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土壌物理学発展の現状と展望(その1)

2015年 9月30日

李保国:中国農業大学資源・環境学院教授

 中国農業大学資源・環境学院教授、博士。「長江学者」特別招聘教授、米国土壌学会・農学会会員、中国土壌学会副理事長。土壌・水プロセスの定量化、土壌作物系統のモデリング、水土資源利用などの分野を研究する。国家難関克服(サポート)事業、国家自然科学基金重大プロジェクト課題、「973」や「863」の各課題など20件余りの事業を中心的に担当。論文発表400本余、そのうちSCI収録論文80本余、EI収録論文60本余。専門書の執筆・編著10部余。

任図生、劉剛、商建英、沈重陽、黄峰、王鋼、李貴桐: 中国農業大学資源与環境学院

周虎: 中国科学院南京土壌研究所

概要

 本稿は、近年の国際土壌学界における土壌物理学分野の新たな定位と発展を論述し、土壌安全と密切に関係するいくつかのカギとなる土壌物理研究の注目分野を簡単に振り返る。注目分野には、「土壌構造」「土壌水分モニタリング・運動シミュレーション」「農地水文プロセス・水分生産力」「土壌中の汚染物とコロイドの移動」「土壌生物物理」「土壌の物理性質に対するバイオマス炭素の作用メカニズム・効果」の6つが含まれる。最後に、土壌物理学の発展と中国の耕地建設の必要から、土壌物理学の発展の今後を展望する。

 「土壌物理学研究の現状・挑戦・任務」が2008年に発表されて7年が経った[1]。地球の直面する人類の生存や食糧の安全、資源や環境の問題は緊急性と深刻性を増しており(FAO)[2]、土壌学研究への重視は高まっている[3,4]。こうした状況の下、さらにインターネットによって各国の土壌研究者のコミュニケーションと情報交流のプラットフォームができたことから、土壌学とその関連分野はまさに日進月歩の発展を見せている。米国土壌学会は設立75周年の記念活動を2011年に行ったが、その際には「米国土壌科学会誌」(SSSAJ)に土壌学分野の回顧・展望の論文を何本か発表した。2014年には韓国済州島で国際土壌学会による第20回世界土壌科学会議が開催され、設立90周年の記念式典が壮大に行われ、「土壌と平和」と「土壌安全」が主題の報告会も持たれた[5]。2015年は、国連の呼びかけによる国際土壌年に当たる。さらには中国土壌学会設立70周年の年でもある。5月には世界土壌安全保障シンポジウムも米国で開かれる[6]。我々はこれを契機に、中国の食糧安全や生態(エコ)文明、美しき中国の建設の必要性をめがけて、土壌学分野の同志とともに土壌物理学研究をさらなる高みに引き上げ、中国さらに地球の土壌安全に新たな貢献を果たそうとしている。本稿は、近年の国際土壌学界における土壌物理学の方向の新たな定位と発展を検討し、土壌安全と密切に関連するいくつかのカギとなる土壌物理研究の注目点と進展を簡単に振り返り、最後に、この分野の発展の必要性と中国が直面している問題(土壌の質の退化、水資源の不足、生態環境の保護)と結びつけ、土壌物理学の発展の今後を展望する。

1 土壌物理学の定位と発展

1.1 国際土壌科学連合の土壌物理学

 国際土壌科学連合(IUSS)は近年、付属の機構に大幅な調整を行い、それぞれの分科会の活動を再定義した。土壌物理学については分科会2.1が設けられ、公式サイトはこの分野を次のように定義した[7]。「土壌物理学は、土壌の物理的性質を研究する学問である。重点としては、土壌中の物質とエネルギーの輸送プロセスが挙げられる。主な内容としては、無機・有機・微生物汚染物の輸送、フラクタル数学や空間変動性、地球統計学、コンピューター断層撮影、リモートセンシングを用いた土壌の物理的性質の表現などがある」。この定義は、土壌物理学の基礎的地位を強調し、研究内容を概観すると同時に、学問分野の交差性を指し示し、現代の数理方法と測定手段の応用を強調するものである。

 IUSS下に新設された分科会とワーキンググループの中にはほかにも、土壌物理学研究と密切に関連するものが少なくない。これらの団体は近年、国際学術交流を活発に進め、多くの研究成果を上げてる。分科会1.5の「計量土壌学」は、統計学やフラクタル数学、リモートセンシング技術などの方法を応用し、土壌体・景観・流域・国家などの異なるスケールにおける土壌性質の時空分布を研究する分野で、土壌物理や土壌地理、空間情報技術の交差新興分野である。分科会2.5の「土壌化学、物理、生物界面反応」は、分子から景観までのレベルで土壌中で起こる各種の生物・非生物プロセスにおける物理-化学-生物界面システムの作用メカニズムを研究するものである。この分野の研究では、現代の物理・化学・生物学の分子レベルにおける技術方法の応用と交差がとりわけ強調される。分科会3.6は「塩過剰土壌」である。全地球的変化によって乾燥が進み、地球土壌乾燥区における高生産灌漑農地は塩過剰の脅威を受け、水土資源の塩過剰問題が不可逆的に悪化している[8]。こうした近年の問題と必要性に基づき、塩過剰土壌についてはIUSSのワーキンググループから分科会に格上げされた。元来の灌漑排水の塩過剰土壌の改良などの研究のほか、塩過剰生態系への対応や、塩生植物の多様性とその利用、鹹水や排水の再利用などの研究が重点とされた。新たに設けられたワーキンググループのうち、土壌物理と密切な関係を持つものには、「水文土壌学」「土壌と景観の進化モデリング」「近接土壌センシング」「土壌モニタリング」などがある。これらの研究分野はいずれも、その場(in situ)モニタリングによるデータ取得を強調し、関連するモデルの発展・構築を進めるものである。水文土壌学の発展には特に注意したい。これはLinら[9]の提唱する水文学と土壌学の交差する新しい分野であり、異なる環境において孔隙から景観までの異なるスケールの土壌構造から水文プロセスのコントロールとその生物地球化学・生態効果を研究し、異なる時空スケールの景観水文学が土壌の発生や変異、機能のメカニズムに与える影響を研究するものである。SSSAJは最近、専門の論文を発表し、この分野の研究の現状と展望を論じている。

1.2 米国土壌学会中の土壌物理

 現代土壌物理学の発展は、米国の土壌物理学者の開拓的な仕事と切っても切り離せない。米国の土壌物理学者は、米国土壌学会の会員の主要な部分を構成しているだけでなく、米国地球物理学会や米国地質学会などの主要な地球科学の学術団体組織でも活躍している。米国土壌学会が設立してから現在まで、土壌物理学分会は同機構の核心部門の一つとなってきた。2014年、ある学者が、この分会の名称を「土壌物理」から「土壌物理・水文学」に変えることを提案したところ、この学会の規則に従って提案は採択された。米国土壌学会の「土壌物理学分会」は2015年から「土壌物理・水文学分会」へと改名された。その理由は、土壌物理学の内容を変えるためではない。土壌物理学が社会に開かれた形で発展するためには、社会に認められるためにも、問題解決のための優勢な分野をアピールする必要がある。土壌物理の応用研究は、土壌安全のほか、水安全問題への貢献が最重要目的の一つである。

 米国土壌学会土壌物理・水文学分会が土壌物理に与えた定義と紹介は以下のものである[10]。「土壌物理学は、土壌の物理学・水力学・熱力学の特性とプロセスを研究する。これらのプロセスは自然や人工生態系と密切に関連し、農業や環境科学の多くの面に応用できる。土壌物理学の研究対象は、土壌物理の構成要素とその三相(固相、液相、気相)の系統である。地表と大気の界面にこれを応用する際には、物理学・物理化学・工学・流体力学・気象学の原理を統合することによって、土壌物理学は興味深い研究分野となる。複雑な問題に直面し、多分野の方法による共同解決が必要な現在、土壌物理プロセスに対する認識はより重要なものとなりつつある。広義の地球科学においては、水文学者や生物地球化学者、大気科学者、エンジニアは、土壌物理学の知識を備えておく必要がある。土壌物理学の下に置かれる専門研究の方向には、土壌の物理的な性質とプロセス、水分の運動と保持、土壌の構造と団粒、溶質の移動、物理的な性質とプロセスの空間変動性、蒸発と水と溶質の移動の数学モデリングが含まれる」

 米国土壌物理学界は、土壌物理と水文プロセスの研究の結合を通じて、深刻化する環境保護と農業生産における問題を解決する必要性を訴えてきた。米国土壌学会が2002年に創刊した『不飽和帯雑誌(VZJ)』は、土壌物理学者が作り出したものである。15年の発展を経て[11]、その学術的な影響力は大きく高まり、土壌物理と地球クリティカルゾーンのプロセス研究の権威的な学術雑誌となっている[12]

1.3 現代土壌物理研究の直面する課題

 我々は2008年の時点で、土壌物理学の主な課題について、具体的には土壌物理学に対する中国の社会経済の発展からの要求、中国の生態環境の構築からの要求、地球気候変動からの要求など、中国が直面する問題を提示した[1]。これらの内容は当時、土壌物理研究に対する中国の土壌安全のあらゆる要求をカバーするものだった。同論文はさらに、世界の先端水準と比べた際の中国の土壌物理学発展の優位性と格差にも言及した。中国土壌物理の研究人員と発表の状況は進展し、学術レベルは総体として世界の先進レベルと格差を幾らか縮めたが[13]、土壌物理学の分野での中国の土壌・環境・生態の差し迫ったニーズを満足させるものではない。

 米国土壌学会設立75周年を記念した2011年のSSSAJの特別論文集の中に、米科学アカデミー会員のJury氏が筆頭となった、国際土壌物理学界最高の賞である「Don & BettyKirkham」の獲得者らによる「Kirkhamの遺産と現代土壌物理研究の挑戦」という共同論文があった[14]。この論文は、土壌物理研究の現在と未来の挑戦について、現代世界が直面する重大な社会問題である地球の変動や食糧の安全保障、土壌・水資源の制約と結びつけた研究を行うべきだとしている。現代の土壌物理学者が掌握・実用している測量・分析ツールにはまだ限界があり、土壌環境と生物地球化学作用の複雑性をまだ十分に表現できているとは言えない。我々は、異なる関連時空スケール上の予測能力を高め、社会発展において農業・環境分野に現れている問題を解決しなければならない。土壌・地球科学団体の一員として、我々は、多分野間の協力に積極的に参加し、地球の資源不足と環境悪化の問題を解決する方法を探る必要がある。土壌物理学と土壌学は、世界の問題解決のための研究分野の一部でなすべきことの多くをシェアしている。例えば水文循環と食糧生産における土壌-植物の相互関係の表現や、生態インフラとしての土壌と相応する生態系サービスの価値評価と保護などが挙げられる。

その2へつづく)


※本稿は李保国、任図生、劉剛、周虎、商建英、沈重陽、黄峰、王鋼、李貴桐「土壌物理学発展現状与展望」(『中国科学院院刊』第30巻・増刊,2015年、pp.78-90)を『中国科学院院刊』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。


1 李保国,任図生,張佳宝「土壌物理学研究的現状、挑戦与任務」『土壌学報』2008,45(5):810-816.

2 FAO(連合国糧食及農業組織), 張慧新等(訳)『世界糧食和農業領域土地及水資源状況——瀕危系統的管理』北京:中国農業出版社,地球瞭望出版社,2012.

3 Janzen H H,Fixen P E, Franzluebbers A J. Global prospects rooted in soil science. Soil Sci Soc Am J,2011, 75:1-8.

4 Baveye P C, Rangel D, Jacobson A R. From dust bowl todust bowl: soils are still very much a frontier of science.Soil Sci Soc Am J,2011, 75:2037-2048.

5 張学雷「世界糧食和農業領域土地及水資源状況——瀕危系統的管理」『土壤通报』2015,46(1):1-3.

6 Global Soil Security Symposium. [2015-04-10]. https://www.soils.org/meetings/ global-soil -security.

7 International Union of Soil Sciences. [2015-04-10]. http://iuss.boku.ac.at /index.php?article _id=40.

8 Rozema J,T Flowers. Crops for a SalinizedWorld. Science,2008, 322:1478-1479.

9 Lin H, Drohan P, Green T R. Hydropedology: The Last Decade and the Next Decade. Soil Sci Soc Am J,2015,79:357-361.

10 SSSA Soil Physics and Hydrology Division.[2015-04-10]. https://www.soils.org/ membership/ divisions/soil-physics-and-hydrology.

11 van Genuchten R.Welcome to vadose zone journal. Vadose Zone Journal,2002,1:1-2.

12 About VZJ. [2015-04-10]. https://www.soils.org/publications/vzj/about.

13 Kirkham M B. Internationalization of soil physics froman American perspective. Int Agrophys,2012, 26:181-185.

14 JuryWA, Or D, Pachepsky Y,et al, Kirkham’s Legacy and Contemporary Challenges in Soil Physics Research.Soil Sci Soc Am J,2011,75:1589-1601.


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