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第113回CRCC研究会「中国科学院の概要と中国の科学技術の現状」(2018年1月12日開催)

「中国科学院の概要と中国の科学技術の現状」

開催日時:2018年1月12日(金)15:00~17:00

言  語:日本語

会  場:科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール

講  師:林 幸秀 氏:国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー

講演資料:「 中国科学院の概要と中国の科学技術の現状」( PDFファイル 1.64MB )

講演詳報:「 第113回CRCC研究会講演詳報」( PDFファイル 4.0MB )

対等な関係で競争と協力を 林幸秀氏が中国との付き合い方提言

中国総合研究交流センター 小岩井忠道

 科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター上席フェローの林幸秀氏が1月12日、JST中国総合研究交流センター主催の研究会で講演し、中国科学院に代表される中国の巨大な科学技術人材と研究開発資金について詳細に報告するとともに、日本は中国と対等な関係で競争と協力に努めることが重要だ、と提言した。

 林氏は、中国最大の研究機関でかつ最も権威のある科学アカデミー「中国科学院」について調査し、「中国科学院-世界最大の科学技術機関の全容 優れた点と課題」(発行:丸善プラネット)という著書にまとめ昨秋、発行している。中国科学院の正職員は6万9,000人余り。これに加え、傘下104の研究所、3つの大学に属する約4万5,000人もの大学院生が研究の重要な一翼を担う。ロシア科学アカデミーの約4万人、フランス国立科学研究センター(CNRS)の約2万6,000人、米国最大の研究機関である国立衛生研究所(NIH)の約1万8,000人という職員数と比べ、規模の大きさは群を抜く。

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 年間の予算規模も約506億元(約8,600億円)。CNRSの約23.2億ユーロ(約2,900億円)、ロシア科学アカデミーの約853億ルーブル(約1,700億円)や、日本の代表的研究機関である理化学研究所の約900億円、産業技術総合研究所の約909億円をはるかに上回る。

 著書にも詳述されているこうした中国科学院の実像に加え、科学技術人材大国に中国が発展した背景について、氏は独自の解釈を含めて詳しく解説した。まず強調されたのが、「海亀政策」と呼ばれる海外で活躍している中国人研究者の帰国を促す政策と、「科学技術進歩法」というユニークな法律によって年々、積み増しされてきた研究開発資金の大幅な伸び。前者によって、欧米から優秀な研究者が帰国し、国内の大学、研究所の体制整備が急速に進んだ。後者は「科学技術投資の増加率は国家財政収入の増加率を上回る」という法律に明記された記述が、毎年、研究開発費の大幅な増額を保証してきた。

 科学技術人材大国への動きは、現在も変わらない。北京大学や清華大学など中国の代表的な大学は、成績優秀な上位3分の1の卒業生がほとんど米国に留学する。それに次ぐ成績の残る3分の1に相当する卒業生は同じ大学の大学院に進学し、これら国内大学院進学者の中からも外国に留学する人間が加わり、国際的な人脈を拡大、強固にする役割を果たす。国内の大学教授や研究所長といったしかるべきポストに就くには、海外大学での研究実績が条件となっていることで、さらに国際化が強化されている...。

 林氏は、こうした実態を説明した上で、中国が抱える問題点も指摘した。その一つが、科学論文数と高被引用科学論文数の急激な増加を過大評価することに対する疑問。文部科学省科学技術・学術政策局の調査によると、2013~2015年に世界の主要学術誌に掲載された論文数は1位が米国で、全体の25.4%を占める。中国は2位でシェアは18.3%。日本は5位でシェアは5.6%だ。被引用数がトップ1%に入る髙被引用論文数でみても、中国は1位の米国(シェア49.0%)に次ぐ2位(シェア18.3%)につけている。日本は12位(シェア5.2%)と見劣りがさらに目立つ。この20年間で中国の論文数が急激に増えたことの解釈として、林氏は次のように語った。

 「中国の研究力が伸びてきたことは確か。ただし、中国では被引用回数を多くすることが『自己目的化』している可能性があり、被引用回数の多さだけをもって中国の科学レベルを高く評価することには疑問がある」

 こうした見方を裏付けるデータとして、氏は科学技術振興機構(JST)が2017年に実施した日本の専門家の評価を基にした研究レベルの主要国相対比較結果を示した。それによるとエネルギー分野では、欧州、米国、日本の評価が、中国、韓国を上回る。環境分野は欧州、米国が、日本より上で、中国、韓国の評価は日本より低い。ライフサイエンス・臨床、システム・情報科学、ナノテクノロジー・材料分野でも似たような結果となっている。韓国の専門家による同種の国際比較でも、いずれの分野でも中国は、米国、欧州、日本より評価は劣り、ほとんどの分野で韓国よりもさらに下の評価という結果になっている。

 論文数、髙被引用論文数の急激な増加が、研究レベルの向上を正確に反映しているとはみなせないとする理由として氏は、「とにかく研究者の数が多い」という中国特有の現実を挙げた。欧米や日本では当たり前になっている研究者同士の直接的評価「ピアレビュー」が、研究者の数が特に多い中国では困難な結果、論文数や髙被引用論文数という数字だけに頼る評価を客観的だとみなさざるを得ない、と氏はみている。

 さらにそのことがとにかく論文を多く出し、被引用数を増やさなければならないという圧力になり、短期間で論文を書けるような研究テーマしか選ばないという結果を招いている。日本では指導的な立場の研究者が書くことが多い総説(レビュー論文といわれ、多くの論文が引用されるのが普通)も若手を含む多くの研究者が書いており、仲間同士で論文を引用し合う実態が見られる。中国の科学技術学会は、関係する学会誌のインパクトファクターを高めるため、学会誌からの引用、学会員同士の引用を奨励している。さらに、国際的に名が通っているネイチャーなどの学術誌も、結局は民間の出版社が発行しているため、多くの研究者に購読してもらいたいという意思が働いているという推測が成り立つ。購読者を増やしたいという期待から、購読者増が見込める中国人研究者の論文を優遇して掲載しているのではないか、という疑念だ...。

 林氏は、こうした解釈、推測に加え、文革によって科学研究が10年間、空白を余儀なくされた中国特有の事情も挙げて、「50歳代以降の指導者が少なく、真理を追究する科学文化や科学者を尊敬する世論がまだ十分に育っていない」という、より根本的な問題点も指摘した。

 「基礎研究、オリジナリティで欧米に及ばない」、「最新鋭の装置・施設を持ちながら、十分に使いこなしていない」、「イノベーションや実用化の経験が少ない」、「研究評価などが数値指標中心で、近視眼的」。中国の課題をこのように列挙した上で、同時に林氏は、中国ならではの予測困難な大きな発展の可能性が考えられるとして、以下の3点を挙げた。

 高速鉄道の急速な開発実績や、どのような活用が可能かの想定が難しいビッグデータの規模の大きさなどからうかがわれる「量が質を凌駕する可能性」。ドイツのロボットトップ企業「KUKA」の買収に見られる「国際的な企業買収によってもたらされる結果」。「千人計画」による中国系米国人の取り込みなど「外国ハイレベル人材の取り込み」。

 こうした課題とさらなる発展の可能性を秘める中国と、日本は今後どのように付き合っていくべきか。林氏は、次のような提言で講演を締めた。

 「中国を恐れてはいけない。また、逆に侮ってはいけない。客観的な見地から中国の状況を把握・理解し、対等な関係で付き合っていく(競争と協力)よう、努力すべきだ」

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(写真 CRCC編集部)

林幸秀

林 幸秀 (はやし ゆきひで)氏:
国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー

略歴

 1973年東京大学大学院工学系研究科修士課程原子力工学専攻卒。同年科学技術庁(現文部科学省)入庁。文部科学省科学技術・学術政策局長、内閣府政策統括官(科学技術政策担当)、文 部科学審議官などを経て、2008年(研)宇宙航空研究開発機構副理事長、2010年より現職。2017年よりライフサイエンス振興財団理事長。著書に『理科系冷遇社会~沈没する日本の科学技術』、『 科学技術大国中国~有人宇宙飛行から、原子力、iPS細胞まで』、『 北京大学と 清華大学』『インドの科学技術情勢~人材大国は離陸できるのか~』『 米国の国立衛生研究所NIH~世界最大の生命科学・医学研究所』など。