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幹細胞と再生医学の研究の進展(その2)

2016年 5月30日 王立賓,祝賀,郝捷,周琪(中国科学院動物研究所 計劃生育生殖生物学国家重点実験室)

(その1よりつづき)

4 半数体幹細胞

 半数体細胞とは、1セットの染色体しか持たず、対立遺伝子を持たない細胞である。このためこれらは、遺伝スクリーニングや遺伝子機能の研究において重要な価値を持っている。半数体は、下等生物の細菌や真菌において幅広く存在するが、哺乳動物における半数体は雌雄の配偶子にしか存在しない。雌雄の配偶子は体外において長期にわたって培養することができないため、その遺伝スクリーニングの方面での応用は制限されてきた。マウスの胚性幹細胞における細胞株構築に成功した後、科学者は、マウスまたはその他の生物種の半数体幹細胞の構築を長らく試みたが、なかなか成功しなかった。2011年になって、英国人科学者が、持続的なフローソーティングの方式を通じて、安定的に次の世代に受け継がれるマウスの半数体幹細胞を獲得した。しかもこれらの半数体細胞は多能性を持ち、体内外で各胚葉の組織に分化することができる[32]。だがこれらの研究において構築された半数体幹細胞はすべて雌性半数体幹細胞だった。マウスの雄性半数体を類似の方式で構築することはできないのか。中国人科学者は、顕微操作の方式で、卵細胞の細胞核を取り除き、精子を卵細胞に注射することによって、雄性を来源としたマウスの半数体幹細胞の獲得に成功した。興味深いのは、これらの半数体幹細胞が精子を代替し、卵細胞を受精させ生存の可能なマウスに発育したということである[33-34]。つまりこれらの雄性半数体幹細胞は、遺伝スクリーニングで優位性を持つにとどまらず、精子を代替してゲノム組み換えの動物を迅速に得ることもできる。中国人科学者は、半数体の形成と培養の技術を把握した後、これらの技術をほかの生物種にも応用し、カニクイザルの雌性半数体幹細胞、ラットの雌性・雄性半数体幹細胞を相次いで構築し、これらの半数体が遺伝スクリーニングにおいて確かに大きな優位性を持つことを証明した[35-36]。これらの研究は、半数体幹細胞の応用の範囲を大きく拡大し、この分野の急速な前進を推進した。新興の分野である半数体幹細胞にはまだ、多くの未解決の問題がある。中国人科学者はこの分野で、より多くの、より大きな貢献をしていくものと見られる。

5 遺伝子改変動物モデルと遺伝子治療

 新たな遺伝子ツールの開発は、遺伝子機能の研究と疾病の再生医学治療に対して重要な意義を持っている。近年、新たに発展した遺伝子編集技術には、ジンクフィンガーヌクレアーゼやTALENs、CRISPR/Casがある。このうちCRISPR/Cas技術は、効率が高く、設計が簡単で、操作しやすいなどの長所があることから、ほかの遺伝子編集ツールを代替し始めており、現在の遺伝子操作の新たな注目の的となっている[37]。CRISPR/Casそのものは一種の防御系統であり、細菌と古細菌をウイルスの侵害から保護するものである。CRISPR/Casを非細菌細胞に応用するには二つの条件を満たす必要がある。一つはCas酵素がゲノムの特定の位置の切断を担当し、もう一つはガイドRNA(gRNA)がゲノム中の特定の位置の識別を担当することである。2013年、科学者は、この系統を哺乳動物のゲノムに応用し、CRISPR/Casの哺乳動物中の応用の実現に成功した[38-39]。中国人科学者は世界に先駆け、原核注射によってmRNAをラットの受精卵に入れ、ラット中の多くの遺伝子ノックアウトの実現に成功した[40]。中国人科学者はさらに、この技術を白内障マウスの治療に応用することに成功した。受精卵の時期にCRISPR/Cas9を注射し、マウスの白内障に関連する遺伝子Crygcの突然変異を修復することで、マウスに正常な視力を獲得させることに成功した[41]。2014年、中国人科学者は、CRISPR/Cas9技術を利用し、遺伝子組み換えのサルとブタのモデルを獲得し、研究成果は『Cell』などの学術誌に発表された[42-43]。これは世界で初めてCRISPR/Cas9技術を利用して獲得された霊長類動物と大型経済動物の遺伝子修飾のモデルとなり、世界の研究者の間で大きな反響を呼んだ。CRISPR/Cas9は細胞上で効率的な遺伝子のターゲティングを実現できる。このため将来的には、CRISPR/Cas9を活用した患者のiPSCs修復による細胞の分化と移植がiPSCsの再生医学への応用を推進することになると見られる。これ以外の分野では、DNAの脱メチル化のメカニズムの研究や、成体幹細胞と生体材料の結合の不妊症治療への応用などがある。このように中国の幹細胞研究はすでに、世界の幹細胞研究において代替不可能な力となっており、ますます重要な役割を発揮していくものと見られる。

6 未来の展望

 幹細胞技術は数十年の発展を経て、技術体系において絶え間ないブレークスルーと革新を実現してきた。とりわけ近年は、人工多能性幹細胞技術の出現によって、幹細胞の基礎研究の応用と臨床疾患治療の発展が大きく後押しされている。さまざまな遺伝性疾患(早老症や鎌状赤血球症、精神分裂症など)の患者から採取したiPSCsは体外で分化後、これらの疾患の発生過程の良好なシミュレーションに使うことができ[44-46]、科学者は体外でこれらの疾患の発生の全過程を監察することができる。これらの疾患の発病メカニズムへの理解を深め、相応する治療薬を開発するのに良い参考となる。こうした面での研究は現在、ますます多くの人々の関心を集めるようになっている。疾病に特異的なiPSCsを通じて病因と治療法を探ることの可能な原因不明の複雑な疾病はこのほかにも多くある。このため疾病に特異的なiPSCsを利用した疾病メカニズムの研究は今後も注目を集めていくものと見られる。iPSCs技術がこれほど関心を集めている大きな理由の一つは、この技術を利用していつか人類の病気を治療できるのではないかと多くの人が期待しているためだ。iPSCsは、一種の種子細胞として再生医学治療に応用することができる。

 幹細胞研究はすでに、基礎実験研究から臨床治療へと転化するカギとなる段階に入っている。2011年、米国食品医薬品局(Food and Drug Administration, FDA)は、希突起神経膠細胞を利用して急性脊髄損傷を治療するGRNOPC1の第1相臨床試験を行うことをGeron社に認可した。2012年、カナダ保健省(Health Canada)は、Osiris社が生産した幹細胞薬物の販売を認可した。臨床研究ではすでに、hESCsの分化によるRPE細胞がAMD患者を安全かつ有効に治療でき、18人の移植患者のうち13人で視力改善が見られたことが示されている[47-48]。2013年、日本の厚生労働省の審査委員会は、iPSCsを利用した網膜再生の臨床研究の展開を認可した。だが米国立衛生研究所(National Institutes of Health, NIH)に現在登録されている細胞株のほとんどは、臨床の要求を厳格には満たしておらず、臨床の応用が可能となるには至っていない[49]。そのため幹細胞の使用にあたっては、厳格な検査の過程を経なければならない。まずは、あらゆる幹細胞の研究の展開は、倫理委員会の認可を得なければならず、幹細胞の出所は明確しなければならない。臨床に応用する前の全培養過程は臨床ランクの条件下で行い、内毒素やマイコプラズマ、ヒト源性・動物源性ウイルスなどの各安全検査を定期的に行い、幹細胞の高純度・無汚染・非催腫瘍性を確保し、国家の関連部門の審査を経てから、臨床試験に運用する必要がある。同時に、遺伝性疾患にかかわる遺伝子変異を修復するため、より安全で効率的な遺伝子編集方式を発展させることが求められており、iPSCsの安全性と有効性の研究を大きく発展させることは、再生医学の治療に積極的な影響を生むことになる。

 多能性幹細胞治療は、再生医学治療の唯一の選択ではない。多くの重要な機能細胞はすでに、分化転換の方式で得られており、これらの細胞は体内外で正常な機能を発揮している,このため分化転換を利用してより多くの機能性細胞を得ることも再生医学治療の重要な選択の一つとなる。同時に体内の分化転換研究によって得られた細胞は、体外で得られた細胞よりも良好な機能を持つことが裏付けられており、こうした細胞も体内のその他の細胞と容易につながることができる[50-52]。だが体内の分化転換は効率低下に直面し、実験体系が整っておらず、体内における遺伝子の定向的な導入は困難であるなどの問題もある。このためこれらの問題を解決することができれば、分化転換研究は、細胞移植治療がすぐにでも必要な多くの患者にとって福音となる。だが世界の進んだ水準と比較すると、中国の幹細胞の基礎研究はまだ弱い上、この分野はちょうど世界の幹細胞分野で競争が最も激しい分野である。リプログラミングのメカニズムの探求と同様、幹細胞多能性維持ネットワークの改善と幹細胞の多方向への分化能力のマイニングという方向は、今後しばらく幹細胞分野の研究の焦点となると見られる。もしも中国が幹細胞分野への投入を持続的に拡大できれば、中国は、未来の幹細胞の基礎研究において大きなブレークスルーを実現できるはずである。

 このように幹細胞研究は、現在の世界の生命科学の競争の注目点であり、中国の多くの人々の再生医学治療と中国の医薬産業の競争力の向上に重要な意義を持っている。世界の幹細胞研究は現在、発展の早期段階にあり、中国は空前のチャンスを迎えており、多くの重要な成果も上げている。だが世界の幹細胞分野の激しい競争を前に、中国もこれまでにない挑戦に直面している。発展の歩みを加速し、この分野でのさらなる発言権を中国にもたらし、幹細胞のできるだけ早い臨床への応用を推進しようとしている。中国の幹細胞臨床応用がより規範性と合理性を備えたものとするため、中国政府部門も、幹細胞管理制度(「幹細胞臨床試験研究管理弁法」(試行)、「幹細胞臨床試験研究基地管理弁法》(試行)、「幹細胞製剤の品質制御と臨床前研究の指導原則」(試行))の意見募集稿を次々と制定している。遠くない将来には、具体的な政策の打ち出しに伴い、中国の幹細胞の臨床応用はまったく新しい時代に入り、多くの人々ののための健康事業に貢献することになるものと見られる。

その3へつづく)

参考文献

[32] Leeb M, Wutz A. Derivation of haploid embryonic stem cells from mouse embryos. Nature, 2011,479(7371): 131–134.

[33] Yang H, Shi LY, Wang BA, et al. Generation of genetically modified mice by oocyte injection of androgenetic haploid embryonic stem cells. Cell,2012, 149(3): 605–617.

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[35] Yang H, Liu Z, Ma Y, et al. Generation of haploid embryonic stem cells from Macaca fascicularis monkey parthenotes. Cell Res, 2013, 23(10):1187–1200.

[36] Li W, Li X, Li TD, et al. Genetic modification and screening in rat using haploid embryonic stem cells.Cell Stem Cell, 2014, 14(3): 404–414.

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[38] Cong L, Ran FA, Cox D, et al. Multiplex genome engineering using CRISPR/Cas systems. Science,2013, 339(6121): 819–823.

[39] Mali P, Yang LH, Esvelt KM, et al. RNA-guided human genome engineering via Cas9. Science, 2013,339(6121): 823–826.

[40] Li W, Teng F, Li TD, et al. Simultaneous generation and germline transmission of multiple gene mutations in rat using CRISPR-Cas systems. Nat Biotechnol, 2013, 31(8): 684–686.

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[42] Niu YY, Shen B, Cui YQ, et al. Generation of gene-modified cynomolgus monkey via Cas9/RNA-mediated gene targeting in one-cell embryos. Cell, 2014, 156(4): 836–843.

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[44] Liu GH, Barkho BZ, Ruiz S, et al. Recapitulation of premature ageing with iPSCs from Hutchinson-Gilford progeria syndrome. Nature,2011, 472(7342): 221–225.

[45] Hanna J, Wernig M, Markoulaki S, et al. Treatment of sickle cell anemia mouse model with iPS cells generated from autologous skin. Science, 2007,318(5858): 1920–1923.

[46] Brennand KJ, Simone A, Jou J, et al. Modelling schizophrenia using human induced pluripotent stem cells. Nature, 2011, 473(7346): 221–225.

[47] Schwartz SD, Hubschman JP, Heiwell G, et al.Embryonic stem cell trials for macular degeneration: a preliminary report. Lancet, 2012, 379(9817):713–720.

[48] Schwartz SD, Regillo CD, Lam BL, et al. Human embryonic stem cell-derived retinal pigment epithelium in patients with age-related macular degeneration and Stargardt’s macular dystrophy: follow-up of two open-label phase 1/2 studies.Lancet, 2015, 385(9967): 509–516.

[49] Jonlin EC. Differing standards for the NIH Stem Cell Registry and FDA approval render most federally funded hESC lines unsuitable for clinical use. Cell Stem Cell, 2014, 14(2): 139–140.

[50] Rouaux C, Arlotta P. Direct lineage reprogramming of post-mitotic callosal neurons into corticofugal neurons in vivo. Nat Cell Biol, 2013, 15(2):214–221.

[51] Qian L, Huang Y, Spencer CI, et al. In vivoreprogramming of murine cardiac fibroblasts into induced cardiomyocytes. Nature, 2012, 485(7400):593–598.

[52] Zhou Q, Brown J, Kanarek A, et al. In vivo reprogramming of adult pancreatic exocrine cells to beta-cells. Nature, 2008, 455(7213): 627–632.

※本稿は王立賓,祝賀,郝捷,周琪「幹細胞与再生医学研究進展」(『生物工程学報』(2015年31卷6期,pp.871-879)を『生物工程学報』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司


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