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中国の環境問題を俯瞰する

2018年10月23日

知乎 哲也(zhihu zheye)

略歴

東京外国語大学中国語学科卒業後、清華大学公共管理学院で修士号を取得。北京にて環境ビジネス専門コンサルティング会社で5 年勤務。留学から足掛け12 年の北京生活を終えて昨年日本に帰国し、リサーチ会社に在籍中。

 中国を取り巻く環境問題は、2013年1月にPM2.5報道を通じて、一気に世の中に周知されたように思える。当時ニュースなどで繰り返し報じられた、スモッグで埋め尽くされた北京の空、高層階が見えなくなったビル群の様子は衝撃的であった。筆者が北京に住んでいたという話をすると、ほぼ間違いなく「空気が悪くて大変だったでしょう」と聞かれることからも、日本の一般人の間には「北京あるいは中国=大気汚染」というイメージがすっかり定着してしまったようである。

 大気汚染といっても、汚染の程度を示す指標はPM2.5ばかりではなく、二酸化硫黄や窒素酸化物、オゾン、PMなど代表的なものだけでも、地域によって状況は大きく異なる。更に中国における環境テーマは、大気だけでなく水や土壌、はたまたエネルギーも広義の環境問題に数えられることもある。時系列でみても、中国の政治経済状況の変化に伴って、その様相は大きく変化してきているため、多面的・多層的に見ていく必要がある。本稿では、中国における環境問題とその取り組みの概要を整理していきたい。

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写真1 深刻な大気汚染に市民の健康がおびやかされている。

 一般に、環境問題の分類を考えるときに、自然保護(グリーン・イシュー)と汚染対策(ブラウン・イシュー)で分けることが多い。

 生態環境保護(グリーン・イシュー)としては、植林、砂漠化のほか、野生動物保護や生物多様性などの自然環境保全に関わるものであり、政策主導によってなされる部分が大きく、生産活動と別の文脈で、中国においては改革開放直後から取り組みが始まった分野である。

 汚染対策(ブラウン・イシュー)としては、生産活動によってもたらされる、廃ガスによる大気汚染、廃水による水質汚染、廃棄物などに対する対策が挙げられる。中国においては、汚染状況が明らかになるにつれて、各地各層での対策が徐々に整備されてきている。

 このほか、近年ではグローバル環境問題として、気候変動対策なども環境問題の重要な1テーマとして取り上げられるようになっている。

 環境保護の取り組みとして、早期に取り掛かったのは森林保護であった。1981年には鄧小平により植樹を全国民運動として提唱したほか、森林法をはじめ法整備を進めたが、実効性が乏しく、現実問題としての改善には至らず、90年代を経て2000年代に入るまで、砂漠化を食い止めることはできずにいた。各地の主要河川で氾濫、大洪水が発生したことで、99年以降、森林伐採による土壌流出を防ぐための退耕還林(耕地を森林・草地に戻す)などの政策や、国連環境計画(UNEP)と周辺国による「黄砂対策プロジェクト」などにより、徐々に森林被覆率が改善していった。

 筆者が北京で経験した黄砂では、2006年4月のものが強烈な印象として残っている。留学先の大学からの帰路、強烈な砂嵐が吹き付け、自転車が全く前に進まず体中砂まみれになって家に帰りついたが、翌朝明るくなってから外を見ると、路上の車や建物には砂が降り積もって黄色一色になっていた。その光景は今でも鮮明に記憶に残っているが、それ以降はさほど深刻な黄砂被害を体験していないことをみても、状況は大きく改善していったことが分かる。

 このほか、1990年代後半に長江流域の取水過剰により下流に至るまでに河川の水が枯渇する「断流」の発生がクローズアップされていたが、流域を管理する行政組織が設立され、適正な管理が行われることによって、この「断流」は1997年にピークとなる全長600㎞に達したあと減少に転じ、現在では過去のものとなった。

 中国における汚染対策の取り組みは、文化大革命が終わりを告げた後、1978年に鄧小平の主導により、改正憲法に環境保護規定を盛り込んだことで実質的に動き始めた。ただし、それは同時に、改革開放が本格化し、各地で経済成長を目指した生産活動が活発化したことで、環境汚染の表面化が始まったことも意味する。

 全国的な生産性向上のため、農村や町のレベルで経営規模の小さい郷鎮企業と呼ばれる零細企業群が各地で設立され、雇用機会を創出して高い成長率を叩きだし地方経済の発展に寄与した。ところが、経済成長を優先させるあまり、環境規定が設けられてはいたが順守率は低く、十分な配慮がなされないまま汚染物質が垂れ流された。この結果、各地で公害被害が発生するに至ったのであった。

 日本との比較の中でよく言われるのが、日本の環境問題に対する取り組みが公害に対する住民運動を発端として発展してきたのに対して、社会主義国である中国の環境問題に対する取り組みは政策主導により進められてきた、という点である。中国において、生態環境に関わる数値データなどは地理情報などと同様、国家機密に属するものであり、一般市民が自由に扱えるものではなかったこともあって、国民的な環境意識も高まりにくい状況であったことも一因と言える。

 環境汚染を、物質の状態で分類し、気体(大気汚染)、液体(水質汚染)、固体(廃棄物・土壌)の3側面から見てみることにしよう。

 まず、大気汚染についてであるが、中国の死亡原因のトップは呼吸器疾患とも言われており、1998年に国連で発表された世界の大気汚染ワースト10都市のうち、実に7都市を中国の都市が占めている(重慶市、株洲市、大同市、陽泉市など)。また、石炭を主要エネルギー源とする中国では、硫黄分を多く含む褐炭が多いということもあり、高度経済を遂げた2000年以降、二酸化硫黄の排出量も急増し、呼吸器系疾患患者も増加したとされ、酸性雨被害も拡大した。

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写真2 上空から見るとぼんやりとかすんで遠くが見通せないのがよく分かる。

 水質汚染については、日本における水俣病のような健康被害が60年代頃から確認されていたが、メディア統制などもあって90年代頃までは殆ど知られることもなく放置されてきていた。2005年に発生した吉林省の化学工場爆発事故によって流出したベンゼンによる松花江汚染が注目を集めたほか、河南省などで汚染された水が飲料用に広く使われ、流域住民の多くが癌患者となった「癌村」が点在していることなどが、後に明らかになった。

 企業活動が活発になり、工業発展・経済成長を遂げるにつれて、都市化も進展し、人々の生活水準も飛躍的に向上した結果、廃棄物の発生量が急増してきた。土壌汚染については、2014年に初めて全国土壌汚染調査結果が発表されたことで、近年注目を集めている。これは、国務院の指示により2005年4月から2013年12月にかけて、中国国内全域(香港特別行政区、マカオ特別行政区、台湾地区を除く)を対象として行われた調査結果をまとめたものであり、中国環境汚染対策のテーマとしては比較的新しいものといえる。

 上記の様々な汚染に対しては、都市部など法整備や政策実行の進展の効果が現れやすい地域や大企業・基幹企業で先駆けて対策・改善が進んでいる。その一方で、依然対応が急がれる深刻な課題として残されている地方も確実に存在している。

 中国政府としてもこれを放置しておくことを是としてはおらず、環境行政機関を徐々に格上げさせ、1998年に国務院の直属機関として国家環境保護総局、2008年には一省庁として環境保護省となり、2018年には他省庁の環境部門と統合して生態環境省となるなど、環境政策の位置づけがより重要なものとなってきていることが分かる。地方政府の指導者に対しても、環境対策の実績が政治的評価にも直結するようになり、政治生命をかけて取り組むべきテーマともなりつつあることから、国内企業の技術革新はもとより、先進国の環境先進技術の積極的な導入も図るようになってきている。

 中国の環境問題は、もはや中国一国だけで完結するものではない。といっても、これまでも時代を遡れば、黄砂や酸性雨も国境を越えて、偏西風の風下である韓国や日本、東北アジアへの影響が指摘され、国家間協力のプロジェクトが組織され、国際援助として取り組みが展開されてきた。

 いまや中国は、改革開放以降急成長を遂げ、GDPも日本を抜いて世界第2の経済大国となったことで、国際的な責任を果たすことが求められるようになってきている。かつて先進国は、「公害対策」→「産業汚染対策」→「グローバル環境問題」と段階を追って環境対策を講じてきたが、現在の中国は、これらを同時並行で対処していくという圧縮型の環境対策を求められている。

 気候変動対策については、中国はかつて途上国代表として「共通だが差異ある責任」を主張し、先進国が主たる責任を果たすべきとしていたが、ポスト京都議定書の枠組みにおいて、応分の責任を果たすという姿勢を示すなどの変化を見せたことで評価されており、今後の立ち居振る舞いに注目が集まっている。

 中国の環境問題を概観するにあたり、時代背景もあって政策動向を中心にまとめてきたが、現在では、国の地方行政間の交流や環境ビジネスマッチングによる技術移転・技術協力なども活況を呈している。スローガン的に環境保全が叫ばれていた時代は過ぎ去り、環境行政も本腰を入れて対策に乗り出すようになったことで、国・地方行政・企業・民間の各レベルで様々な取り組みがなされるようになってきたためである。中国の環境行政も近年目まぐるしく変化しており、今後の動向にも注視していきたいところである。


※本稿は『月刊中国ニュース』2018年11月号(Vol.81)より転載したものである。


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