第117回CRCC研究会「中国経済の構造問題~足許の安定と将来リスク~」(2018年5月23日開催)
「中国経済の構造問題~足許の安定と将来リスク~」
開催日時:2018年5月23日(水)15:00~17:00
言 語:日本語
会 場:科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール
講 師:瀬口 清之 氏(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)
講演資料:掲載なし
講演詳報:「 第117回CRCC研究会講演詳報」( 1.19MB )
日本企業に対する期待増大 中国経済の強さとリスク瀬口清之氏解説
小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)
在中国日本国大使館書記官や日本銀行北京事務所長の経験を持つ瀬口清之キヤノングローバル戦略研究所研究主幹が5月23日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会で講演し、2期目に入った習近平政権の直面する課題や、日本、特に日本企業に対する期待が高まっている背景などについて詳しく解説した。
中国の現状について瀬口氏は、「中国経済は市場経済に移行した1990年代以来、最も安定した状態にある」と明言した。2020年に国民一人当たりの所得を2010年の倍にするというのが、中国の国家目標となっている。2015~2016年に経済成長率が低下したことで危機意識が高まった。しかし、景気刺激策が功を奏し、2018年は年6.5%前後の成長が見込まれ、目標達成の見通しがついた、との見方を氏は示した。
2008年9月に起きた米大手投資・証券会社「リーマン・ブラザーズ」の経営破綻に端を発した世界的経済危機を辛くも最悪の状態に陥るのを救ったのは、中国の大胆な景気刺激策だったといわれる。瀬口氏は、日本をはじめ世界各国が長期不況のレベルで済んだのが、中国の「なりふりかまわない投資」にあったことをあらためて評価する一方、製鉄工場、化学コンビナート、ショッピングセンターなど需要を無視した投資による過剰設備や過剰不動産などの後遺症に中国が悩まされた事実も指摘した。
日本が追いつけない産業分野
その上で消費が年々10%も伸び続けているという世界に類を見ない経済成長を支える急速なイノベーションを「馬跳び型あるいはカエル跳び型発展」と呼んで高く評価した。消費拡大をもたらした原動力として氏が挙げたのは、「スマホ」、「eコマース」、「フィンテック」の三つ。まず「スマホがあれば他に何もなくてもよい」という状態に中国社会が変わってしまっている事例を詳しく紹介した。名刺、パソコンによるメール送受信、クレジットカード、さらに現金に至る生活必需品や日常行動が不要となったり、姿を消したりしている。eコマースによって、生鮮食料品や朝食、レストランの料理をスマホで注文すると30分で配達してくれるのが、北京や上海では当たり前。そもそも商店がほとんどない農村には通販拠点が設けられ、担当者がお年寄り宅を回り、要望を聞いてスマホで代理注文するというサービスが行われている。
こうしたスマホの威力のおかげで家から出なくなってしまった若者が増え、社会問題になっているという興味深い現実も紹介された。こうした若者を指す言葉として日本語の「オタク」を語源とする「宅男」という新語も登場している、という話が会場の笑いを呼んだ。フィンテックについては、個人の決済状態がすべて記録されることから、影響は広い範囲に及ぶ。信用力の判断が容易にできるため、信用ありと判断できた個人のビザ発給要請には即座に応えるといったことが、すでにフィンテックの協力を得たシンガポール政府によって行われているという。
こうした社会変化をもたらした背景には、固定電話や商店がほとんどない地域が多く、銀行のサービスも恐ろしく時間がかかるという中国特有の事情がある。「馬跳び型あるいはカエル跳び型発展」をとげたこうした産業分野は、日本には追いつけない産業分野となったものの、「今からでも中国現地に進出すれば勝負になる」と、瀬口氏は日本企業の奮起を促した。
2020年代半ば以降に厳しさも
「中国は2023年に平均個人所得が先進国レベルとされる年1万5,000ドルになる」。国際通貨基金(IMF)のこうした見通しも紹介し、瀬口氏は2020年代半ばに中国が先進国の仲間入りをするとの見方を示した。ただし、その先、2020年代後半から2030年代以降は厳しい状態になる可能性も指摘したのが、会場の関心を集めた。景気停滞長期化のリスク要因として氏が挙げたのは「産業競争力低下に伴う財政赤字、貿易赤字という双子の赤字拡大」、「少子高齢化の加速による財政負担増大」、「不動産価格の大幅下落と不良債権増大」、「金融機関の業績悪化」。これらに加えて先進国に共通の悩みとして、徐々に経済の復元力が低下し、いったん不況になるとなかなか抜け出せない状況に中国も直面する可能性が高い、という指摘だ。少子高齢化については「おそらく解決は無理。中国政府も深刻視している」と、厳しい見通しを氏は示した。
「国家主席の任期は2期まで」という制限をなくした昨年11月の党大会決定は、習近平政権の2期だけでは経済が悪化した場合にスムーズな指導者交代を可能にする状況をつくりだすのは困難との判断による。国民の選挙によって指導者交代が起きる先進諸国と異なり、経済悪化は共産党指導体制そのものを崩壊しかねない中国特有の事情があるためだ―。こうした見方を示した上で瀬口氏は、習政権が新たな手を打とうとしていることに注目している。昨年11月の党大会で習国家主席が講話の中で「生産力強化から経済発展の不均衡是正、質の向上、非効率の改善へ」を最優先課題として挙げていたことを第一の注目点として挙げた。
さらに、昨年12月の中央経済工作会議で、翌1年間の経済計画を提示する前例を踏襲せず、今後3年間の政策課題を示したことに注意を促した。示された政策課題は、地方債務問題の改善とシャドーバンキングの抑制という「金融リスクの防止」と、「貧困からの脱却」、さらに「環境改善」だ。これら長年の懸案課題を「2020年までに何としてもやらなければならないという決意を示し、一気に推進しようとしている」と氏は評価している。
商人と職人が協力すれば
掛け声倒れという評価も聞かれる国有企業民営化について瀬口氏は、「一見、国有企業を強くしているように見えるが、合併、リストラによってどんどん小さくなっている。全体として民営化は進んでいる。売上高(主営業務収入)で国有企業の伸び悩みははっきりしており、民営企業と相当の差がついている」と語った。4月に海南省で開かれたばかりの「ボアオ(博鰲)アジアフォーラム」で習主席が、「市場参入規制の緩和」や「魅力的な投資環境の形成」など改革の加速を強調したことについても、重視する必要を指摘した。
一方、中国人は一般的に地道な研究はあまり得意でない。既にあるトップレベルの技術を応用して高収益を上げることには長けている。イノベーションは苦手だ。これに対し、日本人技術者は、研究の場を与えられると特別の報酬は特に期待せずこつこつ研究して成果を挙げたいと考える。技術の提供はできるが、ビジネスモデルをつくったり、新しい市場の開拓などは苦手。商人としての能力が高い中国人と、職人として力を発揮する日本人が組むと、産業競争力の強化は確実。こうした日中両国民の違いを挙げて瀬口氏は、日中協力、特に日本企業の積極的な中国進出を強く促した。
瀬口氏は、中国側の日本に対する期待が急に高まっている実情についても詳しく紹介している。習政権の積極的な改革推進姿勢の背景として、胡錦濤前政権の改革を阻止してきた江沢民元国家主席をはじめとする既得権益層の力をそぐのに成功した実績を挙げた。さらに日本との関係を改善したいとする中国の姿勢がはっきりしてきた理由として、昨年の党大会で政治基盤が確固となり、反日勢力の批判を恐れる必要がなくなったことを挙げている。実際に今年に入って、中国側が日本企業の誘致活動をはっきりと強めている事実を強調した。
瀬口氏によると、欧米諸国は中国市場への参入規制の緩和が進まないことから中国への投資に慎重になっている。一方、今回は中国の動きは確かで速いと見る日本企業も多い。「中国の発展は日本の発展、日本の発展は中国の発展」。瀬口氏はこのような言葉で、日中協力の意義を強調し、講演を終えた。
(写真 CRCC編集部)
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瀬口 清之(せぐち きよゆき)氏:
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
略歴/著書
1982年日本銀行入行。91年4月在中国日本国大使館経済部書記官。04年9月米国ランド研究所にてInternational Visiting Fellow。06年3月北京事務所長。0 9年3月日本銀行退職、同年4月現職、杉並師範館塾長補佐(11年3月閉塾)。10年11月アジアブリッジ(株)を設立。16年4月国連UNOPS中国・アジア太平洋食品安全プロジェクト・シニアアドバイザー 著書に「日本人が中国を嫌いになれないこれだけの理由」(日経BP社 2014年)ほか。メディア関連では、NHK日曜討論、NHK視点・論点、NHKワールド、テレビ朝日「朝まで生テレビ」、BS朝日「激論!ク ロスファイア」、BSフジ「プライムニュース」等への出演、日経・読売・毎日・Japan Times、日経BP、週刊エコノミスト、JBプレス、人民日報・環球時報・新華社(中国)等での寄稿・記事掲載。日 米中各国の大学・シンクタンク、日本の中央省庁、企業・経済団体等での講演は年間数十回。