第143号
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ブロックチェーンからAI、自動運転まで「雄安新区」の創新型都市構想

2018年8月30日 閔傑(『中国新聞週刊』記者)/脇屋克仁(翻訳)

 雄安新区には、自動運転車両の路上試験走行を実施した百度はもちろん、アリババ、テンセント、京東などのネット界の巨人が次世代最新技術の実用化を目指し、続 々進出している。世界に冠たるデジタルシティを目指す新区の現状を「テクノロジー」を切り口にレポートする。

 『高端(ハイエンド)』は産業構造から、『高新(ハイテク)』はイノベーションという観点から雄安を定義したものと理解している」。つまり、雄安が「高新」発展を目指すという際にこだわるのは、あ る産業にどれだけハイテク要素があるか、どれだけイノベーティブかということだ。雄安新区管理委員会改革発展局の責任者(以下、改発局責任者)はそう語る。

 公表された「河北雄安新区計画要綱」(以下、「計画要綱」)でも「科学技術水準で世界トップを目指し、国の戦略に寄与する」「イノベーションに関わる要素・リソースを積極的に取り込む」「 優位性を発揮して『高端高新』産業を誘致する」「軍民融合を進める」と、新区の産業を位置づけている。重点分野としてあげられているのは、「New IT」、現代生命科学、新素材、ハイエンドサービス業などだ。 

 元中央政治局常務委員で国務院副総理も務めた張高麗(チャン・カオリー)京津冀協同発展指導小組組長は昨年の取材で、「習近平総書記が強調しているのは、雄安新区を『工業団地』にしてはならない、従 来型の製造業や不動産業がメインの産業集積区など論外、イノベーションに全力投入し、改革の先頭を走らなければならない、ということだ」と、雄安の未来を国家意志の側から説明している。

 具体的には、「『創新駆動』戦略を軸に、イノベーションがイノベーションを生むような制度・環境を整え、『高端高新(ハイエンド&ハイテク)』産業を集結させる。最 先端技術の実用化がここから始まるような、総合的な改革試験区を打ち立てていく」(張組長)ことになる。

 この戦略にマッチした企業が先を争うように、すでに続々と雄安に「上陸」している。昨年9月28日の新区管理委員会の発表によると、第一陣として同地に拠点を置いた企業は新区設立決定から半年で48社。ア リババ、テンセント、百度などがそこに含まれている。

 上記48社はいずれもIT、金融、サービスなどの分野で最先端をいく「高端高新」企業。中央企業19社、民営企業は21社で、大部分が北京や深圳に本社を置いている。ここからも、雄 安の描く産業絵図がみてとれる。

 「ITが雄安のコア産業になるだろう。ソフトウェア産業は裾野が非常に広いし、人工知能(AI)も欠かせない存在になる。ソフトメーカーであれ、チップメーカーであれ、大歓迎だ」。改 発局責任者はこう話し、雄安はさまざまな分野の企業がそろった産業チェーン構築を目指す、と解説する。

 他方、汚染やエネルギー浪費の高い企業は排除される方向だ。たとえば自動車メーカーの場合、研究開発部門は同区に進出できるかもしれないが、製造部門は拠点を置けない可能性がある。一 般的な製造業は新区の位置づけにマッチしない、と改発局責任者も明言している。

 産業の空間的配置も考え抜かれたものになっている。「起歩区(スタートエリア)」で際立っているのは、「受け入れ」と「最先端」という2つのキーワードだ。「北京市の首都機能緩和のため、本社機能、金 融機関、高等教育機関、研究機関などを重点的に受け入れる。一方で、AI、情報セキュリティ、量子技術、スーパーコンピューターなど最先端技術産業の一大集積地を目指し、国家医療センターも建設する」(「 計画要綱」)

 「起歩区」と分業協力関係にあるのが5つの周辺クラスターだ。さらに、その周辺は、それぞれに特色のある小都市で構成される。

 なかでも、北部小都市に配置される軍民融合産業は、将来的に雄安の「売り」になるとみられている。先進諸国の例をひくまでもなく、軍民融合は、経 済成長の質的転換や構造改革促進に資するところが大きいからだ。

 「雄安は将来、軍民融合の分野で国家戦略を具現化させなければならない」(改発局責任者)。同区では、関連研究機関と企業との広範囲にわたる接触が進んでおり、ハ イテク要素を多分に含んだ軍民融合プロジェクトもまもなく始まる。

 「必要としているのは、軍備のスマート化・近代化に不可欠な技術をもつ企業。一方、それらの企業にとっても、『研究開発は主都に近い雄安で、製造は別の地方で』という分業・協業体制構築が可能になる。こ れが雄安の強みだ」(改発局責任者)

ブロックチェーンを土台に都市システムを構築

 「アリババ集団の経営パートナーである彭翼捷(ポン・イージエ)アントフィナンシャル副総裁一行が雄安を訪れ、ブロックチェーン構築プランについて説明」。昨年10月15日、雄 安新区管理委員会の微信公式アカウント「雄安発布」が、1本の情報を発した。

 新区とブロックチェーン。いったい何が起きているのか、理解できた者は多くない。

 昨年来、全世界で注目されるようになったブロックチェーンだが、いまだ「ビットコインの技術的基盤」との理解に留まっている人がほとんどだ。

 ブロックチェーンの本質は分散型システムにある。これにより、参加者の合意形成によるまったく新たな信用システム構築が可能になる。

 「重要データが改ざん不可能なブロックチェーン上に保存されるため、従来の保存方法と比べ、公平性や透明性、データの信用性が保証される。これが最大の長所」

 アントフィナンシャル戦略部のシニアスペシャリストであり、早くから雄安のプロジェクトに携わる張亜男(チャン・ヤーナン)氏は、雄安にとっての意義もこの点にあると語る。都 市全体に関わる重要データや個人情報がブロックチェーン上に存在することで、ハイレベルな信用社会構築が可能になるだけでなく、社会のリソース配分やガバナンス面でも、公平性や透明性を大幅に高めることができる。 

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写真1:雄安新区では、アントフィナンシャルを中心に、ブロックチェーン技術を応用した都市管理なども模索されている(イラストはイメージ)。 

 アリババは、雄安「上陸」の最前線を走るグループのひとつだ。現在、アントフィナンシャルをはじめとする傘下の各企業が、雄安進出プロジェクトグループを立ち上げている。

 昨年7月には、馬雲(マー・ユン)氏自らが上海でのシンポジウムに参加、新区とアリババの協力について活発な議論がなされた。

 11月には新区とアリババ、アントフィナンシャルが戦略協力協定に調印、新区建設と運用のプロセスに、クラウドコンピューティング、IoT、AI、ブロックチェーン、ス マート金融などの技術を全面的に採用することが発表された。

 「新区関係者と話をするなかで、多くのコンセンサスが得られた。結果、協力プロセスはトントン拍子に進んだ」。張氏によれば、雄安側は新区設立当初から科学技術に重要な役割を担ってほしいと思っており、ブ ロックチェーンはその中でも欠かせない技術だと考えていたという。雄安でブロックチェーン技術をどう実用化するか、これが現在の重要テーマになっている。冒頭でも触れた昨年10月の雄安側との会談では、ア ントフィナンシャルが一連のブロックチェーン構築プランを提起している。暮らし、行政、ビジネスの3大分野すべてにブロックチェーン技術を応用する、というものだ。

 「まず、不動産賃貸取引の分野で試験的に運用する見込み」(張亜男氏)。すでに取引管理プラットフォームや、そのベースとなるブロックチェーンの一部が完成しているという。

 将来的にブロックチェーンの応用範囲は、都市のマネジメントや社会全体のガバナンスにまで広がっていくことが予想される。昨年9月に「雄安発布」が発した情報のなかに、目を引くものがあった。雄安は、行 政に対する全方位的な管理監督を実現することになる、というのだ。プロジェクト入札などの政策決定を、過程まで含めて逐一データ化して残し、問題が起これば、そのデータを証拠として用いるのだという。

 アントフィナンシャルは多岐にわたる自社の技術力のすべてを新区建設プランに注ぎ込むつもりだ、と張氏は語る。「ブロックチェーンしかり、金融クラウドしかり、信用・生体認証・スマート金融・リ スクマネジメントなどもしかりだ。これらの技術が新区全体を網羅し、至るところで運用されるようになるだろう」

 雄安側との折衝において、プロジェクトオンリー、ビジネスオンリーは禁物だ。そんな姿勢では、企業は将来居場所を失うことになる。馬雲氏は、この点で一点の曇りもなかった。「 雄安でビジネスをするのがアリババの初志ではない。最先端の技術とイノベーション資源を提供し、未来型都市の、そして中国独自のモデルを雄安に打ち立てること。それがわれわれの目標だ」

AIを軸に据えた産業の集積地を目指す

 上海といえば金融、深圳といえばITというように、ひとつの都市には、その産業的特色を端的に表すキーワードがある。雄安の場合、おそらくそれはAIになるだろう。

 産業分野について「計画要綱」はこう述べている。「次世代AIのオープンイノベーション・プラットフォームを構築し、無人システムやスマート技術のブレイクスルーに尽力する。開 放型のスマートカーモデル地区をつくり、無人システムの実用化および関連産業の発展に道を切り開く」

 こうして現実のものになりつつある、都市でのAIの運用。その目指すところは、世界の最先端を走るデジタルシティの建設だ。「計画要綱」には次のように明記されている。「デジタルシティの計画・建設は、現 実の都市計画・都市建設と常に歩調を合わせなければならない。全域でのスマートサービス運用をリアルタイムでコントロールできるよう、先んじてスマートインフラを整備する。ビ ッグデータによる資産管理システムを完備し、高度な最適化能力を備えた、世界最先端のデジタルシティを創出する」

 エネルギー、交通、物流から情報管理、医療福祉まで――都市機能のすべてが「スマート」プラットフォーム上で運用される日が、将来訪れるだろう。壮大な「スマートコミュニティー」の誕生だ。

 それ以外にも、生活のさまざまなシーンへのAIの応用が考えられる。その最たるものが、スマート交通だ。

 とりわけ、車両や鉄道などの移動手段の自動化・スマート化、ニーズによってカスタムが可能な公共交通システム、「路線を生成する」スマートシステムなど、需要に動的に呼応するシステムの導入・普 及が進むだろう。目指すところは、スマート運転(自動運転)、そしてスマート物流システムの構築だ。

 スマート交通と自動運転の実用化という点で、雄安ほど取り組みが進んでいる都市は中国国内でほかにない。世界を見渡しても、ここまで進んでいる都市はごくわずかだ。AI技術を「財産」に している多くの企業にとって、雄安はまたとない本領発揮の舞台になっている。

 「AI産業の発展に取り組む地方都市は多い。しかし、雄安でのわれわれの取り組みは、間違いなく先頭を走っている」。改発局責任者はそう自負する。

 AIおよび自動運転技術の分野をリードしている百度は、この間、雄安と緊密なつながりを保っている。

 百度の自動運転車両がはじめて路上での試験走行を実施した昨年12月20日当日、同社と雄安新区管理委員会は戦略提携協定を締結、「双方の強みを活かし、AIシティ、ス マートシティの新モデルを雄安に建設する」と発表した。自動運転技術を柱とするハイテク産業モデル地区の建設など、雄安側の期待の大きさが窺える。

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写真2:昨年12月20日、百度のApollo搭載の自動運転車両7台が、雄安新区で有人の路上試験走行をおこなった。写真/視覚中国

 また、今年1月11日にも、自動運転とスマート交通システムの実用化にむけた本格的な議論が両者間でなされた。

 「『Apollo』プラットフォーム(自動車業界や自動運転技術の提携パートナーに百度が無料で提供しているオープンプラットフォーム)と都市、とりわけ雄安のような都市をどう結合させるか、百 度の関心は、いまその点に集中している」(百度自動運転チーム責任者)

 技術レベルでみれば、自動運転はまだアジャイル開発プロセスのさなかにあり、大規模商用化を可能にするようなレベルには至っていない。昨年10月の発表では、百度は提携パートナーの協力のもと、「 Apollo」計画に依拠しつつ、来年前後にレベル3(条件つき自動運転、緊急時にはドライバーが必要)、2021年前後にレベル4(高度な自動運転)の自動運転車両の量産化を実現する、としている。

 いずれにせよ、自動運転技術の探求は、雄安のような「未来型都市」にとって、計り知れない意義を持っている。

 百度自動運転チームの責任者は、完全なスマート交通モデルのもとでは渋滞解消や事故防止が格段に進み、都市の交通インフラ全体がスマート化されると語る。

 「スマート交通システムの発展の趨勢について、産官学のコンセンサスはすでに固まっている。道のりは決して平たんではないが、スマート交通・自動運転という方向性は鮮明だ」(改発局責任者)。こ れほどの歴史的なイノベーションに対して手をこまねいて見ていることなどありえない、世界をリードする気概で取り組むのが当然――これが雄安の意思だ。

最高の企業や人材誘致を通じ世界一流の都市を目指す

 百度、アリババ、テンセントのBAT、さらに京東、奇虎360など、ネット界の巨頭たちはいま、そろって新区建設に参入している。武器はAI、フィンテック、IoT、ビッグデータなど、そ れぞれが強みとする技術だ。新区の建設に、自分たちの事業やこれまでの経験を組み込みたいという思いがある。

 「雄安新区におけるこれら大企業の位置づけはローカルに限定されるものではない。多くの分野で国内第一を実現することだけが雄安の眼目ではないからだ。わ れわれは専門的知識を有する優秀な人材確保にも取り組んでいる。世界中からそうした人材を引き寄せる、つまり人材政策の点でも世界をリードしていきたい」(改発局責任者)。この発言は、企 業の本部機能を雄安に移転させよ、ということを意味するものではない。だが、雄安での事業展開は、国際的な競争優位を備えたものであらねばならない、ということは確かだろう。

 「計画要綱」では、科学技術のイノベーション・プラットフォーム、科学技術の教育インフラ、イノベーションサービスシステムの3つで世界一流を目指すとしている。

 端的に言えば、雄安を国際的なイノベーション資源の集積地にする、ということだ。

 「イノベーション型リーディングカンパニーには文字通りリーダー役として、産業チェーン下流の中小企業とも協力し、オンライン・オ フラインを融合させたイノベーティブなサービスシステム構築に力を発揮してもらいたい。また、科学技術分野で優れた中小企業を早急に育成し、産 業チェーン全体から新たなベンチャー企業が生まれるしくみをつくりたい」。改発局責任者はそう語る。

 「産業戦略上、当面の重点は企業・産業の集積を急ぎ実現させること。長期的には、それらを強く、優れたものにしていく。雄安では、本部機能や関連投資が集中する『本部経済』を発展させていく。そのため、大 企業、とりわけ世界のトップ500社を確実に迎え入れたい」

 ただし、中央の国有企業がいきなり本部機能移転ということにはならず、当面は新事業の拠点を置くのみになるだろう、と同責任者はみる。「しかし、潜在力を秘めた新事業拠点が、最 終的に本部になる可能性はある」

 もちろん、大企業だけではなく中小ベンチャー企業も雄安は歓迎している。大企業だけで新区の将来を描くことは不可能だからだ。「将来的には、さまざまな創新・創業プラットフォームが、こ こ雄安新区にそろっているだろう」


※本稿は『月刊中国ニュース』2018年9月号(Vol.79)より転載したものである。