第146号
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中国のAI研究――アメリカの取るべき対応は

2018年11月19日 ディーター・エルンスト(米国イースト・ウエスト・センターシニアフェロー、OECD元シニア顧問)/神部明果(翻訳)

AIへの関心が強い中国は技術的にはまだ後進国とされている。しかし今後アメリカと中国の協力は全世界にメリットをもたらす可能性が高い。今後の動向に注目だ。

 科学者とエンジニアはこれまで60年以上にわたり、人工知能(AI)のプログラム開発に取り組んできた。このAIとは通常、コンピュータプログラムが膨大なデータの集合体を処理することで、学習や問題解決など人間の認知機能を再現するものだ。

 昨今、AIはすでに現実世界での活躍をみせている。GPS、言語・顔認証機能付きの携帯電話、インタラクティブロボットや自動運転車などがその例だ。AIアプリがもたらす潜在的経済効果は計り知れない。

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世界中でAIロボットの実用化が進む。

 だが、AIの進化が経済成長と繁栄に大きく寄与する一方、デメリットもかなり深刻だろう。その一例として、個人データの濫用によるプライバシー侵害、AIを運用した技術的作業が低技能労働者の職を奪うことで生じる収入格差、大量のデータ入手による企業の権力集中などがある。目下、各国政府は法令や政策の制定に着手することで、AIに潜在的に関わってくる莫大な利益と重大な損失のバランスを図ろうとしている。

 中国はすでに世界第二の経済大国に成長したものの、技術革新面ではなおアメリカやその他の経済先進国に大きく遅れを取っている。そんな中国にとって、AIは経済先進国の仲間入りをする千載一遇のチャンスとなっており、中国のAI分野の成長はアメリカのリーダーシップを脅かすと考えるアメリカ人が大勢いる。

 しかし、注意深く観察すれば、このような中国脅威論は危険性の誇張であることが分かる。

 中国政府と中国企業はすでに大量のデータを蓄積しているが、アメリカは最先端のアルゴリズムを開発済みで、これによりAIのビッグデータへの依存を軽減している。中国はこの基幹分野では今も後進国であり、AIチップの設計や製造、コンピュータのシステムアーキテクチャ、設計の基礎研究においても同様だ。主な中国企業が使用するAIのアプリケーションプログラムは、いまも外国のチップに頼るところが大きい。

 また、中国のAI分析における位置付けは相対的に脆弱だが、これは必要な研究を実施することでデータのクオリティを上げ、AIの運用分野を拡げる能力に限界があるためだ。最先端のAIプロジェクトを抱える中国の大学は十数校に満たないのに対し、アメリカでは数十校に達している。このほか、十分な資質と経験を備えたAI人材の発掘は、依然として中国が直面しているきわめて大きな課題となっている。

 このほか、中国は先進的情報技術を応用した製造業の分野でもアメリカのリードを許している。工業オートメーションソフトウェアを使用する中国企業は60%にとどまるばかりか、インターネットを活用する中小企業は25%しかない。知識と能力を深く掘り下げ、継続的に応用していくという点において、看過できない隔たりがあるのだ。

 企業レベルでは、中国最大規模の企業が商業分野でのAI活用において大きな進展をみせたが、それでもおおむねアメリカの企業の後塵を拝している。フェイスブックがプライバシー問題という危機に見舞われるなか、テンセント(騰訊)は世界で最も企業価値の高いSNS企業となったが、これも短期的な現象だろう。アリババの市場価値はある程度高まったものの、収益力はアマゾンと比べ依然大きく見劣りする。バイドゥ(百度)は「中国のグーグル」として世界市場を狙ってはいるが、より一層アメリカに遅れを取っている。

 データの質を向上させるには、高度なプログラムだけでなく技術水準、法規やポリシーまたデータ共有や公開などのデータ管理方法が必要となる。だがこれらの指標すべてにおいて、中国はいまだ世界的に低い位置付けに甘んじている。

 プライバシー保護の規制がゆるい点も、短期的には中国政府と中国のトップ企業の強みにはなった。だが時間的な経過とともに、そのプライバシーの軽視がグローバル市場開拓の妨げとなってきている。

 このようなわけで、AIの基幹技術や最適なデータ管理方法など、そのいずれにおいても中国は国際的な協力を必要としている。現在、アメリカ政府は中国の留学生やアメリカで働く研究者を規制することを考えている。彼らがアメリカの技術や企業秘密を自国と共有するのではという懸念からだ。しかしこのような反応は短絡的で自滅的なものであり、先進技術分野での中国の台頭を阻止するには時すでに遅しということを理解していない。より重要なのは、中国との協力はアメリカにとって必須であるという点だ。成長著しい中国のAI市場への参入は、特に半導体メーカーとサプライヤー、さらに大手グローバルブランドやプラットフォーマーなど、アメリカのIT業界にとってとりわけ重要なのだ。

 アメリカのAI業界は、急成長する中国の人材プールとの相互交流をも必要としている。

 事実、カリフォルニア州パロアルトにあるアメリカ人工知能学会(AAAI)は、会議開催時期がちょうど中国の旧正月に重なることに気付き、昨年の会議を延期している。

 現在、貿易摩擦が米中の経済関係を支配しており、両国の政府間協力には不利なムードに包まれている。緊迫した情勢が続けば、公的な共同研究の拡大やグローバルガバナンス改善の動きが水泡に帰す可能性が高い。

 しかし、中国とアメリカのAI業界の協力は、両経済大国ひいては全世界に莫大なメリットをもたらす。政府が建設的な舵取りをしない状況下では、世界のAI分野において研究機関や企業がグローバルガバナンスを構築するうえでのパイプラインとなる。このようなより幅広い協力のあり方により、AIの発展における3つの重要な負の影響――雇用喪失と賃金不平等、企業権力の過度な集中、そしてプライバシー侵害を早急に解決することが必要だ。


※本稿は『月刊中国ニュース』2018年12月号(Vol.82)より転載したものである。