中国型イノベーションの死角

コラム 寺岡伸章・北京便り

( 2008年10月20日発行)

中国型イノベーションの死角

寺岡 伸章(中国総合研究センター フェロー)

 

中国政府の危機感

 2008年7月11日の「人民日報」は、人民時評「中国製造から中国智造」において、もの作りによる価値創造から研究開発による価値創造への転換 を主張している。中国の中小企業は人民元の上昇、石油などの生産資源コストの上昇により、困難に直面している。一方、海外の多国籍企業は、優秀な人財を確 保・活用するため中国に研究開発拠点を移転しつつある。中国企業も“世界の工場”の地位に安住することなく、技術進歩を核心とする“世界の研究所”に変 わっていかなければならない、としている。

  この時評の背景には、世界規模の不況のなかで中国企業の赤字額が膨らんでいることがあげられる。この危機の打開策を自主創新に求めているのだ。やや議論が 乱暴すぎる嫌いがある。企業の全ての解決策を自主創新に帰結させるのはどうかと思う。その前に他にも打つべき施策はたくさんあるはずである。また、政府や メディアが自主創新を高らかに叫んだところで、企業が研究開発投資を増加させるとは限らない。むしろ不況時には縮小させるのが一般的であろう。さらに、自 主創新は非常に地味で根気の必要な仕事であるため、バブル経済を経験している中国人にその精神が受け入れられるかは疑問がある。真面目に技術開発に取り組 む人々にどのようにインセンティブを付与するかを考えるべきであろう。

  いずれにしても、人民日報が現在、自主創新の重要性を改めて取り上げた危機感の方に傾注したい。輸出不振は相当中国企業を相当苦しめているに違いない。

自主創新と和諧社会

 胡錦 濤は粗放型経済社会から和諧社会への実現に向けて、巨艦中国の舵を切った。すると当然、中国型の自主創新のあり方も変わってくるはずである。しかし、それ らの間を埋める議論は「科学的発展観」という抽象的な文言だけであり、具体的な施策やプロジェクトが提示されているわけではない。つまり、自主創新も和諧 社会もそもそも政治的意図から出てきたものであるため、それを繋ぐ政策が構築されていないのである。和諧社会が最大の政治目標であるならば、科学技術推進 のビジョンもそれに沿う必要がある、多くの研究資源がそのために投入されるべきである。例えば、安心で安全な社会は和諧社会そのものであるため、地震研 究、新エネ・環境保護研究、食品の安全性研究などは優先順位が高くくるべきであるが、自主創新と言えばハイテク重視の研究と解されている。科学技術部も日 本との協力と言えば、必ず情報通信、ナノテク、バイオなどのハイテク分野でやろうと呼びかけてくる。

  これらの概念を両立させるには、政策を他国に学ぶのではなく、自ら独自の独創性のある政策を探求していくべきであろう。中国政府にそのような努力を期待したい。

米国型社会の行き詰まり

  大量生産・大量消費の米国型社会はエネルギーと資源が無限であることを前提に成り立つが、地球の有限性が明確に見えてきた昨今では米国は世界のモデル国家 ではなくなっている。しかし、中国は超大国・米国の後を追っているように見える。世界の覇権を求めているように思われる。米中両国民は功利主義の傾向が強 いため、国のあり方が似通ったものになりがちである。

  地球は有限であるという厳粛な真実を中国は見つめ、そのための生存モデルを探求していくべきである。ドルさえあれば資源が入手できるという時代は終わっ た。軍事力で国内外を統治するシステムも終わろうとしている。共存のための知恵が試されているのだ。パワーで世界をリードする時代ではないのだ。

  中国政府と中国人の賢明さに期待したい。

科学と技術は別物

  鄧小平の「科学技術は第一の生産力」であるという言葉は、中国の特徴を端的に現している。勤勉や資源や資金にではなく、科学技術こそ中国が最も頼りとする 成長の鍵であると表明している。この概念が提起された背景は、イデオロギー闘争にエネルギーと労力を消費するのではなく、客観的な認識と生産過程に重きを おいた活動を行うべきとも解釈することができよう。

  この概念を批判するつもりは毛頭ないが、時代は変わったのだ。科学と技術をごっちゃに認識してきたことが、海外の技術の安易な導入や模倣の蔓延に繋がり、 自ら苦労して研究し、開発するという態度を封印してしまった感がある。結果さえよければ、経過はたいしたことがないと皆が思うようになったのではないかと 筆者は危惧する。成果の出にくい基礎研究軽視の態度が顕在化しているとすれば、問題の根は深い。

  中国では基礎研究費に5%しか投入されていないという事実を直視すべきである。鄧小平は「技術は第一の生産力である。しかし、その技術は基礎科学から生み出されるのだ。まずは基礎科学を復興させよう」と主張すべきだったのかも知れない。

政府主導のイノベーションは失敗する

  中国の科学技術政策を鳥瞰すると、科学院はソ連の科学アカデミーを模倣して設立され、研究費は国家から配分されていた。しかし、ノーベル賞学者・李政道な ど米国留学で成功を手に入れた学者が鄧小平に提言した政策は米国の科学システムの導入である。1986年の国家自然科学基金委員会設立はその象徴的な出来 事である。研究者は自由な発想に基づいて研究課題を提案し、競争的資金を奪い合うことで、政府はより質の高い研究に資金を投入しようという仕組みである。 また、研究者間の競争を激化するために、ポスドク制度が設立された。この制度は日本では1990年代に導入されたが、中国ではまだ“市民権”を得ていな い。いずれにしても、米国型の研究システムが中国に導入されてきた。

  また、イノベーションの導入も政府主導の下で行われ、数多くのハイテクパークを中国全土に設置し、主に海外のハイテクと資金を吸収しようとしてきた。基礎 研究の成果を産業化に結実させる橋渡しである“死の谷”や“ダーウィンの海”を乗り越えようと、政府主導でその機関まで設立してきている。米国の例を引く までもなく、イノベーションは本来企業主導で行われるべきであり、“お上”主導では失敗する。市場ニーズに直結しない技術はどんなに優れていても、死の谷 を乗り越え、ダーウィンの海を泳ぎ渡ることは困難である。市場ニーズを最もよく知る者は企業であって、決して政府や研究者ではない。

  橋田坦は著書「中国のハイテク産業」のなかで、「多くの分野で、自主創新が進行しているが、実態は外国企業の消化・吸収である。交通、電力、通信、医療な どに関わる社会システムのイノベーションに関して、政府が関与・介入することは可能だが、性急に自主イノベーションを要求すると、自主開発力が不十分な国 内企業は、外国技術の消化・吸収で間に合わせようとする。さらには、時間がかかる研究開発を省略して、最終製品の技術導入でもって自主開発とする傾向があ る。これらは、国家主導の自主イノベーションがもたらす弊害である」と記し、国家主導のイノベーションに警鐘を鳴らしている。

  中国企業は目先の利益を追う余り、研究開発に投資したり、研究所を設立したりする意欲が弱いように見受けられる。そのような態度がコピー商品の生産へと向 かわせている。政府によるコピー商品の取締り強化は、企業主体のイノベーションへの正しい道であるはずであるので、自主創新の精神を中国大陸に植えつける ためにも、是非ともコピー商品の撲滅に傾注してもらいたい。

“百貨店型科学技術政策”の限界

 中国は大国であるため、全ての自然科学の分野で世界トップを狙っているように見える。莫大な人 口を抱えていることから自然な発想とも言えないことはないが、最終的な自前主義が海外の警戒感を喚起している。海外技術の吸収、消化、改良そしてイノベー ションという方針は、海外企業からみると、利用のある時に利用されるだけで、価値がなくなると、追い出されるのではないかと不安に陥らせている。“生き血 ”を吸われるうちが“華”で、それが終わると、捨てられると心配している企業は多い。中国政府がそれを全面的に否定することが、いわゆる真の平等互恵の信 頼関係に繋がっていくのだ。

  最終的にどんな科学も技術も産業でも独力でやるという姿勢は改めるべきであろう。中国の百貨店方式は、海外企業や研究機関が最終的には中国国内で生き延び る空間がなくなることを意味している。人類の危機を脱出するためには、国境を越えた協力が必要であることは論を待たない。相手の立場になった暖かい手法が 必要ではあるまいか。中国政府の大国らしい品格ある振る舞いを期待する。


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