第143号
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スマートEVメーカー・蔚来汽車CEOが語る「新興メーカーの未来」

2018年8月20日 劉珊珊/神部明果(翻訳)

 スマートカーやEVなどのコンセプトとともに、新興メーカーが林立する中国自動車業界。その中でもっとも注目を集めるのが、強力な資金調達力とハイエンドEVで話題の蔚来汽車だ。今回は、CEOを務める李斌氏に、自社を含めた新興勢力と自動車市場の先行きを語ってもらった。

 どの業界にもキーパーソンが一人いるとすれば、新興自動車メーカーのキーパーソンは、間違いなく蔚来汽車(NIO)の創業者兼CEO・李斌(リー・ビン)だろう。

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写真1 李斌。写真/本人提供

 2014年11月の蔚来汽車創業の際は、京東の劉強東(リウ・チアンドン)、東和家(CHJ Automotive)の李想(リー・シアン)、テンセント、シャオミの雷軍(レイ・ジュン)が董事長を務める順為資本、高瓴資本(Hillhouse Capital)などから強力な支援を受けた。今回のCEO就任は、20年余にわたる彼の起業人生のなかで、4度目となる。もちろん、以前から彼は、易車、モバイク、易鑫、さらに嘀嗒出行などを含む巨大な「モビリティ帝国」を築いてきた。だが、彼がもっとも力を注ぎ、自動車業界でも注目されている企業と言えば、やはり蔚来汽車だろう。56の出資者がバックに控えるこの新興EVメーカーは、産声を上げた瞬間から自動車業界の寵児となり、注目と話題を一手に集めてきた。

 モビリティの世界での豊かな経験と成功により、「モビリティ界のゴッドファーザー」とも言われる李斌だが、本人はそう呼ばれることをよしとしない。「冷酷無情で策を張り巡らすのがゴッドファーザー。僕とは全然違う。それに、手がけた事業すべてを合わせても滴滴出行には敵わない。ゴッドファーザーになんてなれないよ」。笑いながらそう言うと、将来の自動車市場についての考えを聞かせてくれた。

ユーザー本位のクルマ企業をつくりたい

 「『モビリティ界のゴッドファーザー』というあだ名を僕につけたのはある小さなメディア。取材もされなかった記事なのに、ここまで広がったのは予想外」

 ここ十数年は、モビリティ関連分野に注力するとともに、モビリティ・プラットフォーム(中古車EC大手の優信や、配車サービスの首汽約車・嘀嗒出行など)への投資もおこなってきた。

 それらのなかで、彼が最も力を入れているのが蔚来汽車だ。「やはり蔚来が最難関」と語る。「一般の自動車メーカーと比べ、蔚来はユーザーに直接向き合っているので、かなり大きなシステムを構築している。ユーザーが直接僕にクレームを送ることもできる」「ただ単にクルマが作りたいわけじゃない。ユーザー本位の企業をつくりたい。つまり、企業経営じゃなく、ユーザーコミュニティの運営だね。これはまったく未知の分野」

 昨年12月には、新型EV「ES8」が発売された。予約台数は明かしてくれなかったが、「注文は非常に好調」だという。

 だが、販売の見通しや初回の納車時期が明らかになっていないためだろう、メディアでは蔚来と江淮汽車の提携解消のニュースが何度も見出しを飾り、李斌にとっても、それがいちばん多く投げかけられる質問になった。

 江淮汽車は5月9日、蔚来との提携による初のモデル・ES8の生産が計画通りに進んでいることを発表、さらに重要な点として、「両社はさらなる提携関係の深化を望んでおり、事前の協議を通じ、二期モデルのES6でも引き続き提携し、わが社が製造に責任を負う」ことを明らかにし、それまでの噂を否定した。

 江淮は蔚来のために工場を新設してくれた、その点からも提携解消はありえない、と李斌は言う。「江淮とはしっかりタッグを組んでいる。李克強総理が提唱する『インターネットプラス』の最良の形が僕たちの提携だ。新しい考えと従来の高度な技術が補い合っている」

 提携と並行し、蔚来は自社工場の建設と生産資格取得に関する準備も積極的に進めている。「すべて国の規定に沿って進めている。上海の第二工場の建設も進行中。現在は、国の生産資格審査の再開を待っているところ」

 中国の新エネルギー車(NEV)の生産資格審査は、この一年ほど停止されている。それ以前に15社が資格を取得したが、新興メーカーのほとんどは審査で落とされた。「大量の資金を投じて研究開発をおこない、市場に認められ、かつ革新的なビジネスモデルがある。そういう企業に国はチャンスを与えるべき」というのが彼の考えだ。「いまは資格が得られるよう、国にアピールしている。蔚来のEVはすでに売られているからね」

中国のスマートEV市場の可能性に賭ける

 4月に開催された北京国際自動車ショーで、蔚来のブースはアウディと隣り合わせになった。昨年の上海国際自動車ショーで隣だったのはBMWだ。

 同じ舞台に立ったとはいえ、アウディやBMWとの間に歴然たる差があることは、李斌もよくわかっている。アウディの昨年の営業収入は600億ユーロ、税引前利益は前年比57%増の47億ユーロ、税引後利益は同68.4%増の34億ユーロに達する。さらに、BMWの営業収入は1兆ユーロ近く、税引前利益は初めて100億ユーロを突破し、ともに新記録を打ち立てた。これに対し、後発の蔚来は、いまだ「莫大な資金注入」段階だ。

 だが、それをもってして蔚来の先行きを否定する根拠にはなり得ない。数多い新興メーカーの中で、蔚来には最多となる56の出資者がついている。「資金は新興メーカー創業者にとっての命綱」。蔚来もまず知り合いの輪を広げ、投資家を獲得していった。それは李斌も認めるところだ。「クルマづくりには十分すぎるほどの資金がいる。僕たちが造ろうとしているハイエンドEVならなおさら必要」

 「なぜクルマの会社をやりたかったかというと、勝者がすべてを独占する市場じゃないから」。ターゲットとなる顧客群を見きわめ、質の良いサービスを提供すること、自動車企業にとってそれが重要だと彼は考えている。1車種が年間50万~60万台売れれば「神車」と呼べるが、市場全体の販売段数からすればわずか2%。つまり、「神車」だけで市場が構成されていたとしても、50車種が存在する。そう考えると、1車種で年間10万台売れれば、すでに十分な販売台数といえる。これは、中国の自動車市場が巨大な可能性を秘めていることの証左でもあるが、それこそ、李斌が狙うものだ。

 台頭著しい新興自動車メーカーを従来の自動車メーカーは「ほらばかり吹いている」と攻撃する。だが、数年前の市場の急速な拡大期に登場した吉利汽車、長城汽車、BYDも、当時は「新興勢力」とされていた。そしていま、スマート化・電動化の波が到来し、資金が流入、技術上のブレークスルーも続々と起きている。これらすべてが「新興勢力」誕生の契機になっている。

 「こんなに多くの新しい企業が登場しているのには理由がある。こうした企業は、従来の自動車メーカーと比べ、チャレンジを恐れないんだ」と語る。「10年後には、自動車と言えばガソリン車じゃなく、スマートEVを思い浮かべるのかもしれないね」

 自動車業界はいま、変革のただなかにある。スマートカーは今後、インフラやデータ、ユースシーンにおいて、よりローカライズ(現地化)が進むだろう。それゆえ、「スマートEVでの中国企業のチャンスもより大きくなるはず」。昨年の自動車販売台数2900万台のうち、中国ブランドは44 %を占めた。10年後にはこの比率が少なく見積もっても3分の2になるだろう、と彼は言う。「起業家、そして投資家としては、新しいものの未来を信じたい。それを証明してくれるのは、時間だけなんだけどね」

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写真2 4月に開催された北京国際自動車ショーの蔚来汽車のブース。写真はEVスーパーカー「NIO ep9」。撮影/中国新聞社 曹侃


※本稿は『月刊中国ニュース』2018年9月号(Vol.79)より転載したものである。