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世界の水循環を可視化する―関東中部、黄河流域、チャオプラヤ川流域を例に

2014年 9月26日

服部健治

西岡 哲:株式会社地圏環境テクノロジー 代表取締役社長

略歴

静岡県出身。
1972年茨城大学農学部卒業後、東急建設株式会社に入社、技術研究所にて、トンネル施工技術であるNATM工法の研究開発、大深度地下開発実証研究、大 深度地下開発における地下水流動への影響に関する研究などを推進する。また1990年代には時代に先駆けて中国の沙漠における大型太陽光発電プロジェクトの調査研究を進める。
2000年9月に東京大学工学部登坂博行教授により開発された統合型水・物質循環シミュレーションシステム(GETFLOWS)の普及をめざし、株式会社地圏環境テクノロジーを起業し、現在に至る。 

1.直面する水問題

 20世紀は石油という資源を糧に世界の経済は発展してきた。21世紀に入り中国、イ ンドに代表される人口大国の経済爆発に伴い食料と石油に代表されるエネルギー資源だけでなく水資源の確保が重要な課題となってきている。

 20世紀の急速な技術革新がもたらした巨大で高度な技術は、大規模な自然改造をも可能にし、実際に数多くのプロジェクトが実施され、多大な経済的効果を上げる一方で、自 然環境に対し甚大な影響を与え一部では回復困難な環境破壊を引き起こしてきている。水資源マネジメントの失敗は大規模な環境破壊につながる。例えば20世紀最大の環境破壊の事例として知られるアラル海では、ア ムダリア川、シルダリア川流域での綿花栽培に大量の灌漑用水を使用したため、湖の大半が消滅し深刻な環境問題を生じている。これは灌漑農業の効率という経済的側面に重点がおかれ、水 資源の利用が将来の環境影響を流域全体の視点でとらえていなかったことによるものと思われる。

 水の惑星といわれる地球上の生命は、気圏と水圏と地圏を循環する水により維持されてきている。地球上の水量はおよそ14億km3であり、97.5%は海水、淡水は2.5%である。淡水のうち80%近 くは氷であり、約20%は地下水である。最も人間が利用している河川水は1,200km3で淡水のうちの0.004%に過ぎない。この0.004%の河川水は、全 世界の人口を62億人とすると一人当たりわずか約200トンでしかない。このように膨大でもない水資源を人類が営々と利用してきているが、石油など他の資源と違い枯渇することがないのはなぜだろうか?人 間活動に伴う利水は、水を消費してしまうことでなく、生物が体内に取り込んだ水により老廃物を体外に流す現象とよく似ていて、水を利用することは水を汚し、排出することである。水が枯渇しないのは、蒸発、降雨、地 表流出、地下浸透という系を通して10~15日に1回程度の頻度で循環していることによる。

 利水により汚れた水は、微生物などによる分解作用や蒸発という自然の機能により水質を循環システムの中で回復してきている。現代の人類の過度で野放図な水利用は、こ れまでの水循環システムを回復不可能なところまで破壊してしまわないだろうか?

 20世紀の人間の英知は、人間活動によるさまざまな開発により、将来どのような環境変化を引き起こすかについてまで十分に予測することができなかったのだろうか。また多くの国際河川では、上 下流の国家間での水資源の取り合いが激化し国際紛争の火種となっている。これらの問題を平和裏に解決するためには、時 空間的に偏在する水の実態を可視化し利害当事者やそれを調整しようとする政治家や学者さらには企業家や一般市民が情報や知識を共有できるようにすることが第一歩である。

 水問題とは、生活圏の水資源・水環境・水災害に関わる問題であり、人間が生活し文明を発展させていくために常に対処すべきものである。

2. 水・物質循環シミュレーション技術とその可視化

 地球表面には、水が相変化(液・気・固)し、水圏(海洋)、気圏(大気)、地圏(陸域とその近縁の気圏・水圏)をめぐる水文大循環がある。地圏水循環シミュレーションとは、図 1に示した地圏における水などの動態を物理的に捉える技術である。地圏には、土壌・岩石圏、自然の動植物が創り出す生態系、人間活動が創り出した人工物があり、その中を大気圏からもたらされた降水が蒸発散・河 川流れ・地下浸透流・湧出流などとして移動し、最終的に海洋に回帰する。

 地圏水循環シミュレーション技術は、地表水・地下水連成解析技法(以下GETFLOWSと記す)として東京大学工学系研究科システム創成学専攻の登坂博行教授により開発され、地上、地 下の流れの速さが極端に異なる水の動きを完全シームレスに解析できるところまで来ている。GETFLOWSは、これまで個々の数理モデルによって定式化されてきた地上、地下の水の動きを、数 値精度を維持したまま数学的に統一化させた点に最大の特徴をもち、これによって地上に降り注いだ雨水の行方を時間的、空間的スケールの大小を問わずに追跡できる。すなわち、陸 面における地表水と地下水の交換をその場所の降雨、地形起伏、土地利用、地質等の違いによって決まるレスポンスとして解析し、雨水がしみ込みやすい場所、地下水が湧き出しやすい場所、そ の強さを捉えることが可能となった。また、水の動きのみならず、空気、油、重金属、有機性溶剤等の汚染物質を含めた流体(多相多成分系流体)のダイナミクスをシミュレーションすることが可能である。図 1及び図2にコンピュータ上に作り上げるモデルの概念図を示す。これは自然の姿をできる限りありのままに模倣し、人間のイメージを超えた複雑系のまだ良くわからない状態を浮かび上がらせようとするものである。 

図1

図1 水循環の概念図

図2

図2 水循環モデル図

 水循環のシミュレーションとは、自然の場(地形、地質、土地利用、気象、人間活動)における降水・蒸発散、地表水、地下水など水の挙動を数値モデルとして表現し、そ の解析結果をコンピュータ上に物理的にコンピュータ上に再現・予測することである。ここでは、統合型水・物質循環シミュレーションシステム(GETFLOWS)を用いて解析された日本列島全体の水・物 質循環の一部として、図3に関東・中部エリアの地下水流動を示す。

 大地形に従う水流の形が現在の大きな水系と類似した形で自然に現れ、地表面には河川ネットワークが形成され、地下には比較的落ち着いた地下水位分布が地形と地質に従って形成さる。図3を見ると、現 在の利根川の表流水は、江戸時代からの東遷事業により銚子から太平洋にそそいでいるが、しかしながら解析結果より地下水は利根川本来の流路にしたがい東京湾に向かっているなど、水 循環を理解するうえで興味深い点がみてとれる。

図3

図3 関東・中部エリアの地表水・地下水流動の流線図

出典: 地圏環境テクノロジーホームページより

 人・自然・地球共生プロジェクト(文部科学省)のサブテーマのひとつである「アジアモンスーン地域における人工・自然改変に伴う水資源変化予測モデルの開発」では、産 業総合技術研究所が中心となって黄河の水循環モデルを構築した。黄河は,青海省に源を発し渤海湾に注ぐ全長5,464km、流域面積75万km2の大河川である。本研究の目的は、地形の変化に富み、気 候変化も大きい大河川の流域における地下水流動メカニズム(地下水収支・循環機構)を明らかにし、現況を再現した後、農業や産業発展に伴う流域開発による地下水流動系への影響を把握し、環 境保全対策に資する領域情報統合モデルを構築するものである。研究成果の一例として、黄河流域の地表水・地下水の流動を図4に示した。図4より黄河は、河床から華北平原に地下水を涵養する構造が見て取れる。し たがって黄河の上流からの河川流量が気象要因や取水など人為的な要因により減少してしまうと、河床からの地下浸透が河川流量を上回り、瀬切れを起こすことを示唆している(図5)。1 990年代に顕在化した黄河の断流も中流域での灌漑水の取水が主な原因の一つであったと思われる。

図4

図4 黄河流域の地下水流動

図5

図5 黄河中流域での取水による華北平原の地下水低下予測の例

出典:産業技術総合研究所「アジアモンスーン地域における人工・自然改変に伴う水資源変化予測モデルの開発」

3.もうひとつの地球をコンピュータ上に創造する

 2011年のタイではチャオプラヤ川の洪水が3か月以上にわたり発生し、タイに進出している日本企業も甚大な被害をこうむった。(図6)

 食糧生産の基本は水資源の確保である。アメリカの大穀倉地帯であるグレートプレーンは、オガララ滞水層の地下水により支えられているのだが、灌漑用水の過剰揚水により急激に枯渇に向かっているという。 

 中国では工場からの汚水対策が不十分で、河川水、地下水の汚染が進行中であると報告されている。水量はあっても、水質が悪化しては直接利用することができない。

 これらの水問題を複雑にしている要因の一つは、水循環のプロセスが非常に複雑であり、水の利害関係者が同じ情報に基づいて知識を共有し、限られている水資源の利用方法を見いだせていないからである。 

 超並列スーパーコンピューティング技術など革新的な技術が発達してきている今日、自然水循環システムのコンピュータモデリングは、日本全土のフィールド情報の蓄積とともに絶えずモデルを動かし、地 表水や見えない地下水の流動を過去から現在まで再現し、将来を予測する基盤をコンピュータ上に構築できる段階にきている。

 コンピュータ上に国土の水・物質循環を再現できれば、たとえば気候変動による海面上昇により、沖積平野部での塩水浸入を全国規模で把握し、農業灌漑用水の長期的計画立案などに資する。自 然水循環システムのコンピュータモデリングの意義は、こうすればこうなるという図式の人間の単純なイメージを超えた自然本来の複雑系を描き出し、正しい実態解明へと導き、将 来の人間活動や様々な変動因子に対してその姿の予測を与えてくれることにある。自然水循環システムをコンピュータ上に再現するには膨大なデータと計算時間を要するため、何より、問 題が顕在化してからの準備ではあまりにも遅すぎる。そのため、必要なデータを集めたり、モデルを構築する労力を低減させ、多 数の試行錯誤やケーススタディを積み重ねることができる抜本的なエフォート転換の仕組みが不可欠である。

図6

図6 タイ洪水再現解析例

 水資源・環境・災害に関する問題に対処していくためには、地球規模の水循環という視野に立って国内外の課題を整理し、各国が必要とする情報を発信して行く必要性がある。国土の水・物 質循環に関する科学的な知識を、中央政府、地方政府、民間、NGO、住民などあらゆるレベルで共有し、具体的な行動に役立てていくことが、こ れまで経験したことのない気候変動問題に立ち向かっていくためにも求められる。

 そのためにも、情報配信技術と組み合わせ21世紀の水問題に迅速に対応するために、様々なセクターで発生するニーズに対応できる情報提供基盤の整備が求められる。現代の技術で、も う一つの地球をコンピュータ上に作り上げ、常に最新のデータを蓄積していくことによりモデルを成長させていくことが可能である。これはダムや堤防などのハードな社会インフラに対し、気 候変動や人間活動の影響を予測し人類の安定的な発展を維持していうためのソフトな社会インフラとなっていく。(図7 図8)

図7

図7 水情報基盤のイメージ

出典: 地圏環境テクノロジーホームページよ

図8

図8 全球シミュレーション構想

出典: 地圏環境テクノロジーホームページより


さくらサイエンスプランウェブサイト

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