第110回CRCC研究会「北方移動進める中国限界地農業の現状と課題」(2017年11月27日開催)
「北方移動進める中国限界地農業の現状と課題」
開催日時:2017年11月27日(月)15:00~17:00
言 語:日本語
会 場:科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール
講 師:高橋 五郎 氏: 愛知大学現代中国学部 教授
講演資料:
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北方移動進める中国限界地農業の現状と課題(動画なし)」(
26.2MB )
「
北方移動進める中国限界地農業の現状と課題(
動画含む」(
56.6MB )
講演詳報:「 第110回CRCC研究会講演詳報」( 2.60MB )
北方地域の農地開発で進む土地荒廃 対策には日中協力が
中国総合研究交流センター 小岩井忠道
中国の農業に詳しい高橋五郎愛知大学教授が11月27日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究交流センター主催の研究会で講演、北 方地域で農地の確保を進める中国の農業政策によって深刻な土地荒廃が進んでいる現状を紹介するとともに、対策を見つけるために日中協力で調査研究を急ぐ必要を訴えた。
まず明らかにされたのは、中国が主要農産物の生産者価格で国際競争力を急速に失っている現実。国連食糧農業機関(FAO)の資料によると、中 国産米の生産者国際価格は2013年のトン当たり492.3ドルから14年に457.9ドルに下がっている。しかし、米国は359ドルから295ドルに下がっており、価格差はより広がった。ト ウモロコシも489ドルから441.9ドルに下がったが、米国は176ドルから146ドルに低下、もともと米以上だった価格差はさらに拡大している。米の生産費は、2016年に前年の1.22%増と上昇に転じ、中 国農家の苦境はさらに深まった。
こうした背景に生産資材コスト上昇、土地費用上昇、農業雇用労賃上昇、品質重視傾向への対応、機械化等設備投資、土壌劣化、生産性維持・向上のための費用圧力など数多くの要因が重なっていることを、高 橋氏は指摘した。中国政府は約1.2億ヘクタールの農地面積を堅持する基本政策をとっているものの、急速に展開する農村部の都市化に伴う農地転用によって、優良農地の代替地確保は難しくなっている。この結果、進 められているのが農地の北方地域への移動。平坦地が少ない北方三日月農業限界地と呼ばれる乾燥地帯を農地として利用しようとする政策だ。内モンゴルを中心に西はウイグル、東は遼寧省、吉林省に至る高緯度地域で、大 規模な農地開発が進む。
参加者の大きな関心を集めたのが、高橋氏が時間と労力をかけ、地域によってはドローンも利用した詳しい現地調査の結果だ。中心支軸散水灌漑機と呼ばれる巨大な散水装置を導入した機械式農業によって、土 地の荒廃も急速に進んでいる現状が多数の写真によって明らかにされた。巨大な中心支軸散水灌漑機には、数百メートルもの長さの腕に直径1メートルものタイヤが約50メートル間隔で多数付いている。そ の長い腕を地表に沿って回転・移動させながら数十~百数十本もの散水口からくみ上げた地下水を地表に放出する。氏が調査地点を特定するためにグーグルマップからコピーした多数の拡大地図には、直 径600~1,000メートルの円形地下水灌漑農地がびっしりと並ぶ様子が写っていた。
高橋氏によると、こうした円形農地のほとんどはわずか数年で耕作不能となる。深さ300~500メートルからくみ上げる地下水が枯渇してしまうためだ。調査地点では、全 体の半数の円形地下水灌漑農地が工作不能地となっていた。放棄された農地に放置された巨大な散水灌漑機の残骸や、地表に捨てられた殺虫剤空きボトル群に加え、さらに衝撃的な写真も示された。円 形農地より低地に位置していたため、地下水の枯渇によって面積3,500ヘクタールもの湖が干上がってしまっている。現地のネットメディアから提供されたという写真には、リ ゾート地だったというこの地で越冬する複数の渡り鳥が湖上でえさをついばむ姿が写されていた。
「この写真が撮られたのは2013年。しかし、いまやわずかな水が残る乾燥地になってしまい、塩分が地表に浮き出している」。高橋氏は、地下水の枯渇がいかに早く土地の状況を変えてしまうか、現 地の人々も驚いている現実を紹介した。
中国の北方三日月農業限界地に円形地下水灌漑農地が増えたのは、米国で同じ方式の農業が盛んであるのを見た人が導入したのではないか、と高橋氏はみている。「米国の場合、地 下水が枯渇しても代替地を探すのは困難でないため、この農業方式が維持されている。しかし農地が国土の10%に満たない中国では、そうはいかない」と、氏は指摘した。「日本にとってもひとごとではない」と して氏が挙げたのは、放棄された耕作不能地に残る農薬の影響。「草が枯れると農薬が地表に露出し、舞い上がって一部は日本にまで流れてくる恐れがある。現在は、研究論文も皆無。ともかく現状を広角に掘り下げ、課 題を見つけ出すことが急がれる。早急に日中共同の研究チームをつくり対策をまとめる必要がある」と、高橋氏は呼びかけた。
(写真 CRCC編集部)
講演概要
1、低下する中国の農産物国際価格競争力
まず、中国が主要農産物の生産者価格の国際競争力を急速に失ったことをFAO統計から明らかにする。増加する輸入農産物は、その経済的代替策の結果とみることも可能である。
その理由について、①農業労働力賃金圧力、②生産資材等価格圧力と多投圧力、③農地流動化進展下の農地地代の上昇、④規模拡大の後れ、⑤消費市場の質的向上に対する対応の後れ等にあることを述べる。
2、南方、沿岸部等の農業適地の減少と農業の北方移動
18億ムー(約12億ヘクタール)を堅持する農地基本政策が、急速に展開する農村部の都市化に伴う農地転用によって、優良農地の代替的確保を難しくし、農業限界地の北方移動が進んでいることを述べる。
3、農業限界地の北方移動の現状と現地調査
こうして進展中の農業の北方移動の現状を述べる。特に、大規模に進む内モンゴルを主として西はウイグル、東は遼寧・吉林までの高緯度高地乾燥地帯(「北方三日月農業限界地」)に おける農業開発の実態を現地調査から紹介する。
4、農業環境諸条件と現状
現地における限界的な農業環境諸条件を気温、降水量、地下水、農地土壌、栽培作物、輸送等の諸点から述べる。なぜ、かかる地帯において農業開発が必要となったかを上掲2との関連性から述べる
5、中心支轴式喷灌机の現状と分布
現地で広範に採用されている中心支轴式喷灌机(圆形喷灌机:直径800~1,000メートル)の現状を把握するために講演者が実施した、広域的調査結果についての概要報告を、写真とビデオを用いて行う( 下図は、分布図)。
6、結論(評価と課題)
高橋 五郎(たかはし ごろう)氏: 愛知大学現代中国学部教授
略歴
愛知大学現代中国学部教授,同大学国際中国学研究センター(ICCS)所長、同大学院中国研究科長。中国・河南財経政法大学名誉教授。愛知大学法経学部,千葉大学大学院博士課程修了、農学博士。宮
崎産業経営大学教授を経て、1997年より現職。専門は中国食料問題,中国農村経済学,中国社会調査法と統計制度の分析,中国農村土地制度論など。主な著書は『世界食料の展望-21世紀の予測-』(翻訳)(
ダンカン他著,農林統計協会,1998)、『国際社会調査-理論と技法-』(農林統計協会,2000)、『新版国際社会調査-中国旅の調査学』(農林統計協会,2007)、『海外進出する中国経済』(編著,日
本評論社,2008)、『中国経済の構造転換と農業』(日本経済評論社,2008年)、『農民も土も水も悲惨な中国農業』(朝日新書,2009年)、『新型世界食料危機の時代―中国と日本の戦略』(論創社,2
011年)、『新次元の日中関係』(編著、日本評論社、2017)など日中関係論をはじめ、中国農業問題や食品安全問題を題材とした和文・英分論文,著書が多数。2014年に文藝春秋社、2
016年新潮社から新書を刊行。
毎年、中国農村調査を実施、年平均30日は各地の中国農村で過ごす。現在、株式会社デンソー、中国浜州市沾化県政府と共同研究。愛知大学側の研究代表者を務める。