2011年09月19日-09月23日
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月探査プロジェクトの副主任設計師、脳出血で死去

2011年09月21日

 陳天智、1971年生まれ、四川省遂寧市出身。

 1989年に清華大学に入学。2000年に博士号取得後、日本でのポストドクター研究を経て、シンガポールで働く。2004年に帰国後、中国航天科技集団五院にて月探査プロジェクトの副主任設計師となる。

 2011年9月6日午後、仕事中に突然脳出血を発症。懸命の治療もむなしく、9月15日に死去する。享年40歳。

 北京市八宝山にて19日、月探査プロジェクトの副主任設計師、陳天智氏の告別式が行われた。

 ▽9日間にわたる懸命の治療もむなしく

 陳天智氏の弟、陳天勇氏によると、9月6日午後7時40分ごろ、夕飯を食べ終えた陳天智氏は事務室で昼間の仕事の残りを処理している時、突然嘔吐、頭痛を催し、同僚が病院に緊急連絡した。陳天智氏はその後昏迷状態に陥り、懸命の治療もむなしく、9日後に息を引き取った。

 19日午前、告別式が行われ、上司、同僚、友人らが弔問に訪れた。
陳天智氏の同僚の一人は、「たった40歳で逝ってしまうなんて、本当に惜しい」とつらそうに語った。陳天智氏の父親、陳祖瑞氏は弔問に訪れた人々に「若い人たちも、忙しくても体だけは大切にしてください」と語りかけていた。

 ▽骨灰は海へ

 陳天智氏は未婚であり、遺骨は父親、弟など4人の家族が受け取った。

 骨箱を見て、陳天智氏の4歳の甥は不思議そうに「箱の中に何が入っているの?」と祖父に語りかけた。「伯父さんの骨だよ」「骨ってなあに?」「伯父さんは亡くなったんだ。これが最後に残ったものだよ...」

 何も知らない4歳の孫に「伯父さんにまたいつか会える?」と聞かれると、陳祖瑞氏は黙り込み、涙が頬を伝った。

 陳祖瑞氏によると、陳天智氏の骨灰は海にまかれるという。これから、水があるところなら、どこでも息子を供養することができる」。

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