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DNA ナノテクノロジーと生物医学研究(その2)

2016年 4月27日

李江:中国科学院上海応用物理研究所副研究員

樊春海:中国科学院上海応用物理研究所研究員

その1よりつづき)

DNAナノ構造に基づく薬物担体

 薬物送達は従来型の薬物治療における大きな難題だ。抗がん治療でよく使用されるドキソルビシン、シスプラチンなどの低分子医薬品を例にとると、現在行われている化学療法用の低分子医薬品の作用メカニズムでは、腫瘍細胞と正常な細胞の区別がつきにくい。ゆえに、高い副作用を持つこれらの薬物が健康な細胞を傷つけるだけでなく、腫瘍細胞に耐薬性がつくことで治療の効果を下げてしまっている。生物学者にとって、DNAを薬物送達の材料にする試みは多くの利点を持っている。まず、ほかの一般的な薬物担体である金属ナノ材料やポリマー材料と比べ、DNAそのものは人体に対して毒性を持たない。我々の日常的な食事の中には他の動植物のDNAが大量に含まれており、こうした外来性のDNAは人体の中で最終的に分解され、吸収利用されるため、ヒトの遺伝子に影響を及ぼすことはない。次に、DNA分子を折り畳み、緻密である程度の剛性を持つナノ構造にした場合、線状の一本鎖・二本鎖DNAよりも生細胞に摂取されやすいことが分かった。通常、細胞膜は負電荷を帯び、DNA分子も負電荷を帯びているため、両者の静電反発力により細胞はDNA分子を吸収しにくい。従来型のバイオテクノロジーでは、大量の正電荷を帯びた陽イオン性トランスフェクション試薬を使うことでDNA分子を細胞内に送り込むことができるが、これらの試薬は往々にして明らかな細胞毒性を持つため、生物医学分野における応用が制限されていた。しかし、DNAナノ構造は細胞によって積極的に摂取される。これはDNAナノ構造とウイルス粒子が似たような形態を持つためとみられる。つまり、DNAナノ構造は薬物担体としてトランスフェクション試薬の力を借りなくとも細胞に入って役割を発揮することができるため、より便利で安全だ。DNAナノ構造は生理環境下では線状の一本・二本鎖DNAよりも安定的で、相対的により長い時間分解されないため、薬物分子を守るのに適しており、薬物が分解される前にこれを体内の目標地点まで送り届けることができる[8]

 例を挙げると、研究者はDNA折り紙構造の中に抗がん剤であるドキソルビシンを入れる実験を行った。結果、DNA折り紙構造によって、ドキソルビシンの薬剤耐性を持つ腫瘍細胞に対する殺傷作用を大きく高めることができた。しかも、担体の存在により、動物体内における薬物の循環時間も大きく延長され、薬剤の量を減らし、副作用を緩和するのに役立った。低分子医薬品だけでなく、様々な核酸分子(DNAやRNAなど)そのものも薬物(免疫活性化核酸や低分子干渉RNAなど)として、免疫治療や遺伝子治療に使われる。しかし前述のように、これらは通常、短い線状の一本鎖・二本鎖分子であり、体内で単独で存在していると分解されやすく、細胞に摂取されにくい。筆者の課題グループの研究の結果、DNAナノ構造はこうした線状の核酸分子の体内における安定性と細胞接種効率を改善できることが分かった。核酸を担体として核酸を運ぶのは非常に便利で、もともとの担体の一部の配列を治療効果を持つ配列に変える、あるいは核酸ハイブリダイゼーションによって治療核酸を搭載させるだけで良い[8]。これを基礎として、科学者は一連のDNAナノ構造に基づく核酸薬物担体戦略を開発した。

ナノ診療ロボット

 科学者はさらに、DNAナノ構造を体内での診断と治療を一体化する担体として利用したいと考えている。つまり、ナノ診療ロボットの開発だ。この一体化は、「標的への薬物送達」と「薬物の放出制御」によって実現できる。「標的への薬物送達」は通常、標的の特徴的な受容体分子と特異的に結合する分子を修飾することで実現する。「薬物の放出制御」とは、指定した地点あるいはその他のある条件を満たした場合にのみ薬物分子を担体から放つことを指す。担体は「精確な誘導兵器」のような役割を果たし、薬物を特異的に目標位置に集め、治療効果を高めると同時に薬物の使用量を減らし、その他の組織に対する薬物の副作用を低減することができる。

 人体内における実際の状況は往々にして複雑極まるため、疾患の状況を判断するには様々な指標を総合的に考慮する必要があり、薬物担体もより「スマート化」する必要がある。診断機能だけでなく、本物の医師と同じように複数の診断指標を総合的に分析し、判断を下す必要があるのだ。現在、人類が使用しているスマートシステムの「大脳」は依然としてシリコンチップに基づく電子コンピュータだ。しかし、これらを人体内で応用するとなると様々な制限を受けるため、科学者は生体との親和性が高い生物コンピュータシステムを開発する必要がある。周知のとおり、アラン・チューリングが基礎を築いた現代コンピュータは、本質的に言えば「情報のインプット―情報の処理―情報のアウトプット」のシステムである。実は、自然界の各種生命体も、この原理に基づくコンピュータシステムに従っている。例えば、ヒトの免疫細胞は認識した病原物質(インプット)に基づいて反応し、炎症を促進する因子などを放出(アウトプット)、一連の免疫反応を引き起こす。DNAを使って人工的に設計した生物コンピューティングを実現すれば、自然の生命システムとほぼ障害無く連結することができる。これは科学者にとって最も理想的と言える。

 DNAコンピューティングはDNA論理ゲートによって実現できる。論理ゲートはコンピュータ構築の基礎であり、すべての複雑な計算は簡単な論理ゲートの縦続接続によって完成できる。それぞれの論理ゲートは最もシンプルな「インプット―処理―アウトプット」のシステムからなる。論理ゲートが処理する情報は二進法のデジタル信号で、1が「肯定」、0が「否定」を表す。例えば「ANDゲート」は、2つのインプット信号がいずれも1の場合にのみ1をアウトプットする。「ORゲート」は2つのインプット信号のうち、いずれか1つが1であれば1をアウトプットする。科学者はDNA分子の特性を利用し、DNAに基づく各種の論理ゲートを構築した。これはDNAに基づく「デジタルコンピューティング」を実現したのに等しい[9]

 DNAナノ構造を用いて実現したスマート薬物担体が動物の体内で薬物を放出する時も、DNA論理ゲートを使って様々な条件に基づく判定を下すことができる。この代表的な例の一つに、ハーバード・メディカル・スクールの研究チームが開発したDNA論理ゲートに基づくナノロボットがある。その主体はDNA折り紙で制作したボックスで、中に薬物分子が搭載されている。ボックスの蓋には、DNA構造で作った2つのロックがかけられており、2つのロックに対応する指標分子(鍵)が環境中に同時に存在する時にのみボックスが開き、中の薬物分子が放出されて効果を発揮する。そうでない場合、ナノボックスは閉じた状態のままとなる。これは「ANDゲート」に基づく条件判定の一種であり、複数の指標に基づいた薬物放出の制御への応用に非常に適している[10]

展望

 これまで、DNAナノテクノロジーの発展は猪突猛進の勢いであったと言える。しかし、この技術を生物医学分野において真の意味で幅広く応用するためには、いくつかの「ボトルネック」を解消する必要がある。まず、大規模な作製が可能なその他のナノ材料と比べ、DNA分子を使って構築するナノ材料のコストは依然高い。近年はDNA合成技術の発展に伴い、DNAの商用合成のコストと価格は急速に下がってきている。近い将来、大規模に商業化され、DNAナノ構造の合成コストが医療応用で受け入れられる水準にまで下がることだろう。次に、これまでの代表的な薬物担体材料と比べ、DNAナノ材料は動物体内における安定性と細胞摂取率が相対的に低い。この点を解決すべく、研究者たちは現在DNAナノ構造の様々な修飾を試みている。例えば、ポリマー分子あるいは脂質分子を連結することで、DNAナノ構造の生理環境における安定性を高め、体内での循環時間を延長させる、あるいは、細胞透過性ペプチドなど正電荷を豊富に帯びた分子を通じて細胞によるDNAナノ構造の摂取を増やすなどだ。現在すでに、この方面に関する研究の進展が数多く報道されている。

 現在の情報技術とバイオテクノロジーの最先端に目を向けると、生き物のようなロボットを作り、自然界における生命の行為や人の知能を模倣しようとすることは、バイオニクスと人工知能の方向性と言える。一方で、ロボットのような生命を作り、天然の生命システムを正確に制御し、人の命令通りに各種任務を遂行させようとすることは、合成生物学の方向性だ。DNAナノテクノロジーはこの2つの方向性の両方で大きな潜在力を持ち、両者をつなぐ架け橋になることができる。近い将来、DNAナノ診療ロボットが天然のウイルスを模倣し、効率よく体内の標的細胞に入り込むようになるだろう。その一方で、指令を着実に実行し、許容範囲内で自主的に動き、従来型の医療手段に存在した外傷や副作用を減らし、ウイルスがもたらすリスクを回避する。DNAナノテクノロジーは学際的な学問として絶えず発展を遂げ、物理化学、光学、電子学など多くの分野から力をくみ取るだろう。我々は、最終的に生物医学の応用分野においてこのテクノロジーが頭角を現し、大いにその役割を発揮するであろうことを確信している。

(おわり)


[8]Li J, Fan C, Pei H, et al. Smart drug delivery nanocarriers with self-assembled DNA nanostructures. Advanced Materials, 2013, 25(32):4386-4396.

[9]樊春海、劉冬生。DNA納米技術:分子伝感、計算与機器。北京:科学出版社,2011.

[10]Douglas S M, Bachelet I, Church G M. A logic-gated nanorobot for targeted transport of molecular payloads. Science, 2012, 335(6070):831-834.


※本稿は李江、樊春海「DNA納米技術与生物医学研究」『科学』(2016年1期)を『科学』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司


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