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月の科学の新認識:嫦娥3号月面ローバーの観測成果

2017年 7月28日

肖 竜、張 昊: 中国地質大学

凌 宗成: 山東大学(威海)

法 文哲: 北京大学

キーワード: 月面観測;鉱物構成;層状構造;月レゴリス;嫦娥3号

 中国の嫦娥月探査プロジェクトは順調に進展している。これまでに「軌道周回、着陸、帰還」という3段階の任務のうち、2段階目までの任務を無事完了し、まもなく3段階目となるサンプルリターンが実施される。嫦娥月探査プロジェクトによる科学的成果の産出は、過去約10年間で持続的に増加し、多くの新たな認識が得られ[1,2]、世界の惑星科学界からも高く注目されている。中でも嫦娥3号はアポロ計画終了から40年余りで初めて月面着陸に成功した探査機であり、雨の海北部の最も若い火山岩の上に着陸し、極めて貴重な観測データを取得、インブリウム代以降の月の火山活動と地質的変化の歴史の研究に、かつてないチャンスをもたらした。嫦娥3号の月面ローバー・玉兔に搭載された4種類の観測機器が取得した観測データの分析研究から、以下のような成果と認識が得られた。

1 月面着陸エリアの地質学的特徴を解明

 マルチソースのリモートセンシングデータを利用して着陸エリアの地質学的背景を包括的に研究し、同エリアの地形の特徴を分析し、クレーターとリンクルリッジの容貌を研究・分類した結果、当該エリア内には異なる形成メカニズムによる2種類のリンクルリッジが存在することが明らかになった。また、エラトステネス代以降に新たに形成された断層構造も認識された[3]。高分解能のマルチバンドイメージャのデータを用い、エリア内のFeOとTiO2の含有量をインバージョンし、研究エリアを2つの主な玄武岩ユニットに分けた。これをベースとし、嫦娥3号観測エリアの地質学的背景の情報をまとめたうえで、着陸エリア内の地質マップを以下のように作成した(図1)。

図1

図1 嫦娥3号着陸エリアの地質マップおよび主な地質イベント(文献[3])

2 新たな種類の月面岩石を発見

 マグマオーシャンのモデルによると、月面の鉱物成分と空間的分布は、初期の月全体におけるマグマオーシャンの分化と後期のマグマ活動によって決定された。ゆえに、月面の異なるエリアの元素と主要鉱物(カンラン石、輝石、斜長石、イルメナイト)の含有量を確定することは、月の変化の歴史を理解する重要な手段となる。

 嫦娥3号の月面ローバー「玉兔」に搭載されたα粒子X線分光計(APXS)と赤外線分光計(VNIS)により、嫦娥3号着陸エリア付近の月の岩石の成分と鉱物学的情報が明らかになった[4-6]。結果、「玉兔」が発見した「広寒宮」付近の月の海の玄武岩は、これまでのアポロとルナによる月のサンプルリターンおよび月の隕石から採集した月の海の玄武岩とは異なる新しい種類の玄武岩であり、カンラン石とイルメナイトを比較的豊富に含んでいた。これにより、嫦娥3号の着陸エリア(広寒宮)は、月のリモートセンシング研究の新たなキャリブレーションポイントとなり、月の後期火山活動とマグマの変化メカニズムに新たな制約をもたらした。中国の嫦娥1号に搭載された干渉イメージングスペクトロメータ(IIM)、日本のかぐやに搭載されたマルチバンドイメージャ(MI)、インドのチャンドラヤーン1号に搭載された月面鉱物マッピング装置(M3)、米国のルナー・リコネサンス・オービター(LRO)に搭載された月放射測定実験装置(Diviner)などによる月面物質・成分の観測データを利用し、月リモートセンシングの角度から嫦娥3号着陸エリアのマグネシウム指数と岩石タイプの分布、苦鉄質鉱物の含有量、月の海の玄武岩の年齢・成因および地質学的な意義などについて掘り下げた研究を行い、新たな認識を得た[7-12]

3 月表層レゴリスの風化物質の物理的性質と構造・構成に関する情報を取得

 月レゴリスは月の地質的変化の歴史を記録した重要な媒体であり、特に大気を持たない天体の宇宙風化のプロセス研究、および月面観測の面で重要な意義を持つ。パノラマカメラが月の1日目の昼に強烈な月面の「衝効果」(The opposition effect)を撮影した。これは、位相角がゼロ度に近づいた時に、月面の太陽光反射が急激に強烈になるという現象で、大気を持たない多くの天体の表面で出現する。我々はパノラマカメラの画像から、アポロ計画以降で初めて月面上の位相曲線を抽出することに成功した。位相角の範囲は2~141°。この位相曲線は前方散乱方向に141°まで延長するため、これまでのいかなる定点観測や宇宙ベースの観測をも上回り、信頼性の高い輝度反転を行うことができた。また、衝効果を引き起こす顆粒の粒子径はサブミクロンからミリメートル級で、粒子の空隙率は約0.68、傾斜角度は11~18°といった風化物質の物理的性質が推測された[13]。これらのパラメータは今後の有人月面着陸などの観測プロジェクトにとって実質的な意義を持つ。

 月面レーダーの高周波数チャネルデータを中核とし、着陸エリアのランディングカメラ、地形カメラが取得した光学画像を組み合わせ、着陸エリアの浅層構造を系統的に研究した結果、表面から深度約20mの地点までに、風化表層(<1m)、スパッタリングブランケット層(2~6m)、古代月レゴリス層(4~11m)、および下部玄武岩[7,14]という4つの層構造が存在することが分かった。風化表層は細粒級の月レゴリスで、メートル級の岩はほぼ存在しない。同層はさらに2~5層に分けることができ、クレーター「紫微」表面のスパッタリングブランケットの宇宙風化の結果である。連続スパッタリングブランケットは岩石を含んでいる。

図2

図2 月面ローバー・玉兔の月面移動ルートおよび物質成分の定点観測データ[6,7](a)月面ローバー・玉兔の月面移動ルート;(b)α粒子X線分光計(APXS)がCE3-0006の位置から取得したスペクトルおよび識別;(c)赤外線分光計(VNIS)が4つの位置から取得したスペクトルデータおよび採取した画像(CE3-0006の位置を例とする)。

 岩石の存在比は深度が増すに伴って増加し、深さ2mの地点で最大になり、その後は深度が増すにつれて減少していく。岩石存在比の深度に伴う変化は、クレーター「紫微」形成後におけるスパッタリングブランケットの空間風化の結果である。月レゴリスの厚さの推計から明らかになったレゴリスの生成速度は、アポロ着陸地点における推計結果を上回った[14]。比較的正確な月レゴリスの厚さと月面地殻の浅層構造が明らかになり、月の火山活動の歴史研究と月のヘリウム3の資源量推計に向け、比較的信頼性の高い構造的制約がもたらされた[4]

4 内部浅層地質構造を解析、月の後期マグマ活動と地質変化のプロセスに対する新たな認識

 嫦娥3号月面ローバーの観測データの包括的な研究により、嫦娥3号は若い(年齢8千万年以下)クレーター(紫微)の外縁にあるスパッタリングブランケット上に着陸したことが分かった。周辺には掘り起こされた大量の粗粒構造の玄武岩質の岩が分布していた[7,10]。浅層の地質構造分析により、月の表面から400メートルに満たない深さまでに計7種類の主な地質面が存在することが分かり、これらからインブリウム代(39~32億年)とエラトステネス代(32~15億年)の様々な時期に玄武岩および火砕岩が雨の海を埋めたこと、複数回の火山噴火の間にレゴリス層、クレーター「紫微」のスパッタ、月表層レゴリス層などが形成されたことが明らかになった(図3)[7]

図3

図3 嫦娥3号月探査レーダーの解釈と地質解釈の断面図[7]

 レーダーデータの地質解釈と、エリア内の地質学的変化の歴史の分析および雨の海のその他の着陸エリアとの比較研究[15,16]の結果、月の後期火山活動のスタイルは、穏やかな溶岩溢れ出しの噴火や激しい爆発など様々であることが分かった。これは、後期マグマの中に依然として大量の揮発成分が含まれていることを意味する[7]。この成果は、雨の海が経験した火山活動と衝突による変化および宇宙風化は非常に複雑であり、月の火山地質と熱変化の歴史についてもう一度考察しなおす必要があるということを示している。

5 小括と展望

 嫦娥3号はそれまで未観測だったエリアに着陸した。月面ローバー・玉兔は月面において、月時間で2日間にわたって作業した後、クレーター紫微の縁にとどまり、今後永久的に広寒宮を見守ることになる。玉兔の作業時間は短いものの、搭載された4つの主な観測機器は正常に働いており、貴重な観測データを取得した。これにより、月の表面の様子、月レゴリスの性質、鉱物構成、岩石の種類、表面と浅層の地質構造について客観的に認識することができ、月の多くの秘密が明らかにされ、月への認識と月の科学発展促進に向け、大きな貢献を果たした。嫦娥5号、その他後続の月探査および深宇宙探査プロジェクトの実施に伴い、中国は必ずや、月を含む未知の世界への認識を深め、人類の知識の宝庫をより豊かにするため多くの貢献を果たすことができると確信している。

謝辞

 本研究は国家自然科学基金(41373066, 41473065, 41071229, 41276180, 41373068, 41490634, U1231103)、中国科学院重点プロジェクト(KGZD-EW-603)と山東省傑出青年基金(JQ201511)の助成を受けた。

参考文献:

[1] 欧陽自遠,李春来,鄒永廖,等.嫦娥一号的初歩科学成果.自然雑誌,2010,32(5):249—254.

[2] 欧陽自遠.嫦娥二号的初歩成果.自然雑誌,2013,35(6):391—395.

[3] Zhao J,Huang J,Qiao L,Huang,Wang J,He Q,Xiao L,2014.Geologic characteristics of the Chang’E-3explorationregion.Science China Physics,Mechanics &Astronomy,57(3):1—8.

[4] Zhang J H,Yang W,Hu S,et al.Volcanic history of theImbrium basin:A close-up view from the lunar rover Yutu. ProcNatlAcadSci USA,2015,112(17):5342—5347.

[5] Zhang H,Yang YZ,Yuan Y,et al.In-situ optical measurements of Chang’E-3landing site in Mare Imbrium 1:Mineralabundances inferred from spectral reflectance.Geophys Res Lett,2015,42:6945—6950.

[6] Ling ZC,Jolliff BL,Wang AL,et al.Correlated composi-tional and mineralogical investigations at the Chang’e-3land-ing site.Nat Commun,2015,6:8880doi:10.1038/ncom-ms9880(2015).

[7] Xiao L,Zhu PM,Fang GY,et al.A Young multilayeredterrane of the northern Mare Imbrium revealed by ChangE-3 Mission.Science,347(6227):1226—1229.

[8] Qiao L,Xiao ZY,Zhao JN,Xiao L.Subsurface Structuresat the Chang’e-3Landing Site:Inter-pretations from Orbitaland in-situ Imagery Data.J.Earth Science.2016,doi:10.1007/s12583-015-0655-3.

[9] 李勃,凌宗成,張江,陳剣,孫霊芝,趙昊煒.嫦娥三号着陸区月海玄武岩的年齢、成因及地質意義.岩石学報,2016(1).32(1):19—28.

[10] 李勃,凌宗成,張江,武中臣,倪宇恒,陳剣.“嫦娥三号”着陸区月壤下伏玄武岩単元劃分和充填過程研究.地学前縁,2014,21(6):155—164.

[11] 孫霊芝,凌宗成,張江,李勃,郭弟均.基于輻射伝輸模型的月表鉄鎂質鉱物定量反演:以嫦娥三号着陸区為例.岩石学報.2016 32(1):43—52.

[12] 凌宗成,劉建忠,張江,李勃,武中臣,倪宇恒,孫霊芝.基于 “嫦娥一号”干渉成像光譜儀数据的月球岩石類型填図:以月球雨海—冷海地区(LQ-4)為例.地学前縁,2014,21(6):107—120.

[13] Jin WD,Zhang H,Yuan Y,et al.In-situ optical measure-ments of Chang’E 3landing site in Mare Imbrium 2:Photo-metric properties of the regolith.Geophys Res Lett,2015,42:8312—8319.

[14] Fa W Z,Zhu M,Liu T,et al.Regolith stratigraphy at theChang’E-3landing site as seen by Lunar Penetrating Radar.Geophys Res Lett,2015,doi:10.1002/2015GL066537.

[15] 喬楽,劉小倩,趙健楠,魏楡,肖竜.月球雨海地区三个着陸点的地質特征対比研究.中国科学:物理学力学天文学,2016,46:029603.Doi:10.1360/SSPMA2015-00489.

[16] Basilevsky A.T.,A.M.Abdrakhimov,J.W.Head,C.M.Pieters,Yunzhao Wu,Long Xiao.2015.Geologic charac-teristics of the Luna 17/Lunokhod 1and ChangE-3/Yutulanding sites,Northwest Mare Imbrium of the Moon.Plane-tary and Space Science,2015,117:385—400.

※本稿は肖竜、凌宗成、 張昊、法文哲「月球科学的新認識:嫦娥三号月球車探測成果」(『中国科学基金』第30卷第3期、2016年、pp.213-216)を『中国科学基金』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司


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