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科学技術イノベーションシステム改革開放40年の縮図(その2)

2019年2月6日 楊智傑(『中国新聞週刊』記者)/江瑞(翻訳)

その1よりつづき)

イノベーション型国家の建設

 陳志明(チェン・ジーミン)氏は中国科学院計算数学及び科学工程計算研究所の所長を務めている。90年代初めにドイツ留学から帰国後は、中国科学院数学研究所で研究に従事していた。

 陳志明氏にとって、90年代には2つの重要な節目があった。1つは1999年に、3000万元の研究費を獲得し、「973計画」の「大規模科学計算研究」プロジェクトが正式に立案されたこと。もう1つは、1998年に中国科学院で「知識イノベーションプロジェクト」がスタートしたことである。

 1997年末、中国科学院は「知識経済時代を迎えるにあたって、国家イノベーションシステムを建設する」という報告書を政府に提出した。これを受け、江沢民〔当時の国家主席〕は1998年2月、「知識経済及びイノベーション意識は、21世紀の中国の発展にとって極めて重要である」とし、構想を提案した中国科学院でパイロットプロジェクトをおこなうよう指示を出した。

 陳志明氏が所属していた数学研究所は基礎研究に従事するケースが多く、これまで研究費は多いとは言えなかった。それが1998年に知識イノベーションプロジェクトのモデル機関に指定された途端に研究費が増え、所内のほぼ全員がその変化を肌で感じるほどだったという。

 このプロジェクトも、イノベーションという概念を科学技術界に導入し、国によるイノベーションシステム建設の強化政策を促したという意味で、中国の科学技術の発展にとって重要な分岐点となった。

 2001年、中国は世界貿易機関(WTO)に加盟し、中国市場がグローバル市場とつながった。中国科学院科学技術戦略諮問研究院の眭紀剛(スイ・ジーガン)氏は、「これまで世界の同業者との競争において、中国企業が国際分業に加わるための基盤は廉価な労働力で、非常に受け身な立場だった。ハイテク製品は付加価値が高いため、我々も産業バリューチェーンの川上に陣取りたいが、技術力が足りない。しかしグローバル化のプロセスに参与することで、中国はある程度の資本を蓄積し、イノベーション型国家という目標を掲げることができるようになった」と語る。

 当時、科学技術部副部長の任にあった尚勇(シャン・ヨン)氏は2005年に次のように語っている。改革開放から20年あまり、中国は年9%以上の速度で経済成長し続けるという奇跡を実現した。だが現在重要なターニングポイントに差し掛かっている。従来型の、物質資源の大量消費と廉価な労働力に頼る粗放型・労働集約型の産業発展モデルは、今後ますます資源、エネルギー、環境などの制約を受けるだろう。

 2006年1月9日に開かれた全国科学技術大会で、胡錦濤〔当時の国家主席〕は「断固として中国の特色ある自主イノベーションの道を進み、イノベーション型国家建設のために奮闘しよう」と宣言した。

 それまで、中国の科学技術体制改革は、主として高等教育機関や研究機関を中心に進められてきた。だが、科学技術と経済はそれぞれ閉鎖的な体系の中で発展を遂げてきたため、広範囲な接点がなく、科学技術と経済の融合という問題は解決されないままだった。それがここへきて、イノベーション型国家建設の提唱が節目となり、国はイノベーションにおける企業の主体的な役割を重視するようになったのである。

 当時、科学技術部部長の任にあった徐冠華(シュー・グワンホワ)氏は次のように指摘する。技術イノベーションとは、まず経済活動であり、技術、管理、金融、市場など各分野のイノベーションの有機的結合である。この過程において、市場ニーズを最もよく知るのは企業であり、技術的成果を実用化するための基盤と資金力を備えてもいる。

 当時の統計によると、全国の一定規模以上の企業で科学技術的活動を展開しているのはわずか4割、売上高に占める研究開発費の割合はたったの0.56%、自前の知的財産権を有する企業に至っては、なんと0.03%しかなかった。過去20年以上にわたり、企業は発展をしてきたものの、全体的な企業規模は大きいと言えず、技術イノベーションも微々たるものだった。

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 イノベーション型国家の建設を目指し、2006年に「国家中長期科学・技術発展計画綱要(2006~2020年)」が公布され、国民経済・社会の発展における11の重点分野と68の優先テーマが確認された。また、16の重要特定事業、8つの技術分野における27の先端技術、18の基礎科学上の問題、そして4つの重要科学研究計画も決定された。

 これらの政策は確かに成果をあげた。科学技術部は2014年、海外の専門家に依頼し「綱要」の中間評価を実施したが、その報告書によると、2006年~2016年、中国の研究開発力は1.39%から2.11%に増加している。2.5%という目標には届かなかったものの、イノベーション型国家の基準値である2%は突破した。また、対外技術依存度は全体的に減少し、重要特定事業でも多くの成果をあげている。

 資金投入が増えるにつれ、中国は基礎・先端・ハイテク分野でブレイクスルーを実現し、それも科学技術に従事する者の自信を高めていった。

 2009年、アメリカのメリーランド大学カレッジパーク校で15年間教授を務めていた季向東は、当時の上海交通大学学長の誘いを受けて帰国し、同大物理系の教授に就任すると、国際チームを率いて世界レベルの大型暗黒物質実験をおこなった。自らの経験と国際的視野を活かし、中国国内で何か大きな影響を与えられることをやろうと考えたからだった。

 季向東は主として核及び粒子物理学の先端分野の研究に従事していたが、当時、中国国内では、2006年に始動した大亜湾原子力発電所のニュートリノ実験など、国外の一流の研究にも劣らない優れた研究が現れ始めていた。「これは非常に重要な変化だ。以前はただ先進国を『追走』するだけだったが、あの頃(2009年前後)は『並走』に変わった。中国にも国際的に有名な科学者が誕生する下地ができたし、先見性と影響力の非常に大きいプロジェクトも進んでいる。いずれも大体10年前からだ」

 季向東自身も40人以上の研究者を率いて国際チームPandaX を結成し、四川省錦屏の地下実験室で、中国初の、液体キセノンを用いた大型暗黒物質探索実験を展開した。

 これと同時に、21世紀の最初の10年、中国は「人材強国」戦略や、国家中長期科学技術・教育・人材発展計画綱要とその付帯政策を打ち出した。また、イノベーション人材推進計画、新世紀百千万人材育成プロジェクト、国家優秀青年科学基金といった重要な人材プロジェクトや計画も次々と進められた。

 2008年以後、中国の科学研究環境と手厚い人材政策は、海外で活躍していた多くの優秀な華人研究者を国内に呼び戻すことに成功した。彼らは帰国後、またたく間に中国科学界の中心的存在となっていった。

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写真2:四川省南部・地底2400mの地点にある中国錦屏地下実験室で、設備のメンテナンスをおこなうPandaX実験グループの研究員。同実験グループは、空気中で精製した不活性物質であるキセノンを媒介として暗黒物質を探索している。 写真/新華社

新時代: イノベーション駆動型発展戦略

 32年に及ぶ高度成長期を経て、中国経済は2011年から成長速度にブレーキがかかりだした。品質と利益の向上に方向転換を始めた経済発展は、オリジナルな科学技術成果の少なさや、コア技術の一部は依然として人によるコントロールが必要といった問題も投げかけてくるようになった。

 21世紀に入って10年あまり。世界では新たな科学技術革命、産業革命、軍事革命が加速度的に進行し、科学研究の範囲と深度が拡大し、「スマート」と「エコ」を特徴とする技術革命が国際的な産業の分業のあり方を大きく変え、革新的技術が絶え間なく誕生している。イノベーション駆動型発展は多くの国において、競争で優势に立つための核心的戦略となっていた。

 2012年、中国共産党中央委員会と国務院は「科学技術体制改革の深化と国家イノベーションシステム建設の加速に関する意見」を公布し、イノベーション駆動型発展戦略を打ち出した。

 2015年3月13日、「中国共産党中央委員会及び国務院による体制メカニズム改革の深化とイノベーション駆動型発展戦略の実施加速に関する若干の意見」が公布された。この日はちょうど、1985年の科学技術体制改革に関する文書の公布から30年に当たっていた。

 清華大学公共管理学院院長の薛瀾(シュエ・ラン)氏は、これまでの政策と比べ、新時代の科学技術イノベーション政策には独特な点が2つあると指摘する。1つは、イノベーションを社会全体の構造転換の原動力とみなしていること。歴代のどの政府よりも、イノベーションの役割を高く評価しているのだという。もう1つは、イノベーションの生態環境整備と、イノベーションの市場環境を特に強調していることである。

 「改革という概念が変化しているのだと思う。本気でイノベーションを推進したければ、市場に注目する必要がある」。薛瀾氏曰く、イノベーションには知識を実用化できる良好な市場環境が必要であり、中でも最も重要なのが企業だという。なぜなら、価値を生み出す主体は企業だからだ。従来の科学技術政策が主に対象としていたのは研究機関と高等教育機関だったが、イノベーションで最も中心となるのは企業だ。中国の最大の問題は、市場環境の未整備と、企業のイノベーションに対するモチベーション不足にある。

 中国共産党第18回全国代表大会〔十八大〕以降、習近平国家主席は国内外の研究機関を数多く視察に訪れ、中国の科学技術界に対し、「断固としてイノベーションに次ぐイノベーションを実現し、イノベーション型国家建設の歩みを早めなければならない」と提言した。

 2016年5月30日、習近平国家主席は全国科学技術イノベーション大会の席上で、「科学技術は国の利器であり、国が強くなるため、企業が勝つため、人民の生活が良くなるために頼みとするものである。中国が強くなり、中国人民の生活が良くなるためには、必ず強力な科学技術を持たなければならない」と述べた。

 2016年8月、国務院は「『第13次五カ年計画』国家科学技術イノベーション計画」を公布した。これは初めて「科学技術イノベーション」を、科学技術政策のみならず、付帯する経済、財政・税務、貿易、産業、金融、知的財産権保護等の関連政策も含めて全体で実行するトップダウン設計として位置づけたものである。

 イノベーション駆動型発展戦略を打ち出して以降、2017年には、社会全体の研究開発費が1億7600万元に達したものと予測されている。これは2012年比で70.9%の増加であり、GDPに占める割合は2.15%と、EU加盟15カ国の平均2.1%というレベルを上回る数字になった。

 高エネルギー物理学は改革開放初期から国家指導者に重視されていた。季向東によると、現在、中国の高エネルギー物理学はいくつかのプロジェクトで世界トップレベルにある。例えば大亜湾原子力発電所のニュートリノ実験ステーションでは、2012年に新たなニュートリノ振動モデルが発見され、ニュートリノ混合角θ13の測定に成功した。この研究成果は米科学雑誌『サイエンス』の2012年度科学十大成果に選ばれている。他には、彼が責任者を務める世界最大の地下暗黒物質探索計画PandaXもそうだ。

 実際、科学技術イノベーションは人々の生活の改善にも貢献した。その例としては、バイオ角膜、エボラワクチン、不活化ポリオワクチン、抗腫瘍新薬等の開発成功が挙げられる。これらの科学技術イノベーション成果の多くは、国の各種計画やプロジェクトの支援を受けているが、こうした資金援助方式はしばしば重複、分散、閉鎖的、低効率といった現象や、複数プロジェクトへの申請、資源配置の「断片化」といった問題が見られる。これについて、国も2014年12月から改革に乗り出し、従来の100あまりの科学技術計画(特定事業、基金等)を五大カテゴリに整理した。この措置により、改革開放以後、スーパー水稲や有人宇宙船等の重要成果を生み出してきた「863」計画と「973」計画は、歴史の舞台から姿を消すこととなった。

 2018年1月に国務院が公布した「基礎科学研究の全面強化に関する若干の意見」では次のことが指摘されている。基礎科学研究の弱点は依然突出しており、数学等の基礎学科は相変わらず最も弱い分野である。重要なオリジナル成果が欠如し、基礎研究への投入不足と構造の不合理性が目立ち、トップレベルの人材及びチームが極度に不足している。評価・奨励制度は改善が待たれ、企業からの注目度は向上が望まれる。社会全体で基礎研究を支援するためのさらなる環境整備が必要である。

 中国科学院計算数学及び科学工程計算研究所所長の陳志明氏は、以前であれば、国が数学の基礎学科の発展に特に言及するなど、想像だにできなかった。陳志明氏は主に数値分析と科学計算を研究している。数学や理論物理学といった学問は、現実世界から最も遠く、すぐに経済効果を生み出すことは難しいと彼は感じている。

 「ZTE〔中興通訊〕事件」に関連していたICチップ技術を例に取ると、陳志明氏の説明では、ICチップを設計するにはツール、つまり産業用ソフトウェアが必要だが、これらのソフトウェアは大体がアメリカのものだ。中国が独自にこれを賄うなら、数学者の参与は必須となり、数学の有用性が際立ってくる。しかもこれは難易度が高く、多くの人間が長期にわたって関わる必要のあるプロジェクトであるため、国の支援が不可欠だ。

 寧波ノッティンガム大学ビジネススクール教授の曹聡(ツアオ・ツォン)氏は、中国が以前の「追走」から「並走」さらには「独走」まで発展を遂げ、先ゆく人がいなくなり、模倣すべき手本がなくなったいま、基礎研究という支えが必要だと考えている。IT、ライフサイエンス、ナノテクノロジーのような新たな技術革命はどれも科学を基礎技術としており、科学があって初めて技術そして産業が形成される。科学がブレイクスルーを果たせなければ、技術の飛躍的発展や産業革命などは起こり得ない。しかしながら、基礎研究はリスクも不確定性も大きく、周期が長いため、政府や大企業が投資せざるを得ない。国として科学技術を発展させたいと思うなら、国や少なくとも企業の一部がこうしたプロジェクトを担う必要がある。これこそが長期発展のカギだ。「科学者が研究をするのは好奇心ゆえだが、彼らが安心して研究に取り組めるよう、政府は対応策をよく考えなければならない」

 薛瀾氏も次のように指摘する。中国はこれまで高度経済成長の実現と引き換えに、数多くの弱点をそのままにしてきた。いまこれらを解決しなければ、今後、発展を阻害する要因となるだろう。その最たる例が、事業部門の管理体制だ。事業部門の給与、職名、人事管理制度などはどれも厳密な制度を形成している。例えば知識集約型の業界で給与が低ければ、その給与メカニズムが職場におけるイノベーション能力の発揮を著しく制約することになる。「こうした問題を解決しないことには、真のイノベーション型国家とは言い難い」

 2018年10月、薛瀾氏は、中国の科学技術イノベーション政策分野の著名専門家・研究者22名と共同執筆した著書『中国科学技術発展及び政策1978~2018』を上梓した。同書にはこんなくだりがある。「中国が歩んだ改革開放40年は、中国の科学技術イノベーションシステムの改革・発展の40年でもあった。この40年間に中国の科学技術イノベーションシステムが経験してきた一連の重要な改革は、中国における改革開放の必要性と複雑性を反映しており、中国の改革開放の縮図として、改革開放が直面してきた様々な挑戦と決断を物語っている」

(おわり)


※本稿は『月刊中国ニュース』2019年3月号(Vol.85)より転載したものである。


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