第22号:中国環境と日中協力を考える
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行政による日中環境ビジネス支援の必要性

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( 2008年7月20日発行)

行政による日中環境ビジネス支援の必要性

大野木 昇司(日中環境協力支援センター有限会社取締役社長)

1.中国環境市場の拡大

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(1)環境関連投資の動向

 中国での環境関連資金投入額は近年、着実な伸びを示している。2006年の環境関連資金総額は2403億元で、このうち都市環境インフラ1314億元、 工業汚染処理関連493億元、建 設事業付随の汚染処理施設建設596億元となっている。また2000年〜2006年各年の環境関連投資は、 GDP1.1%〜1.4%の水準である。
第11次五ヵ年計画(2006年〜2010年)における投資額は1兆4000億元に達する見込みで、内訳は「環境服務業発展報告」によると、都市環境イ ンフラ約6500億元、工 業汚染処理関連約2800億元、三同時約4000億元、生態環境保護関連約300億元、その他約400億元である。また環境対策 を内容別に見ると、工場や自動車など大気汚染対策関連が約5000億元、水 処理関係3800億元、廃棄物処理関連1083億元などとなっている。

(2)環境ビジネスの動向

  中国の環境ビジネスの市場規模(年間売上高)は2004年には4572億元であったが、2006年には6000億元を超える水準にまで拡大したと見られ る。ま た環境ビジネスの従事者は約170万人にのぼる。2010年には、環境ビジネスの市場規模は8800億元に達する見通しで、その内訳は資源総合利用 6600億元、環境保護設備・製品の生産1200億元、環 境サービス業1000億元となっている。  中国の経済成長とこれに伴う環境負荷の増大を背景に、環境市場は大きな成長ポテンシャルを有しており、今後、毎年15%〜16%程度のペースで成長する という予測もある。

(3)今後有望視される分野

 水関連:浄水場整備(水源地保護)は有望、特に一部大都市では水道水を直接飲める ようにする計画があり、水 質軟化や二次汚染防止のための配管整備が求められる。汚水処理場建設、汚水管網建設(修復含む)、汚泥処理施設整備が急速に進ん でいる。工業排水処理や工業用水リサイクルも重視されている。北 方の水不足対策のため、海水淡水化、海水直接利用(工業用冷却水や住宅用トイレ用水)とそ れに対応したシステム作り、汚水の高度処理による再生水(中水)の利用も有望。乾燥地域に対応した節水型灌漑施設、水 道代値上げに関連して家庭ごとの水量 計設置や節水型器具も増加。

 大気関連:石炭が主要一次エネルギーという構造は不変であり、二酸化硫黄 対策が大きな課題。そのため火力発電の排煙脱硫、石 炭液化や石炭ガス化複合発電IGCCなどクリーンコールテクノロジーは有望。また排出基準の厳格化から バグフィルターや電気集塵機なども有望。今後脱硝市場の拡大も見込める。集中暖房供給、熱 電併給(コジェネレーション)、ボイラーや民用燃料の石炭からの ガス化転換なども。自動車排気ガス対策では、欧州排出基準を数年遅れで導入し、新車規制強化や車検強化で排気ガス対策を進める一方、ハ イブリッド車や燃料 電池バスの研究開発も進める。交通インフラ整備では、都市内地下鉄や電車の建設、鉄道電化、閉鎖専用レーンを走るバスの試みなども。

 廃棄物対策:重点は建設計画のある医療廃棄物・危険廃棄物処理施設建設、大都市部のゴミ焼却発電、都市生活ゴミ無害化処理設備の建設。埋 立場メタン発電、生ゴミの肥料化事業も。

 リサイクル:家電リサイクルの実証事業が各地で始まっている。自動車リサイクル、廃タイヤリサイクルなども。石炭ボタ、フ ライアッシュ等工業固形廃棄物のセメント材利用といった工業リサイクルも一部工業都市で導入されている。

 エネルギー:第11次五ヵ年計画で単位あたりエネルギー消費を20%削減するとい う目標が打ち出され、各種の省エネ技術・設備、エ ネルギー効率型エンジニアリング技術、省エネ型照明、ESCO事業、石油代替事業などは有望。風力発電、 太陽光発電、バイオマスエネルギー発電、炭 鉱メタン発電といった再生可能エネルギーの発展も有望視されている。風力発電やバイオマスの建設は現在急速に進 み、太陽光発電の利用はまだ進んでいないがその加工貿易量は世界最大規模。原 子力発電建設も大きく拡大する見込み。

 環境モニタリング:環境モニタリングの強化が重視されており、環境測定機器、分析 実験施設は有望。特 に簡易携帯型測定機器やモニターで監視できるオンラインモニタリング機器。観測項目を増やす動きもある。衛星リモートセンシング導入の 動きも。またストックホルム条約関連で、P OPs(残留性有機汚染物質)対策を推進する必要があるため、PCB、農薬、ダイオキシン等の汚染状況の把握や 対策が求められ、特に測定が困難なダイオキシンの分析実験室を整備しようという動きがある。

 建築省エネ:建築分野では、省エネ、節電、節水、土地節約、材料節約の方針が出た。各種断熱材、太陽熱温水器や再生可能エネルギー発電導入、電 子制御による省エネ、省エネ型照明、建物緑化(屋上緑化や壁面緑化)、VOCなどが少ない良質の内装材、ヒートポンプなどは有望。

 国際条約や国際規制への対応:ストックホルム条約によるPOPs対策強化、モ ントリオール議定書によるODS(オゾン層破壊物質)代替事業、バ ーゼル条約による輸入資源廃棄物管理の強化、京都議定書による各種CDM事業推進、EU のRoHS規制による有害物質代替やその測定認証事業、日本のポジティブリスト規制による農産品や農薬使用調整の動きも。

 インフラ市場化:汚水処理、ゴミ処理、浄水場、高速道路、再生可能エネルギー発電といった公共インフラの建設や運営では、民間企業、外 国投資企業の参入を奨励。ただ経験不足のため、健闘している日系企業は少ない。

 エコラベルと政府グリーン・省エネ購入:2005年末時点で800社以上の企業が 1万8000種類以上の製品について中国エコラベル認証を取得しており、認証取得製品の年間生産高は約600億元に達している。また中国では現在、政府グ リーン購入と政府省エネ購入を義務化している。エ コラベル認証を取得することが政府購入リストに入る条件となっている。政府購入の総額は2006年で 3500億元であり、30%がグリーン・省エネ製品に代替されると計算すれば、市 場規模は1000億元が見込まれる。

 その他:廃棄や輸送を含めた危険化学品管理対策、土壌汚染対策は今後対策を強化し ていく分野。中国側の技術水準の高まりにより、日中の環境・省 エネ技術のレベル差は縮小している。今後は、日本の環境・省エネ技術の中国でのインキュベー ション、中国環境・省エネプロジェクトに対する金融・投資協力なども有望であろう。

2.日本企業の対中環境事業参入への課題

  上記のように、中国の環境・省エネの市場は大きく拡大しつつある。また近年、日中両国政府は環境・省エネ面の協力と交流を重視しつつあり、民間でも「日中 省エネ環境ビジネス推進協議会」が 発足するなど、日本企業の対中環境ビジネス熱は高まってきている。しかし必ずしも環境・省エネビジネスの環境が大きく改 善したわけではなく、依然として以下のような課題や注意点が存在する。

(1)行政のサポート不足

  最近の日本政府の対中環境・省エネビジネスに対する重視の姿勢は強くなってきており、JETRO・NEDO・日中経済協会で日中環境・省エネビジネス窓口 を設置したり、日中省エネ・環 境総合フォーラムを開催したりしているが、それでも欧米や韓国などの政府高官によるトップセールスやサポート拠点設置には及 ばない。特に韓国政府は韓中環境産業センターを作り、韓国環境企業のPR・常設展示・ビ ジネス窓口の機能を北京に設けている。

(2)カントリーリスク
  • 中央や地方の政策・方針転換によるリスクがある。中央と地方との方針の違いに巻き込まれる可能性もある。法治が不十分で、外国企業には厳しく法律を適用する一方で国内民族企業には結果的に甘い一面も。
(3)知的財産権保護問題
  • 中国の技術・製品コピーの問題はいまだ十分に解決できていない。
(4)中国の市場動向の把握と市場対応
  • 政 策変化を含めて、中国市場の変動は激しく、常に最新情報を仕入れておく必要があるし、以前の経験は参考程度にしかならない。低価格では中国の地元企業との 競合、質で勝負する場合は欧米企業との競合、l その中間では韓国やシンガポールなどアジア勢との競合を覚悟する必要がある。
  • 中国の環境市場動向をリアルタイムでウォッチする必要がある。自前の人材でできなければ外部のコンサルタントに委託してでも進めていく必要がある。
  • 日本製品はオーバースペック、高価格。中国での仕様、必要性に応じて製品・サービスをカスタマイズする必要がある
(5)情報収集のチャンネルと幅広いネットワーク

 信頼できる協力パートナーができたとしても、情報源は多いに越したことはない。何らかの情報に対し、それを多角的に分析したり、裏を取ったりするには、独自に人脈ネットワークを開拓し、独 自で複数の情報源を築いておく必要がある。  環境保護は特に行政との関連の深い産業であり、中国側の行政組織や、行政に影響を与えている学者や研究者、環境汚染を報じるメディア等ともつながりを持ち、ま た用心棒的に日本側の行政・業界団体などをかませる方がよい。

(6)中国環境ビジネスに通じたコンサルタントや関連団体と連携
  • 日中の商習慣は外見以上に異なることが多く、日本側も初歩的なレベルから根気強く説明する必要がある。
  • 特に協力相手探しや情報収集では日本側の立場に立つコンサルタントが重要である。
  • 最初は中国進出日系企業の工場汚染対策や日本の行政系中国環境関連プロジェクトに関わるようにし、その実績をもって中国内で展開するという二段構えの戦略も有効である。
  • 中 国の主要都市には、中国日本商会(北京)、上海商工倶楽部など現地に進出した日系企業向けの商工会があるほか、ジェトロや一部地方自治体が事務所を構えて いるところもある。ま た可能であれば他の日系企業と連携しつつ進出するのが望ましい。日系団体と常に意見交換できる体制を作っておく。
(7)協力パートナー探し
  • 中 国ビジネス成功の最大のカギは、よき協力パートナーを見つけ、互恵の関係を作ることである。どの組織も自分が一番ふさわしいと主張するなど、パートナー選 択も容易ではないが、少 なくとも複数の候補を比較検討し、絞り込んでいくことが必要である。分野別にパートナーを分けてリスク分散するのもよい。
(8)日本人は日本ビジネスの感覚から脱し切れない
  • 中国の多様性(地理、経済格差、文化)に留意する。中国は面積が日本の約26倍と広く、地域別に経済圏を構成している。発展状況、気候、産業構成、人々の考え方、商習慣、言語(方言)なども異なる。
  • 中国ビジネスを日中バイで考える傾向があるが、実際には世界中の企業が集まるマルチ市場である。
  • 中 国のビジネス習慣は日本と異なるところが多い。日本人にとって、中国人は見かけ上似ておりしかも中国とは「同文同種」の関係にあるとして、中国のビジネス 習慣は無意識的に日本と似ていると錯覚し、知 らず知らずのうちに日本式ビジネス習慣を押し通そうとする。ただし完全に「郷に入れば郷に従え」で賄賂の悪習 までまねするのも問題。中国のビジネス習慣は日本と全く異なり、しかも警戒すべき点が非常に多く、日 本の商習慣の常識を捨てて、中国のビジネス習慣に対し て腰を落ち着けて研究することが重要である。
(9)通訳と交渉監督者
  • 通訳はビジネス文化の違い、専門分野、過去の議論の流れに熟知していること。
  • 中国人の日本語通訳だけでなく、日本人の中国語通訳も確保すること。できれば自前で確保するのが望ましい。
  • 交渉に当たっては、全体から交渉の場を観察するような監督者がいるのが望ましい。
(10)現地の実情把握
  • 現 地に進出してビジネスが進む場合、主業務に加えて、登記、税務、会計、通関、運搬、法務、知財保護など付属的関連業務も行わなければならず、中小企業の場 合はアウトソーシングになるが、こ れらのコストも織り込まなければならなし、どこに外注するかの情報も各方面から仕入れておく必要がある。

3.国による民間支援の必要性

  市場規模は拡大するものの、リスクは依然大きい中国環境市場への参入、特に日本の中小企業の中国環境市場への参入には、日本政府や地方自治体など公的機関 による護送船団方式が有効であると思われる。特 に中国は「官重視・民軽視」の傾向が強く、日本側も「官」が後ろにつくことで中国側の態度が変わってくる。 以上のことから、日本環境産業の中国市場参入を積極的に進めるため、(中央または地方)行政主導の下、官 民一体によるオールジャパン協力体制で、中国に日 中環境産業促進センターを設立するのが望ましい。このセンターに期待される役割、要件は以下の通り。

  • 日本の環境技術設備を紹介する常設の展示場。
  • ウェブサイト、ニュースレター、広告等メディア掲載による中国語での積極的な情報発信。
  • 中国環境問題ウォッチャー・アナリストによる中国環境市場の調査、情報収集、分析と参入戦略立案。また中国用に仕様をカスタマイズするなどのアドバイス。
  • 現地企業や欧米企業の動向調査・分析。
  • 中国入札の情報提供。
  • 中国環境企業を調査し、合弁会社向けの中国側パートナー探しとパートナー評価、ビジネス仲介。対中環境ビジネスのコーディネーター。
  • 知的財産権保護サポート。
  • 定期的な技術交流会、シンポジウム、大学界との技術情報交流。
  • 優れた技術を持つ中小企業への事業化サポート。

4.まとめ

 中国の環境市場はGDP成長率以上に大きく拡大しており、今後も伸びる分 野である。しかし世界中の企業が参入し、変化が激しく、カントリーリスク・知財リスクがあり、また商習慣の違いや多様性、情 報不足などもあり、企業・団体 が単独で中国環境事業を行うのはリスクが高い。「官重視・民軽視」の傾向の強い中国に対しては、官民一体型の環境事業の拠点を設け、護送船団方式で日本勢 による対中環境事業をサポートする体制ができるのが望ましい。