第107号
トップ  > 科学技術トピック>  第107号 >  中国の大学入試制度改革が普通高中教育にもたらす挑戦

中国の大学入試制度改革が普通高中教育にもたらす挑戦

2015年 9月 2日

王 暁燕

王 暁燕(WANG Xiaoyan):
中国教育部国家教育発展研究センター 基礎教育研究室 副主任、副研究員

1969年12月生まれ。2006年、九州大学大学院人間環境学府教育学博士(取得)。主な研究分野は国際比較教育、教師教育及び基礎教育。主な研究成果:日本語専門書『市場化の中の教師達』(櫂歌書房、2008年)、その他編著書・共著書10冊を出版し、日本語論文及び中核的中国語定期刊行物の中国語論文計30篇近くを発表。中国『国家中長期教育改革及び発展計画綱要(2010~2020)』など、重要な教育政策の特別テーマ調査研究及び報告起草業務の遂行に参加し、さらに国の社会科学の重点研究テーマ、教育部及び全国の教育科学計画などの重点研究テーマ10件近くの遂行に参加。

 大学入試制度は往々にして国家教育の発展の方向性に影響を与える重要な要素となる。2014年9月4日、中国国務院は「入試制度改革の深化に関する実施意見」を正式に発表、同年12月、教育部(省)等関係当局は4つの関連政策を発表し、「全科目カバー」「分類考察」「文系・理系を分けず」「機会は2回」「自主選択3科目」といった措置を打ち出し、中国の新たな大学入試改革案の輪郭を明確にした。これは1977年に大学入試が再開して以来最も全面的かつ体系的な入試制度改革となり、長年にわたり「一つのものさし」で人材を測ってきた教育モデルの打破を象徴することとなった。

一、現行の大学入試制度下における普通高中教育の課題

 新中国は文革後の大学入試制度再開以来、今日までに40年近い道のりを歩んできた。この間、大学入試は中国社会の人材選抜に多大なる貢献を果たし、1億3千万人が大学入試を経て大学教育を受けてきた[1]。国家統計局発表の最新の統計によると、2014年の時点での在学中の大学生数は2468万1千人に達し、このうち学部生および専科生は699万8千人、卒業生は638万7千人で、一方1977年の大学募集者数はたった27万人程度に過ぎなかった[2]

 しかし、大学入試という「指揮棒」の影響の下で進められてきた中国の基礎教育、とりわけ高中(日本の高等学校に相当)段階の教育には次第に異変が生じ始めており、大学入試制度自体の欠陥や弊害もますます多くの批判と疑問が投げかけられるようになった。まず、一回の試験で学生たちの真の水準を測ることは困難であるということ。「一回の試験が人生を左右する」制度では、真に才能のある学生が一回の失敗で人生を無念のうちに終わらせてしまう可能性がある。次に、教育を制約してしまうということ。学生の思想を大学入試というレールに束縛してしまいがちになる。そして、中国の地域間の発展の格差は非常に大きいため、全国統一の試験で、各省の合格ラインが異なるという制度では、地域間の不公平が生まれやすいということだ[3]。「大学入試のための教育」という現象がますます深刻化する中、大学合格率は当然のごとく政府を含む社会全体が高等学校の教育の質を測る唯一のバロメーターとなり、誰もが如何に学生の知識の成績を引き上げ、如何に大学合格率を引き上げるかに時間を割いた。そして入試問題が何であるかが教育内容に直結した。カリキュラムの設定においては、大学入試科目が何なのかによって、その教育時間は増加の一途を辿り、その他の科目や学生の通常の活動時間は減少の一途を辿った。

 学生の側は、高中進学に伴い大学入試の雰囲気に包まれる。各種制度管理と宣伝教育は本来彼らがもつ天真爛漫さを奪い去り、彼らを興味や趣味から切り離し、すべての精力を大学入試に向けた知識の勉強へと向ける。音楽、体育、美術、技術、科学技術活動、社会実践活動、文化娯楽活動などの授業は、高中1年次と2年次に象徴的に少しだけ行われるが、これらの授業時間も大学入試の必要によってはさらに削減される。これによって学生たちは「教室―寝室―食堂」の3点移動の繰り返しという単調な生活を余儀なくされる。それはまさに「鉄格子の中の囚人ではないが、学校の高い壁の中の囚人のよう」と一部の学生が口にした通りだ[4]

 このような大学入試のためだけの高中教育下では、高中生の総合的な素養は養われない。生活力、精神力、社会適応能力、実践力、道徳観念、イノベーション意識といった問題が顕著に表れる。

 国と社会が必要とする人材選抜目標や素質教育の主旨と比べてみると、乖離している。それはまた、大学入試の「得点至上主義」制度が高中教育が掲げる目標と大きくかけ離れていることを浮き彫りにしている。

二、新大学入試制度改革の重点内容と試行案

 上述の様々な課題を鑑み、中国は大学入試制度を生徒募集配分計画、試験形式と内容、入学許可メカニズムといった面で体系的な再構築を試みた。普通高中教育と密接な関わりのある点は以下の内容である。

 まず、試験形式と内容の改革については、次の2つが重点となる。一つは、高中学業能力試験を進めること。これは高中生の学業レベルを確認し、学生の全面的かつ健全な成長を促し、ある特定の科目への偏重を防ぐための措置で、卒業と進学の重要な基準となる。学業能力試験の範囲は、国が定める14科目すべての学習科目で、省級教育行政部門が国家授業カリキュラム基準と試験要求に基づき統一的に実施される。2014年12月、教育部はこれに関連して「普通高中学業能力試験に関する実施意見」を発表、学生一人一人により多くの選択の機会を与え、学生の興味や個性、特長に即した発展を促すことを明確に示した形となった。

 第二に、高中生の総合素養評価を展開し、評価結果を卒業と進学の重要な参考要素とすること。学生の規範化された総合素質書類を作成し、学生の成長過程における特記事項を客観的にまとめ、モラル、学業能力、心身の健康、趣味特技、社会実践といった内容を含め、社会的責任感、イノベーション精神、実践能力の育成に力を入れていくことが求められた。この制度設計の目的は「得点至上主義」を徹底的に是正することにある。2014年12月、教育部はこれに関連して「普通高中生の総合素質評価の強化と改善に関する意見」を発表、具体的な評価内容と評価方法を規定した。

 次に、入学許可メカニズムの改革に関する重点改革内容は次の通りである。一つ目は、一般大学は統一入学試験の成績+高中の学業能力試験の成績+総合素質評価に基づく多元的な合格判断メカニズムに順次切り替えていくことである。二つ目は、高等職業学校の分類試験の実施を急ぎ、高等職業学校と一般大学入試を相対的に切り離すことである。

 上述の制度改革のトップデザインの主旨は、「一回の試験が人生を左右する」という弊害を取り除き、学生の入試への圧力を軽減し、「試験のための勉強」やたった1点を争うといった入試教育の問題を是正し、学生一人一人の健康な成長、各大学の人材選抜と社会の公平公正を促すためである。

 上述の国家大学入試制度案の発表後、同年9月、上海市と浙江省は地方大学入試総合改革試行案をそれぞれ率先して発表、2014年秋入学の高中一年生から適用した。

 浙江省の大学入試改革案:試験科目3+3モデル、①文系・理系を分けず②外国語と選択科目はいずれも2回試験を設ける③成績は2年間有効③国語(中国語)と数学を除き、物理、化学、生物、政治、歴史、地理、技術の7科目から3科目を選択④国語と数学以外は各科目150点満点とし、選択科目は段階による採点を行い、最高は100点、総合得点は750点満点とする⑤第一志望校や第二志望校などの区別をなくす[5]

 上海市の大学入試改革案:試験科目3+3モデル、(大学入試総合成績は2つの部分から構成される。1つは全国統一大学入試の国語、数学、外国語の3科目、もう1つは高等学校学業能力試験の科目から得意科目3科目を選択)①文系・理系を分けず②外国語はいずれも2回試験を設ける③国語と数学を除き、物理、化学、生物、政治、歴史、地理の6科目から3科目を選択、選択科目は5月に試験実施。④国語と数学以外は各科目150点満点とし、選択科目は段階による採点を行い、最高は70点、最低は40点、総合得点は660点満点とする⑤第一志望校や第二志望校などの区別をなくす[6]

 全体として統一計画、先にテスト事業、段階を追った実施、秩序ある推進の原則の下で行われた。上海市と浙江省2つの大学入試制度改革テスト事業は2014年に始動し、その他の各省(区、市)は遅くても2014年末までにそれぞれの地域で具体的に実施された。2017年に効果と経験を総括し、全面的な実施へと移り、2020年に新たな中国現代教育大学入試制度を大まかに構築し、国家大学入試改革の実施意見を実行に移す。

 このような一連の大学入試制度改革に関する政策が続々と発表、推進される中、中国の基礎教育、とりわけ普通高中の教育は如何にしてこれらに対応し、今後どのような方向へと進むべきなのか。北京師範大学前学長の鐘秉林氏は、「小中学校の総合評価方法の改善を図り、豊かな総合評価内容で、客観的かつ正確に学生の徳・智・体・美の全面的な発展状況を反映しなければならない。また、過度な優劣強調と選抜機能を是正し、学生の全面的な発展を重視し、教師の素質および教育効果の向上を図らなければならない。この他、小中学校は人材育成制度と教育管理メカニズムの改革のシステム研究とトップデザインを重視し、段階別の教育、グループ学習、選択科目制、「走班制(科目教室と担当教師を固定し、学生は自身の能力と興味に合わせて自身のクラスを選択すること)」といった試験改革を積極的に展開し、教師の招聘と審査制度の改革を進め、教育組織と学生管理メカニズムを調整しなければならない」と指摘している[7]

三、新大学入試制度改革が普通高中教育にもたらす挑戦

 これらの改革内容は高中に様々な課題をもたらしている。一つ目は、校長は如何にして3年間の高等学校カリキュラムの合理性を確保するかである。新たな入試改革の後、学校の統一的な時間割はなくなり、如何にして3年間のカリキュラムを組むかは、各学校の特色、入学希望者の特徴といった情況に基づいて合理的に構成しなければならない。これは学校側にとって頭の痛い課題であろう。現在、浙江省と上海市はいずれも必修科目の段階別「走班制」を模索している。

 2015年7月、専門家の浙江省に対する調査研究によると、同省の新入試案下による第一期高中生が授業選択を終え、「走班教育」が今年9月から大規模に展開され始めるが、高中では選択授業や「走班制」を本当に実施できるのかは疑問が残る。年に2回の試験を例にすると、学生はいつ第1回、第2回の試験に参加するのか、高中はどのようにカリキュラムを構成するのか、高中1年次からすべての科目の教育を始めるか、1年4学期制で夏休みに補講を行うか、高中の教育は学業能力試験に集中するのか、それとも大学入試に集中するのかといった課題もある。1年のうち20日以上を試験に使うことは高等学校の教育やカリキュラムに大きな影響を与えると指摘する学者もいる[8]

 二つ目は、如何に学生のキャリアプラン教育を施すかだ。新大学入試案最大の魅力は選択権を学生に返した点にある。文系・理系の区別をなくしてから、浙江省の「7選3」科目の組み合わせは35通りとなった。学生が3科目を選択することは専門を選択することを意味し、実はキャリアプランを行うことになる。そのため、学校はキャリアプラン教育を提供しなければならない。現在、同省の多くの学校あるいは教育局でキャリアプラン教育センターが設立されており、この新たに設立された部署で、キャリアプラン教育指導員が養成されている。しかし、キャリアプラン教育は単に授業を組めばよいというものではなく、それは高中3年間にわたるものでなければならず、また、多くの学校が職業体験を学生に課している。これは中国の普通高中における斬新な内容だといえる。

 高中2年生のときに、多くの学生や保護者がどのように授業を選択すればよいのか分からないという問題に直面する。より重要な点は、高中1年生終了後に2年生の科目を選択することになるが、一旦選択すると変更することは不可能で、個別で変更する学生が出たとしても、その学生は高中2年時に時間を無駄にすることになり、大学入試での競争力を失いかねない。

 三つ目は、教育クラス管理制度の課題である。授業選択後はクラスを壊すこととなり、1クラス45人の学生が同じ科目を選択することを確保することはできない。学生は高中2年時に必ず分散することになり、その後従来の教育クラスを如何に管理するのか。例えば、教師1人が1学年12クラスの学生を担当していたとし、授業の後教師はどうのように宿題を回収すればよいのか。また、学生の教師の質に対する評価も困難となる。

 四つ目は、学校の特色とカリキュラム体系の構築である。中国の2012年学部募集目録によると、12の学科、92の専門類、506の専門が設けられている。入試改革後、35の組み合わせそれぞれが異なる専門的要求を提示することとなる。一つの学校がすべての組み合わせを完璧に進めるのは困難であるため、各学校、教師の情況に基づき幾つかのレールを敷き、これらのレールを巡って特色あるカリキュラムを構成していくしかない。そのため、今後の高中は、文系、理系の2種類だけに留まらない。また高中が「専門学校」に発展していく可能性もあるかもしれない。

 五つ目は、学校の運営条件(教師、教室資源)の配置や保障である。本来は1学年12クラス、一般的には理系クラス10と文系クラス2で構成されていたが、授業選択後は10クラスの子ども全員が理系を選ぶことを保障できない。6クラスの子どもが物理を選んだとすれば、理系の教師が余ってしまい、その他(地理や歴史など)の教師が不足することもある。また、その年に300人の学生が物理を選らんだとして、次の学年は100人しか物理を選ばなかったとすれば、物理の教師はどうすればよいのか。学生の選択と教師の専門との間に矛盾が生じることなり、その調整は非常に困難となるだろう。教室数が足りたとしても、学校の運営費や教師一人一人の仕事量など一連の問題が生じるだろう。中国では高中教師一人が1科目を担当するという世界でも稀な情況にある。この他、教室が不足する場合にはどう対処すればよいのか、学生のロッカーはどこに設置すればよいのかといった課題も浮上する。

 以上のような様々な課題を鑑みると、今後中国の普通高中の運営体制、制度はほぼすべてが調整や構築という大変革に直面している。


[1] 百度百科『大学入試制度改革の深化に関する実施意見』意見解答。http://baike.baidu.com/view/14781395.htm

[2] http://www.sundxs.com/baike/12795.html,2014-07-23 引用日時2015/8/20

[3] 顧明遠、談新高考:促進公平與科学選才(新大学入試を語る:公平かつ科学的な人選を促す)、『文匯報』第4版、2015-02-25 

[4] 高考制度下的高中教育現状與思考(大学入試制度下の高等学校教育の現状と思考)http://www.gx211.com/news/20141215/n3216231617.html

[5] 浙江省深化高校考試招生制度総合改革試点方案(浙江省大学入試制度総合改革の深化に関する試験法案)

[6] 上海市深化高等学校考試招生制度総合改革試点方案(上海市大学入試制度総合改革の深化に関する試験法案)

[7] 鐘秉林、高考制度改革倒逼基礎教育深化改革(大学入試改革が促す基礎教育の改革深化)。網易教育頻道総合、2015-02-27

[8] 浙江高考改革将給高中教育帯来什麼挑戦(浙江省大学入試改革が高中(高等学校)教育にもたらす挑戦)、『中国青年報』、2015-07-09