第91号
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再生医療用足場材料の研究開発

2014年 4月30日

陳 国平

陳 国平:
独立行政法人物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 生体組織再生材料ユニット長・主任研究者

略歴

1997年 京都大学大学院工学研究科博士課程材料化学専攻修了、博士(工学)、奈良先端科学技術大学院大学、通産省工業技術院の博士研究員を経て、
2000年 通産省工業技術院産業技術融合領域研究所・研究員
2001年 独立行政法人産業技術総合研究所ティッシュエンジニアリング研究センター・研究員/主任研究員、
2004年 独立行政法人物質・材料研究機構 生体材料研究センター・主幹研究員、
2007年 独立行政法人物質・材料研究機構 生体材料センター・グループリーダー、
2011年4月より現職、
2013年 筑波大学数理物質系教授(連係大学院)を併任、英国王立化学会のJournal of Materials Chemistry BのAssociate Editor、中国科学化学のEditor

専門分野

再生医工学、生体材料学

1.再生医療

 病気や事故、あるいは先天性異常・欠損などにより身体の組織・臓器の一部が失われたり、機能しなくなったりした場合、臓器移植または人工臓器による治療が従来から行われている。ただし、臓器移植には、免疫拒絶反応や免疫抑制剤の使用に伴う合併症などの医学的リスクが少なからずある。また、人工関節などに代表される人工臓器も失われた機能を部分的に代替するのにとどまり、長期間の使用による緩み、摩耗などの問題が残されている。そこで、近年誕生した再生医療の方法を用いて、組織・臓器の病気と欠損を治療するための研究が盛んに行われている。この方法では、患者自身の細胞を利用して、足場材料と生理活性物質を組み合わせて培養することにより、組織・臓器を再生して移植する。様々な細胞を利用することにより、様々な組織・臓器を再生できること、さらに自家由来の細胞なので免疫反応を避けられることなどから、従来の治療法より進歩した画期的な治療法として期待されている。

 再生医療には、細胞、足場材料、および細胞成長因子という3つの要素がある。これらの3つの要素を単独、あるいは組み合わせた形で利用することによって、生体内、および生体外で組織・臓器を修復し再生させる。再生医療に用いられる細胞には、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、組織特異的な体性幹細胞、分化した組織細胞などがある。細胞成長因子は細胞の増殖と分化を制御・促進し、わずかな数の細胞から大きな組織の再生を誘導する。足場材料は細胞が付着するための足場としての役割に加え、再生のための空間を確保する。私は主に足場材料に関して研究開発を行ってきたので、再生医療に用いられる細胞の足場材料についてこれからいくつかの実例を挙げながら紹介する。

2.足場材料とその役割

 組織・臓器は細胞と細胞外マトリックスにより構築されている。細胞外マトリックスは、細胞を取り囲むようにして存在し、コラーゲン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、ヒアルロン酸など、多種類の分子を主な成分とする。細胞は、この細胞外マトリックスを介して周囲の細胞と情報伝達しながら生体恒常性を維持している。生体組織が損傷を受けると、細胞とともに細胞外マトリックスが失われてしまう。そこで、この失われた細胞外マトリックスのかわりに人工の足場材料を細胞に供給する。足場材料は、組織再生の空間を確保するとともに、再生組織の形状を維持しながら、損傷組織の再生を助ける役割を果たす。移植した細胞を欠損部位に留まらせて望み通りの機能性組織の再生を誘導するために、足場材料にはいくつかの性質が要求される。細胞の接着、増殖、マトリックス産生を促進して細胞の分化を制御できること、生体に悪影響を及ぼさない性質としての生体親和性、高い強度や多孔性などが要求される。さらに、増殖した細胞と産生された細胞外マトリックスが組織化し、新しい生体組織が形成されると、人工物である足場材料は障害物となるので、組織の形成とともに分解・吸収される生体吸収性が要求される。

3.足場材料の原料と足場材料作製技術

 足場材料の原料には生体吸収性の物質が用いられる。ハイドロキシアパタイトやβ-TCPなどのリン酸カルシウムや、炭酸カルシウムなどの無機化合物を除けば、そのほとんどは生体吸収性の高分子である。生体吸収性高分子は、生体吸収性合成高分子と天然高分子の2種類に分けられる。合成高分子として、ポリL-乳酸(PLLA)、ポリグリコール酸(PGA)、乳酸とグリコール酸の共重合体(PLGA)やポリカプロラクトン(PCL)が用いられる。一方、天然高分子として、コラーゲン、ゼラチン、グリコサミノグリカン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、ポリペプチドなどがよく用いられている。生体吸収性合成高分子は主に多孔質体に加工して利用されるが、天然高分子は多孔質材料のほか、ハイドロゲルとしても利用される。生体吸収性高分子を繊維、不織布、織物、スポンジなどに加工し、目的とする組織の形状に合わせてロープ、シート、チューブ、ブロック状等の形に成形して再生医療の足場材料に利用される。

 足場材料の作製技術として、ポローゲンリーチング法や相分離法、凍結乾燥、エマルジョン凍結乾燥法、ファイバー融着法、ニードルパンチング法、エレクトロスピニング法、光造形法などが開発されている1)。生体吸収性高分子の足場材料は骨、歯、軟骨、靭帯、皮膚、神経、血管、角膜、筋肉、膀胱などの様々な組織・臓器の再生に利用できる。再生する組織にあわせて、生体吸収性や力学的性質、多孔質構造などを制御でき、また、数種類の生体吸収性高分子を複合化し、それぞれの材料がもつ特長を相乗的に引き出すことも可能である。さらに、細胞成長因子やサイトカインなどの生理活性物質および遺伝子プラスミドを導入した足場材料の開発も進められている。

 また、生体組織を脱細胞化処理することにより、細胞成分のみを取り除き細胞外マトリックスを残した脱細胞化組織も足場材料として用いられている2)。脱細胞化組織は生体組織の構造とよく似ていることと、細胞成長因子などの生理活性物質が豊富に存在するため、組織再生に高い促進効果が期待できる。脱細胞の方法として物理的方法、化学的方法と酵素処理法が開発されている。さらに最近では、還流方法を利用して、動物の心臓や肝臓、肺などの臓器自体を脱細胞化したものを足場材料とし、これらの臓器を再生する研究も報告されている。ただし、脱細胞化組織を再生医療に用いるためには、免疫反応の惹起や機能・性能のロット差などの問題点をどのように克服するかが課題である。

4.氷微粒子を活用した多孔質足場材料の作製技術

 多孔質足場材料を作製する方法の中で、特殊な装置を用いることなく空孔構造を容易に制御できる方法として、ポローゲンリーチング法がよく用いられる。ポローゲン(porogen)とよばれる微粒子を高分子溶液または溶融液に分散させたコンポジットを作製した後、ポローゲンを溶出させて多孔質足場材料を得る方法である。本方法では、気孔率はポローゲンと高分子原材料の仕込み比、空孔の形状はポローゲンの形状を変えることによって制御することが可能である。ポローゲンには、塩化ナトリウム、ショ糖、パラフィンなどの微粒子が使用される。高分子‐ポローゲンコンポジットを適当な溶媒中に浸漬することにより、ポローゲンは溶出除去される。この方法は、PLLAやPLGAなどの生体吸収性合成高分子からなる多孔質足場材料の作製によく利用されている。また、ポローゲンリーチング法をほかの多孔質体作製方法と組み合わせて、細胞をより播種しやすく、足場材料全体に分布させるための多孔質構造を形成させる工夫もなされている。

 さらに最近では、ポローゲンとしてあらかじめ作製した氷の微粒子を用いる方法が開発された3)。この方法では、ポローゲンである氷微粒子と高分子溶液を混合する際の温度が重要である。すなわち、操作中に氷微粒子が融けない、かつ高分子溶液が直ちに凍らないように温度制御する必要がある。氷微粒子を用いた多孔質材料作製法の特長として、ポローゲンの氷微粒子は生体に無毒であること、氷微粒子を凍結乾燥で容易に除去できること、および高分子水溶液の凍結を誘発できることが挙げられる。作製した足場材料は高い連通性を持ち、球状の空孔が得られる。また、この方法を応用し、多孔質足場材料の表面構造、およびマイクロパターン多孔質構造を有する足場材料を作製することができる4)。この場合、氷微粒子を高分子溶液と混合するのではなく、基板表面に付着させた氷微粒子を用いて、足場材料の表面に開口した多孔質構造を形成させることができる。氷微粒子を用いた方法で作製した多孔質材料により、軟骨や皮膚などの組織を再生することができた。

5.複合多孔質足場材料の作製技術

 生体吸収性の合成高分子と天然高分子はそれぞれ長所と短所がある。生体吸収合成高分子は、多孔質足場材料の形状保持に必要な力学強度を持つこと、成形加工性にすぐれているという長所を持つが、材料表面の水ぬれ性が低く、細胞接着性は天然高分子に比べて高くはない。これに対して、コラーゲンなどの天然高分子はすぐれた細胞接着性を持つが、多孔質足場材料の力学強度は低く、合成高分子に比べると形状安定性に劣る。

 そこで、力学強度が高い合成高分子と生体親和性に優れた天然高分子を複合化した複合足場材料が開発された5)。複合化によって、生体吸収性合成高分子の足場材料の表面を親水化し、生体親和性が高められる。また、天然高分子の足場材料の強度不足が補われる。すなわち、2種類の高分子の長所を組み合わせることができる。複合化方法として、まず、PLLAやPLGAなどの生体吸収性合成高分子を用いて力学強度が高い多孔質骨格を作製する。次にこの骨格の空隙部分に天然高分子であるコラーゲンのスポンジやマイクロスポンジを形成させて複合化する。作製した複合多孔質足場材料において、生体吸収性合成高分子の骨格は複合体の形状を保持し、足場材料としての取り扱いを容易にする一方、細胞との特異的相互作用や高い親和性を有するコラーゲンマイクロスポンジによって、播種した細胞は複合体へよく接着し、増殖することができた。複合多孔質足場材料は、骨や軟骨、皮膚、靭帯、筋肉、血管など多岐にわたる組織の再生に用いられる。

6.今後の展望

 再生医療を実現するためには、細胞、細胞成長因子、および足場材料に関する多くの要素技術が必要とされ、しかも生きている細胞を操作するため、非常に複雑で高度な技術が求められる。これまで、体のすべての組織と臓器は再生医療の対象になっており、比較的単純な構造をもつ組織を再生するための製品はすでに製造販売されている。しかしながら、日本において製品化されているのは再生自家軟骨と再生自家表皮の2製品のみである。中国において製品化されているのは培養表皮のみである。日本は幹細胞、特にiPS細胞の研究において世界でリードしていて、足場材料の研究開発において、日本も中国も多数の研究者が多方面から研究を進めている。これらの努力により、今後はより多くの再生医療の製品が実用化されると大きく期待できる。