第25号:中国伝統医学 ~「中医学」と「漢方医学」について~
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漢方医学の現場から

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( 2008年10月20日発行)

漢方医学の現場から

青柳 一正
(筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター長、教授)

1.はじめに

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 東西医学統合医療センターはその名称が示すように、東洋医学と西洋医学を駆使して、治療を行うことを目指している。当 センターで行っている東洋医学には漢方、鍼灸、マッサージなどがある。鍼灸は14名の教官、職員が診療に当たっており、その他卒後研修の鍼灸師も多数おり ます。西洋医学としては内科、神経内科、整形外科、小児科、放射線科があり、筆者自身は漢方専門医、指導医であるが同時に内科、腎臓、血液透析専門医、指 導医でもある。筆者は、生化学、特に病態生化学を大学院で学んでおり、病の治療に人間が持っているあらゆる知識と方法を用いることを目指したいので、あえ て東西医学に限定しなくても良いのではないかと考えているが、実態としては東西以外の医療を全般的に取り込むことが現状では難しく、現在の名称となって る。ただし、英語名はCenter for Integrative Medicine で、アメリカ人からみれば日本も中国もFar Eastであるが、Westernはアメリカでは西部劇の舞台と言うことになるのでしょう。 検査機器は脳波計、専用の恒温、恒湿の検査室によるサーモグラフィー、神経伝達速度など自律神経に関連した検査機器にMRI, CT,最新の全身骨密度測 定装置などを備えている。

  筆者は当センターで漢方薬による治療と西洋医学的治療を統合することを試みているわけであるが、西洋薬と漢方薬の統合治療を行うことには、批判的な意見の 方も多いようである。しかし、当センターを訪れる患者さんは、近隣につくば大学病院や大きな病院が多い地域に立地するため、西洋医学での治療が効を奏さな い患者が多くなる。また、重篤で、西洋医学の薬剤を服用中止することの出来ない患者が多く、西洋薬と漢方薬の統合治療を行わざるを得ない症例が必然的に多 くなる。卒後、生化学の大学院生として、4年半病態生化学を学び、その後、腎臓専門医、透析専門医となった筆者が、どのような観点、理由で漢方治療を行っ ているのかを述べ、西洋医医学と漢方医学の統合を試みられている先生方、あるいは漢方医療を受けられようとしている患者さんの御参考になればと考え、最近 考えていることを述べてみたいと思う。

2.現在の医学教育を受けた医師が、なぜ漢方薬治療を受け入れにくいのか?

 これは、言い換えると「なぜ現在の日本の医学(西洋医学)を学んだ医師、特に筆者の世代には東洋医学を受け入れることが理解し難いのか?」となるのではないでしょうか。

 筆者は、昭和40年代に千葉大学で医学教育をうけた。千葉大学には漢方研究会もあり、漢方治療については他の日本の医 科大学より熱心で、漢方を専門とする同級生も多いので、ちらほらと情報が耳に入ってくる。ある著明な漢方医が、糖尿病による合併症が進んだ患者さんのイン スリン療法を打ち切り、漢方薬で治療しているなどと言う情報も入ってきた。現在では糖尿病による血管障害の発症機序の解明はある程度進んできたので、その ような治療法についても、条件付で納得できるわけであるが、当時は、糖尿病はインスリンの投与で治ると信じていたので、何と言うことをするのだろうと驚き をもって聞いたことを思い出す。これは筆者自身の経験であるが、その当時は物質の受容体ですら、提唱されていたものの、その存在を信じない科学者もいると 言った程度の西洋医学の学問レベルで、漢方薬の薬効を物質レベルで説明できるわけも無く、筆者と同世代の医師には「漢方なんて効く訳が無い」と考えている 人が多い時代であった。そこで、何ゆえに筆者が、そのように考えたのかを解析してみた。

 以上は私が長年にわたって中医学の国際交流に従事し、中医学の国際教育を普及させてきた体験、および中医学の理論と臨床研究における体験に基づい た感想であり、純然たる個人の見解である。不適切なところはご教示いただくとともに、世界各国の同分野の専門家各位と討議し切磋琢磨できることを希望して いる。

1) 開発次期、開発方法のちがい

 東洋医学をあまりよく知らない時点では、西洋医は(少なくとも筆者は)、傷寒論は、感染症を主体とした医学総論、治療学であるが、基本的には、後漢時代 のものであり、気の理論、陰陽五行などの中国の哲学で医学総論が組み立てられており、発展した現代医学からみたら、問題にならないだろうと思ったわけであ る。
また、漢方薬は、現代の統計学的手法にのっとったevidence based medicineも十分とはいえないし、漢方薬の多くは、多数の生薬が混じっており、名前もわかりにくく、生薬成分がすこし違う同じような処方が多数ある ことが、ますます、西洋医が漢方薬に、とっつき難いものにしている。

2)病の捉え方のちがいによる解りにくさ

 また、病名はリチャード・ブライトが腎臓病という概念を19世紀初旬に提唱し成立したのが初めてで、これより前には疾患名は無く、症候名だけが存在して いた。そこで、当然漢方薬は症候に対する適応はあっても、本来、西洋薬のように疾患名にたいする適応は無く、現在、病名適応のあるものは、後世の人が適応 病名をつけたと考えられる。

 

 ご存知のように、同一の症状でもそれを起こす原因は異なるものがあるため、東洋医学でも原因に対応する漢方処方の見分け方が述べられているが、簡易な解説ではこのことが記載されておらず、漢方に不慣れな西洋医が、見当違いな処方を出す原因になっている。

 

3. 漢方薬のメリット 

 西洋医学では病名が決まると、病期を考慮するとしても、その病名にevidence based medicineがあり、保険適応がある薬剤を使用することになる。
複数の成分を混合した薬剤の新たな健康保険への採用は、厳しい条件を克服しなければならず、日本では多成分薬剤の新たな開発は困難を極める。従って、現 在の医療において、保険診療以外の診療を行うことは経済的にも難しいため、多成分薬剤は現実的には、ほぼ漢方薬のみとなる。

  なぜ、多成分薬剤にこだわるのかというと、最初は単一な原因で病の引金が引かれたとしても、疾病となって認識されるころには、非常に多くの異常が発生して いることが多い。このことは、単一物質で生体を障害しても、発現してくる遺伝子発現を網羅的に解析すると、初期には数十の遺伝子発現の変化であるが、やが て数千の変化が起こる。従って、既に発症している疾病では、多発している異常を網羅的に是正することができる、多成分薬剤が有効性を速やかに発揮する可能 性が高くなるであろう。また、多数の成分で効果を発揮するため、一つ一つの成分は、少量でよく、このため薬物代謝の異常が存在するような個体においても、 比較的副作用が少なくてすむ。西洋薬においても、単一性分による治療の弊害として現れる、薬剤代謝の差をP450の変異などを検出して、テイラーメイドの 医学として、個体ごとに最適な薬の量を決めようとしている。 evidence based medicineが、有効薬用量と有効性を個体の差を無視して統計的に決めようとしていることと矛盾しているように筆者には思える。このように考えると、 evidence based medicineとは、経済性を優先する医学であるとの指摘もうなずける。

  漢方処方の決定には、各個人の「症」を決め、固体の差を十分に考慮している。漢方薬の開発時点は、古いため、人間に直接投与してその効果を検証できるた め、現代の動物実験から、人間への投与といったステップも無く、動物では難しい、人間の主観的な症候である、疲労、感情、冷え、のぼせ、痛み などに対す る効果が検討できたのであろう。そのため、症に加え、患者の疲労、精神状態、などに適合する漢方処方を選択できる。この点、テーラーメイド医学の実践を早 々とやっていることになる。

4.西洋医学では治療できない病の存在

 漢方治療が西洋薬よりすぐれている点は、前述したが、西洋医学では治療できない病も治療できる。

  1. 西洋薬が副作用のため服用できない患者に有効な漢方処方がある。
  2. 症状はあるが西洋医学的に確定診断ができないため、ステロイドホルモンなどの強い薬が使えない患者に有効な漢方処方がある。(確定診断できない自己免疫疾患、レイノー病 など)
  3. 西洋薬では充分な薬効が得られないものに漢方薬による治療が有効なものがある。(ネフローゼの再発防止、うつ病、関節リュウマチ、など)
5. 漢方医学と酸化ストレス

 筆者と漢方薬の出会いは、20数年まえの酸化ストレスの研究による。

 当時、筆者は腎不全末期に起こる全身の炎症症状を尿毒症と言うが、尿毒症発症時に産生が著明に増加するメチルグアニジン(MG)の産生気候を研究してい た。筆者らはMGがクレアチニンとハイドロキシルラジカルという毒性が強い活性酸素が反応して産生されることを見出した(図1)。

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 富山医科薬科大学の大浦彦吉教授、横澤隆子らのグループは漢方薬の腎疾患への効果を検討しており、カテキンなどが腎機能低下を防ぎ、MG の産生を減少させることを報告していた。そこで、筆者も漢方薬の抗酸化効果に興味を持った。1987年には肝臓の細胞のMG産生がネフローゼを起こすピュ ウロマイシンアミノヌクレオシド(PAN)で増加し(図2)、 これがprotein kinase C活性化によることを報告した(図3)。

 

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toku_ao5  また、柴胡サポニンやオウゴンの成分バイカレインが、MG産生を抑制することを報告した。(図4)

 また、その作用部位は図5のように報告されている。(図5)

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興味あることには、漢方薬の多成分による共同作用がこの細胞を用いた系で観察できた。小柴胡湯去生姜の1μg/mlは黄連単独の100μg/mより強力にPANで増加したMG産生(活性酸素産生)を抑制した。(図6)

 

 酸化ストレスはご存知のように、微小循環の血流障害を起こし、遺伝子発現を変動させ、アポトーシスを起こしたりする。糖尿病による血管障害、老化、発癌等、広範囲に疾病と関連している。炎症細部ばかりでなくじつ実質細胞も活性酸素を産生する、
筆者らは腎とフリーラジカル研究会を結成し既に20年異常研究を続けており。3000ページに及ぶ9冊の著書を発刊してきた。
和漢薬にはこの活性酸素の産生を強力に抑制する成分が多く含まれており、その薬効の一部を担っている。
筆者らは慢性腎炎に柴胡、オウゴンを含む柴苓湯をもちい、蛋白尿減少効果を報告した。(表1)

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