第142号
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抗がんペプチドの研究の進展(その2)

2018年7月18日

嶽 碩豪: 武漢生物工程学院薬学院,湖北工業大学生物工程與食品学院 発酵工程教育部重点実験室

修士大学院生。研究テーマは抗がんペプチド薬物の開発。

田 弛: 武漢生物工程学院薬学院

胡 元昭: 華南農業大学生命科学学院

張 軍林: 武漢生物工程学院薬学院 副研究員

博士。研究テーマは生理活性ペプチドの研究と応用。

その1よりつづき)

2 抗がんペプチドのがん抑制メカニズム

2.1 がん細胞のアポトーシスの誘導

 LfcinBの腫瘍細胞に対する選択的破壊の2つの重要目標はそれぞれ、細胞膜とミトコンドリア。LfcinBは、一種のカチオンペプチドであり、腫瘍細胞表面の陰性荷電分子の相互作用を通じて腫瘍細胞と結合する。LfcinB空間配座はα-らせん構造を呈しており、解離後はα-らせん構造は消失し、ねじれた逆平行のβ-シートを主とした両親媒性空間配座へと転換する[30]。多くの研究はいずれも、β-シート構造を含むペプチドが、α-らせん構造を含むペプチドより、生物学的活性が強く、より容易に細胞膜に浸透し、腫瘍細胞膜を貫通し、アポトーシス経路を始動し、腫瘍のアポトーシスの目的を最終的に達成することを裏付けている。このほか実験ではさらに、LfcinBが純化されたミトコンドリアとすばやく結合し、活性酸素の産出を誘導することが発見された。caspase-2は活性化後、ミトコンドリアの膜電位を破壊し、caspase-3、9の活性化とシトクロムCの放出を促し、がん細胞のアポトーシスを引き起こす[31]

2.2 細胞膜構造の破壊

 ヘパラン硫酸プロテオグリカン(Heparan sulfate proteoglycans,HSPGs)は、腫瘍のがん細胞内の表皮基質の重要な一部をなす。がん細胞の表面には正常な細胞より多くのHSPGsがあり、正の電荷を帯びたCB1a分子は、静電引力を通じて、負の電荷を帯びたがん細胞膜に近付く。CB1a中のヘパリンを結合した構造は、HSPGsを識別し、がん細胞表面でこれと結合する。CB1aは、水溶液中のランダムコイル立体配座から膜環境中のらせん立体配座へと変わり、N端とC端の間の構造のフレキシビリティを通じて、疎水端はまず細胞膜中に挿入され、続いてα-らせん全体が細胞膜に入り、膜貫通実体としてがん細胞膜中に存在し、腫瘍がん細胞膜の構造を破壊した。プラスの電荷を帯びたCB1a分子を膜内分子間の変位を通じて相互に集合させ、膜上にイオンチャネルを形成する。2つのα-らせんの連結に用いるCB1a中のAGP蝶番橋構造中のプロリン残基は、ペプチドのイオンチャネルのゲートとオリゴマー化を促進する作用がある[32]。プロリンの作用の下、CB1aらせん構造が形成するオリゴマーまたはポリマーは、がん細胞膜の点穿孔または大面積での瓦解をもたらし、この損傷は、がん細胞のプログラムされた死[33]、即ちアポトーシスを始動する。

 このほか昆虫が産出するほとんどの分解ペプチド(蜂毒中から分離したペプチドなど)は両親媒性を備え、これらは欠陥の生成や破壊、気孔の形成を通じて、細胞膜の二重層の完全性を撹乱する。正常細胞の比較的低い膜電位と比べると、腫瘍細胞膜の膜電位は高い。このため正常細胞と比べると、分解ペプチドは、腫瘍細胞中でより選択的に膜構造を破壊することとなる。

2.3 細胞生理活動と細胞周期の破壊

 ANPは、直接または間接的にWntシグナルカスケードに影響し、Wnt/β-cateninシグナル経路カスケードの抑制を通じてその抗増殖活性を発揮する。具体的には(1)ANPを発現して核と細胞質、細胞と細胞の間の連接点のβ-cateninの再分配を誘導する(2)複雑な複合体を刺激・破壊してβ-cateninを分解する(3)Wntチャンネルの標的遺伝子、例えばC-myc、サイクリンD1、E-cadherinの発現を抑制する――がある。さらなる研究によると、ANPは核内の腫瘍抑制因子APCに対するβ-cateninの早期移行を低下させ、APCとβ-cateninは核から細胞質への往来の機能によって複合体を破壊する。ANPが誘導・影響するWnt/β-cateninシグナル経路は、ANPを通じてWnt受容体と直接の相互作用を行う。これにはFrizzled受容体の仲介機制がかかわる。Veselyの研究は、ANPとその他の利尿ホルモン、LANPとVSDL、KPが、がん細胞β-cateninの含有量を引き下げることができることを明らかにした[34]。ANPは、Wntリガンドと受容体β-cateninを競合性結合し、最終的にがん細胞の転写を抑制する。

2.4 細胞の周囲または細胞内のpH値の改変

 がん細胞の生存と細胞外の酸環境への適応は、細胞表面のpH調節分子の大量の発現を通じて実現される。この調節分子は、H+の細胞内蓄積による毒性作用を回避し、細胞外と細胞内のpH均衡を維持することができる。Na+/H+交換器(NHE-1)は重要なpH調節分子であり、腫瘍細胞の微小環境のpHを調節し、細胞内のpHの変化を減少し、腫瘍細胞の活力を維持することができる。初期の研究によると、NHE-1の刺激を通じて細胞質のアルカリ化をもたらすことができ、これは細胞のがん性転化の早期の結果である。これは腫瘍細胞外の微小環境pH値の均衡を調節することによって、がん細胞の微小環境の酸性が正常な組織細胞よりもさらに酸性を呈することを示す。ANPは、NHE-1の抑制または刺激によって細胞内pH値を調節する。HepG2肝がん細胞中では、ANPは、NHE-1の発現と活性を引き下げることにより、細胞内の酸化を誘導した。NHE-1は酸塩基平衡の保持と腫瘍細胞の生存の維持に極めて重要な役割を果たす。ANPの誘導したNHE-1の細胞内酸化の調節も、Wntシグナル経路に作用し、腫瘍細胞の抗増殖活性の産出をもたらす。ANPは、プロトンポンプ(PP)とNa+/H+交換器(NHE-1)を通じて腫瘍細胞の微小環境pHの調節作用を実現し、最終的に腫瘍の生長和と転移を抑制し、がん細胞の化学敏感とアポトーシスをもたらす。

 ANPは、NHE-1を始動し、がん細胞の細胞内の酸度を増加させると同時に、Wnt/β-cateninシグナルも抑制を受ける。逆に、Wntシグナル経路の特異性活性剤Wnt1aは、細胞内pH値を迅速にアルカリ性に調節できる。ANPによる細胞内pHの誘導作用は、リガンドWnt1aとFrizzledの特異性受容体結合の阻止を通じたものである。これはANPがFrizzled受容体に基づく機制を誘導するか、ANPの直接相互作用による誘導で、NHE-1を始動し、細胞内の酸性を増加させたことを示す。ANPはpAktT308の活性の迅速な低下を誘導することができる。腫瘍細胞が増殖や侵襲、転移、化学敏感性低下を迎えた時、ANPはFrizzledのリガンドとして、Wntシグナルを中和し、GSK-3βSer9リン酸化の失活をもたらす。AKTには二重の機能があり、GSK-3のSer9リン酸化を失活させ、NHE-1のser648リン酸化を活性化させる。これはAktの活性低下が、ANPの誘導するWnt/β-cateninシグナル経路カスケードやNHE-1活性の抑制とかかわる可能性があることを示している。ANPは、Aktシグナルの結腸がんや膵臓がん、腎臓がんなどのがん細胞の抑制剤とすることができる[35-36]。ANPは同時に多種類の細胞シグナルの調節に参加し、がん細胞の逆転を実現し、がん治療の目的を最終的に達成する。

2.5 人体の免疫応答の増強

 免疫調節は、ラクトフェリンペプチドが抗腫瘍作用を発揮する重要な機序となる。ラクトフェリンペプチドは、抗腫瘍免疫を刺激する機能を備え、サイトカインの産出の誘導や免疫細胞の数量の増加、免疫細胞の活性の増強を通じて、宿主の腫瘍防御の能力を高めることができる。ラクトフェリンペプチドは、炎症性サイトカインと転移促進性サイトカインの産出の抑制を通じて腫瘍のサイトカイン環境を改変し、細胞免疫とTh1型応答を増強し[37]、ナチュラルキラー(NK)細胞を活性化し、NK細胞の細胞分解作用に対する腫瘍細胞の敏感性を高めた。細胞毒性Tリンパ細胞(CTL)もラクトフェリンが抗腫瘍機能を発揮する効果細胞であり、抗腫瘍効果を発揮する。

 コブラ毒因子とモノクローナル抗体が形成する複合物(McAb-CVF)は、黒色腫細胞に対して、独特な細胞分解活性を示す。その機序は、McAb-CVF複合物が安定したC3/C5転換酵素を形成し、代替補体経路を通じて、最終的に膜攻撃単位を形成し、腫瘍細胞の分解をもたらすというものと考えられる。このほか膜毒素は、ナチュラルキラー細胞を通じて活性化され、腫瘍細胞を非特異的に殺傷することができる。

3 抗がんペプチド研究の課題と展望

 効率的で毒性の低い抗がん薬物の発見は現在、世界的な研究の焦点の一つとなっている。現在までに、すでに数百種の生理活性ペプチドに抗がん特性があることが発見されている。これには豹毒素やボンベシン、メリチン、ヒトLL-37と宿主の防御性ポリペプチドなどが含まれる。抗がんポリペプチドは、その独特な治療作用からますます重視されつつあるが、解決の待たれる一連の問題もある。第一に、その天然生産量は比較的低く、抽出・純化技術は複雑だが、抗がんペプチドの人工合成はコストが高すぎ、商業化の大規模生産には向かない。DNA組み換え技術を利用し、組み換えDNAを通じて産出された工学菌を通じて、さまざまな生物活性ポリペプチドを大量かつ効率的に合成することができる[38]。第二に、血清中での半減期が短く活性が弱いという問題を解決する必要がある。このためには血清中での半減期を延長することのできる類似物を見つけて初めて臨床治療に用いることができる。第三に、既存の研究は、これが正常細胞にほとんど細胞毒性がないことを示しているが、薬物や食品添加剤として用いるには、さらなる薬理や毒理の研究が必要となる。第四に、抗がんペプチドは通常、一種の短鎖ペプチドであり、体内で容易に分解される。われわれの現在の研究での生物の発現系統を通じた抗がんペプチドの発現と純化、または抗がんペプチドの体内での発現は、上述の問題を解決できるものとなる。このほか抗がんペプチドの化学的修飾、標的性の向上や安定性の増強、毒性の引き下げ、抗がん作用の十分な発揮は、応用の見通しを備えた抗がんペプチド薬物の開発研究の重要な方向となる。

 がんは毎年、数百万人の命を奪っている。がん治療の伝統的な手段である化学療法には、選択性が低い、毒性副作用が大きい、多剤耐性を備えるなどの欠陥があった。伝統的な化学療法剤と比べると、ポリペプチドは抗がん化合物として選択性の高さや毒性の低さなどの特徴がある[39]。抗がんペプチドを修飾し、伝統的な薬物と組み合わせることで、抗がんペプチドの作用をより良く発揮することができる。これは抗がんペプチド発展の重要な方向の一つとなる。遺伝子工学や分離工学などの技術の発展に伴い、原核や真核を通じて抗がんペプチドを大量に生産できることがわかった。これは今後の抗がんペプチド薬物の工業化生産を可能とするものだ。生理活性ペプチドの研究が深まる中、われわれは将来、現在の技術の不足を克服し、がんの特異的で効率的な抑制の可能な生理活性ペプチドを開発し、がん臨床の予防と治療に用いることができるだろう[40]。ペプチド類薬物は将来、がん治療の有望な新興薬物の一つとなる見通しだ。

(おわり)

参考文献

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※本稿は岳碩豪,田弛,胡元昭,張軍林「抗癌肽研究進展」(『生物技術通報』2017年第33卷第11期、pp.41-47)を『生物技術通報』編集部の許可を得て日本語訳/転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司