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3年で1000億元の巨額投資―アリババ「達摩院」設立の狙いとは

2018年4月24日 賀斌(『中国新聞週刊』記者)/舩山明音(翻訳)

 3年で1000億元を投じ、2万人を超える科学者やエンジニアを動員する――。中国のみならず、世界中を驚愕させた研究室「達摩院」の設立発表。アリババを率いる馬雲氏の狙いは何か?

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写真1:昨年10月11日、浙江省杭州市雲棲小鎮にて、「飛天・智能」をテーマとした「2017年杭州・雲棲大会」が開かれた。写真は、アリババ会長・馬雲氏の開幕式でのスピーチ。写真/中国新聞社

 4名の科学者が同時に巻物に捺印した後、2名の「武者」がそれを広げると、そこには淡い水墨画と、大書された「達摩院」の3文字が躍っていた――。

 武侠小説では、「達摩院」は武術の聖地を指す。アリババ会長の馬雲(マー・ユン)氏は、新設した研究院にその名をつけた。昨年の雲棲大会(アリババグループ主催の開発者向けカンファレンス)開催2週間前、同グループCHOの童文紅(ドン・ウェンホン)氏が馬氏に電話で研究院の名前について相談した際、彼は瞬時に「達摩院」の名を口にしたのである。

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写真2:記事冒頭でも触れた、「達摩院」設立発表時に披露された巻物。馬雲氏は「達摩院」について、「アリババよりも長く存続し、全世界の少なくとも20億人にサービスを提供し、科学技術で将来の課題を解決しなければならない」との3つの希望を挙げた。撮影/許康平

 名前ばかりでなく、馬氏は「達摩院」に独自の道を歩ませようとしている。「IBMやマイクロソフト、ベル研究所に学びはするだろう。これまでの科学技術発展の歩みから人類が得てきた大いなる経験と教訓から。だが、われわれが歩むのは独自の道であらねばならない」

 雲棲大会での言葉を借りれば、「達摩院」は人類の科学技術の将来を探求する実験室だ。そこに投じられる1000億元は、基礎科学から破壊的イノベーションまでを網羅する研究に使われる予定だ。

この先20年の発展にはNASAのような組織が必要

 「達摩院」設立準備メンバーでアリババ技術戦略部ディレクターの劉湘雯(リウ・シアンウェン)氏の印象では、戦略面から見て、アリババは2008年時点ですでにeコマース企業からデータテクノロジー企業へと変貌していた。当時、アリババのプラットフォームには膨大なデータが蓄積されており、これをどう活かすか、技術的にどう扱うかについて、上層部でさまざまな検討が重ねられていた。

 最終的に、馬雲氏はクラウド・コンピューティングを選択、阿里雲計算有限公司(アリクラウド)が誕生した。

 さらに、2014年にはローデータの技術研究に専心する機関iDST(Institute of Data Science & Technologies)を設立。これに先立ち、馬氏は来たる時代をDT(データテクノロジー)の時代と名づけた。iDSTによって機械学習やディープラーニングに依拠した人工知能の核となる技術(画像・映像認識や音声インタラクション、自然言語理解、スマートソリューションなど)を確立し、グループのeコマース・金融・物流・ソーシャルネットワーク・エンターテインメント事業などの強力な後ろ盾にしようというのである。そこで研究されたAI技術は、アリクラウドのプラットフォームを通じ、対外的に利用可能なサービスとする。

 「『達摩院』設立は、時機が熟したからこそ。母体であるアリババグループのこれまでの発展と切り離して考えることはできない」。劉氏はそう語る。

 彼女が馬氏から「達摩院」設立の構想を初めて聞いたのは昨年3月。アリババ内部で開かれた第1回目の技術会議で、彼が科学技術について自らのビジョンを示したときだ。「これまでの18年は、アリババのビジネス自体がテクノロジーのグレードアップを促してきた。しかし、これからの20年は、核心となるテクノロジーの発展がなければビジネスモデルの創出はできない。NASAのような組織が絶対に必要だ」「テクノロジーによる優位性獲得が必須」。アリババの最高技術責任者・張建鋒(ジャン・ジエンフォン)氏は、会議でこの言葉を再三口にした。一昨年の雲棲大会で、すでに馬氏が「五新(新小売・新製造・新技術・新金融・新エネルギー)」戦略を打ち出している。昨年3月までに新小売は現実のものとなり、新金融の構築も進行中だ。となれば、次は「アリババの新たなテクノロジーを打ち立てなければならない」

 会議では、馬氏が世界中の2万名を超える科学者やエンジニアを動員して「新技術戦略」を推進し、「機械学習、チップ技術、IoT、オペレーティングシステム、生体認証などの核心的技術に向けてまったく新しいチームを編成し、新たなシステムと方法を打ち立て、これに全力で取り組む」考えを示した。「手榴弾をいくらうまく造れてもミサイルは造れない。われわれはミサイルを造る体制、すなわち新たなテクノロジーの研究開発システムを確立し、核心的な分野の研究に注力することを考えなければならない」と馬氏は力説する。

 この先20年で世界第五の経済体となり、20億の消費者にサービスを提供、1億人の就業機会を創出し、1000万の企業の増益に資する。アリババは、そんな途方もない野心を抱いているのだ。

一流の科学技術者を招集 世界の研究機関とも連携

 NASAのような組織(のちの「達摩院」)確立を目指し(以下「NASA」計画)、アリババでは数年前から人材獲得を進めていた。直近3年でアリババの人員数は年平均40%以上増加、目下2万5000人のエンジニアと科学者、500名余の博士号取得者を擁している。

 同時に、アリババは全世界を対象にトップレベルの科学技術者を集めている。昨年3月にはAIの専門家で前南洋理工大学教授の王剛(ワン・ガン)氏がアリババAI研究室に加入、6月にはアマゾンでもトップクラスの中国系科学者・小楓(シアオ・フォン)氏がアリババに加わり、iDST副院長に就いた。

 9月には量子テクノロジー分野の重鎮・施堯耘(シー・ヤオユン)氏も加わり、アリクラウドの量子テクノロジー首席科学者として、量子コンピューティング研究室を率いることになった。彼は、浙江省政府、浙江大学、アリババが出資して設立した産官学一体型の研究機構「之江実験室」の副主任も兼任している(同実験室は9月6日、正式に始動した)。

 2万人以上の人材獲得を目指す「NASA」計画だが、全員をアリババの所在地・杭州に集結させるのは非現実的だ。望ましいのは、人材の集積地に海外研究所を作ることである。雲棲大会当日、張建鋒氏は次のような発表をした。「『達摩院』はすでにアジア、アメリカ、ヨーロッパの『達摩院』を含む世界各地で最先端のテクノロジーセンター建設に着手している。北京、杭州、シンガポール、イスラエル、モスクワなどには役割のそれぞれ異なる研究所も設立する。初期計画では、トップレベルの科学者と研究スタッフ100名を採用する予定だ」

 こうして、ひとまず「NASA」計画の原型が見えたわけだが、具体的な研究領域はまだ未確定だ。雲棲大会前日の10月10日にはトップクラスの科学者13名がアリババを訪問、馬雲氏と話し合いを持った。その中には、中国で唯一のチューリング賞受賞者・姚期智(ヤオ・チーシー)院士、中国量子力学界の第一人者・潘建偉(パン・ジェンウェイ)院士、「計算論的思考=CT」を定義したコロンビア大学の周以真(ジョウ・イージェン)教授、世界の顔認識技術の「開拓者」「探索者」湯暁鴎(タン・シアオオウ)教授らがいた。研究分野の違いはあれ、いずれも「達摩院」への提言をおこなっている。

 現在、「達摩院」は、①自前の研究センター、②地理的に近く、科学技術研究上の強みを持つ高等教育機関や研究機関と設立した共同研究室、③全世界に開放した研究プロジェクトの大きく3つからなる。学術協力の場合、②がおもな方法となる。

 たとえば、一昨年の清華大学と螞蟻金服(アント・フィナンシャル)によるフィンテック共同研究所、昨年のカリフォルニア大学バークレー校RISELab設立に続き、「NASA」計画始動後の5月には、アリババと浙江大学が先端技術共同研究センターを設立している。

 学術協力のもうひとつの方法が③で、これはアリババの直面しているプロジェクト上・技術上の課題を各研究所の最も優れた頭脳にぶつけ、工業界と学術界の科学技術力を融合させる、というものだ。「アリババ・イノベイティブ・リサーチ(AIR)」が取り組むべきプロジェクトを世界中から募集した結果、13の国・地域の99の高等教育機関や研究機関から234の研究プロジェクトの応募があり、最終的に40あまりの優れたプロジェクトが選ばれた(選考結果は昨年の雲棲大会で発表された)。

 姚期智氏は言う。「一企業が長期にわたって科学研究をおこなうのは容易なことではないが、アリババはその決心を固めた。ビジネスに関係することをやるだけではない。大所高所からものごとを進めていくのだ」

「インテル、マイクロソフト、IBMを超える」

 「達摩院」は設立当初から怒涛の勢いを見せている。「インテルを超え、マイクロソフトを超え、IBMを超えねばならない」とは演説における馬雲氏の言葉だが、発表された学術委員会には、その言葉の上をいく「綺羅星のごとき」メンバーが揃った。10名中3名は中国両院(科学院・工程院)の院士、5名はアメリカ科学アカデミーのメンバーである。世界のAI研究の泰斗であるマイケル・I・ジョーダン氏、分散コンピューティングの大家・李凱(リー・カイ)氏、人類ゲノム計画の責任者ともいわれるジョージ・M・チャーチ氏らも委員会メンバーだ。「達摩院」がその当初から大いに注目を集めた所以である。「達摩院」が発表した最初の13の研究分野には、量子コンピューティング、機械学習、基礎アルゴリズム、ネットセキュリティ、マシンビジョン、自然言語処理、次世代ヒューマン・マシン・インタラクション、チップ技術、センサー技術、組み込みシステムなどが含まれており、マシン・インテリジェンス、知能インターネット、フィンテックなど、多数の産業分野を網羅している。「基本的には科学技術全体の発展法則に沿った分野選定をおこなった。アリババがビジネス上必要とするものもあれば、ビジネスへの影響は未知数だが、大勢から見て『革命』をもたらす可能性を秘めたものもある」(劉湘雯氏)

 しかし、上記の研究分野の中には、リソースの投入が大きい割にリターンの遅いものもある。一企業に属する研究所としては、異なる分野を合理的に組み合わせる必要があるだろう。

 人材戦略も注目を集めた。10月16日、「達摩院」は、マイクロソフト・アジア研究院の主席研究員である聶再清(ニエ・ザイチン)博士、グーグルのTango(スマートフォン向けAR技術)とDayDream(VRプラットフォーム)プロジェクトのテクニカルリーダー・李名楊(リー・ミンヤン)博士を、アリババのAI研究所に迎える、と発表した。

 以上からわかるように、「NASA」計画実施以降、高等教育機関や技術研究所、さらに著名企業の「頭脳」がアリババと「達摩院」に集まっている。加えて、他企業研究部門に対する馬氏の「宣戦布告」。「挖牆脚(競合の屋台骨を揺るがす意味の中国語)」という言葉が容易に連想されよう。

これまでの規模をはるかに上回る投資をいかに用いるか

 近年、アリババはテクノロジーへの投資を拡大している。財務報告書によれば、2017年財務年度におけるテクノロジーへの投資は170億元で、中国ネット企業のトップだった。

 「達摩院」設立にあたり、アリババは今後3年以内に1000億元の投資を宣言している。1年あたり330億元強、昨年のテクノロジー投資のほぼ2倍だ。しかし、馬氏にとってそれは設立基金といったところ。「研究所といえども、資金援助を待っているばかりではだめ。自らカネを稼ぐ意識を持たなければ」。それが彼の考えだ。

 どうやって稼ぐのか?「達摩院」主任院長でもある張建鋒氏は、アリクラウド・プラットフォームがその土台になると答える。その土台を通じ、顧客は「達摩院」の研究成果を実際のビジネスシーンに使用・応用できる。アリクラウドがさまざまな産業分野を結びつけ、その頭脳となる。これが、現在の「達摩院」の最大の価値である。

 曠視科技研究院院長の孫剣(スン・ジエン)氏によれば、企業の研究所は2つに分けられるという。ひとつは、主として企業の将来の方向性を大きく誤らせない「保険」の働きをするもの。もうひとつは、企業の現製品と有効に結合した研究をおこない、企業に利益をもたらすものだ。

 「過去の例では、企業の成長期や収益が順調な時期には研究も活発になるが、逆に経営が危機に直面すると真っ先に切り捨てられる。ゆえに、企業の勢いがあるときこそ、将来への投資を集中させる必要がある」

 この点から見れば、3年で1000億元という投資は、将来の企業業績を心配することなく、研究に専念できる環境を「達摩院」に与えることは明らかだ。しかし、その潤沢な資金をいかに用いるか。世界中がそこに注目していることもまた事実である。


※本稿は『月刊中国ニュース』2018年3月号(Vol.73)より転載したものである。


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