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「大卒インフレ」の悪循環

2012年10月 9日

遊川 和郎(ゆかわ・かずお):亜細亜大学アジア研究所教授

 1959年広島県生まれ。81~83年上海・復旦大学留学。84年東京外国語大学中国語学科卒。91~94年外務省専門調査員(香港)、94年(株)日興リサーチセンター上海駐在員事務所長、98年北海道大学言語文化部助教授、2001~03年外務省専門調査員(北京)。北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授、同教授を経て2012年4月から現職。著作(単著)に『中国を知る ビジネスのための新しい常識』(2007年、日本経済新聞出版社)、『強欲社会主義 中国全球化の功罪』(2009年、小学館101新書)、『中国を知る第2版 巨大経済の読み解き方』(11年、日本経済新聞出版社)。

1.大学受験者の減少

 中国では毎年6月7日から全国大学統一入学試験(全国普通高等学校招生入学考試=高考)が行われる。元々は7月7日から行われていたが、猛暑の最中で受験生が可哀そうだ、という保護者の訴えを受け、2003年から1か月前倒しされたものである。大学入試をめぐっては、シーズンになると、受験生親子をターゲットにした新ビジネスが流行ったり、大がかりな不正行為が発覚したり、その過熱ぶりは日本でもよく報じられている。

 大学受験が特に過熱したのは、皮肉にも大学定員数が年々増加した時期と重なる。1998年に就任した朱鎔基首相(当時)が「科学技術と教育による国興し」(科技興国)を唱えたのに端を発し、1998年に108万だった大学入学定員数は、2012年では約700万となった。

 一方で受験者数は、2008年の1050万をピークに4年連続で減少し、今年は約900万まで落ち込んだ(図1参照)。受験者数減少の最大の理由は少子化である。1990年には2354万人だった出生数は、2000年代に入り、1600万人前後で推移しており、18歳人口の減少傾向は今後も続く。90年に76万6000校あった小学校は、2011年には24万1000と、3分の1弱に激減している。

図1 大学募集定員と受験者数の推移

図1 大学募集定員と受験者数の推移

出典:「大学募集定員」は『中国統計摘要2012』、「受験者数」は各年の新聞報道から筆者作成

2.少子化だけではない原因

 しかし、受験者数の減少は、少子化だけでは片付けられない。まず、新卒(現役)のみならず、既卒の受験も減少している、と見られている。中国の場合、既卒といっても、日本のような単なる受験浪人ではなく、様々な理由で大学進学を断念していた既卒者が、再び大学受験に挑戦する例も多いのだが、この部分の減少も目立ってきているという。受験制度やカリキュラムの変更で既卒に不利、ということも一因らしい。受験者の現役と既卒の割合は不明だが、湖北省で2010年、全受験申込者数49万2000人中、現役が40万4000人(=全体の82%、既卒は8万8000人)というデータが一つの参考になるだろう。

 次に、そもそも新卒の大学進学へのこだわりが薄れている。受験のプレッシャーに耐えかねて進学を諦めたり、学力不足を自覚して就職を志向したりするケースもある。一部の高校では、大学受験合格率の数字を上げるために、合格の見込みがない生徒には受験辞退を勧めることも普通の現象となっている。

 統一入試を受験しても、自分の得点が希望大学の合格ラインに達していなければ進学そのものを断念したり、合格しても入学手続きをしなかったり、という例が珍しくなくなった。関係部門の統計によれば、2006年、合格通知を受け取りながら入学手続きをしない学生が40万人に上った。当初は選考基準が低い(入りやすい)大学がほとんどだったが、2010年には、一部の難関校でも「専攻が合わない」等の理由で入学辞退が発生しているという(武漢大学では63人が辞退)。入学辞退者の続出で、合格ラインが下がり、低得点での合格が話題になることもある。

3.進む大学離れ

 こうした大学離れが進む理由について、「新京報」(2010年6月19日付)は、学力不足が8%、国内の大学より海外留学を選ぶが21%、大卒の就職難が65%に上った、と報じている。

 留学については、近年、海外の大学に進学する留学生が急増しており、2008年の18万人から2012年には40万人に達する、と見られている(図2参照)。

図2 中国からの留学生と大学院募集定員の推移

図2 中国からの留学生と大学院募集定員の推移

出典:『中国統計摘要2012』から筆者作成(2012年は新聞報道)

 2009年、北京市西城区では大学統一試験の実際の受験者が応募時から100人少なかったが、留学に流れたものである。重慶市でも同様に約300人が中国での大学受験を止め、留学を選択した。

 大都市では、海外留学に直結した「国際班」を設置する高校が次々と誕生している。江蘇省無錫市では、6校が「国際班」を開設しているように、より早い段階で留学を目指す動きが出ている。また、中国国内の受験競争が激しいため、保護者が子供の挫折を恐れて、「国際班」に入れたり、成績が芳しくない子供については国内での受験をあきらめ、最初から直接留学を目指したりするケースもある、という。さらに中国の大学ではこの10年、相次いで発覚した入学や学位授与に係る醜聞や論文の盗用、捏造疑惑など、大学の権威が失墜したこともある。

 就職については、卒業半年後の就職率を見ると、2007年が87.5%、08年は85.6%、09年86.6%、10年89.6%と、表向きの数字はそれほど悪くは見えない(教育機関が発表する就職率は、大学院進学、海外留学者も分母分子に加えている)。卒業半年後の月収は、リーマンショック前(2007年)の2064元から、08年1890元、09年2130元、10年2479元と回復してはいる(1元=約12.3円)。

 多くの国民にとっては、そもそも大学進学にかかる経済的な負担が重すぎる、という問題がある。ここ数年、農民(農村出身者)の純収入は増加してきたが、年収6977元(2011年)という額は、大学1年分の学費と大差ない。もちろん、実際に大学に進学するとなると、寄宿生活費、教材代、交通費をはじめ、諸々の出費が必要となる。国際的にみても、国民の経済力と比べた大学の学費の水準は高い。その一方で、大学を出たからといって、得られる経済的なメリットは小さくなっている。大学定員拡大以前は、大卒者と、そうでない人の賃金は倍以上の差があったが、その差は明らかに縮小している。

 近年は、卒業生の4割が大学の専攻と関係のない仕事に就いており、2010年に卒業した人の34%が、卒業後半年以内に仕事を辞め、60%は、卒業後半年の仕事が自分の期待していたものと違うと思っている、という調査結果もある。教育部は、2年連続で就職率が60%に達しなかった専攻に対し、入学定員の削減あるいは募集停止という措置に乗り出したが、「就職力」の低い学部は、それでもゾンビのように生き続け、簡単にはなくならない。

 就職難の一部受け皿は大学院である。2012今年の大学院生の募集規模は58万4416人で、と10年前の2倍以上となり、博士が6万7216人、修士が51万7200人に上っている。規模は拡大しても、質の向上が置き去りにされる懸念を指摘する声も大きい。「大卒インフレ」(学歴インフレ)ともいえる悪循環の正常化に乗り出す時期に、中国は来ているようだ。

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参考資料:

  1. 王伯慶·門垚「中国大学畢業生就業状况分析与職業発展研究」「中国人力資源発展報告2011-12」社会科学文献出版社
  2. 熊丙奇「高考人数減少対高等教育的挑戦」「中国教育発展報告2011」社会科学文献出版社

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