第99号
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中国著作権法第三次改正の進展及び争点

2015年 1月 6日 

朱根全

朱根全:北京雷津文化発展有限公司CEO
コンテンツ海外流通促進機構(CODA)北京センター 所長

1968年 5月 中国江蘇省南通市生まれ
1983年 9月~1987年 7月 北京第二外国語学院日本語科在学
1987年 7月~1998年 3月 中国文学芸術界連合会国際部日本担当
1990年 7月~1991年 7月 日本音楽著作権協会(JASRAC)研修 
1997年12月~1998年12月 桐原書店著作権管理研修
1999年 5月~2012年 3月 日本音楽情報センター(JAMIC) 所長
2008年 8月~現在 北京雷津文化発展有限公司CEO
2010年 4月~現在 コンテンツ海外流通促進機構(CODA)北京センター 所長

 1979年1月、国務院副総理 鄧小平が政府の代表団として訪米した際、「中米高エネルギー物理協定」の交渉中にアメリカより著作権問題についての提起がなされた。

 それから3ヶ月後の1979年4月、国家出版局は、著作権法の起草および万国著作権条約への加盟について国務院に提唱し、これにより著作権法の起草が始まった。

 当時の中国では、著作権法の制定は重大な出来事であり、イデオロギーを巻き込んだ大きな論争につながった。ある者は、作家は国から給与を得ている以上、著作権を有するべきではないと論じ、またある者は、ひとたび著作権法が施行されれば外国の書籍や雑誌を再版するには外国人に巨額の版権料を支払わなければならず、中国の科学研究や教育面に大きな影響を及ぼしかねないと論じた。こうした認識は、当時の知的財産権への無関心と困惑を反映していたといえる。

 著作権法はこのような背景の中、起草が開始された。そして十数年が経過し、ついに1990年9月7日、第7期全国人民代表大会常務委員会、第15回総会にて「中華人民共和国著作権法」が通過し、同日、中華人民共和国主席令第31号「中華人民共和国著作権法」が公布され、1991年6月1日に施行された。

 11年後の2001年10月27日、第9期全国人民代表大会常務委員会、第24回総会にて「『中華人民共和国著作権法』の改正に関する決定」が採択され、第一次改正が行われた。この改正は中国のWTO(世界貿易機関:自由貿易促進を主たる目的として創設された国際機関)への加盟に合わせたものであり、当該「著作権法」とWTOの「貿易に関連した知的財産権協定」との矛盾を修正し補完したものである。

 さらに9年後の2010年2月26日、第11期全国人民代表大会常務委員会、第13回総会にて「『中華人民共和国著作権法』の改正に関する決定」が通過し、当該法律の第二次改正が行われ2010年4月1日に施行された。この改正は、WTOにおける中国とアメリカの知的財産権を巡る訴訟の採決に対応したものであり、2つの条文の改正がなされた。現行の著作権法は、この時改正されたものである。

 現行の著作権法は2度改正が行われたが、それは対処の仕方が極めて受身的で部分的なものにすぎなかった。つまり2度の改正は中国の経済や社会の発展、及び科学技術の進歩に適応しておらず、主体的な改正を行う必要性が程なく生じることとなる。

 ここ数年来、中国の知的財産権を巡る紛争が増え、著作権法に関する裁判案件がかつて無いほどに増加している。

 著作権法の改正作業が始動した2011年、中国全土の人民法院第一審で受理した知的財産権に関する訴訟は58,745件で、その内、著作権に関するものは35,185件に上る。これはすべての知的財産権訴訟の59.8%を占めており、中でもインターネットを巡る訴訟は過半数に及ぶ。立法体制の遅れにより、長年、行政機関の行政規則、司法機関の司法解釈や判例などが、社会や集団における行動や判断の基準とされてきた。そのため、法規範による統一が必要となり、法律改正により改善が図られることとなった。台湾及び中国は2001年末にWTOに加盟したが、その後台湾は2003年、2004年、2006年、2007年、2009年、2010年と6回も著作権法を改正している。同時期、隣国の日本、韓国も時代に順応して何度も著作権法を改正してきた。そこで、国内外の変化もあり中国政府は遅れつつも著作権法を改正せざるを得なくなったのである。

 『中華人民共和国著作権法』(修正草案)に関しては、以下の通り説明されている。「現行の『著作権法』には2つの顕著な課題がある。1つは著作権の保護が十分ではなく著作権の侵害を抑制するのが困難であるため、制作者の積極性を奨励するには不足があるという点。また、著作権機構との契約のルールが確立されていないため、使用者に有効で迅速な権利が認められていないことも問題である。このことにより作品の伝播が困難になり、産業の健全な発展が遮られている。これがもう一つの課題である。この2つの課題の解決が、今回の法律改正の重要ファクターとなる。」と。

 2011年3月4日、全国政協委員で国務院参事でもある著名な作家 張抗抗は国務院に対し著作権法と関連法規をできるだけ早く改正するよう提唱した。この結果、温家宝総理は著作権法及び関連法規の改正作業を命じたのである。

 2011年7月、著作権法の第三次改正作業のため、国家版権局は「国家版権局著作権法改正作業グループ」及び「国家版権局著作権法改正作業専門委員会」を立ち上げ、著作権の分野で大きな影響力を持つ3機関(中国人民大学知的財産権学院、中国社会科学院法学研究所知的財産権研究センター、中南財経政法大学知的財産権研究センター)に著作権法の改正草案を起草させた。

 2012年3月、改正草案の第1稿がまとめられた。3月31日、国家版権局の公式サイトで草案が公布され、締め切りを1ヶ月後とし各界の意見を求めた。

 2012年7月6日、改正案第2稿の完成を経て、国家版権局は再度意見を求めた。締め切りは7月31日であった。

 2012年10月30日、新聞出版総署、国家版権局は北京で『著作権法』改正作業グループの第2回の会議を開催し、改正案第3稿を完成させた。

 2012年12月18日『中華人民共和国著作権法(改正草案の原稿)』が国家版権局から国務院法制弁公室に送られた。

 2014年6月6日、国務院法制弁公室は審議を経て『中華人民共和国著作権法(改正草案の原稿)』全文を公布し、各界の意見を求めた。締め切りは2014年7月5日とした。

 この過程での争点は以下の通りである。

1、公演と放送における録音制作者の報酬権の拡大について

 CDあるいはその他録音作品が放送局から放送され、又はバック・ミュージックとしてデパートやホテルで使用された場合、現行の著作権法では、作詞・作曲者には報酬が支払われるが、レコード会社には報酬が支払われない。しかし他国の法律では、レコード会社も同じく報酬を得ている。

 「実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約」の規定では、各国はこれを保留する権利があるともしている。

 そこで2007年、中国が「実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約」に加盟した際、この条項に則り、録音制作者であるレコード会社には報酬を得る権利を与えなかった。しかし、ここ数年、レコード会社は強烈にこの権利の必要性を呼びかけている。現在、レコード会社は現行の著作権法において、複製権、発行権、貸出権、ネットによる伝播権の4つの権利を保有しているが、これでは不十分としさらなる権利を主張している。

 2001年に著作権法が改正された際、作詞・作曲者には作品が放送された場合の報酬権を認め、2009年に国務院は報酬の基準とその支払い方法について発布した。

 2011年には、作詞・作曲者に使用料を支払うことで放送出来ることとなった。今回の改正で、録音制作者側にも権利を与えることとなれば、録音作品を放送する際、作詞・作曲者のみならず、録音制作者であるレコード会社にも費用を支払わなければならなくなる。

 国家版権局は草稿の中でこの条項を追加したが、国務院法制弁公室、全国人民代表大会を通じ、放送協会が反対声明を公表した。中国では放送協会の権利は絶大なのである。

 2、録音の許可に関して

 今回の改正では、録音の許可に関しメディアの高い関心を集め、改正第1稿を非難して悪法という者さえ現れた。「著作権者が使用禁止と明言することにより、作品の使用が禁止される」という声明条項に関しては、現行の著作権法の規定と大きな変化はない。ただし、3ヶ月後には録音ができるという条項を追加することになったため、この声明条項は取り消される事となった。国際条約や各国の法律では録音の許可の規定があり、主に録音制作業者の発展のために、作詞・作曲者に制限を課している。つまり、作詞・作曲者が一度レコード会社に録音をさせると、他のレコード会社は一定の報酬を支払えば作詞・作曲者に許可を求めることなく録音することができるというものである。この条項は社会で注目を集めた。音楽著作権協会、著作権管理協会、音楽家協会等に意見を求めた所、メディアや権利者を含め、皆反対を表明した。よって、国家版権局は、第2稿の時に録音許可の規定を取り消し、国務院に送った草稿でもこの一条は取り消された。

3、著作権管理団体の管理領域の拡張について

 草稿の規定で、代表的な著作権の管理団体が非会員に対しても著作権の管理を行えるとし、論議を呼んだ。この「管理領域の拡張」には、「使用者が合法的に作品を使用したいと望んでも権利者を探し出すことができない」といった問題を解決できるという良い側面があり、使用者の保護を強調したものである。しかしながら、著作権管理団体が非会員にまで拡大し、権利者の代理となり得るかが問題となった。現在、著作権管理団体はまだ十分にその機能の効果を検証しておらず制度も整っていない状況下では非会員にまで管理を拡張するのは妥当ではない、といった意見もある。このように社会の反響が強かったことから草稿では、著作権管理団体が行う管理はすべての著作権を対象とするのではなく、カラオケの使用に限り認められ、放送事業者の使用についてはむしろ許可することが妥当であろうとされた。

4、映画作品による作者の権益拡大に関して

 今回の著作権法の改正の中で、権利帰属に関した主な争点の対象は視聴作品、著作権法15条の映画についてである。一般的には、ある個人が作品を制作するとその権利はその個人に属するが、映画は事情が異なる。というのも、映画は集団で制作するものであり、脚本、監督、音楽、撮影等、作者がそれぞれにいるからである。

 現行の著作権法15条では、映画の作者とは、――脚本家、作曲家、監督など、作品に関わった複数の者を指すが、映画の完成後はただ署名する権利しかなく、その他にはいかなる権利も有していない。例えば、映画がテレビやネットなどで放映されても映画の制作に携わった作者には何の関係もなく、権利は映画制作会社に帰属することになる。中にはフランスのように映画制作に参画した人全てを著作権者とする国もある。ただ一般的な国際条約や多くの国の法律では、著作権の行使は映画制作会社に帰属しており、映画制作会社は映画制作時に参画した作者たちに報酬を支払う以外にも、完成した映画が再利用される際には、作者にも応分の利益を分配するよう定められている。しかしこのような規定は中国には存在しないため、映画完成後、映画の再利用の際には、作者たちには何の権利も発生しえないのである。

 今回の著作権法改正では映画の二次利用の利益の再配分について盛り込む予定であったが、異論も多かったため。国家版権局が国務院法制弁公室へ草稿を提出した際には、利益の再配分は、作者と映画制作会社とが協議して決定するものと規定された。作者の範囲も争点となり、脚本、音楽、監督、撮影、編集等全てが作者となり得るかどうか、議論されたが、この点は国によってその判断が異なっている。さらに、映画制作会社と作者が協議し作者が権利を放棄した場合には、映画制作会社側が権利を単独で行使できるのか、作者の報酬権について留保する国もありこの点も問題となった。国務院法制弁公室に提出した草稿では、映画制作会社側の反対の声が非常に強かったため、報酬権の留保についての規定は明記されなかった。

5、美術作品の追求権の拡大に関して

 今回の法律改正では、美術品の追求権が拡大された。

 追求権とは何か?現在、美術品がオークション等により一次取引される場合、作品の作者に印税が支払われている。しかし、その後の取引ではオークションやその他の形態にかかわらず、作品の作者には印税は支払われず、利益は取引した者に属することになっている。しかし、海外では、一次取引以降も作品の作者に印税が支払われており、EUでは基本的に取引額の5%以下が支払われている。

 現在、中国は芸術品取引の市場としてはすでに世界第2位の大国であるが、芸術品の取引においては、約20%~30%しか著作権で保護されていない。例えばアメリカ、フランスなど海外のオークションで中国の美術品が取引されたとしても、中国の作家や芸術家は、追求権がないため、取引での印税を得ることが出来ないのである。

 これらの芸術家の追求権により徴収された金額は、中国にはこれに関する法律がないため、関連部門にとどまり、作家に十分な金額が支払われていない。そこで、中国の芸術家は海外の関連する管理団体に加盟しない限り、追求権としての十分な金額を得ることが出来ないのが現状である。よって、著作権法の改正では国家版権局は美術品の追求権について明記したいとしたが、この点も論争が起こった。反対意見を表明したのはオークション関係者であり、中国オークション協会は版権局と交渉し、美術品の追求権に断固反対した。しかし、国家版権局は国際慣例と中国の実情により、美術品の追求権を草案に加えたのである。

6、職務作品の権益帰属に関して

 現行の著作権法では、職務上制作した作品には2種類ある。その1つが、普通職務作品と呼ばれるもので、契約や雇用関係の下で制作され、その権利は制作者個人に帰属するとするもの。例えば、新聞記者が執筆した記事の権利は記者に属する事になる。そして、新聞社は2年間の優先利用権を有するため、他者が利用する事はできない。もう1つが、法律や契約によって制作される特殊職務作品であり、典型的な例はコンピュータのソフトウェアである。この場合、権利は組織に属し、制作者ではない。「百科全書」「辞書」「教材」なども集団により作品を完成させたので、権益は組織に帰属することになる。

 今回の著作権法改正の第1、2稿では、特約がある場合を除き、新聞記者の職務作品は組織に属することとなった。又、ラジオ局やテレビ局でも制作した番組の権利は組織が所有することとなった。国家版権権局が国務院に提出した草稿の中でも、ラジオ局、テレビ局の記者の制作する職務作品の権益は組織に属すると規定された。

  この条項は大論争を巻き起こし、100以上のメディアが中央宣伝部に手紙を送り、反対を表明した。『南方都市報』の文章では「記者は著作権を喪失した」と怒りを露わにした。

7、「孤児作品」に関して

  権利帰属の改正は重要な事項であり、著作権法の中で「孤児作品」についての概念を追加した。「孤児作品」とは、作品の著作権が誰に帰属するのか分からず、又は判明しても著作権者を探すことができないことを指す。このような場合には著作権をどのように処理するか、解決が極めて困難な問題である。中国の現在の著作権環境下では、この条項があれば濫用されるおそれがある。即ち、作者が不詳であるか、判明しても探すことが出来ないとして、多くの人により孤児作品の利用が拡大する懸念が付きまとう。

 今回の国家版権局が提出する著作権法の最大の特徴は、「改正の扉を開く」ことにある。国家版権局は2度の改正原稿を公式サイトで公表し、意見を求めた。改正の過程や内容は史上例に見ないほど透明性が高く、このことは法律制定作業における明らかな進歩といえる。

 今回の『著作権法』改正は、全面的なものであり、中国の実情に適応した形となっている。つまり、中国の知的財産権に関する国家戦略を体現し、関連する国際条約の規定に合わせた内容となっている。そして、行政法規、司法解釈などの関連規定を統合し、社会に散見される各界の諸問題を解決しようと試みている。勿論、草案の内容は様々な点で不十分であり、先進国の著作権の水準と比較してもまだまだ及ばないが、中国の著作権保護の水準を高めようと改善、努力していることに大きな意義がある。

 現在、国務院法制弁公室での意見公募作業は既に終了した。手順に従い、次に国務院法制弁公室の審議を経て各方面の意見を調整後、国務院常務会議を経ることになる。その後、国務院から全国人民代表大会に議案が提出され、審議の上通過させることとなる。

 国務院と全国人民代表大会の調整により、2015年内に著作権法改正が審議されることになると言われている。その時、4年もかかった著作権法の三次改正がなされるであろう。