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医療ロボット技術の発展概要(その3)

2016年 6月30日

倪自強:北京航空航天大学ロボット研究所 博士課程

1985年生まれ、主な研究分野は医療ロボット。

王田苗:北京航空航天大学ロボット研究所 教授

1960年生まれ、博士、教授、博士生指導教官。主な研究分野は医療ロボット、超小型ロボット。

劉達:北京航空航天大学ロボット研究所 准教授

1979年生まれ、博士、准教授。主な研究分野は医療ロボット。

その2よりつづき)

2 現在注目を集める研究分野

2.1 複雑な環境下における遠隔手術

 関連技術の発展と応用ニーズの拡大に伴い、遠隔手術は今や設備が整った理想的な手術環境を持つ病院の手術室だけで行われるものではなくなった。複雑な環境下における遠隔手術の研究は現在、注目を集める医療ロボット研究分野となっている。複雑な環境には海上、水中、宇宙、戦場などが含まれ、遠隔手術のプロセスにおけるロボットの設計に新たな課題と要求が突きつけられた[22-25]。海上では振動や揺れが発生するため、適応性と構造安定性が高いロボット制御システムが必要となる。水中環境は空間が狭く、宇宙環境は無重力で長時間の遅延が発生するため、ロボットのサイズをよりコンパクトにし、自主手術能力を高め、スマート化しなければならない。また、複雑な環境下における専門の医療スタッフ不足に対応するため、ロボットのヒューマンコンピューターインタラクション(HCI)の効率や手術フローと効率にも更なる研究と改善が必要だ。

 スタンフォード研究所などの機関は2004年より、NASA極限環境ミッション運用(NASA Extreme Environment Mission Operations, NEEMO)の枠組みの下、一連の遠隔手術実験を行った。第7回NEEMOミッションは米国の研究室「アクエリアス」で行われた。これは世界で唯一の永久的な海底実験室だ。手術実験ではComputer Motion社が開発したロボットAESOPが使われた。ロボットは2500km離れたカナダの医師によって制御され、ロボット手術の現場には4人のスタッフ(手術経験のある外科医1人、手術経験のない内科医1人、いかなる医療経験も持たない潜水士2人)が滞在し、超音波検査、超音波誘導による腫瘍嚢胞液の吸引、血管の修復、腎臓結石の除去、胆嚢摘出などの手術を行った。第9回NEEMOミッションでは、スタンフォード研究所が開発したロボットM7が使われ、実験スタッフはロボットを臨時で組み立て、リアルタイムの腹腔内手術シミュレーションを実施した。手術の全プロセスで、マイクロ波衛星によって通信接続が確立され,手術の遅延時間は3秒と、地球と月の間の通信に相当した。ロボット手術の現場には4人の宇宙飛行士が滞在し、遠隔地にいる医師による手術を補助し、重大なけがの診断や骨折手術といった操作を行った。第12回NEEMOミッションではM7ロボットとワシントン大学などの機関が開発したRaven Iによって遠隔手術が実施された。M7ロボットはこの実験で、初めて赤外線誘導による縫合を実施した[26]

 写真8で示すTrauma Podは、米国防総省の助成によりスタンフォード研究所など複数の研究機関が開発した遠隔手術システムで、戦場での負傷者治療のために設計された。システムは手術ロボット、看護師ロボット、手術器具入れ替え装置、器具緩衝装置、薬品分配装置からなり、無人の状態での遠隔手術を実現する。2015年には使用が開始される見通しだ[27]

写真8

写真8 Trauma Pod ロボットシステム

 遅延は遠隔手術の難点となっているが、将来は5G通信技術の使用開始に伴い、遅延の問題がある程度解決できるようになり、遠隔手術の発展に新たな原動力を提供するだろう。しかし、NEEMOやTrauma Podなどを使った複雑な状況下における遠隔手術では、遅延による影響のほか、専門的な手術補助スタッフの不足を補うため、手術システム全体にある程度の自主・共同操作の能力が必要となる。

2.2 統一・オープンソースの手術システム

 Raven Iに続き、カリフォルニア大学サンタクルーズ校とワシントン大学は7つのRavenIIシステムを開発した。これらのシステムはオープンソースのLinuxとROSソフトウェアプラットフォームに基づき開発され、統一されたハードウェア構成を持つ。システムはそれぞれ米国の有名な医療ロボット研究機関(ハーバード大学、ジョンズ・ホプキンス大学、カリフォルニア大学バークレー校など)に設置され、統一のソフト・ハードプラットフォーム下におけるロボットの遠隔手術の研究に用いられている。全てのソフトウェアの開発にはオープンソースが採用される[28]。カリフォルニア大学サンタクルーズ校は最近、Raven IVロボットを開発した。これは4つのマニピュレータと2つのカメラからなり、異なる地点にいる2人の医師が共同で遠隔手術を行うことができる[29]。同システムにもオープンソースが用いられている。

 統一・オープンソースの手術システムは、遠隔手術の普及と資源共有に役立ち、医療ロボット開発の条件が緩和され、医療ロボットのよりスピーディな発展が促進される。

2.3 単孔式、自然開口部からの腹腔鏡手術

 20年あまりの発展を経て、ロボットによる腹腔鏡手術はすでに成熟した。通常の観血手術と比べると、ロボットによる腹腔鏡手術は手術の傷が小さい、術後の痛みが少ない、入院期間が短い、美容効果が高いなどの特徴を持つ。通常、ロボットによる腹腔鏡手術は5~12mmの小さな孔3~5個を形成して行われる。しかし、ロボット技術の臨床応用の蓄積と模索が進むにつれ、手術の切開部を減らし、感染の可能性を低下させることを目的とした、単孔式腹腔鏡下手術(Single-incision laparoscopic surgery, SILS)と自然開口部越経管腔的内視鏡手術(Natural orifice transluminal endoscopic surgery, NOTES)が、注目を集める研究分野となった。

 SILSは患者の体に10~20mmの切開部を一つ形成し、この一つの切開部を利用して全ての手術を行う。NOTESは内視鏡を胃、直腸、膣、膀胱などの自然開口部から腹腔に到達させて手術を行う。しかし、SILSとNOTESは挿入手段と操作手段がこれまでの手術方法と比べて大きく変化したため、既存の腹腔鏡手術ロボットのメカニズムではニーズを満たすことができない。よって、新メカニズムの研究が現在注目される研究分野となっている。2014年4月、SILS向けに開発されたda Vinci Sp(写真9a)が米国食品医薬品局の許可を取得した。手術メカニズムは、1つの3D高解像度カメラと3つの手術アームからなり、現時点で商用化された唯一のSILSロボットである。このほか、比较典型的なシステムとして、コロンビア大学が開発したIREP(写真9b)とインペリアル・カレッジのi-snake(写真9c)が挙げられる。IREPは直径15mmのシースを通じて腹部に入り、21の駆動関節によって2つのフレキシブルアームと1つのステレオビジョンモジュールを制御する。フレキシブルアームはそれぞれ2段の連続型ロボット、1つの平行四辺形機構、1つの関節からなる[30]。i-snakeの直径はわずか12.5mm、長さは最大40cmまで伸ばすことができ、医師が手に持ちながら、あるいは手術台の上に固定して使用することができる。しかし、i-snakeはda Vinciに取って代わることを目的としておらず、携帯しやすく、よりコンパクトなスマート手術ロボットの開発を目的としている[30]。

写真9

写真9 単孔式、あるいは自然開口部を利用する手術ロボット

2.4 超小型ロボット

 カプセル式の小型ロボットよりもサイズが小さい超小型ナノロボットは、直径が通常0.5~3.0μmとなっている。これらのロボットは通常、超小型の動力機構を持ち、薬品の運搬、疾患の治療などの能動的な働きをする。現段階で、ナノロボットはすでに薬品の運搬、血糖モニタリング、骨の再建、がん治療と診断、血餅の除去、神経再生などの分野に利用され始めている[31]。これらの分野におけるナノロボットの応用は、患者の痛みと傷を大幅に減らす、あるいは回避することができ、その応用は間違いなく人類の医療に新たな革命をもたらすと見られる。ゆえに、幅広い発展の将来性を持つ[32-33]

3 結論

 約30 年間の発展により、ロボット技術はすでに手術、リハビリ、病院サービス、疾患診断など様々な医療分野で応用されるようになり、医療ロボットの発展は伝統的な医療を絶えず変えている。

 注目を集める医療ロボットの研究分野から見ると、複雑な環境下における適応性、信頼性の要求を満たすため、医療ロボットはスマート化、自主化の方向へと発展していくだろう。医療ロボットの開発条件を緩和し、その発展を加速するためには、統一されたオープンソースのソフト・ハードウェアプラットフォームが必要だ。手術の傷を減らし、術後の回復時間を短縮するためには、単孔式と自然開口を利用した手術ロボットが主な解決の手段となる。医療ロボットの応用範囲をさらに拡大する上で、超小型ロボットは新たな医療革命をもたらすだろう。

 また、世界の高齢人口の増加に伴い、医療ロボットのニーズも高まり続けている。このことも、医療ロボットの発展に向け大きな市場空間と発展のチャンスを提供している。

(おわり)

参考文献

[22] HAIDEGGER T , BENYÓ Z. Extreme telesurgery[J]. Robot Surgery,2010,2:25-44.

[23] HAIDEGGER T,SÁNDOR J,BENY Z. Surgery in space:The future of robotic telesurgery[J]. Surgical Endoscopy,2011,25(3):681-690.

[24] HAIDEGGER T , KOVÁCS L , PRECUP R , et al. Simulation and control for telerobots in space medicine[J]. Acta Astronautica,2012,81(1):390-402.

[25] PRABAKAR M,DIAZ A,GUEVARA D C. A study of telerobotic surgery and telementoring in space missions[C]// Biomedical Engineering Conference (SBEC),2013 29th Southern,May 3-5 2013,Miami,Florida. USA:IEEE,2013:15-156

[26] LUM M J,FRIEDMAN D C,SANKARANARAYANAN G , et al. The RAVEN : Design and validation of a telesurgery system[J]. The International Journal of Robotics Research,2009,28(9):1183-1197.

[27] GARCIA P,ROSEN J,KAPOOR C,et al. Trauma Pod: A semi-automated telerobotic surgical system[J]. The International Journal of Medical Robotics and Computer Assisted Surgery,2009,5(2):136-146.

[28] HANNAFORD B,ROSEN J,FRIEDMAN D W,et al. Raven-II : An open platform for surgical robotics research[J]. Biomedical Engineering,IEEE Transactions on,2013,60(4):954-959.

[29] UCSC | Bionics Lab > Surgical Robotics > Raven[Z]. 2014.

[30] DING J,GOLDMAN R E,XU K,et al. Design and coordination kinematics of an insertable robotic effectors platform for single-port access surgery[J]. Mechatronics, IEEE/ASME Transactions on,2013,18(5):1612-1624.

[31] SHANG J , NOONAN D P , PAYNE C , et al. An articulated universal joint based flexible access robot for minimally invasive surgery[C]// Robotics and Automation (ICRA),2011 IEEE International Conference on,May 9-13,2011,Shanghai,China. USA:IEEE:1147-1152.

[32] KSHIRSAGAR N,PATIL S,KSHIRSAGAR R,et al. Review on application of nanorobots in health care[J]. 2014,3(5):472-480.

[33] PATRA D,SENGUPTA S,DUAN W,et al. Intelligent, self- powered , drug delivery systems[J]. Nanoscale , 2013,5(4):1273-1283.

 ※本稿は倪自強、王田苗、劉達「医療機器人技術発展総述」『機械工程学報』第51卷 第13期、2015年7月,pp.45-52)を『機械工程学報』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記 事提供:同方知網(北京)技術有限公司


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