第104号
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インフルエンザシュードタイプウイルス技術の応用研究の進展(その2)

2015年 6月24日

羅 剣:中国食品薬品検定研究院薬理室

高 華:中国食品薬品検定研究院薬理室

黄暁峰:『細胞与分子免疫学雑誌』編集部 主任、教授

その1よりつづき)

2.2 インフルエンザウイルスと宿主細胞の間の相互作用の研究

2.2.1 ウイルスの細胞指向性を研究し、ウイルスの高感受性細胞を特定する

 ウイルス受容体の特異性は、ウイルスの細胞指向性とウイルスへの感受性の高い細胞とを決定する。インフルエンザシュードタイプウイルス技術の重要な応用の一つは、ハイスループット実験を通じてインフルエンザウイルスの高感受性細胞を特定することにある。Guoら[17]は、H5N1インフルエンザシュードタイプウイルスをヒトや禽類など16種の細胞株に感染させ、H5N1インフルエンザウイルスの高感受性細胞としてHEK293T細胞とA549細胞、Huh8細胞の3株をスクリーニングし、感染の難易度に基づいた分類も行い、後続研究にツールとなる細胞を提供した。

2.2.2 ウイルスの侵入過程を研究し、特異的受容体を探す

 HAの主要な機能は、インフルエンザウイルスの宿主細胞への侵入過程の仲介にある。インフルエンザシュードタイプウイルス技術を利用して構築した、HAタンパク質を発現するインフルエンザシュードタイプウイルス粒子は、HAと宿主細胞の作用方式のさらなる研究やインフルエンザウイルスの細胞侵入に影響する要素の研究などに利用できる。Nefkensら[18]によるシュードタイプウイルス感染実験によると、HA-H5シュードタイプウイルスは、細胞表面のa-2,3シアル酸受容体と結合して細胞に侵入し、感染過程においてはpH依存性を示した。Guoら[17]は、濃度の異なるNH4ClとバフィロマイシンA1をインフルエンザシュードタイプウイルスと作用させて細胞に感染させた。これによると、この2種類の物質は、シュードタイプウイルスの感染に抑制作用をもたらし、HAの仲介する侵入過程はpHの変化によって左右された。Linら[19]は、シュードタイプウイルス技術を利用して、HAとシアル酸受容体の作用が、HA1サブユニットの先端の受容体結合ポケットの複数の結合部位との作用を通じて行われるものであることを明らかにした。

 Rumschlag-Boomsら[20]は、H5N1(高病原性)とH5N2(低病原性)の2種類のシュードタイプウイルスの構築を通じて、エンベロープタンパク質HAの切断部位の配列がインフルエンザウイルスの病原性に大きく影響することを突き止めた。H5N1のHA-H5はスブチリシン様プロテインキナーゼの切断配列を持っており、H5N2のHA-H5のこの位置はアルギニンだった。宿主細胞はスブチリシン様プロテインキナーゼを持っているため、この配列を持っているHAを切断または活性化し、病原性を高めることができる。

2.3 インフルエンザウイルスのエンベロープタンパク質の機能の研究

 感染性と病原性が高く体外で培養しにくいウイルスのエンベロープタンパク質の機能や性質を研究する際には、シュードタイプウイルス技術を利用することが、有効かつ安全で信頼性の高い方法となっている。インフルエンザウイルスの主要エンベロープタンパク質はヘマグルチニンHAとノイラミニダーゼNAであり、前者はインフルエンザウイルスの侵入を主な機能とし、後者は子孫ウイルスの放出を主に担当している。シュードタイプウイルス技術の応用は、2種類のタンパク質の機能とその影響要素のさらなる研究を可能とする。

 最近のある研究[21]によると、HA受容体の結合部位上のQ223R突然変異は、新型A型H1N1シュードタイプウイルスの感染性を大きく増強したが、その抗原性に対しては影響しなかった。Tangら[22]は、HA-H5の異なる部位のシュードタイプウイルスの機能の比較研究を通じて、H5N1のHAタンパク質の133-134座のアミノ酸残基がHA-H5シュードタイプウイルスの産生量に大きく影響することを発見した。さらにSawooら[23]は、シュードタイプウイルスの成長環境の温度と塩度を高めるとその成長に不利に働き、異なるサブタイプのウイルス株は温度と塩度に対してそれぞれ異なる耐性を示すことを発見し、ウイルスの環境適応におけるHAの役割を明らかにした。

 NAはインフルエンザ子孫ウイルスを放出する主要な機能タンパク質であり、抗インフルエンザウイルス薬物を設計するための重要な標的でもある。そのためその機能の研究は高い重要性を持っている。Tisoncikら[24]は、レンチウイルスベクターを利用してNAタンパク質を発現できるインフルエンザシュードタイプウイルスを作成し、さらに踏み込んだ研究を通じてNA上の234・241・257・286といった重要なアミノ酸残基がNAの活性に重要な役割を果たしていることを発見した。これらの発見は、NAが仲介するウイルス放出過程に対する理解を深め、後続の薬物設計と治療の面で重要な応用価値を持つものとなった。

 HAとNAは、ウイルスが宿主細胞に感染する過程で異なる機能を持ち、その二者は、一定の平衡を保つ必要がある。

 ある研究によると、NAの発現はシュードタイプウイルスの感染性を大きく高めるだけでなく[25]、子孫ウイルスの産生と放出とも密接な関係を持っている。また異なるNAサブタイプのインフルエンザウイルスは異なる感染活性を持っている[26]。Guoら[17]は、HAシュードタイプウイルスの宿主細胞への感染過程で、濃度の異なるノイラミニダーゼを加えると、HAシュードタイプウイルスの感染能力が高まることを実証した。

2.4 抗インフルエンザウイルス薬物の研究開発

 インフルエンザウイルス抑制剤の開発にあたっては、生ウイルスに生物学的安全性の問題があるため、抗インフルエンザウイルス化合物のハイスループットスクリーニングは困難を伴う。インフルエンザシュードタイプウイルス法が確立されれば、生ウイルスのスクリーニングの代替が可能となる。インフルエンザシュードタイプウイルス技術はすでに、NA抑制剤の研究など薬物開発の分野で一定の成功を収めている[27]

 インフルエンザウイルスのエンベロープタンパク質のHAとNAの機能の違いに基づき、インフルエンザウイルスの異なる感染段階をターゲットとした抑制剤を設計することができる。Basuら[9]は、インフルエンザシュードタイプウイルスのハイスループット技術を用いて、インフルエンザウイルスの侵入を阻止できる2種類の小分子化合物のスクリーニングに成功した。研究によると、この2種類の化合物は、HAの仲介するウイルスの侵入過程を抑制するという形で作用し、A/PR/8/34(H1N1)とA/California/10/2009(H1N1)、A/Hong Kong(H5N1)、オセルタミビルに薬剤耐性を持つA/Florida/21/2008(H1N1-H275Y)などのシュードタイプウイルスに対しても優れた抑制効果を持つことがわかっている。

 H7N9鳥インフルエンザウイルスの薬物研究においては、Siら[28]が、H7N9インフルエンザシュードタイプウイルスと潜在的な抗ウイルス活性を持つポリペプチド物質とを作用させて細胞に感染させ、インフルエンザシュードタイプウイルスに対するこのポリペプチドの抑制作用を測定した。その結果、HA-H7の仲介するインフルエンザウイルスの感染過程をこのポリペプチドが抑制できることがわかり、抗インフルエンザウイルス類薬物としての後続研究に道を開いた。

 漢方薬は、抗インフルエンザウイルスのすぐれた効果を示すことで知られ、抗ウイルスの範囲が広い、副作用が小さい、環境汚染がないなどの特長を持っている。中国の生薬資源は豊かで、価格が安く、抗インフルエンザウイルス研究の対象としての将来性が高い。近年、抗インフルエンザウイルス漢方薬の研究は増え、インフルエンザシュードタイプウイルス技術は漢方薬スクリーニングへも応用され始めている。劉紅ら[29]は、シュードタイプウイルス技術に基づく抗H5N1鳥インフルエンザウイルス漢方薬のスクリーニング方法を確立し、血清薬理学の方法を利用してH5N1鳥インフルエンザウイルスの活性に対する攻下・解毒・涼血・扶正の4種類の調合薬の体外での影響とそのメカニズムを系統的に評価した。

 中国以外でも、抗インフルエンザウイルス植物薬への応用についての研究が行われている。Rumschlag-Boomsら[30]は、構築したH5N1/HIVシュードタイプウイルスを応用して、植物抽出物に対する抗ウイルス活性の測定を行い、シュードタイプウイルスの感染を抑制できる多くの植物抽出物のスクリーニングに成功した。

2.5 ワクチン製造と免疫学研究

 シュードタイプウイルスをベクターとした特定遺伝子の搭載によってDNAワクチンを製造することは、将来性のある新たなワクチン研究の方法と言える。シュードタイプウイルスのカプシドタンパク質に特定のDNAプラスミドを搭載して相応する宿主細胞に感染させ、DNAプラスミドを感染細胞に侵入させ、プラスミド DNAのコーディングする抗原を発現させ、個体の免疫応答反応の産出を誘導するものである。シュードタイプウイルスは元のウイルスの核酸が取り除かれているため、生ウイルスベクターワクチンのような安全問題はない。DNAワクチンの提示ベクターとしてのシュードタイプウイルス技術の応用は、インフルエンザウイルスワクチンの研究ですでに幅広く行われている。Galarzaら[31]は、M1タンパク質とHAタンパク質を含むインフルエンザシュードタイプウイルス[A/Udorn 72(H3N2)株]がマウスの免疫で保護作用を示すことを始めて発表した。1μgのHAを含むインフルエンザシュードタイプウイルス粒子を用いて、筋肉と鼻腔を通じてマウスに免疫を施し、半数致死量(50% lethal dose,LD50)の5倍のA/Hong Kong/68(H3N2)ウイルス株をマウスに感染させたところ、マウスはウイルスへの抵抗力を示し、さらにこの免疫力はアジュバントには依存しなかった。亜致死量の生ウイルスの2回のワクチン接種と比べると、インフルエンザシュードタイプウイルス粒子はそれと同等かさらに高いHAの抗体反応能力を示した。別の研究によると、A/PR/8/34インフルエンザ株をひな形として製造したインフルエンザM1-HAシュードタイプウイルス粒子は、相同または非相同のウイルス株(A/PR/8/34, A/WSN/33)に対して、等しい免疫保護効果を示した[32]

 シュードタイプウイルスの柔軟性と簡便性を利用して、HAサブタイプの異なるシュードタイプウイルス体系を構築し、この体系のほかの成分を一定に保つことで、ナチュラルキラー(natural killer,NK)細胞に対する様々なウイルス株(H5N1、1918年と2009年のH1N1流行株)の活性化能力の研究に利用することができる[33]。H5N1を例に取ると、機能を持つNK細胞の活性化はNKp44とHA-H5の結合を通じて誘導される[34]。現在、HAシュードタイプウイルスの体外での免疫原性はすでに実証され、体内免疫についても大量の研究が発表されている。例えばH5N1シュードタイプウイルスによるマウスの免疫効果の誘導は、これと対応する不活化ワクチンによって生まれる効果と比較して、同様の活性化免疫時間でより高い力価がもたらされることがわかっている[35]。同様の免疫効果はフェレットの免疫実験でも得られている[36]。またシュードタイプウイルスモデルを利用してDNAワクチンの免疫原性を評価し、HAの設計に基づくDNAワクチンを改良する実験も発表されている[16]

3 展望

 繰り返しになるが、シュードタイプウイルス技術は現在、同分野の研究の焦点となっている。インフルエンザウイルスとりわけ高病原性ウイルス株の研究においては今後、標準的な研究技術となるとみられる。シュードタイプウイルス技術は、抗インフルエンザウイルス薬物の研究開発に利用し、新型抗インフルエンザウイルス薬を開発することができる。インフルエンザウイルス株の一部は、抗インフルエンザウイルス薬の主流となっているNA抑制剤とM2イオンチャネル抑制剤に薬剤耐性を備えている。インフルエンザシュードタイプウイルス技術の利用はさらに、ウイルス受容体との結合に関連する薬物の開発にも用いられ、インフルエンザウイルスの発症メカニズムと種間伝播メカニズムの理解を深めることを可能にしている。この道具は、由来の異なるインフルエンザに対する研究員の監視水準を高めている。測定方法の標準化研究を通じて、中和試験に基づくインフルエンザシュードタイプウイルス技術は今後、高病原性インフルエンザウイルスの診断能力を拡張し、研究過程における安全リスクを減少させる。インフルエンザシュードタイプウイルス技術のプラットフォームの構築と方法の改良に伴い、医学生物学分野で同技術はさらに幅広い応用の可能性を備えていくものと見られる。

(おわり)


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