第95号
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中国の高校から日本の大学への留学:高校数学の学習単元の整合表の試み(その2)

2014年 8月29日

竹熊尚夫

竹熊 尚夫:九州大学大学院人間環境学研究院教授

略歴

1963年熊本県生まれ九州大学教育学部卒業、同大学院教育学研究科修了、博士(教育学)、専門は比較教育学。
主著論文は、「多民族社会における教育の国際化への展望」望田研吾編著『21世紀の教育改革と教育交流』(2010年6月)、「多民族社会の教育研究における民族教育制度の視座-比較教育学的考察-」 『九州大学大学院教育学研究紀要』第11号(通巻54集 P45-60, 2009年3月)

その1よりつづき)

3.高校レベルの日中の教育・学習内容の違い-数学を事例に-

 日本の留学予備教育機関でのインタビューによると、理系志望の留学予備学生に物理、化学の知識が不足していることが指摘されている。物理を学習していない、或 いは化学Ⅱの分野を学んでいないという理系学生がいるという。こうした履修教科のバランスにも配慮する必要があるが、現在、数学と理科(化学、物理)の教育課程を調査分析しているところであり、今回、数 学の教育課程について紹介したい。

 まずはじめに、数学の教育課程の単元一覧を指針として、全単元のバランスや学習単元(項目)を重視した包括的な整合表(基本枠組)をたたき台として作成している。学習過程の違いを確認することと、教 育の接続をよりスムーズにするためのチェックリストとして活用するためでもある。表は、文 部科学省の高等学校学習指導要領解説と中国の人民教育出版社と江蘇教育出版社の数学教科書から入手できた単元一覧を比べてみたものである。江蘇省版は昨年実物を購入しているが、人 民教育出版は大部分はインターネット上に掲示されている単元一覧から情報を得ている。日本語版には各単元の英語訳を、二種類の中国語版には日本語訳を付けている。入手した情報も完全では無く、縦 幅はまだ各単元と細項目を十分にカテゴライズできてはいないので、暫定的な表として確認ご利用いただければと思っている。不足している資料などご教示いただければ幸いである。

表1 日中両国の数学の教育課程の単元比較表(暫定版)

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表1 日中両国の数学の教育課程の単元比較表(暫定版)

出典:文部科学省「高等学校学習指導要領解説」、人民教育出版社および江蘇教育出版社の数学教科書等資料を参照

 表からも分かるが、中国の普通高校の課程は、国際学校のIB課程および AP課程と比較して、微積分の知識の割合が多くないという(唐 2012)。微積分は「名存実亡」の状態であるとの指摘もある( 郭玉峰・杜威 2002)。中国では大学進学後に微積分、特に積分を学ぶことになっているためである。北京版の「高考」理科の指導書によると、試験で求められるレベルとして、各単元・項目は(A)了解(知識・記 憶)レベル、(B)理解(理解・解釈)レベル、(C)掌握(熟達・利用)レベル、(D)柔軟的総合活用レベル、に分けらており、微積分の単元には「定積分概念」と「微積分基本定理」の項目のみが提示され、こ の二項目でも、問題レベルは(A)了解レベルに該当すると説明されている(北京教育考試院 2012)。

 こうしたことは、日本の大学進学の準備をさせる日本語予備教育機関でインタビューした際にも同様の意見を得ている。数学教師によれば中国からの留学生は微分積分、微分の計算の仕方までは学んでいるが、特 に積分は学習していないという評であった。「今の日本のカリキュラムの数Ⅲとか数Cは全くやっていない状況で、数列も知らないことが多い」、「数ⅡBでは計算の仕方は習っても、理 論的証明や公式は習っていない状況」であるという。中国語でも「証明」を書くことができないということを確認し、教授法の違い、学習方法の違いを感じ、日本の大学でついて行けるか心配しているという。重 点高校でも日本に来た学生は数学が弱いという印象だそうだが、重点校の学生は、指導すると自分で勉強しくるなど優秀な学生も多いという。

 エリート校である国際学校の卒業生は、主に海外の大学へ進学するため、日本を含む海外の高校の数学課程と同じように、微積分の内容を学ぶことになっていることから、今後、教 育課程の改訂と関わり中国国内の課程で微積分を海外の課程と揃えるかどうかが一つの懸案となっているともいう(唐 2012)。

 様々なレベルがある日本の大学で、教育課程単元での相違に加えて、トップレベルの高校生から中国国内進学をあきらめた高校生まで、様々な学力レベルの留学生を受入前・後で、教 育課程学習歴をどのように確認し判定していくか。日本の大学による、個別の国際、外国語高校への訪問や科目担当教師との面接も実施されているところではあるが、重点高校まで網羅することはできない。教 育資格試験の成績では把握できない部分について、日本の予備教育課程では半年から1年をかけて学生の学力診断にあわせた授業を行っている。しかしながら、大学入学後、予 備教育機関から個々の学生のポートフォリオを受け渡すような接点は制度的にはなく、海外の高校の場合も大学が求める詳細な教育課程・単元・項目の確認は十分にはできていない。大学受け入れ前後にでも、各 科目の単元項目毎の相違に加え、更に、例えばブルーム(B. S. Bloom)のタキソノミーを援用しながら、①用語・事実知識の有無(習ったことがある)、②法則性・原理の知識(概念構造としての理解)、③ 変換(表現)能力・他領域との関連づけ可能、④応用・課題解決・仮説検証が可能、⑤実験・実技経験の有無、などの段階に分けた詳細な学習歴の確認作業が求められている。個 々の生徒や高校での学びが把握できることで、留学生にはますます細やかな教育指導が可能となる。大学が国際化し、海 外から多様な人材を引き受けるためにはこのような共通の受け入れ枠組作成作業や学習内容の照合作業がオープンな舞台で議論されることが必要であろう。(おわり)

参考文献:

  1. 小川佳万編『東アジアの高大接続プログラム』高等教育研究叢書115号 広島大学高等教育研究開発センター 2012年
  2. 郭玉峰・杜威「高等学校数学科カリキュラムにおける日中比較研究」『筑波数学教育研究』第21号 2002年
  3. 国立教育政策研究所「教科等の構成と開発に関する調査研究」『算数・数学のカリキュラムの改善に関する研究-諸外国の動向(2)-』研究成果報告書(23) 2005年
  4. 曹一鳴主編『十三国数学課程標準(小学、初中巻)』北京師範大学出版社 2012年
  5. 菅原久美子・杜威「高等学校数学科教育課程における日中韓比較研究~日本の教育課程の変遷に焦点を当てて~」『秋田大学教育文化学部教育実践研究紀要』第27号 2005年
  6. 高橋哲男「中国数学教科書『微積分初歩』の検討:微分と積分の導入及び数値計算を中心に」『教育学の探究』15 北海道大学 71-94 1998年」
  7. 中国総合研究交流センター『中国の初等中等教育の発展と変革』独立行政法人科学技術振興機構 2013年
  8. 東北育才学校高琛(Gao Shen)校長『東北育才-リーダー人材養成の場』2011年5月 本誌掲載
  9. 唐成昌主編『高中国際課程的実践与研究』数学巻 上海教育出版社 2012年
  10. 北京教育考試院編『2013年 普通高等学校招生全国統一考試 北京巻考試説明(理科)』開明出版社 2012年
  11. 横田雅弘編『中国における日本と諸外国への留学生送出し要因の比較研究~IDP方式の将来予測~』明治大学新領域創成型研究 2009年