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現地調査報告・中国の世界トップレベル研究開発施設(その5)光学天文台「LAMOST」

2012年10月15日

辻野 照久(つじの てるひさ):(独)科学技術振興機構研究開発戦略センター特任フェロー(海外動向ユニット)

 1973年東北大学工学部卒。同年日本国有鉄道入社。1986年より宇宙航空研究開発機構(旧・宇宙開発事業団)。2011年より同機構国際部特任担当役。科学技術政策研究所客員研究官を兼任。この間(財)日本宇宙フォーラムにて月周回機「かぐや」の開発や岡山県の宇宙デブリ観測施設(レ-ダ・光学)の建設に従事。

1.LAMOSTとは

 中国は1993年以来、多数の恒星や銀河のスペクトルを効率よく観測できるユニークな全天観測用大型光学望遠鏡の開発を国家プロジェクトとして実施してきた。中国語では「大天区面積 多目標 光繊 光譜 天文望遠鏡」と表記され、英語名(Large Sky Area Multi-Object Fiber Spectroscopic Telescope)の頭文字をとって「LAMOST」と称されている。また2009年の完成後は、中世の天文学者の名前にちなんで「郭守敬(Guo Shoujing)望遠鏡」とも呼ばれている。

 LAMOSTの光学的な口径は約4m相当で、我が国の「すばる」(口径8.3m)や米国の大双眼望遠鏡(口径11.9m)には及ばないが、全天観測の視野角が5度と世界最大であり、1回の観測で4000個の恒星のスペクトルを同時に取得できる。一夜で最大5回観測でき、観測効率が世界最高であることがこの望遠鏡の最大の特徴である。全天サーベイを効率よく行うことができる天文台として注目に値する。

 中国が国家の最優先の一大科学技術プロジェクトとして建設を開始してから約10年の歳月をかけて完成させたLAMOSTは、今回の視察で、設計通りの性能を実現したことが確認できた。

2.LAMOST開発の経緯

 1993年4月、国家天文台の王綬琯(元北京天文台長)と南京大学の蘇定強が、中国の天文分野における重要観測施設としてLAMOSTプロジェクト計画を国に提出した。2001年9月に建設工事が開始され、2008年8月にすべてのハードウェアの設置が完了し、同年10月に落成した。LAMOSTの開発予算は2億3500万元で、全て中国科学院が拠出している。運用主体は中国科学院国家天文台のLAMOST運用・発展センター(郭守敬望遠鏡運行和発展中心)である。

3.設置場所

 LAMOSTが設置されている河北省興隆県は、北京の東北東約120kmのところにあり、町の中心部は海抜400m程度である、LAMOSTは町の東部の山頂にある。北京からは、自動車で京承高速道路を経由して、約3時間で行くことができる。

4.建物構成

 LAMOSTの建物は三つに分かれている。外部から光を取り込む補正鏡があるMA棟、焦点面・分光器・データ処理用計算機などがある中央棟、球面主鏡のあるMB棟である。

写真1

5.光学系の構成

 LAMOSTの光学系は三つのサブシステムからなる。補正鏡MAは天空からの微かな光を取り込む非球面の反射鏡であり、直径1.1mの六角形の子鏡24枚で構成されている。MAの台座は軸周りに上下左右に回転でき、100度の範囲で天空の任意の方向に向けることができる。球面主鏡MBはMAからの光を焦点面に反射させる鏡であり、直径1.1mの六角形の子鏡37枚で構成されている。焦点面は4000本の可動式の受光素子を直径1.75mの円形のテーブルに配置したもので、最大4000個の恒星や銀河の位置合わせをして集光し、光ファイバにより階下の分光器に導いてスペクトル情報に変換する。

写真2

補正鏡MAの外観

出典:NAOC資料より

写真3

球面主鏡MBの外観

出典:NAOC資料より

写真4

焦点面の外観

出典:NAOC資料より

6.観測ミッション

 LAMOSTは数年間で全天サーベイを行って1000万個の恒星と1000万個の銀河のスペクトルを取得することを目標としている。そのような観測を行う目的は次の三つである。

(1)ミッション1:銀河の赤方偏移の全天サーベイ及び物理的特性の研究

 銀河のスペクトルを取得することで銀河の赤方偏移を得ることができ、赤方偏移が分かれば地球からの距離を知ることができ、距離と方向が分かれば恒星の三次元分布が分かり、このようにして宇宙の構造全体を理解できるようになる。

(2)ミッション2:恒星と銀河の構造の特徴の研究

 主に暗い恒星について、観測数を多くすることで銀河系のより遠くの恒星の分布や運動状況を理解することができ、銀河の構造を理解することができる。

(3)ミッション3:可視光以外で発見された天体のクロス認証

 クロス認証とは、電波・赤外線・X線・ガンマ線など可視光以外の帯域で発見された天体資料を可視光で確認することである。

7.運用

 2009年から2011年にかけての試験を経て、2011年10月から正式に全天サーベイが開始された。2012年2月までに30万個の恒星のスペクトルが取得できたとのことであった。毎回の観測では、星表に基づいて視野角5度の範囲内で4000個の恒星を同時に観測する。1回の観測時間は1時間30分で、前後に30分ずつ準備時間があり、冬だと一夜で最大5回の観測を行うことができる。データ処理室は、興隆天文台の入口近くの管制棟内にある。制御卓は2列あり、前列に望遠鏡を操作する技術者、後列に観測戦略に基づいて指示を出す科学者が座る。処理結果は北京の国家天文台にも専用線で送られる。

8.他の望遠鏡との比較

 LAMOSTは中国が誇るユニークな光学望遠鏡であり、他の望遠鏡と性能を比較することはあまり意味がない。LAMOSTの特徴を理解するための一助として、四つの観点から他の望遠鏡と比較してみた。

(1)「すばる望遠鏡」との対比~口径の大きさ

 我が国で最大の口径を持つ望遠鏡はハワイに設置されている「すばる望遠鏡」である。口径は8mであり、LAMOSTが実質4mなので、大きさだけでいえば「すばる望遠鏡」の方が4倍の面積を持っている。しかも「すばる」はこの巨大な面積を1枚のガラス板で製作している。LAMOSTは鏡面を小さな面に分割し、モザイク接合している。両者の本質的な相違は、科学ミッションの目標設定にある。すなわち、「すばる」は天空の狭い区画を指向して分解能の高い画像を得ることを目的にしているのに対し、LAMOSTは全天サーベイを効率よく行って恒星や銀河のスペクトルを取得することを目的としている。

 今後ハワイに建設される予定の米国・欧州・日本・中国が参加する世界最大の口径30m光学望遠鏡(TMT)には、LAMOSTより一回り大きい直径1.5mの六角形の子鏡を492枚接合した能動光学システムが採用される。中国はTMTの子鏡のガラス材料を提供する計画であり、LAMOSTの成果を踏まえて国際プロジェクトで重要な要素を担う立場になったといえる。

(2)「スペースガード望遠鏡」との対比~視野角の大きさ

 我が国で比較的大きな視野角を持つ光学望遠鏡としては、岡山県井原市美星(びせい)町の「スペースガード望遠鏡」がある。「スペースガード望遠鏡」は主鏡の口径が1mのカセグレン式望遠鏡で、視野角は2.4度と非常に大きく、このような光学系を設計し実現することはかなり困難であった。この望遠鏡は基本的に静止軌道近辺の宇宙デブリ観測用として設計され、空き時間で地球近傍小惑星の観測も行っている。LAMOSTは遠方の天体を観測することを目的としているため、地球近傍を高速で移動する小惑星の追跡観測を同時に複数個行うことは不可能である。ただし、スペースガード望遠鏡の観測要求も天文観測から見ればユニークであり、それぞれ目的の違いに起因する性能の差異であるといえる。

(3)シュミット望遠鏡との対比~光学システム

 LAMOSTはシュミット望遠鏡の一種であるが、中国は「LAMOST型望遠鏡」という分類名を提起し、シュミット望遠鏡と一線を画そうとしている。我が国最大の国立天文台木曽観測所の口径1.05mのシュミット望遠鏡と比較すると、LAMOSTは圧倒的な大きさである。また将来の拡張性も高く、口径30m級の超大型望遠鏡を中国国内の晴天率の高い場所に新たに建設する構想もある。木曽観測所の望遠鏡の観測目的は「すばる」と同様、観測したい方向に向けて指向観測を行うための望遠鏡であり、LAMOSTの観測ミッションとは異なる。

(4)赤外線天文観測衛星「あかり」との対比~全天サーベイ

 LAMOSTの科学ミッションに比較的近いのは、我が国の場合、地上の天文台ではなく、全天サーベイをミッションとする天文観測衛星である。我が国では赤外線観測衛星「あかり」が全天の90%をサーベイした。LAMOSTと比較すると、衛星の方が天球の南半分も見えるので観測対象が広くなる。また真空中を飛行するため、地上の望遠鏡観測で妨げとなる大気や雲や周囲の光の影響がない。一方、衛星で不利な点は、設計寿命が「あかり」では3年と短く、地上設備のようにメンテナンスして継続使用することができないことや、開発費用が10倍以上とかなり高いこと、打上げ失敗などのリスクを伴うことなどである。

 基本的にはLAMOSTは可視光での観測であり、我が国の天文衛星が赤外線やX線での観測であることから、性能比較を行うよりもクロス認証による補完関係を活用することの方が重要である。

7.今後の日中協力

 LAMOSTを利用して研究を行っている国は今のところ米国とドイツなどであるが、日本は国立天文台がマンパワー不足のため、研究協力していないようである。しかし中国側は、日本も含めて外国研究者を広く受け入れることを表明している。LAMOSTを活用するには、現地に常時滞在する必要はないことから、純粋な科学目的の観測に日本人が参加する機会を得ることは可能であると思われる。中国も日本のすばる望遠鏡を利用しており、観測施設の共同利用を通じて両国が人的に交流することは有意義であると考える。


編集部注

本稿は、科学技術振興機構研究開発戦略センター(CRDS)の海外動向報告書「中国の科学技術力について~世界トップレベル研究開発施設~」(2012年6月刊)にまとめられた成果を基に、執筆者にリライトを依頼し、掲載したものである。(中国総合研究センター 鈴木暁彦)


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