ぶ。5階建てと9階建ての新しい立派な建物で、星雲の本体が設置されたサーバールームとシステムコントロール室(監視室)は、5階建ての建屋の2階にあった。

 同センターの正式な完成と検収合格は2012年1月で、「星雲」自体も2011年11月に稼働を開始したばかりのため、まだ見学用の設備やパネルは十分ではなかった。一方で、本稼動に向け、サーバールームには多くの研究者や技術者が開発作業を行っていた。

写真3 深圳スパコンセンター

写真1

写真4 星雲とサーバールームで作業する研究者・技術者

写真1

(2)計算機の構成と活用状況

 「星雲」は、中国科学院系のメーカー、曙光信息産業有限公司(中科曙光、Sugon)の製品「曙光」シリーズで構成されたシステムである。「曙光」には国産の龍芯プロセッサ(Loongson)の最新タイプが用いられているという。しかし、TOP500の情報では、「星雲」は主に、IntelのXenon CPUとNVIDIAのGPUで実現されていると記載されており、龍芯プロセッサの能力が星雲にどの程度寄与しているのかは、明確でない。

 深圳スパコンセンターは、「クラウド・コンピューティングセンター」でもあることを強調しており、「星雲」の能力を専門家や企業のみならず、幅広い利用者にクラウドサービスとして提供することを指向している。

 「星雲」は正式稼動を開始したとはいえ、現状はまだ準備段階であり、能力の10%も使われていないとのこと。利用者は、国内の学生を含む研究者、企業などに加えて、自治体や深圳市民向けのサービスも予定している。

 現状はWebから申請すれば誰でも使える状態であり、専門分野の研究者用の数値計算などのパッケージソフトも充実している。新エネルギー開発、新物質・材料の研究開発、自然災害の予知、天気予報、地質探査など幅広い分野のアプリケーションを想定している。

2.3 将来性および課題

 「天河1A」と「星雲」は、ほぼ同様のハイブリッド型システムであり、計算性能の主軸をGPUに置いている。安価に高性能を実現し、TOP500の上位を獲得するには、合理的な選択であるとも言える。ただし、現状は、折角の計算力が国内の研究開発に有効に活用されていない状況であり、利用環境の整備や、計算機の性能を活かし切る応用アプリケーションの開発など、地味ではあっても本質的なスパコン利用技術の推進が求められる。

 また、自主開発技術と言いつつも、米国のプロセッサに依存する一方で、中国は国産CPUの開発も進めている。この状況において、これまで通りアクセラレータ(GPU)を軸とするハイブリッド型でいくのか、CPU主体のシステムに移行していくのか、中国は総合的なスパコン戦略を早期に明確にする必要がある。システムの構成の差によって、それぞれに適したアプリケーションの書き方が違うため、国のスパコン戦略が明確でないと、スパコンユーザが成果を出しにくい状態になる危険性があるからである。

3.今後の日中協力

 中国は、「天河1A」についても、「星雲」についても、その計算能力をもっと有効活用したいと考えており、日本のハイブリッド型のシステムの応用アプリケーションの事例やノウハウの詰まったライブラリなどは、中国の研究者にとって貴重な情報であろう。従って、協力の可能性は十分にあるが、その場合に日本側にどのようなメリットがあるのか、現段階では不明確である。

 一方で、中国においては、研究成果をビジネスにつなげようとする姿勢が強い。例えば、「星雲」の製造主体である中科曙光は、2010年に商用スパコンや高性能サーバーの製造工場を天津で稼働させたが、曙光5000シリーズなどの中国国内でのセールスは非常に好調とのこと。日本ではスパコン国家プロジェクトを通じて得た成果を汎用品ビジネスに生かし、投資を十分に回収することが、残念ながらできていないようなので、中科曙光の姿勢には学ぶものがある、と感じた。

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編集部注

 本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センター(CRDS)の海外動向報告書「中国の科学技術力について~世界トップレベル研究開発施設~」(2012年6月刊)にまとめられた成果を基に、執筆者にリライトを依頼し、掲載したものである。(中国総合研究センター 鈴木暁彦)


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