第145号
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中国製造2025に向けて動く阿里巴巴(Alibaba)の新製造

2018年10月15日

山谷剛史

山谷 剛史(やまや たけし):ライター

略歴

1976年生まれ。東京都出身、42歳。東京電機大学卒業後、SEとなるも、2002年より、中国では雲南省昆明市を拠点とし、中国のIT事情(製品・WEBサービス・海賊版問題・独自技術・ネット検閲・コ ンテンツなど)をテーマに執筆する。日本のIT系メディア、経済系メディア、トレンド系メディアなどで連載記事や単発記事を執筆。著書に「中国のインターネット史: ワールドワイドウェブからの独立( 星海社新書)」「新しい中国人 ネットで団結する若者たち(ソフトバンク新書)」など。

 阿里巴巴(Alibaba)の会長の馬雲(ジャック・マー)氏は、9月に杭州で開催された同社のクラウド製品「阿里雲(アリババクラウド)」に関する開発者向けのイベント「2018杭州云栖大会」においてキースピーチで登壇し、その中で新制造(新製造。便宜上、以下「新製造」とする)について触れた。この新製造に関する発言について多くの中国メディアが紹介した。

写真1 アリババクラウドIoT

 この新製造とは「スマート製造」とのこと。すなわち、自動化された工場の機器や設備それぞれをインターネットにアクセスできるようにする(IoT:モノのインターネット)ことで、生産効率を向上するというものだ。

 馬雲氏は2016年にも五新(5つの新)という言葉で提唱していた。五新とは、新零售、新製造、新金融、新技術、新能源(新エネルギー)のことであり、特に新零售、日本語でニューリテールといわれるそれは、販売とネットテクノロジーと物流を組み合わせた新しい販売形態として、無人販売店や阿里巴巴のスーパー「盒馬鮮生(フーマ鮮生)」で話題となった。この五新のうち、新製造だけはまだ進んでいないと馬雲氏は語り、来る未来に備えて普及すべきだと力強く語った。

 馬雲氏は具体的に新製造についてこう語っている。「新製造は、伝統的な単一的な生産とは異なり、製造業とサービス業を融合させたもので、伝統的な生産形態にスマートテクノロジーを融合したものとなる。多くの中小企業の研究開発や生産プロセスが自動化される」としている。例えば自分のサイズや趣向に合わせたオーダーメイドの服が簡単に作れる、そんなものづくりのありかたが10年後15年後にやってくるとしている。「中国の生産機器は90%以上がインターネットなどでつながってはおらず、スタンドアロンであり、これらがつながるようになり、生産ラインがつながり、スマート化されれば経済は発展する」とも指摘する。

写真2 アリババのイベントでスピーチする馬雲氏

 ここは筆者の雑感ではあるが、阿里巴巴グループの菜鳥(Cainiao)という物流企業では、既存の物流企業の状態をインターネットで逐次把握し、ビッグデータを活用し、その時々で最適なトラックや倉庫への分配を行い、中国物流業界全体の効率を向上させた。これと同じことを製造の現場でも行いたいのかもしれない。

 さて阿里巴巴の云栖大会では、同社とサードパーティー企業の製品を展示する大きな展示スペースが用意されている。そこでもスマート製造を実現する工業インターネットについての展示は入口に入ってすぐ目の前のところに展示されていた。前年(2017年)の同大会の展示に比べても、目立つ場所に工業向けのインターネットについての展示をするようになったのである。ここからも阿里巴巴の新製造へのプッシュを感じた。

 また阿里巴巴自身も新製造を実現するための工場のスマート化を進めている。まず淘宝網での販売者と生産者をつなぐ「淘工廠」というプラットフォームを用意している。これにより工場探しの手間が省ける。

 阿里巴巴は工場自体のスマート化も行う。現在までに中国全土の20工場をスマート化したとし、また2018年度内に200工場をスマート化していく予定だ。たとえば阿里巴巴が最初にスマート工場化改造を行った杭州点石服飾という工場では、2000㎡の敷地の工場で20数個のネットワークカメラを設置し、カメラから情報を得て、材料である生地がいつ入荷され、いつ加工されたのかがスマートにわかるようになった。また材料や生産ラインの状況から、逐一どこを活用するのが最適かをスマートフォンで把握できるようになった。生産が効率化されたが、その改造費用は5万元で済んだという。

 なぜ阿里巴巴が新製造をプッシュし始めたのか。

 実は前月の8月に、重慶でスマート製品に関する展示会の「第1回中国国際智能産業博覧会」が開催されている。新華網の報道によると、そこでも馬雲氏は新製造に関する重要性を説いていた。中国政府の科学技術部や工業和信息化部や中国科学院が主催するイベントで、馬雲氏が新製造を語るというのは、まさに中国でスマート製造をプッシュしていきたい、そのために馬雲氏から民衆に発言してほしいという狙いがあったと推測できる。

 中国政府は、製造業の高度化を目指した長期戦略「中国製造2025」と、様々な産業にインターネットテクノロジーを融合させる国務院による「積極推進"互聯網+"行動指導意見」を発表している。この上で2016年から2020年までの第十三次五か年計画でも産業のスマート化計画を発表している。またその五か年計画の中間地点となる今年は、2016年からはじまり2018年内を期限とした三か年計画の締めの年となる。

 スマート工場化をすすめることを含めた三か年計画「智能硬件産業創新発展専項行動(2016-2018)」については、スマートデバイス(ハードウェア)産業において、ハイエンド製品が中国国産技術で作れるようにすべく、法整備やエコシステム構築のほう助をするというもの。重点領域として、工業向けインターネット(中国語で「工業互聯網」)、スマートロボット、スマート医療が含まれる。各企業が競争するとともに、横がつながる業界団体を構築し、センサーなどのパーツからシステムまで開発能力を高め、一定の普及を目指すというもの。

 中国で話題となった新零售と異なるのは、新零售が阿里巴巴が提唱し政府が後からそれを支持したのに対し、新製造は政府による中国製造2025が先にありきで、そこに阿里巴巴が合わせたという点だ。阿里巴巴だけがスマート製造のキーとなる会社ではないが、スマート製造が普及するか否かについて、同社と馬雲氏のカリスマ性が試されているともいえる。

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