有限の地球での生存戦略

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( 2008年9月20日発行)

有限の地球での生存戦略

寺岡 伸章(中国総合研究センター フェロー)

 人類は地球温暖化、人口爆発、エネルギー・食糧の制約などの難問に直面し、生存の危機に瀕している。その原因は、地球環境や資源は無限であるという前提 で文明を発展させてきたからである。旧 約聖書が唱える「産めよ、増やせよ、地に満ちて地を従わせよ」という戦略は破綻している。発展や進歩を善とする思想 は優位性を失っている。人類は地球の有限性に直面し、当惑しているのが現状である。 危機の打開には、地球環境の有限性にマッチした人類の生存戦略を創出する必要があるのだ。失敗すれば、資源争奪戦争が繰り広げられるブルータルな地獄絵を 見せられることになろう。それも遠くない時代に。& amp; amp; amp; lt; /p>

日本の科学技術の危機

 米国を除く先進国の人口は減少に転じている。日本も例外ではない。近年唱えられていたゆとり教育などによる大学生の学力の低下は、最近では大学院 生や若い研究者にまで波及するようになった。「 最近の若い者は・・・」というのは年寄りの愚痴だが、研究レベルの低下という現実に直面すると老人の戯言と ばかり無視することはできない。
「最近の旧帝国大学の理科系大学院生の質の低下は深刻だ」という大学教授の発言はしばしば耳にするようになった。少子化の進展と競争環境の緩和が学力低 下を招いているのであろう。海 外の大学に武者修行にでかける元気のある若者も減少しつつあると言われる。米国の一流大学のキャンパスでは、日本語ではな く、中国語が鳴り響いている。
このような事態が続けば、日本の大学は大きな岐路に立たされることになる。科学技術力を維持するために外国人を積極的に受け入れるか、それとも大学は日 本文化の総本山と捉え、大 半の授業は日本人教授の手によって行われるべきと考えるのか。科学技術を選択するか文化を優先するかである。科学技術力を重視す れば、十 年後には日本の大学の准教授には多くの中国人が就任することになると予想される。この問題の存在に日本人関係者はうすうす気づいているが先取りし た議論は行われていない。日 本人の悪い癖である問題先送りがここにも現れている。
さらに、大学教授による能力のある学生の囲い込みも始まっている。優秀な学生は教授が目をつけ、大学院生、助手と同じ大学に留めておこうとする。異なる 文化や伝統をもつ学者との交流を避けるようになってしまう。異能との交流を通じて、新しい閃きやイノベーションが生まれる機会が減少することになる。そこ そこの研究成果で満足するようになれば、大 学は知性集団ではなくなる。近親繁殖の弊害だ。
総理大臣の諮問機関である「教育再生会議」が同じ大学の学部から大学院生への進学率を2割以下にすべしと内部で議論されたが、“反発”があり報告書には 3割と書かれるに留まった。中国の大学は、近 親繁殖の弊害を懸念し、博士号取得者は同じ大学に就職できないようになっている。

日中両国で推論科学を推進せよ

  広東省の珠江デルタ地帯は、汚染された水による灌漑により、その農地の90%以上が重金属で汚染されている。鉛、カドミウム、水銀による汚染が多い。その ほか悪質な化学肥料の使用による土壌汚染、鉛 を多く含むガソリンの使用による大気汚染が土壌に沈着することによって起こる鉛汚染、鉱山や精錬工場における 重金属汚染などが汚染の原因である。中山大学の教授はこのように指摘する。
また、2003年12月23日付けの海南日報によると、海南島の海口で幼稚園児と小学校の児童に対して血液検査を実施した結果、幼稚園児6,910人、 小学校児童8,239人の合計15,149人のうち、幼稚園児の53.78%、小学校児童の56.12%の血中の鉛濃度が世界保健機構が定めた鉛中毒かど うかを判定する基準を上回っている、という結果が出た。鉛 は脳の発達に影響を与えると言われており、非常に懸念される事態である。
また、北京市や華北省の農地の水は乾燥化と過剰使用で河川水が不足しているため、地下水を汲み上げているが、地下水位が15メートルまで低下し、さらに毎年1メートルも低下し続けている。近い将来、水 が得られず作物が大規模な被害に見舞われる可能性がある。

地球環境変動はまだ完全に研究し尽くされておらず、それが温室効果ガス削減の議論に乗ってこない学者や国の逃げ道となっている。手遅れになってからでは 遅すぎる。こ のような人類の生存がかかっている問題については、実証的科学主義から推論科学主義へと重きを移動させる必要がある。未来の地球の気温や天候 の変動を予測可能な超高速のスーパーコンピューターの開発が期待されるところである。日本と中国はそれぞれ世界で2位と3位の高速スーパーコンピューター の開発能力を有する。ス ーパーコンピューターは軍事にも転用できる技術であり、日中間には協調よりも競争の論理が強いが、信頼関係を再構築し、両国の協力 によって推論科学の推進が行われることを望む。

新しい科学への苦難の道

  科学技術は急速に進歩しているが、社会の受容性の限界に来ているため、研究成果が社会に貢献できないようになっている。“死の谷”は一層深く、“ダーウィ ンの海”は一層波頭に満ちてきている。特に、日 本のような安全重視の社会では、研究者と国民のギャップが大きくなってきているように見受けられる。企業は グローバル競争に勝ち残るために、研究開発に投資するが、付加価値はむしろ減少してきている。新 しい商品が市場に出ても、消費者を科学技術や物質に対する ある種の“慣れ”や“飽き”が覆っているのかも知れない。イノベーション政策も大きな転機を迎えているように思える。別の見方をすると、こ のまま科学技術 が進歩すると、青い地球を早く破壊してしまうのではないかという恐怖心が人々の心に芽生えてきているようにも思える。

  長江文明の発見は、今でも遺跡の周辺が耕作可能であることを考えると、持続可能で循環性のある文明像を提起している。畑作牧畜ではなく稲作漁労の生活の方 が自然への負担が少なく、永 続性は高いのである。人間の本来の性質から乖離した超自然的原理の存在を前提に発展してきた西洋近代科学主義は限界に突き当 たっている。有限な地球上では、神から人間の視点への転換が必要である。冷 徹な視点からの分析ではなく、暖かい生命に溢れた人間の復権が期待されている。 あるがままへ回帰せよという学者も現れている。一神教と対極になるアニミズムへの回帰を唱える哲学者もいる。国 際科学振興財団の大橋力は、岩波書店の「科 学」の連載「脳のなかの有限と無限」のなかで、「生物の持つ“本来指向”と“適応指向”の能力のうち、人類は適応指向にのみ注目し、そう能力を最大限に活 用することを善としてきた。その行き着く先が、地球社会を閉塞と不快と危機に導いた元凶である」と断罪しつつ、生物の本来指向の復活と有限空間である地球 との共存を模索している。大きな実験である。しかし、一 方では、近代物質科学の超越思想を身にまとったカルト的集団が現状不満分子や文明破壊分子を糾合 し、勢力拡大をしようと狙っている。人類の前途にはまだ回答は用意されていない。

  研究開発の主人公は国家でも企業でも研究機関でもない。研究者である。研究者は国内外の権力構造のなかで、科学技術発展の“道具”として位置づけられてき ている。生産性を上昇させるために、研 究評価が導入されてきたことは分かりやすい例である。研究者は競争に駆り立てられ、科学の本来である“知る喜び”や “探求する快楽”を奪われてきている。研究者が生き甲斐をもち、喜 べる研究環境を作るべきである。過剰な評価や過当な競争は科学の発展を歪めてしまう危険 性が孕んである。科学者の生命が躍動する研究機関を作ろう。人々の生命が輝く文明を作ろう。欲望に踊らされてはいけない。生 命を大切にするという基本から 人間と地球との共存が可能になるのである。

  日中両国の科学者も生命が輝く地球の創新には共感できるはずである。既に記述したように1900年当初及び1980年代は輝ける日中密月時代があったので ある。両国は国内問題のみでなく、地 球市民の閉塞感を打破し、歴史の谷間に没することなく、新文明の曙に向けて協力していかなければならない。

  また、日本政府は科学技術外交という新しい概念を洗練させ、台頭する中国と戦略的に付き合いつつ、人類の危機を克服し、新しい文明の地平線へと歩んでいく必要があろう。


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