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愛知大学と青海省社会科学院の共同研究:地理学・環境学分野を中心に(その1)

2015年 2月24日

高木秀和

高木 秀和(たかぎ ひでかず):
愛知大学非常勤講師

 1983年,愛知県生まれ。修士(地域社会システム)。現在,愛知大学大学院博士課程,愛知大学非常勤講師。専門は地理学で,日本の漁村・山村研究,中国・東南アジアの地域研究をすすめている。

 愛知大学は,2008年度に科学研究費「西部大開発をめぐる日中共同の実証的研究」(代表:古澤賢治教授)が採択され,以降3年間にわたり本学国際中国学研究センター(以下ICCS)のスタッフを中心に,中国西部地域の寧夏社会科学院のメンバーらとともに共同研究をすすめた。寧夏社会科学院には,本学がCOEプログラムに採択されていた2005年に日中合作西部開発共同研究センターが設置されたこともあり,両者の関係は深かった。

 西部地域の研究をすすめるとはいえ,その地理的範囲は広大で,抱える課題も多岐にわたる。共同研究の立ち上げ時に,ICCSと西部地域の社会科学院の代表者が話し合った際,同地域の青海省社会科学院から自然生態環境の調査を共同で行いたいという申し出があり,地理学などが専門のスタッフで構成される環境班が調査をすすめることになった。

 青海省(図1)は,青蔵(青海・チベット)高原の東北部に位置し,「三江源」や「中華の水塔」と呼ばれるように,省内に黄河,長江,メコン川の源流があり,中国のみならず東南アジアにとっても重要な地域である。また,総面積72万km2を有す同省には,森林,草原,沙漠,そして多くの湿地と,中国全土の約15%を占める湖沼が広がる。なかでも,青海湖は面積4,370km2を有す中国最大の塩湖である。陸地に目を移すと,標高に応じて土地は「川谷」「浅山」「脳山」に分類され,植生や栽培される農作物が異なる(聞き取りによれば,脳山は標高2,600m以上とされる)。

 このように,青海省は自然生態環境に多様性がみられ,ユーラシア大陸の東半分にとって重要な役割を果たしているといっても過言ではない。しかし,過開墾や過放牧などの人間活動によりこれらが破壊されつつあり,それをどうにか食い止め,そして回復させたいという強い願いが青海省側から示されたのである。

図1

図1 青海省の行政区画(地級界)と水産関係事業所の分布

(『2010青海大黄頁』より作成)

 ICCS環境班は,地理学が専門の藤田佳久先生(現・愛知大学名誉教授)を代表に,水文学が専門の宮沢哲男先生(当時・愛知大学教授),地形学が専門の安仁屋政武先生(筑波大学名誉教授)と,地域経済学を専攻する内蒙古自治区出身の暁敏氏(現・内蒙古大学講師)を中心に構成された。筆者は,愛知大学大学院修士課程在学中に内蒙古自治区を中心に数回の中国地域調査の経験があり,また日本で三重県志摩半島を中心とした漁村研究をすすめてきたこともあり,青海省のシンボルである青海湖とそこで営まれてきた湟魚漁業に関する研究を分担することになった。共同研究を行う青海省社会科学院側は,民俗学が専門で自然生態環境にも関心がある趙宗福院長の全面的なサポートのもと,地域経済学や環境経済学などを専門とする孫発平副院長をはじめ,経済学を専門とする社会科学院内の経済研究所のスタッフたちが参加した。このように,われわれの研究グループは,日中の人文・社会科学と自然科学の研究者がチームを組み,青海省の環境や自然生態系に関する課題に取り組むことになったのである。

 本チームの調査は,2008年から2011年までの4年間のうち,毎年夏季休暇中に行われた。この間,毎年訪問するたびに省都・西寧市の高層ビルはその数と高さが増し,西部大開発による投資が内陸部の青海省にまで波及していることに驚いた。初年度の調査は,寧夏社会科学院の陳通明副院長ら2人も加わって西寧市と環青海湖の6県(海東地区,海南蔵族自治州,海北蔵族自治州)をめぐるものであり,次年度は青海湖以北の門源,祁連県(海北蔵族自治州)を,3年目は互助県(海東地区)と黄河以南の尖札,同仁,沢庫県(黄南蔵族自治州)を訪問し,4年目は総まとめとして欧米の研究者も招いた国際シンポジウムへの参加と巡検を行った(各地区・自治州の位置は図1を参照)。4年目の巡検では,初年度に訪問した地域へ再訪し,3年間の変化を知ることになった。このように,本チームは西寧市と環青海湖地域を中心に,青海省の多様な自然生態環境を調査した。ただし,現地調査を行ったのは広大な青海省域のなかではごく一部のエリアであり,また春・秋季や過酷な冬季の状況を体感できなかったことが心残りである。

図2

図2 青海湖北岸からの眺め

 ともあれ,この4年間の調査では,この地域の自然生態環境のもつ豊かさや多様性,重要性を把握できた一方,その脆弱性や破壊が進行している現実を目の当たりにし,いかにして地域の経済発展と環境保全のバランスを保ち,持続可能な人間活動を営むかという点に研究の焦点が集まった。とりわけ,漢族以外に,チベット族,回族,土族,サラ族,モンゴル族などの多民族が生活する青海省は,地域により自然生態環境が大きく異なり,生業や経済状況も多様である。したがって,青海省全体の自然生態環境の保全と経済発展を目指す一方,それぞれの地域に応じた方策が必要であり,調査当時はあまり議論にならなかったが地域間の連携も必要となってくるだろう。日本側の代表を務めた藤田先生は,「青海省における人間活動域と自然領域の棲み分けと共存域」を概念図で示し,ゾーニングの必要性と「青海省方式」の確立を提案した。

 ところで,青海湖は西寧市から日帰り可能な位置にあり,途中の日月峠を訪ねながら青海湖を周遊するツアー商品も販売されている。日月峠は,唐王朝から吐蕃に嫁いだ文成公主の故事で知られ,黄土高原と青蔵高原,農業区と牧畜区の境界にあたる。日月峠を訪れた観光客は,これらの境界部に立ち,雄大な景色と歴史に思いを馳せたのち,チベットの世界に足を踏み入れるのである。青海湖は国家4A級旅游景区に指定され,都市部からやってきた観光客たちは,湖と周囲の山々や草原や砂丘がつくる景観美を堪能することになる。そして,湖岸では青海省名物の菜の花畑と蜂蜜の生産もみられ,蜂蜜も扱う観光客相手の土産屋,ホテルやレストランなどが建設されている。

 このように,農牧業が主体のこの地域に都市住民と財が流入し,第一次産業による収入も増加するようになった。そして,住民たちの移動手段が馬からバイクに変わりつつあり,自家用車を所有する家庭もみられるなど,地域の状況も変貌を遂げようとしている。

 近年では,この地域の住民たちの経済力の上昇や食の多様化と,多くの観光客の流入もあり,彼らに魚を供給する養殖漁業も営まれている。前掲の図1は青海省版の『タウンページ』から抽出した水産業関係の事業所の分布を示したものだが,西寧市を中心にそれが散在していることがうかがえる。しかし,それ以外の地域はこの地域に比べ人口規模が小さいこともあり,データ上では水産業の空白地域となっている。また,水産業の空白地域は,「蔵族自治州」と呼称されるように,チベット族が多く居住する領域にもあたる。すなわち,西寧市周辺に多く居住する漢族は魚を食べるが,チベット族は魚を食べないことが,この地図に映し出されているのである。

その2へつづく)


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