第144号
トップ  > 科学技術トピック>  第144号 >  「抗がん剤ゼロ関税」後の課題 審査の迅速化と医療サービスの開放

「抗がん剤ゼロ関税」後の課題 審査の迅速化と医療サービスの開放

2018年9月13日 銭煒(『中国新聞週刊』記者)/神部明果(翻訳)

今年の5月1日から、抗がん剤の「ゼロ関税化」が実現した中国。だが、それだけですべての問題が解決するわけではない。実際に服用できるまでの時間の短縮、さらに医療サービスの向上があってこそ、「国民に恩恵をもたらす医療」が実現できるのだ。

 中国では毎年、肺がん患者の3~5%にあたる2万~4万人が、ALK陽性非小細胞肺がんに罹患している。割合としては高くないものの、中国で最も発症率の高い悪性腫瘍が肺がんであることを考えれば相当な数だ。罹患数としては、中国の慢性骨髄性白血病の患者数に相当する。

 現在、中国のALK陽性非小細胞肺がん患者は、第1世代の分子標的薬であるクリゾチニブ(商品名「ザーコリ」)しか服用できない。この薬の有効率は6~7割だが、大部分の患者は服用から1年前後で耐性が現れ、薬が効かなくなる。だが、アメリカでは、2014年から第2世代となる3種のALK阻害薬が上市しており、クリゾチニブに耐性をもつ患者に使用可能だ。最新のデータでは、第2世代ALK阻害薬であるアレクチニブ(商品名「アレセンサ」)を1次治療で使用したALK陽性非小細胞肺がん患者の無増悪生存期間(治療中にがんが進行せず、状態が安定した期間)の統計上の中央値は、クリゾニチブ(10・9カ月)の3倍以上の34.8カ月に達した。つまり、末期のALK陽性非小細胞肺がん患者がアレクチニブを服用した場合、生存期間を3年近く延長できる可能性があるということだ。

 今年1月、国家食品薬品監督管理総局に対し、アレクチニブ上市の承認申請が提出された。これまでなら、中国のALK陽性非小細胞肺がん患者がこの新薬を服用したいと思っても何年も待たねばならず、たとえ服用するにしても、薬価は高額だった。しかし、最近おこなわれた一連の改革により、患者たちが新薬を可能なかぎり早く服用できる道筋が見えてきた。

 4月12日の国務院常務会議では、李克強総理が抗がん剤を含むすべての普通薬品、抗がん作用のあるアルカロイド系医薬品、輸入実績のある漢方製剤の輸入関税を5月1日からゼロに引き下げ、輸入するすべての抗がん剤で「ゼロ関税」を実施することを決定した。

海外の新薬導入の「障害」をひとつひとつクリア

 中国では長らく、海外で研究開発された最新の医薬品が服用できず、輸入されたとしても高価なうえ、そのほとんどが保険適用外だった。メディカルツーリズムを手がける「盛諾一家」のデータによれば、昨年までに中国で上市された分子標的薬は、全体のわずか29%だったという。現在、国内のがん患者の多くが服用している抗がん剤、特に分子標的薬の大部分は、高額な輸入薬だ。一般家庭にとって受け入れられる価格ではなく、治療費がもとで貧困に陥るケースすらみられる。悪性腫瘍の治療にかかる費用は平均でも15万~50万元に達するうえ、医療保険適用外の薬品が9割に達している、との統計も過去にはあった。

 中国では、新薬に手厚い特許保護制度があるため、ジェネリック医薬品のレベルは低い。新薬上市前の研究開発件数と上市件数を比較してみると、中国はその比率がまだ低く、創薬による貢献率は世界の約4%を占めるにすぎない。貢献率が5割を超え、世界トップに君臨するアメリカや、それに続くイギリス・ドイツ・日本などからは、かなり遅れをとっている状態だ。

 中国外商投資企業協会医薬品研究開発委員会(RDPAC)が一昨年実施したある調査では、中国企業が研究開発した新薬を世界の医薬品先進国のものと比較した場合、薬品の革新性という点で依然開きがあり、独自性に欠けるとの結果が出た。研究開発能力に限って言えば、中国で現在上市されている、あるいは開発中の新薬の大多数は既知のターゲット(標的)と作用機序を「漸進的に開発」したものだという。これに対し、アメリカで2012~2014年に承認された66の「新規の分子実体(真正の新薬)」のうち、半数近くは新たなターゲットや技術基盤に基づいた画期的なものだ。

 欧米など先進国の製薬会社が製造する新薬は、中国では「原研薬」と呼ばれ、中国国内の製薬会社が製造する新薬とは区別される。「原研薬」は分子式や作用機序、いずれもが画期的なものだ。中国は医薬品の研究開発で長らく遅れをとってきたため、欧米の「原研薬」は治療薬分野の多くで優位を占めてきた。とはいえ、そうした新薬の開発は容易ではない。中国が海外の製薬会社に追いつこうと思っても、現実には厳しい。RDPACのデータによれば、1975年からの30年だけで、新薬の研究開発コストは10倍に膨れあがっている。2005年にはひとつの新薬の研究開発に13億ドルのコストと10~15年の研究開発期間が必要になっているのだ。

 北京協和病院心臓内科の厳暁偉副主任は、「医薬品の研究開発はインターネット技術のような後発者優位がないため、いったん遅れをとると、短期間でのキャッチアップは難しい」と語る。そのため、大変な労力を払って新薬を自主開発するより、海外の新薬の輸入を進め、それらに医療保険を適用するほうが、患者の立場からすれば短期的には実益にかなう。医薬品と医療機器の市場拡大と開放は国にも人民にもメリットがあるし、支持もされるからだ。もちろん、長期的には、ますます多くの国内製薬会社が先発薬の開発に乗り出し、海外の企業との差を徐々に縮めていくことになるのは必然だろう。

 しかしながら、輸入医薬品の中国市場への参入は、これまでも決して容易ではなかった。それはなぜか。たとえばここに、臨床試験の第Ⅰ相から第Ⅲ相試験をクリアし、アメリカ食品医薬品局(FDA)の承認を受けて上市されたアメリカの新薬があるとしよう。もし製造元がこの新薬を他の国でも発売したい場合は、販売する国の医薬品管理機関の承認を得なければならない。だが、政策や法規は各国で異なるため、アメリカ以外の国の患者は、新薬を服用できるまでに何年も待たされる可能性がある。

 こうした問題の解決のため、アメリカとEUおよび日本によって1990年にブリュッセルで「医薬品規制調和国際会議」(ICH)が設立された。これは製薬会社や規制当局の専門家が協議を通じ、医薬品の研究開発や審査・承認・上市の国際的な統一ガイドラインを制定、新薬のグローバルな開発や使用の促値を図るものだ。その中でも核となるのが、医薬品の研究開発データの相互承認だ。

 だが、中国はこれまで長らくICHに加盟しておらず、新薬の審査・承認制度も国際的な基準に沿うものではなかった。海外の新薬が中国市場に参入する場合は、新たに臨床試験をおこなう必要があった。加えて、中国の審査・承認制度は非効率だったため、中国の患者は他国より4~8年遅れでようやく新薬を服用できるという状態だった。

 昨年6月19日、国家食品薬品監督管理総局がICHに正式加盟したことは、業界の大きなニュースになった。だが、業界内のある専門家は、「中国が本当の意味で医薬品の臨床試験データの相互承認を実現するまでには、まだまだ時間がかかる」と語る。

 国家食品薬品監督管理局は2015年7月22日から、開発中の医薬品に対する臨床試験データの照合査察を開始した。この査察を通じ、多くの臨床試験データで不正確な使用や改ざんが明るみになり、申請の8割以上が自主撤回または却下され、数十億元の研究開発投資が無駄になった。この「7・22査察」は国際的な基準に合わせるためにおこなわれたものだったのだ。

 同局は、医薬品の審査・承認段階でも大鉈を振るっている。中国の医薬品監督管理体系の構築は遅く、幾度かの機構改革を経て、ようやく2013年に国家食品薬品監督管理局が設立された。同局は2015年8月に医薬品審査・承認制度の改革を始め、それにともない、一連の新たな政策・規定を公表した。米FDAの医薬品審査センターには5000名を超える職員がいるが、中国の審査センターの職員は過去十数年間、幹部から審査スタッフまで合わせても、わずか120人だった。昨年、ようやくその数が500名にまで増えたことと一連の改革により、審査に要する時間は大幅に短縮され、上市申請が滞っていた状況も目に見えて改善されている。

 審査期間に関するRDPACの統計をみると、2015年10月以降、臨床試験申請と上市申請の初回待ち時間と承認までの全所要期間は2014年を大幅に下回っている。輸入薬の臨床試験申請承認までは平均で2カ月、上市申請の承認までは平均11カ月も短縮している。

参考写真 オートメーション化された病院の調剤室。写真/視覚中国

医療サービスの対外開放を国内医療改革の「圧力」に

 2013年に『ニューヨーク・タイムズ』中国語版サイトに掲載された記事によると、中国政府は1989年から外国の医師の中国での就業を認めており、一部地域では外資との合弁・合作による病院設立や、外資による病院への投資も試みられている。過去には、1993~1995年と2002~2005年の期間に「許可証発行ラッシュ」がみられ、約200件の合弁・合作病院の経営許可書が出されたこともある(診療所などの医療サービス機関を除く)。

 商務部が2008年に作成した「中国サービス貿易発展レポート」によれば、中国政府は200を超える合弁・合作による医療機関を審査・承認し、うち65の医療機関が登記を終え、運営している。だが、業界関係者によれば、それらのほとんどが採算の取れていない状態だという。

 香港艾力彼医院管理研究センターの荘一強(チュアン・イーチアン)主任は、「中国国内の公立病院や民営病院と比べ、外資系病院はその数・規模・収益性、どれをとっても見劣りする」と言う。「私個人の概算では、海外で登記した中国大陸資本の企業が中国国内で開設した病院を除くと、香港・マカオ・台湾からの投資による病院の数は20に満たない。それ以外の外資系病院も、やはり20に満たない」。中国の医療体制などの要因で、外資系病院は十分な数の腕の良い医師を引きつけるのが難しい。また、外資系病院の治療費は高く、医療保険の対象外になっている。こうしたことも病院の発展を妨げている。

 2014年7月、国家衛生計画生育委員会と商務部は「外資単独出資による医院設立の試行業務実施に関する通知」を公布した。北京市・天津市・上海市・江蘇省・福建省・広東省・海南省で、海外投資家の単独出資による病院の新設あるいは買収を認めるものだ。この後、ドイツのアルテメッドグループが上海自由貿易試験区に設立した阿特蒙医院が、中国国内初の外資単独出資の医療機関となった。

 しかし、あるデータによれば、中国の医療衛生分野への外資の直接投資は、ここ数年ほとんど変化がない。直接投資全体に占める割合は、昨年時点でわずか0.3%だった。一方、中国の医療保険と社会福祉関連の支出は、2015年だけで20%近く増加している。これは、中国の富裕層がより良い医療サービスを求めてアメリカやオーストラリアなどの病院へ向かっており、その数も年々増加していることを示すものだ。

 前出のメディカルツーリズムを手掛ける「盛諾一家」の董事長・蔡強氏は「中国に輸入される医薬品は年々増えているが、それがわが社の業務に影響を与えることはない」と言い、その理由を続ける。「わが社を通じて海外の病院に行く患者は、新薬が目当てではなく、総合的な医療サービスを求めているからだ」

 社会科学院公共政策研究センターの賀濱(フー・ビン)特約研究員は、外資を招致して中国国内で病院経営をさせたいなら、マクロレベルの指導文書だけではなく、実施可能な関連規則の制定が必要で、それに対応する国内制度の改革も欠かせない、と指摘する。「医療分野で中国に最も欠けているのは、対外的な市場開放ではなく、実のところ、業界内部の開放。医療の開放が一般市民に恩恵をもたらすことはもちろんだが、国内医療改革の深化が難航している現在、対外開放の圧力を利用して、中国国内の医療改革を迫ることにこそ意義があるし、ぜひそうなってほしいと願っている」


※本稿は『月刊中国ニュース』2018年10月号(Vol.80)より転載したものである。