第22号:中国環境と日中協力を考える
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中国の省エネルギー目標達成に向けた展望:価格制度改革の観点から

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( 2008年7月20日発行)

中国の省エネルギー目標達成に向けた展望:
価格制度改革の観点から

堀井 伸浩(九州大学経済学研究院准教授)
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 はじめに

 中国は温暖化問題に関して、CO 2の 削減目標値の受け入れについて慎重な姿勢を崩していない。だからと言って、温暖化対策を行っていないというわけでもない。確かに主に大気汚染対策や省資源 の目的からではあるが、第 11次五カ年計画(2006〜2010年)の期間中にGDPのエネルギー原単位を20%向上させるという野心的なエネルギー効率 の改善目標が掲げられている。あくまで原単位の向上であるから、エ ネルギー消費量自体は経済の成長に合わせて増加するものの、その増加のスピードは緩めよ うという試みである。途上国としての中国には経済成長をする権利はある、しかしその中で可能な限り、環 境への負荷を抑制しよう、そうした中国の基本的姿勢 が見て取れる。

  この省エネルギー目標が打ち出された当初は、我が国では懐疑的な見方が強かったように思われる。実際、2002年以降の経済過熱時期のエネルギー消費量は 年率12.9%と GDP成長率以上の速度で増加してきた。その理由は鉄鋼やアルミなどエネルギー多消費産業がさらに成長したためである。中国はまだまだと ても省エネルギーが進む発展段階にない、そう考える見方が多数であった。

  しかし第11次五カ年計画も折り返し点に来て、これまで進められてきた省エネルギー・環境対策の進展を過小評価すべきではないと筆者は強く感じている。例えば、酸性雨の原因物質であるSO 2については、最大の排出部門である発電所に、排煙脱硫装置という抜本的対策が急速に進んできている。2010年には全体の6割の発電所に脱硫装置が導入され、2005年比で39%のSO 2排出量が削減される見通しである。実際、2007年はSO 2排出量が前年比4.7%の減少となり、その背景に排煙脱硫装置の普及率が48%になったことがあるとされる。今後は排煙脱硫装置が未導入の旧式発電ユニットが次第に退役し、新 規発電ユニットに置き換えが進んでいくことで、SO 2排出量はいずれ大幅に減少していくこととなるだろう (1)

  さて、それでは省エネルギーの進展についてはどうか、これが本稿の分析課題である。以下、まずは2007年までのエネルギー原単位の推移を概観し、その上 で省エネルギーを進める最大の原動力として、エ ネルギー価格の今後を見据えながら中国の第11次五カ年計画期間中の省エネルギーの進展について中間時点で の見通しを示すこととしよう。

(1) なお、この排煙脱硫装置の急速な普及の背景には、国産設備メーカーによる急激なコストダウンが重要な要因として指摘できる。この点について詳しくは、拙稿「 中国の環境問題とその対策」(『経済セミナー』日本評論社、2008年8月号所収)を参照のこと。

1.GDPのエネルギー原単位の推移

  まず2007年までのGDPのエネルギー原単位を見ると(図1)、実は中国は高度成長の過程において既に省エネルギーが相当程度進んできたことがわかる。 これはかつて70年代以前の計画経済体制においてエネルギーは配給制でほとんど節約インセンティブが働かなかったが、80年代以降、エネルギーの供給にも 価格が設定されたことで一定の省エネルギー効果があったためである(もっとも90年代半ばまでその価格水準は実際の生産コストよりも低い水準に抑えられて いたため、そ の省エネルギー効果には限界があったことも指摘しておかなくてはなるまい)。他に重要な要因として、70年代以前は重化学工業化が基本的な成 長方針であったが、8 0年代以降は軽工業を中心とした産業が成長牽引産業となったことがある。すなわち、重厚長大型産業から軽薄短小産業へと産業の重点が 移ったことで、経済のエネルギー強度が低下したという面もある。

  実際、日本の経験を見ても、エネルギー価格は省エネルギーの推進に非常に重要な影響を及ぼしてきた。日本で省エネルギーが最も進んだ70年代は、省エネル ギーをもたらした最大の要因は言うまでもなく、o g g 2度にわたる石油ショックによって石油価格が上昇したこと、そしてその上昇が長期にわたると企業が予想し、 そのために省エネルギーへの取り組み(投資および技術開発)を行ったことに求められる。そ して80年代になると、予想に反して石油価格は90年代後半まで 低迷を続け、その結果、日本のエネルギー消費量は1987年以降には再び緩やかな増加傾向を示している。このことより、中 国で省エネルギーが進むかどうか については、エネルギー管理士制度の普及など制度的な整備が必要なことはもちろんであるが、まずはエネルギー価格がどのように推移するかが重要な鍵を握る と考えられる。

 

(2) 保安対策のトン当たり15元の賦課金については、既に2006年より徴収が開始されており、2 007年の価格上昇の中には含まれていないことには注意する必要がある。

2.エネルギー価格制度改革と省エネルギーの今後

 それでは中国の省エネルギー対策の効果を展望するために、エネルギー価格が今後どのように推移していくと考えられるか、この点を次に検討してみよう。

  中国ではまさに現在、エネルギー価格制度の改革が進展中である。エネルギー価格制度の改革とは、端的に言えば従来は計画によって人為的に低く抑えられてい た価格を市場における決定に委ねるというものであり、基本的には価格水準の上昇が見込まれる。価格が上昇すれば、その分需要を減少させ、省エネルギーへの 取り組みを促す効果があると考えられる。

  最も市場経済化が進んでいるのが石炭産業である。電力向けの石炭価格が政府開催の会議で決められていたそれまでの制度が2006年に見直され、価格決定へ の政府介入についても基本的に撤廃されることとなった。その結果、2006年の電力向け石炭価格は前年比32%と急騰することとなった。2007年もひっ 迫する需給を反映し、引き続き価格は上昇を続けている。

  もうひとつ見逃せないのが、これまで石炭価格に十分に反映されてこなかった資源や環境、あるいは保安コストを賦課金として炭鉱の出荷価格に上乗せする制度 改革が進行中であることである。これは2007年より中国最大の産炭地、山西省で試行的に進められているもので、具体的には表1に示した諸項目について賦 課金が徴収されることとなっている。表が示す通り、改 革の前後を比較すれば石炭の炭鉱出荷価格にはトン当たり70〜80元の上昇圧力がかかることとなって いる。2007年の山西省の炭鉱出荷価格は、実際にはトン当たり前年比30元程度の上昇となった (2) ということであり、需 要に対応して一部のコストは炭鉱で吸収されたと考えられるものの、一定の価格上昇が見られた。

  この山西省の改革は2008年も引き続き継続し、その効果と問題を詳細に分析した上で2009年にも全国に展開する計画であるとされる。山西省は中国の石 炭生産量の3分の1程度を占めるため、現状でも石炭価格上昇に既に少なからぬ影響を及ぼしていると考えられる。そして更にこうした賦課金の徴収が全国の炭 鉱に拡大された場合、石 炭価格には相当の価格上昇圧力になると考えることができるだろう。

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  当然のことながら石炭価格の上昇は電力価格にも引き上げの圧力をもたらす。しかしながら中国政府はインフレ懸念から電力の小売価格については緩やかなペー スでしか、これまで引き上げてこなかった。そ の結果、発電所が送配電網に売電する卸売価格についても、石炭価格が高騰する近年は引き上げが制約されること となってきた。しかしそれこそ2008年に入って深刻化しつつある電力不足の背景にある。すなわち、石 炭価格が高騰しているにもかかわらず、卸売価格は上 昇分の一部しか引き上げが認められなかったことで、発電所の経営状況がここ数年、悪化の一途を辿ってきた。そのため、2008年になると赤字経営となる発 電所が続出し、そうした発電所は発電を抑えるようになり、電力不足が再び深刻化することとなっている。

  こうした状況に直面し、2008年6月には遂に中国政府(国家発展改革委員会)は電力小売価格を4.7%引き上げる決定を下した (3) 。 これはひいては卸売価格の引き上げにもつながり、発電所の電力供給を促す効果があるだろう。しかし今回の引き上げ幅はいずれにせよ、不十分であるのは間違 いない。今後も引き続き、持 続的に電力価格の水準は切りあがっていかざるを得ないと言える。それはすなわち、電力ユーザーに対して省エネルギーを迫るイン センティブの増加と捉える事が出来るのである。

  最後に、主に輸送用のエネルギー源として利用されている石油についても、急騰する国際原油価格に対して大幅に安い水準に価格が抑制されてきた。これは政府 のインフレ懸念を背景にしたもので、高 い原油を精製して安く販売することを強いられる石油会社が赤字を抱えるという電力価格と同様の構図となっている。そ のため、石油会社、とりわけ上流の原油生産の比率が小さく、下 流の精製部門の比率が大きい中国石油化工集団に対しては、53億元もの補助金が投じられる状 況となっている。言うまでもなく、こ うした石油製品価格を抑えることはユーザーの節約インセンティブを阻害することにつながり、ひいては対外依存度が 47%に まで上昇した原油の輸入を更に拡大することで中国のエネルギー安全保障に対してもマイナスであるという認識が勝るようになりつつある。

  そうしたことより、2008年6月に電力小売価格の引き上げと同様に、石油製品価格についてもガソリンが16%、軽油が18%と大幅な引き上げが実施され ることとなった。これは2000年以降、マ イカーブームに沸く中国のガソリン・軽油需要を抑える効果があるだろう。もちろん国際原油価格の水準から言え ば、依然かなりの開きがあり、今後も引き上げに向かう余地は大いにある。

(3)  他方、この時、電力小売価格の引き上げと同時に、石炭価格のキャップ(上限)を設定する措置も講じられた。これは省エネルギーのインセンティブという観 点からみれば、マイナスの効果をもたらすものと考えられる。しかし筆者は、石炭価格にキャップをはめることは炭鉱の売り惜しみを招き、結局発電所が石炭供 給不足に直面することでキャップは実際上、遵 守されないという結果になるのではないかと予想している。したがって少なくとも中長期的には石炭価格は上昇せ ざるを得ず、価格上昇による省エネルギー効果はやはり相当のものがあるはずだと考えている。

3.まとめにかえて:省エネルギー目標達成に向けた展望

   以上のように、中国ではエネルギー価格を市場経済メカニズムに委ねる制度への変革を大々的に進めている。また本稿では敢えて取り上げなかったが、本特集 の他の論稿で議論されているように、省 エネルギーを促す他の取り組みとして、エネルギー多消費企業をリストアップして、省エネルギー計画を策定させるより 直接的な規制措置なども進められている。極端な方策としては、小 型の発電所や工場を強制的に閉鎖する強権的措置なども講じられている。

  こうした直接規制の効果を過小評価するわけではないが、やはりエネルギー価格の引き上げによる省エネルギー効果の重要性についてもっと注目する必要がある と思われる。特に中国の場合、直 接規制はえてして規制の遵守をモニタリングする上で制約があり、規制が骨抜きになってしまうこともしばしば見受けられる。 しかしエネルギー価格に対する人為的な介入を撤廃し、そ の結果価格が上昇するという点については、直接規制と異なり、政策効果の漏れは生じない。そもそも 中国のエネルギー消費ユーザーは日本よりもはるかに数が多く、さらに小型企業が多いという特徴からも、一 社一社モニタリングする必要のないエネルギー価格 の上昇効果は省エネルギー目標の達成の重要な鍵を握るものと思われる。

 直接規制の効果と合わせて、エネルギー価格制度改革についても着実に進んでいけば、もちろん様々な不確実性があるものの、中 国政府が掲げる2010年の目標は十分に実現の射程範囲に入ってくると希望を持ってよいのではないかというのが筆者の結論である。