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緊迫した交渉が続く生物多様性条約―「愛知ターゲット」と「名古屋議定書」の進展を中心に―

渡邊 幹彦(山梨大学生命環境学部教授)  2012年12月17日

 本稿は、3回に亘り、生物多様性条約を解説する。第1回は、「生物多様性条約の概観」、第2回は、「生物多様性条約第11回締約国会議の結果」、第3回は、「生物多様性条約の今後の展望」である。これらを通じて、生物多様性条約とその動向について解説するとともに、注目すべき点について論ずる。中国が、この分野でどのような姿勢を保持しているかについて、適宜、触れる。

 2010年に愛知県名古屋市にて開催された生物多様性条約・第10回締約国会議(CBD COP10)は、大変注目された。これにより、生物多様性という概念と生物多様性条約は、ある程度、一般に知られるようになった。COP10は、環境保護の歴史の中で、「愛知ターゲット」と「名古屋議定書」の採択という大きな成果を残して終了した。

 ここで大事なことは、「生物多様性と生物多様性条約の重要性はそれ以後も変わっていない」ということである。これに反して、本年(2012年)10月にインドのハイデラバードにて開催された第11回締約国会議(COP11)は、COP10ほどには注目されなかった。生物多様性に関して、条約加盟国がなすべきことや、COPにて交渉すべきことは、多数残されており、その交渉の動向には、常に注意がはらわれなければならない。生物多様性条約は、温暖化防止条約である国連気候変動枠組み条約に比して、未だに、その知名度は低いが、気候変動枠組み条約と並んで重要な環境条約であることは決して変わることはないのである。

 このような認識に基づき、第1回では、生物多様性条約そのものについて解説する。以下では、最初に、生物多様性及び生物多様性条約について説明する。次に、同条約が持つ2つの議定書について解説する。最後に、広く環境問題全般の観点から、他の条約との関係について触れる。

構成

第1回 生物多様性条約の概観

1 生物多様性条約とは

1)3つの目的

2)対象となる生物多様性

2 生物多様性条約の2つの議定書

1)カルタヘナ議定書

2)名古屋議定書

3 他の環境条約との関連

1)リオ条約という考え方

2)関連条約ITPGRなど

第2回 生物多様性条約第11回締約国会議の結果(予定)

1 COP11までの歴史的経緯

1)2002年のWSSDと2010年目標

2)歴史上重要であったCOP10

3)COP10の成果としての「愛知ターゲット」と「名古屋議定書」

2 COP11の正式な議題

1)正式議題

2)愛知ターゲットの進捗のチェック

3)名古屋議定書の批准状況のチェック

3 COP11が重要な局面となった議題

1)「資源動員」と「多国間利益配分の仕組み」

4 交渉ポジションが見えにくい中国

第3回 生物多様性条約の今後の展望(予定)

1 資金の問題

2 先行するEU

3 進む海洋生態系の保全(災害防止との関連も)

4 気候変動と生物多様性の関連

5 今後の交渉への視点

第1回 生物多様性条約の概観

1 生物多様性条約とは

1)生物多様性とは

 生物多様性条約が対象としている生物多様性について、簡単に説明する。生物多様性とは、端的には、「地球上のすべての生命のつながり」である。「生命」が、「生物多様性」の「生物」に該当し、「つながり」が、「生物多様性」の「多様性」に相当するととらえると、理解しやすい。

 まず、生命とは、生物のことである。微生物、植物、動物である。生命は、絶滅危惧種だけではなく、すべての生物を指している。また、微生物が忘れられがちであるが、微生物は生命を考える上で大変重要である。

 次に、「つながり」すなわち、「多様性」であることであるが、これは、ひとつひとつの生命がばらばらに生存しているのではなく、さまざまな生物がいることによって、お互いの生存が可能ということを意味している。単純に似たような生物が多数生きているということではなく、「異なった」「さまざまな」「いろいろな」生物が、地球上の、異なった環境で生息しているということである。この「異なった」「さまざまな」「いろいろな」ことが、「多様である」「多様性」と呼ばれ、この点が重要なのである。

 この多様性は、3つのレベルに分類される。それらは、種の多様性、生態系の多様性、遺伝子の多様性の3つである。

 まず、種の多様性であるが、多くの種を持つ生物が存在することは、一般に知られている。例えば、蝶という昆虫には、18,000種以上の種があり、生物として大変多様である。また、生物すべてについては、現在まで、約175万種が発見されており、未発見の種まで含めると、最大1億もの種が、地球上には存在していると推測されている。次に、遺伝子の多様性であるが、1つの種の中でも、異なる遺伝子をもった多様な生物が存在する。例えば、人間は、1つの種であるが、遺伝的な多様性により、青い目を持った人や、黒髪を持つ人など、遺伝的要因により多様である。最後に、生態系の多様性であるが、地球上には、寒冷の南極から、鬱蒼とした熱帯雨林まで、多様な生態系があり、それぞれの特徴に応じて多様な種が生存している。

 この生物多様性について、生物多様性条約の公式な定義によると、「生物多様性とは、すべての生物の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性および生態系の多様性を含む」(生物多様性条約公式ウェブサイト[2012])とされている。尚、専門家によっては、生物多様性の定義に、生態系を含まないものもある。

2)生物多様性条約とは

 生物多様性条約(The Convention on Biological Diversity; CBD)は、1992年に、リオ地球サミットにて採択され、1993年に発効した。2012年10月時点で、約190カ国が締約国となっている(下図参照)。

図1

図 生物多様性条約

 CBDには、3つの目的がある。それらは、①生物多様性の保全、②その構成要素の持続可能な利用、③遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分である(下図参照)。

図2

図 CBD3つの目的

 1つ目の「保全」がCBDの目的となるのは必然であろう。現在、生物多様性は、急速に失われており、史上6番目の大絶滅期にあると広く認識されている。この生物多様性の損失を防ぐために、生物多様性の保全が条約の目的となるのは、自明である。

 2つ目の「生物多様性の構成要素の持続可能な利用」は、生物多様性が、単に「かけがえのない美しい自然」であるだけでなく、 生物遺伝資源をその構成要素として有しているという認識に基づいている。医薬品、食品(一般の食品、及び、特定保健用食品などの機能性食品)、化粧品、園芸品(花卉)、化成品などの製品は、すべて、もしくは多くの割合が、生物遺伝資源すなわち「生物」を原料としている。伝統的な生物組織(いわば血肉)や機能(発酵など)に加えて、バイオテクノロジーの発達により、遺伝情報などが製品開発に利用されている。このような生物遺伝資源は、枯渇性資源(石油、石炭、鉱物資源など)と異なり、収穫を一定の範囲内にとどめれば、持続可能な利用が可能である。例えば、作物を採り過ぎないで次の収穫用に種子を残せば、また、漁獲量を制限して継続的に漁業ができるようにすれば、植物の収穫や漁獲は持続的に利用が可能である。この持続可能を目指すのが第2の目的である。

 3つ目の「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」については、十全な解説が必要であろう。自然界には未知の有用な生物遺伝資源がまだまだ存在すると考えられている。それは、前述の医薬品から花卉までのすべての分野において、存在すると考えられている。ただし、生物遺伝資源が、最初から資源であるとわかっていて利用する場合の他に、ある程度、研究開発をしてから、有用であるとわかる場合が多数ある。このように、現在は有用であるかどうか分からないが、有用である可能性のある新たな生物遺伝資源を求めて、研究機関や企業は、国内のみならず海外に「アクセス」することがある。

 例えば、A国の製薬企業が、新たな医薬品開発のためにB国の生物遺伝資源にアクセスする際には、資源提供者と資源利用者が相互に合意する条件で(Mutually Agreed Terms; MAT)、事前の了承を得て(Prior Informed Consent; PIC)、かつ、その資源から製品開発がなされた時には、公正かつ衡平な条件で利益を配分しなければならない(Fair and Equitable Sharing of the Benefits)。(下図参照)CBDは、これを条約の第3の目的としていて、条文でも規定している。尚、このアクセスと利益配分(Access and Benefit-Sharing)は、通称として、ABSと呼ばれる。

図3

図 ABSの仕組み

出典:渡邊 幹彦・二村聡編(2002),p.2に基づき日筆者作成

 これら3つの目的を達成するために、CBDは国際条約として、主に、第6条から第14条において、保全に関する規定を、主に、第15条から19条において、利用とABSに関する規定を記述している。種の保全においては、保護区の設定などを通じて、なるべく自然の状態(これをin situと呼ぶ)で保全することを推奨している。また、生物や生態系が多様であることから、一律の保全の方法を規定しないで、共通の目標のみを定期的に定め(第2回にて解説)、保全の詳細な目的や計画は、各条約加盟国が定めるようにしている。

2 生物多様性条約の2つの議定書

 CBDは、これら3つの目的を達する上で、CBD自体の条文や規定に加えて、現時点で2つの議定書(Protocol)を持っている。カルタヘナ議定書と名古屋議定書である。

1)カルタヘナ議定書

 カルタヘナ議定書(The Cartagena Protocol on Biosafety)は、2000年に採択され、2003年に発効し、遺伝子組換え生物(Living Modified Organisms; LMO)の管理を目的としている。同議定書は、特に、遺伝子組み換え生物の輸出入を管理することを通じて、バイオセーフティを確保している。また、生物多様性の損失の原因の1つが、侵略的外来種であるので、侵略的外来種としての遺伝子組換え生物が、生態系に悪影響を与えないようにすることによって、生物多様性の目的に貢献していると言える。

2)名古屋議定書

 名古屋議定書(The Nagoya Protocol on Access to Genetic Resources and the Fair and Equitable Sharing of Benefits Arising from their Utilization to the Convention on Biological Diversity)は、2010年に採択され、発効はまだである。名古屋議定書は、ABSに関する規定を、CBD自体のものより、詳細にしたものである。しばしばみられる誤解として、「CBD自体には、ABSに関する規定がないので名古屋議定書ができた。」というものがある。まず、CBDは、その15条「遺伝資源へのアクセス(Access to Genetic Resources)」にて、明確にABSに関する根本的な規定を行っている。さらには、8条j項、16条、18条に関連規定がある。あくまで、名古屋議定書は、CBDの補助であり、CBDのABSをより詳細に規定したものなのである。名古屋議定書の特徴的な条項を以下の表に整理した。

図4

3 他の環境条約との関連

1)「リオ条約」という考え方

 CBDを、生態系と生物多様性を保全する条約として、より正確に理解するためには、他の条約との関連を考えることが不可欠である。というのは、生物多様性は、他の自然現象と関係があるからである。

 国際連合は、リオ条約(The Rio Conventions)という概念を提唱している。リオ条約は、国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)、国連砂漠化防止条約(UNCCD)、CBDの3つである。(下図参照)これらは、互いに関連しており、この関連性に考慮しながら保全を実施すれば、保全の相乗効果や、重複の回避がなされ、望ましい状態と言える。

 例えば、生物多様性が豊かな森林の保全を考える。森林の保全は、同時に、温室効果ガスの吸収源の確保につながり、気候変動対策ともなりうる。さらには、森林は、水源涵養機能を持つため、森林の保全は、砂漠化防止にも役立つ。特に、気候変動との関連は、「REDD+」として、昨今、大変注目されている。(この点について、本稿の第3回にて触れる。)尚、これらが、リオ条約と呼ばれるのは、CBDと国連気候変動枠組み条約は、どちらもリオ地球サミットの時に採択され、国連砂漠化防止条約もリオサミットの時にこそ採択されなかったものの、同サミットとほぼ時を同じくして採択されたからである。

図5

図 リオ条約

2)「食糧及び農業に用いられる植物遺伝資源に関する条約(ITPGR)」との関連

 CBDは、「食糧及び農業に用いられる植物遺伝資源に関する条約(The International Treaty on Plan Genetic Resources on Food and Agriculture; ITPGR)」と密接な関係を保っている。ITPGRは、食物として利用頻度の高い食物種を定め、これを利用した時の利益配分の方法を詳細に定めている。CBDが、すべての生物を対象としていることから、ITPGRの対象植物も管轄の対象となりうるが、ITPGRの対象となった植物遺伝資源については、ITPGRで優先的に取り扱うとして、不必要な国際法上の交渉や重複を避けている。

 以上、第1回では、CBDとは何かについて解説した。第2回と第3回では、遺伝資源を利用する際に、大変重要となるABSとその議定書である名古屋議定書を中心に、COP11での交渉の様子や今後注意すべき議題について解説する。

参考文献:

  1. 炭田精造・渡辺順子(2011)「CBDにおけるアクセス及び利益配分-ABS会議の変遷と日本の対応」、磯崎博司・炭田精造・渡辺順子・田上麻衣子・安藤勝彦編『生物遺伝資源へのアクセスと利益配分-生物多様性条約の課題』信山社、pp. 107-10
  2. 生物多様性条約公式ウェブサイト http://www.cbd.int/(2012年11月1日閲覧)
  3. 渡辺幹彦・二村聡(2002)『生物資源アクセス』東洋経済新報社
  4. 渡邊幹彦(2012)「生物多様性条約『名古屋議定書』への持続可能な制度としての期待」、環境経済・政策研究、Vol. 5、No.1、pp. 88-92

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