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現地調査報告・中国の世界トップレベル研究開発施設(その9)最小侵襲脊髄手術ロボット

2013年2月 5日

嶋田 一義(しまだ かずよし):科学技術振興機構研究開発戦略センターフェロー

早稲田大学理工学部助手、財団法人武田計測先端知財団プログラムオフィサーなどを経て、2003年より科学技術振興機構勤務。2008 年より現職。主に電子情報通信分野の研究開発戦略作成業務に従事。 

1.年間十大科学技術ニュースに選定

 2010年に開発された最小侵襲脊髄手術ロボットは、中国「科技日報」の2010年国内十大科学技術ニュースに選ばれた[1]。この手術ロボットは、中国第三軍医大学重慶新橋医院と中国科学院瀋陽自動化研究所との共同研究の成果である。このロボットは世界でもトップレベルにあるのではないかと考え、関係する施設を訪問し、研究者にインタビューを行うこととした。 

 訪問先は、瀋陽の中国科学院自動化研究所と重慶の第三軍医大学第二付属医院(重慶新橋医院)である。

2.開発の経緯

 脊髄の手術は高い精度が要求され、X線撮影を行いながらの手術になるため、医師の被ばく量が問題となり、発達が遅れていた。ロボットによる誘導が可能になれば、医師の被ばく量を減らすことができる。また、骨用の手術ロボットは、臓器を対象とした医者のオペレーションに頼るタイプのもの(da Vinciが有名)と異なり、より高度な知能化ができる可能性がある。骨は臓器よりも構造が硬質で、位置決めが容易だからである。

 こうした問題意識から、ロボット技術に関する技術的な蓄積の大きい、瀋陽の中国科学院自動化研究所(SIA)と重慶新橋医院の骨科主任医師の周躍教授(写真)の間で、共同研究が進められている。研究プロジェクトの責任者は周教授である。SIAとの協力は、周教授の要望にSIAの研究員が応えるという形式で進められている。周教授の研究室には約20名のスタッフ(学生や博士研究員)がおり、手術ロボット(骨)に従事する研究者(医学部)の数は5名程度とのことである。

写真

写真 最小侵襲脊髄手術ロボットと周躍教授(嶋田撮影)

3.開発の現況

 今回の調査で注目した脊髄手術ロボットに限って言えば、重慶新橋病院のものも含め、2012年2月時点では、臨床前期実験を行っている段階にあり、臨床現場で使用されるには至っていなかった。ロボット技術そのものを見ても、日本と比較して特筆すべきものは見出し難い。

 周教授によると、現時点では脊髄に精度よく穴をあけられる技術の確立が当面の目標で、特定の病気を想定した研究ではないが、脊髄癌や脊椎損傷など様々な用途を想定しているという。これまでの実験の結果としては、術前のプランニング・シミュレーション及び術中ナビゲーションの精度および安全性が確認されたものの、自動制御システムの開発は今後の課題ということであった。

4.中国の手術ロボット開発についての考察

(1)自主開発

 世界的に見ると、手術ロボットは1980年代後半に米国や欧州で登場したが、現在、商業化され、FDA(米国食品医薬品局)の認証を受けている外科手術ロボットシステムには、主にイソップ(AESOP)システム、ゼウス(ZEUS)システム、ダヴィンチ(da Vinci)システムがある。これに遅れること10年、中国の手術ロボット開発は、1990年代中盤から進められているようである。

 今回調査した最小侵襲脊髄手術ロボット以外の手術ロボットに目を向けると、実際に患者の了解を得て手術に使われている中国製のロボットは多くあるようだ。上海交通大学では、頭がい骨の修復手術で実際に患者の同意を得てロボット手術が行われ、成功している。中国の大学の有力な研究者の多くは、国内外の企業との共同研究を精力的に進めている様子であり、中国製の手術ロボットが世界市場で普及する日も近いように思われる。

(2)海外ロボットの導入とその臨床応用

 中国は海外のロボットを積極的に導入しており、ロボット手術の症例数は、重慶新橋病院でも250~300例あるという。技術の自前主義はなく、必要な機能が調達できるならば海外からでも買ってくればよいという姿勢があるため、技術の導入は早い。症例数を重ねるうちに、その技術を使いこなしていけば、独自技術も開発されてくるはずだ。市場があり、技術を使おうとする旺盛な意欲があれば、自ずと技術開発が促されることは想像に難くない。技術そのものが学術的に高度か否かといった観点に目を奪われていると、新しいパラダイムを見逃すおそれがある点に注意が必要である。

 日本の医療用ロボットに関しては、「日本企業は、ヒューマノイドロボット(人型ロボット)関連技術は高いが、医療用ロボットの技術はない」という認識を、重慶新橋病院の博士研究員が持っていた。これは、事実とは異なると思う。しかし、技術があっても市場に出すハードルが高い日本の現状の一端を反映しているかもしれない。

5.今後の日中協力

臨床研究と倫理

 中国の場合、患者との合意があれば、ロボット手術を合法的に導入できる。そのため、新しい技術の導入が様々な規制によって阻まれてしまう日本と違って、研究開発が進みやすい。また、人種が近いことから、欧米の症例を蓄積するよりも、アジアで症例を蓄積する意義は大きい。その意味で、中国と共同開発、共同研究を進めるメリットは十分にあると考えられる。

 共同研究を行った際の権利の帰属や利益配分方法については、事前に取り決めておく必要がある。共同研究成果の運用は大学あるいは個人によって異なる可能性が高いため、注意が必要である。日本側で雛形をまず準備し、交渉すべきだろう。

 中国は自由な研究風土があるが、それに頼って試行錯誤を行うだけでは、長期的に見ると成果は限られるだろう。こちらのアイデアと先方のアイデアをすり合わせて研究を進めるのはもちろんのこと、自由に研究を進める中に潜んでいる負の側面(例えば、生命倫理、インフォームドコンセント、報酬のあり方等)についても、中国の研究者と認識を共有し、それを解消する努力を行っていくことが、日本の科学技術コミュニティの使命ではないだろうか。

 それは、日本の規制を先方に押し付けるといった単純な話ではない。日本の規制が必ずしも機能的なものとは限らない。中国の現場で、高い倫理観を持って判断し、日本よりも機能的な規制を作り、それを日本に持ち込むことで、日本の研究開発環境を変革していくという取り組みでも良い。

 中国を単なる実験市場ととらえるのではなく、人類共通の課題解決のために中国の人たちと研究協力するといった大きな目標設定が必要ではないか。こうした取り組みは、研究者だけでなく、研究を支援する公的セクタや企業も責任を分担する必要があるだろう。

これまでの日中の交流を生かす

 今回訪問した研究機関では、日本の大学や企業の研究者との共同研究を多く行っていた。その多くは、日本に留学経験のある学生と、日本の大学の研究者の間に築かれた太い信頼関係が基盤になっているように見受けられた。協力の拡大にはこうした関係がまさに必要であり、日本に来る優秀な留学生を大切に育て、息長く付き合っていくことが非常に重要であるという実感を得た。

 また、今回の出張でご一緒した小菅一弘教授(東北大学)は、IEEE(米国電気電子学会)のRobotics and Automation Society(ロボット・自動化専門部会)のPresidentを務められた経験もあり、中国の研究者とのパイプも太い。

 こうした有識者間のつながりは、一朝一夕にできるものではない。国際的な科学コミュニティでの活躍を支援することや、有識者との連携による効果的な国際共同研究の推進を検討していく必要があるだろう。

[キーワード:外科手術ロボット 中国第三軍医大学重慶新橋医院 中国科学院瀋陽自動化研究所]


[1] 科技日報は2010年国内十大科学技術ニュースを発表(http://crds.jst.go.jp/daily/data/20110114-007.html
解読2010国内十大科技新聞(科技日報、中国語)(http://www.stdaily.com/kjrb/content/2010-12/28/content_260600.htm


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