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タヒナウイルスについて

2014年 5月30日

呂志

呂 志:中国疾病予防コントロールセンター
ウイルス病予防コントロール所 ウイルス性脳炎室勤務
副研究員

略歴

1974年10月生まれ、2009年、ウイルス病予防コントロール所在任時に博士号を取得。2006年~現在、主にウイルス性脳炎、虫媒性ウイルス及びその関連疾病の病原学、分子進化及び血清流行病学の研究に従事。Emergering infectious diseases,Vector-Borne and Zoonotic Diseases,American journal of tropical medicine and hygiene,Virology Journal等の雑誌で多くの論文を発表。中国で初めてタヒナウイルスなど、重要な人獣共通感染症の病原体を分離した。

 タヒナウイルス(Tahyna virus,TAHV)は、カリフォルニア脳炎ウイルス(California Encephalitis Group Virus)と同様に、ブニヤウイルス科(Bunyaviridae)、オルソブニヤウイルス属(Orthobunyavirus)に帰属し、分節型マイナス鎖RNAウイルスに分類される。そのゲノムはL(大)、M(中)、S(小)の3ステージからなる。

 タヒナウイルスは、1958年、チェコスロバキアのタヒナ(Tahyna)という小さな町で、蚊の標本より分離されたことで、その名がついた[1]。その後、フランス、イギリス、チェコスロバキア、スペイン、ドイツ、オーストリア、ルーマニアなどのヨーロッパ各国、さらには旧ソビエト連邦から独立したタジキスタンや旧ソビエト連邦北部地域でもこのウイルスを分離することに成功している。現在、ヨーロッパでは広域に流行し、最も多くの人に感染する虫媒性ウイルスの1つとされている。

 タヒナウイルスは、蚊に刺されることで人や動物が感染し、発熱などの症状を引き起こす虫媒性ウイルスである。蚊を媒介とする感染症は特に熱帯、亜熱帯地域で広く流行し、年齢を問わず感染の恐れがある。感染率は全体の30%以上に達する。感染直後は多くの場合で何の症状も見られないが、ごく一部の人は風邪に似た症状を発症する。突発的な高熱が3~5日間続き、頭痛、倦怠感、結膜炎、のどの痛み、筋肉痛、吐き気、胃腸障害、食欲不振、関節痛などを伴う。ごく稀に、脳炎や異型肺炎を発症し、神経系統の後遺症が残ることもある。

一.中国におけるタヒナウイルスの分布

 中国ではここ10余年、内陸の多くの地域で虫媒性ウイルスに関する調査が行われ、タヒナウイルスを複数株分離している。具体的には以下の通りである:

 2006年7月~8月、新疆南部の喀什地区で採集した9,865匹のイエカの標本から1株のタヒナウイルスを分離した。国際タヒナウイルス流行株Bardos92株のヌクレオチドと比較したところ、Sステージについては90%以上の相同性が認められたため、タヒナウイルス[2] であることが実証された。これは中国では初めての実績となる。

 2007年7月~8月、新疆南部のバインゴリン・モンゴル自治州(喀什地区東部約900キロ)では、セスジヤブカの標本5,180匹が採集され、更に2株のタヒナウイルス[3] を分離した。

 2007年7月~8月、青海省格爾木、西寧市、民和県の3地点で採集された蚊の標本は8,147匹であった。166回に及ぶウイルスの分離及び鑑定を経た結果、1,873匹のヤブカから2株のタヒナウイルス[4] を分離している。

 2008年7月~8月、内モンゴルのフフホト市、バヤンノール市、通遼市、烏海市の11の県で、3属7種合計10,542匹の蚊を採集した。その後ウイルスの分離及び鑑定を経て、フフホト市から採集された515匹のイエカと522匹のセスジヤブカから1株のタヒナウイルス[5]を分離している。

 新疆で分離した3株のウイルスについてヌクレオチドの比較と進化分析を行い、次のことが分かった。これらウイルスのL、Sステージについてはヌクレオチドの配列に相対的に進化は見られず、一定の地域的特性が認められた。また中国国内での株間の相同性は、中国株とヨーロッパ流行株との間の相同性よりも高いことが分かった。Mステージでは、中国新疆で分離した株間の相同性は80%であり、一方で中国株とヨーロッパ株間との相同性の差異は80%[3] であった。Mステージについては変異が比較的大きいことを示しており、異なる亜型が存在する可能性があるかもしれない。またタヒナウイルスは宿主に大部分依存することで、その毒性や疾病を引き起こすことに重要な意味がある。形態的な形質が環境の影響を受け表現型を変えていくかどうかについては、更なる研究が待たれるところである。

二.人への感染調査

 2007年~2009年、中国新疆、青海で継続的なタヒナウイルス感染調査が行われた。

1.新疆における血清流行病学調査

 新疆ウィグル自治区南部の喀什地区、北部の伊犁地区において、不明熱患者から742例の急性期の血清標本を採取、タヒナウイルスに対するIgMとIgGの抗体検査を行った。さらに抗体が陽性反応を示した一部の標本については、並行して、ブニヤウイルス科に属し、抗原性が類似しているタヒナウイルス、カンジキウサギウイルス、インクーウイルスの3種類のウイルスのプラーク減少中和試験を行った。その結果、新疆南部喀什地区で採取した急性期の血清標本中、IgM抗体陽性率は5.3%であり、IgG抗体陽性率は18.3%であった;新疆北部伊犂地区で採取した急性期の血清標本からはIgM抗体の陽性反応は認められなかった;プラーク減少中和試験の結果、IgM抗体陽性患者の血清中のタヒナウイルス中和抗体価は、他の2種類のブニアウイルスの抗体価上昇より明らかに高かった。(表1)

 本研究により、新疆南部地域の不明熱患者グループにタヒナウイルスの急性感染と既往感染[6] が実証された。北彊地域についてはウイルス感染の痕跡は見つからなかった。2008年、新疆北彊の阿勒泰、伊犁、塔城及び哈密など多くの地域でもこのウイルスを分離できなかった。このウイルスの活動は北彊ではあまり活発ではないことを示している。新疆南北部の間には天山山脈という自然の壁があるため、ウイルス分布の差異が生じたのだろう。

表1 新疆地区における不明熱患者血清標本中のTAHV/SSHV/Inkooウイルスに対するプラーク減少中和試験の結果(18例)
Table 1 PRNT 90 values of neutralization test against TAHV, SSHV, Inkoo among sera samples of 18 unknown fever cases in Xinjiang
症例 性別 年齢 採取日時 Tahyna SSHV INKV
1 20 08.8.1 <10 <10 <10
2 6 08.9.7 10 <10 <10
3 19 08.9.12 <10 <10 <10
4 62 08.9.8 10 10 <10
5 1 08.9.1 40 10 <10
6 21 08.9.16 <10 <10 <10
7 20 07.09.05 160 40 <10
8 7 07.09.05 160 80 <10
9 25 07.09.06 40 20 10
10 27 07.09.06 20 10 10
11 35 07.08.18 20 10 10
12 42 07.09.16 80 40 10
13 3 08.9.12 <10 <10 <10
14 1 08.9.6 <10 <10 <10
15 5 08.9.7 80 40 <10
16 12 08.9.8 <10 <10 <10
17 1 08.9.4 <10 <10 <10
18 19 08.9.16 <10 <10 <10

2.青海省における人獣血清流行病学調査及び人への感染症例の実証:

 2008年、青海省格爾木地区及び西寧市、民和県で採取した1,078名の血清標本についてタヒナウイルスに対するIgG抗体検査を行った。結果、19例(1.8%)の標本が陽性を示し、しかもその全てが30歳以下であった。さらに地域別で見ると、格爾木地区の陽性率が最高の4.4%(16/366)であり、西寧が0.6%(2/352)、民和が0.3%(1/360)と続く。特に格爾木地区では、5~9歳の抗体陽性率が最も高く、7.1%(5/70)[4]を占めた。

 同じ年、上記の3地点で、牛、羊、豚全部で240頭の家畜について血清標本を採取したところ、家畜の体内にウイルスに対するIgG抗体が存在し、特に格爾木地区では最も高い数値を示した[4]。これらのことから、家畜がウイルスの自然循環において一定の役割を果たすと推測される。

 2009年7月~9月、格爾木地区で急性の不明熱患者の血清標本229例を採取、これらの標本についてタヒナウイルスに対するIgM抗体検査及び核酸検査を行った。さらに、陽性標本については回復期の血清標本を採取した。回復期の中和抗体が急性期と比較し4倍以上高くなったものをタヒナウイルス感染症例と判定した。結果、5例が該当し、内4例で回復期の中和抗体が急性期に比べ4倍以上の値を示し、1例についてはの急性期の血清標本の中からもタヒナ核酸が検出された。[7]これらの症例の急性期の標本の血清抗体は1:10~1:160で、しかも中和抗体は1:40~1:1,280の間であった。5例の患者の発症期間は短く、回復期採血時にはすでに回復していた。全ての症例に集中して現れた症状は表2の通りである。

表2.青海省の5症例で現れた症状
症状 数量
発熱 5(5/5)
のどの痛み 4(4/5)
体のだるさ 3(3/5)
食欲不振 3(3/5)
関節痛 2(2/5)
頭痛 2(2/5)
眠気 2(2/5)
むかつき、吐き気 1(1/5)
1(1/5)

 2年連続で検査を行った結果、青海省ではこのウイルスが人や動物に感染していることが示され、初めて中国でタヒナウイルス感染症例が実証された。

展望

 上述の研究では、中国の多くの地域でタヒナウイルスが流行し、現地の多くの人々が感染したことを示している。併せて媒介する蚊の種類が多く、このウイルスには強い伝播力があることを示しており、今後注視していく必要がある。

 現在中国ではこのウイルスが重症症例を引き起こしたという報告はないが、毎年、夏になるたびに臨床で多くの原因不明ウイルスによる脳炎患者が、未鑑定病原体に感染している。そのため臨床では重症感染患者に対しタヒナウイルス検査を行う必要があると判断する。

参考文献

[1] Bárdos V, Medek M, Kania V, et al. Isolation of Tahyna virus from the blood of sick children. Acta Virol, 1975, 19(5):447.

[2] Lu Z, Lu XJ, Fu SH, Zhang S, et al. Tahyna virus and human infection, China. Emerg Infect Dis, 2009, 15(2):306-309.

[3] Lu Z, Fu SH, Wang FT, Nasci RS, Tang Q, Liang GD.Circulation of diverse genotypes of Tahyna virus in Xinjiang, People's Republic of China. Am J Trop Med Hyg. 2011 Sep;85(3):442-5.

[4] Li WJ, Wang JL, Li MH, et al. Mosquitoes and mosquito-borne arboviruses in the Qinghai-Tibet Plateau--focused on the Qinghai area, China. Am J Trop Med Hyg, 2010, 82(4):705-711.

[5] Cao Y, Fu S, Tian Z, Lu Z, He Y, Wang H, Wang J, Guo W, Tao B, Liang G. Distribution of mosquitoes and mosquito-borne arboviruses in Inner Mongolia, China.Vector Borne Zoonotic Dis. 2011 Dec;11(12):1577-81.

[6] 呂志,傅士紅,王鳳田,梁国棟. 中国新疆ウィグル自治区不明熱患者の中のタヒナウイルス感染状況調査。ウイルス学報、 2011,27(1):72-74.

[7] Li W, Cao Y, Fu S, Wang J, Li M, Jiang S, Wang X, Xing S, Feng L, Wang Z, Shi Y, Zhao S, Wang H, Wang Z, Liang G. Tahyna virus infection, a neglected arboviral disease in the qinghai-tibet plateau of china. Vector Borne Zoonotic Dis. 2014 May;14(5):353-7.


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