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中国の宇宙科学研究から見た基礎科学の進展(その2)

2014年 7月 9日

松岡勝

松岡 勝:理化学研究所 名誉研究員

略歴

1939生。
1966年名古屋大学理学研究科で理学博士。東京大学助手、助教授を歴任。
1986年より理化学研究所主任研究員 宇宙科学研究所客員教授、埼玉大学客員教授歴任
1999年より理化学研究所名誉研究員、宇宙開発事業団招聘研究員、MAXIの科学プロジェクトマネージャ
2003年より宇宙開発事業団は宇宙航空研究開発事業団に組織変え
2010年より理化学研究所特別顧問(~2013年)
2014年より理化学研究所グローバル研究クラスター研究嘱託

その1よりつづき)

3.小型科学衛星への取り組み

 最近、欧米や日本で経験を積んだ若い指導者層が増えたため、科学衛星や搭載装置の提案も活発になり競争になっているようである。先にも述べた小型科学衛星の第一号に決まった全天軟X線監視観測衛星は2018~20年の打ち上げを目指すと言う。この衛星の責任者は日本、イギリス、ドイツでX線天文学の研究の経験を経た40代の若手である。 

 この小型衛星は広視野軟X線望遠鏡を用いて、これまでの衛星で探査があまりなされていない短時間に輝くX線バーストやX線閃光を監視するものである。定 常の観測ではまだわからない130億光年以上彼方で発生する爆発現象を狙うことから、アインシュタインプローブと名付けて開発を開始した。遠い宇宙の天体から発生するガンマ線もX線領域に赤方偏移するため、軟 X線領域の望遠鏡が望ましい。

図2

図2 アインシュタインプローブ

中国の小型科学衛星の第一号に採用された全天軟X 線監視装置
(アインシュタインプローブ)の概要。2018-20 の打上げの目標で準備中

 この衛星計画は、今年から2年間で2億円近い予算でフェーズAが始まった。このため、この衛星の科学的意義や国際的に占める関係などを議論するのが5月に行われた国際フォーラムの目的であった。3 0名ほどの小さい会議であったが、中国の宇宙科学の方針を決めるトップの Ji Wu(呉季)氏(National Space Science Center(国家空間科学中心)所長)も出席された。また、中 国と欧州の研究者をつなぐ役割のスイスのISSI分所にいるCOSPAR会長経験者のR.Bonnet氏と一緒に、イギリス、ドイツ、イタリア、フランスの研究者が出席した。一方、米 国からはNASAでこの研究分野の第一人者が招待された。日本からは国際宇宙ステーションに搭載した全天X線監視装置(MAXI)で科学観測を担当している筆者が招待された。

図3

図3 2014年5月6~7日に北京のISSIで開催された小型科学衛星のフォーラム話し合うJiWu氏(左)と筆者

 全天X線監視装置MAXIは、感度は低いが、これまでいくつかの相乗りの搭載機器や単独衛星として、視野は狭いがより暗い天体を観測する従来の望遠鏡形式のⅩ線天文衛星と相補的に、広 い宇宙を常に監視して突発天体を見つけることで成功してきた。これまでは、エネルギーが2 keV 以上の観測器が実現してきたが、1 keV 以下のX線が観測できるものは日本のMAXI だけである。こ れは感度が低く視野が狭いため、本格的な軟X線全天監視装置の実現を各国が競っている。現在、日本も含め5グループで提案があるが、予算が最初に決まったのが中国版のこの衛星である。

 軟X線になるとX線ミラーが使える。小さなミラーをうまく使えば広い視野をカバーできる。中国版の全天軟X線監視装置も小型ミラーを並べる方式を採用している。中 国で提案された軟X線監視装置は視野でも感度でもMAXIを大幅に上回るものである。しかし、軟X線検出器では多くの開発が必要とされる。

 小型のX線ミラーはイギリス等で開発され、部品として市販されているが、これを衛星搭載までもっていくには多くの技術開発が必要である。こ の開発は北京の国立天文台のグループが中心となって新しく実験室を整備して行っている。検出器は、精華大学のグループが開発している。この検出器も部品は日本で開発されたものが市販品として入手可能であるが、軟 X線を透過する薄膜も含め総合的にまとめあげて検出器にもっていくには相当に開発時間がかかると考えられる。

 ミラーと検出器の開発を担当するグループのリーダーはいずれも、欧米や日本の関連する研究機関で学んだ経験があるため、事情は十分に理解しているはずだ。中 国独自での開発や試験を考え実験室をしっかりと整備している。ただ、搭載機器の経験が十分ではないため、欧州や日本の経験も取り入れようとしている。筆者も友人としてこれまで多少ながらコメントをしてきた。ち なみに、基礎研究に参加する人材に日本を含め国の壁は全くないと当事者は話していた。

4.大量生産の経済学と一品製品の研究プロジェクト

 観測で新しい研究結果を出すには、これまでにない特徴をもった衛星や観測装置を作らなければならない。実験室ではできているものでも衛星搭載機器になると多くの試験と開発が必要になる。中 国は基礎科学の分野にも予算を出して実験室の充実も図っている。一品製品を作り上げる場合、同じ設計図はない。欧米や日本はこの設計図をいくつか描いて科学衛星を一つずつ実現してきた。中国はこの経験は少ない。経 験の少ない時代は時間がかかり、時には失敗もある。中国はこれからこの段階を踏んで進めようとしている。

 大量生産できる工業製品の場合、これまでの経験を導入することで早い立ち上げが可能であろう。中国の経済発展はこれまで、先進国で生産してきた方式を導入し、よ り安い製品を作って経済発展をしてきた経緯がある。しかし、科学衛星のような一品製品の場合、欧米の開発技術をそのまま持ち込んでもできないことが多い。自ら学びながら作っていく必要がある。大 型の硬X線望遠鏡の打ち上げが2003年に決まってからまだ実現していないが、これは初めての開発経験で時間がかかっているためで、大幅に遅れているとの認識はないとみる指導層がいた。多 分これは正しい一つの認識であろう。

 中国は基礎科学にも予算を随分つけるようになった。研究開発のような一品製品の開発には時間がかかると言う認識で予算が続けば基礎科学の分野でも世界のトップにでることは十分に考えられる。科 学衛星の開発では欧州や日本の研究者を招待し、オープンに進めている。中国の宇宙科学のトップの Ji Wu氏は「日本からの研究者の受け入れは全くオープンだ。日本の若者が来てこれに参加することは歓迎だ」と 述べていた。

 これまで、米国は基礎科学の分野でも多くの外国人を受け入れ最先端を走ってきた。現在、出版される論文の多くは中国人名の共著者が多い。優秀な中国人は多いだけでなく、中 国国内でこれらの優秀な人材が動きだせば、大きな発展につながるだろう。一方、中国国内で自由に働く外国人が増えれば大きな発展にもつながる。中国はこの環境を整えつつあるとはいえ、まだ、欧 米や日本の研究機関ほど多くの外国人がいない。基礎研究では発展途上の中国で、日本の若い博士研究員が中国のプロジェクトに参加して大きく飛躍できる機会があるかもしれない。これは一つの賭けかもしれない。政 治的な壁が自由な研究に不安をもつ若者も多い。

5.さいごに

 中国の基礎科学の分野では発展途上と言う段階にあるため、国際感覚を身につけた若い指導者は、世界のトップに出る意欲がみられる。さらに、欧米、日 本の最先端の研究機関にいる研究者からの情報を素直に学ぶ謙虚さも見られる。研究開発は時間がかかるが、人材の投入や予算の投入は盛んである。人 材の投入には外国人を招聘教授や博士研究員として招待する制度も整備されつつある。予算に関しては物価や人件費も考えると、宇宙科学の分野では日本と遜色がないようにみえる。中 国版宇宙ステーションの運用が始まる2020年頃には科学衛星の結果も出ている可能性もある。中国の政治体制の不安を克服できれば、中国は経済分野に続いて基礎科学分野でも大きく世界に出てくることは考えられる。 

参考


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