第118回CRCC研究会「米中競争時代の幕開け」(2018年6月8日開催)
「米中競争時代の幕開け」
開催日時:2018年6月8日(金)15:00~17:00
言 語:日本語
会 場:科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール
講 師:呉 軍華 氏(株式会社日本総合研究所 理事、主席研究員)
講演資料:「 米中競争時代の幕開け」( 1.19MB )
講演詳報:「 第118回CRCC研究会講演詳報」( 2.37MB )
再生迫られる民主主義とグローバリズム 呉軍華氏が米中主導の混迷する世界情勢説く
小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)
日本を拠点に中国、米国での研究生活も長い呉軍華日本総合研究所理事・主席研究員が6月8日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会で講演し、世界が米中競争時代という新しい時代に突入しているとするユニークな現状分析と今後の見通しを語った。
マルクス時代に逆戻りした資本主義
「21世紀前半の世界をつくってしまう」。呉氏は、現時点以降の米中関係をこのように形容し、両国がこれまでとは全く異なる「米中競争時代」に突入しているという見方を明らかにした。経済にとどまらず覇権争いという性格を持つ両国の関係を生んだ背景として氏が挙げたのは、米国をはじめとする各地で自由民主主義とグローバリズムとの間のあつれきが顕在化している現実。グローバリズムの進展によって資本主義が変質せざるをえなくなっている現状を「マルクスの時代の資本主義に逆戻りした」という表現で説明し、米中の対立が容易には解消しないことを指摘した。ポスト冷戦時代にG7(先進7カ国)の中で、労働者を大事にし、中間層を育成し、さらに環境にも配慮するように進化した資本主義が、マルクスが共産主義を唱えた時代の資本主義に戻ってしまったというわけだ。
トランプ大統領の登場についても、こうした世界情勢の変化の一つとして説明できるというのが、呉氏の主張。氏によると、旧ソ連の解体によって始まったポスト冷戦時代をもたらしたのは、「米国の一極集中」、「民主主義の高揚」、「グローバル化の拡張」という三つ要素だった。ところが、現在は、これら三つがいずれも崩れ始めている。米国の力は依然として強いとはいえ、中国の台頭でパワーバランスは中国の方に大きく寄った。自由民主主義も、米国ではオバマ政権時代に頂点まで拡大したものの、現在の世界は欧州を代表とする弱者、貧者に優しく難民も受容する地域と、極端なイスラム主義に代表される神のためには人命の犠牲もいとわない地域、経済成長を何より重視する地域の三つに分断されてしまった、と呉氏は説明し、現在を「ポスト・ポスト冷戦時代」と呼んだ。
ポスト冷戦時代のグローバル化も一定の範囲内ではうまく機能していた、というのが呉氏の見方。自由民主主義と法の支配を重視する同じ価値観を共有する同一陣営の中で、資本も労働も市場も局地的だったため、資本主義が進化できた。さらに同一陣営の国と国の間で紛争が生じても認められたルールや法によって解決するメカニズムが働いていた。G7それぞれの国内で資本主義が発達している間は、国を越えて移動するのは基本的にモノだけ。冷戦時代には、そもそも西側陣営の企業は、東側陣営の中には行けなかった。しかし、グローバル化ということでモノに加え金と人がどこへも行けるようになると、従来の紛争解決メカニズムが形骸化し、もはや自由民主主義では解決できない問題が生じてきた。国境を越えることができない人間から、現状に対する不満と自由民主主義やグローバリズムへの反発が高まってきている、と呉氏は現状を説明した。
2009年からトランプ大統領登場の2016年まで米国で研究生活を送った呉氏は、オバマ政権時代の2015年時点で中米関係は転換期に入り、質的に変わったと判断し、さらにトランプ大統領の登場も予測していたことを明かした。大統領選挙中は、中国に対して強硬な主張をしていたが、大統領になると中国支援の姿勢に変わるというのが、歴代米大統領の姿。中国の経済成長を支援すれば、中産階級が増え、民主国家になる、という考え方からだ。ところが中国はむしろ民主国家とは逆の方向を向かっているとの見方が、既に2009~2010年ごろから米国では強まっている。こうした米国生活での実感に基づく米国民の中国観を明らかにした上で呉氏は、現在の米国の対中政策はトランプ個人の考えというより米国全体の考え方を反映したものだ、という判断を示した。
こうした判断の根拠として呉氏は、北京でトランプ大統領と習近平国家主席の首脳会談が行われて間もない昨年12月に発表された米国の「国家安全戦略」を挙げる。従来の対中政策が間違いだったことを認める記述が入っていることに注意を促した。さらに最近、四半期ごとに訪米するたびに、トランプ大統領の対中政策は正しいと評価する声が米国の指導者層に強まっているという体験も紹介した。反トランプの声もまた、訪米のたびに増えているにもかかわらずという。「トランプ大統領が今の時代をつくったのではなく、時代がトランプ大統領を選んだ」と、氏は明言した。
米中衝突、短長期的には可能性低い
トランプ政権の中国との関係について、2017年1月の政権発足から現在までの1年半の間にM字型カーブの変化が見られると、呉氏は指摘する。急に関係が好転したのが、2017年4月にフロリダで行われたトランプ大統領と習近平国家主席による初の首脳会談。貿易不均衡の是正に向けた「百日計画」で両首脳が合意し、中国は米国産牛肉の輸入を始めるほか、金融分野でも規制緩和など貿易不均衡是正策を講じることを約束した。見返りに米国は中国が進める「一帯一路」の重要性を認めるなど、中国主導の経済圏の構築を容認する構えをみせた。
その後、「百日計画」の成果がそれほどでもないことなどからやや関係は冷え込んだが同年11月の北京での2回目の首脳会談で再び、米中関係は改善する。ところが、米国と台湾の政府高官の相互訪問を促す「台湾旅行法」が3月に成立し、さらに4月には米国が関税の引き上げ策、中国大手通信機器企業への制裁を発動した。関係は一挙にトランプ政権発足直後のレベルまで冷却化し、1年半の間にM字型のような変化を示したというわけだ。
ただし呉氏は米中衝突の恐れについて、中期的には「最も可能性が高い」としつつ、短期的にはほとんど可能性はなく、長期的にも可能性は低いという見通しを示した。短期的、長期的に衝突の可能性は低いとする理由として氏が挙げたのは、中国の貿易黒字、経済成長率維持を支えているのが米国市場という現実の重み。2017年に輸出に占める対米比率が90%を超し、貿易黒字に占める対米比率も15%といずれも上昇したことを表わすグラフを示して、外貨準備に対米貿易が大きな影響を及ぼしている現実を紹介した上で、仮に外貨準備が減少し、人民元の不安定化がもたらされると大変なインフレになる恐れがあることを強調した。
困難に直面している自由民主主義とグローバリズムの将来については、楽観的な見通しは示さないものの中国の詩を引き再生の期待を表明して、呉氏は講演を終えた。
(写真 CRCC編集部)
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呉 軍華(ご ぐんか)氏:
株式会社日本総合研究所 理事、主席研究員
略歴
1983年7月:(中国) 復旦大学卒
1985年4月~90年3月:東京大学大学院修士、博士課程修了
1990年4月:(株)日本総合研究所(以下日本総研)入社
1995年8月:日本総研香港駐在首席研究員
1996年~2003年:香港大学アジア研究センター名誉研究員
1999年9月~05年1月:日本総研香港駐在員事務所長
2000年9月~02年8月:ハーバード大学客員研究員
2001年9月~03年9月:( 米) AEI (American Enterprise Institute for Public Policy Research) リサーチフェロー
2002年8月~03年9月:ジョージワシントン大学客員研究員
2005年1月~06年3月:日綜(上海)投資諮詢有限公司首席研究員
2005年7月~10年6月: 復旦大学客員教授
2006年4月~07年6月:日綜(上海)投資諮詢有限公司総経理、首席研究員
2006年6月~現在:日本総研理事
2007年7月~17年1月:日綜(上海)投資諮詢有限公司董事長、首席研究員
2009年8月~14年8月:米Woodrow Wilson International Center for Scholars 公共政策学者、シニアスカラー
2016年9月~現在 日本総研東京本社勤務
主な著作
- 『中国:静かなる革命』(第25回大平正芳記念賞特別賞)、日本経済新聞出版社
- 『オバマのアメリカ』(共著)、東洋経済新報社
- 『中国の経済大論争』(共著)、勁草書房
- 『中国の地域経済格差と地域経済開発に関する実証的研究(2)』(共著)、総合研究開発機構
- 『長江流域の経済発展』(共著) アジア経済研究所 など