第119回CRCC研究会「習近平政権の長期化へ、期待と懸念」(2018年7月13日開催)
「習近平政権の長期化へ、期待と懸念」
開催日時:2018年7月13日(金)15:00~17:00
言 語:日本語
会 場:科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール
講 師:徐 静波 氏(株式会社アジア通信社(亜洲通訊社))
講演資料:「 習近平長期政権の重要課題」( 1.19MB )
講演詳報:「 第119回CRCC研究会講演詳報」( 1.86MB )
2035年までに公正公平な社会主義強国 習政権の重要課題、徐静波氏解説
小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)
日本を拠点に長年ジャーナリストとして活動している徐静波氏(株式会社アジア通信社社長)が7月13日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会で講演し、2期目に入った習近平政権が実現を目指す中国の将来像を詳しく解説した。徐氏は、日中両国の政治、経済、社会状況を取材、報道する活動に加え、3月に北京で開かれた全国人民代表者会議(全人代)に海外特別列席代表として出席するなど、中国政治に直接関与する顔も持つ。「習近平氏は2035年まで中国の指導者として活動し続ける」など、踏み込んだ見通しを示すとともに、現在、中国が抱える問題点も具体的に指摘した。
中国は3月の全人代で憲法を改正し、2期と決められていた国家主席の任期期間の制限をなくした。この意味について徐氏は、1期目の5年間で敵対勢力をつぶし基盤固めに成功した習氏が自ら中国を世界第一の国にするまであと5年では足りないと考え、国家主席の任期制限を取り払った、という見方を示した。
「強人政治の復活」。習氏の立場が強固になったことを徐氏はこのような言葉を用いて表現した。3月の全人代で憲法が改正され、「習近平新時代社会主義思想」という言葉が入った。指導者の名前をつけた思想という表現が用いられるのは、「毛沢東思想」以外にはなかったこと。すでに伝えられているこの事実に加え、さまざまな具体的変化が出ていることを、徐氏は詳しく紹介した。中央政治局常務委員をはずれた王岐山氏が、習氏の権限強化を支える地位に据えられたのがその一つ。国家副主席に就任しただけでなく、国家主席が職務を行えない場合は、国家副主席が権力を代行すると、今回の憲法改正で明記された。さらに各委員会も主任を習氏、副主任を習氏が最も信頼する王岐山氏が務める体制となるなど、「集団体制」から「習中心」にはっきりと変わったことを徐氏は強調した。
習政権のキーワード「2035」
2期目の習政権がスタートした昨年10月25日の第19期中央委員会第1回全体会議(1中全会)では、2035年までに「基本的に社会主義近代化国家を実現」し、2049年までに「富強、民主、文明、調和、美麗な社会主義近代化強国になる」という目標が設定された。2049年は中華人民共和国設立100周年に当たる年だ。これら2段階の目標が、江沢民、胡錦濤両政権時代に掲げられた「2020年目標」の次の目標となった。「2020年目標」とは、中国共産党設立100周年の2020年までに貧困人口のない「小康社会」を実現すること。過去5年間で中国の貧困人口は6,000万人削減されたが、まだ3,000万人の貧困人口が残っているので、あと2年で貧困人口をすべてなくすことを目指す。
では習政権がやろうとしているその次の具体的な挑戦は何か。「習近平政権の暗号は2035」。徐氏は、日本で3月に発行されたばかりの本「習近平帝国の暗号2035」(中澤克二著)の題名を引いて、三つの課題を挙げた。そして、これら三つの問題をすべて解決する目標時期が2035年に設定されたことに注意を促した。併せて明らかにしたのが、「そこまで習氏は国家主席を続ける」との予測だ。
三つの課題とは、まず「政治腐敗の取り締まり」。これは1期目の2012~2017年で大きな成果を挙げた。これを裏付ける社会的変化として氏が紹介したのは、中国の公務員、共産党員、役所の幹部たちの生活・勤務態度が一変したこと。例を挙げると、娘の結婚式に招待する人数、テーブルの数は、党の了承を得ないと決められない。出席者からお祝いの金ももらえない。分かったらクビにされるからだ。出張先でスナックへ酒を飲みに行ってもすぐクビ。家に帰って酒を飲むのはよいが、全人代の期間中などは自宅で飲んでも処分される、という。習政権の5年間の腐敗・汚職取り締まりにより、公務員たちは、何ができて何ができないか、この宴会に出席していいかどうか、というようなことが分かった、と徐氏は中国社会に起きた変化の理由を説明した。
2018年からの10年間で達成するとしている二つ目の課題は、経済の健全化。さらに三つ目の課題である「公平公正社会をつくる」については、2028年から2035年までの8年間で達成する目標を掲げている。経済の健全化については、国内総生産(GDP)を約50兆ドルに伸ばし、米国を超えて世界一になるとしている。この目標は、昨年10月の第19期中央委員会第1回全体会議(1中全会)で、習主席自身のあいさつの中で示された。徐氏によると、この目標に中国人は中華民族復活の夢を感じ取った。ただし、米国の受け止め方はこの時点ではまだ半信半疑。ところが、今年3月の全人代で目標達成の工程表が示されたことで本気だと気づき、その後のトランプ大統領の激しい中国攻撃につながった、と徐氏はみている。
中米貿易戦争は長期化
多くの中国製品に関税を課すというトランプ大統領の発表に始まった中米貿易戦争については、「対立と摩擦は長期間になる」との見通しを氏は示した。中国の外貨準備高は3兆6,000億ドルと世界一多い。ただし、このうち約5,000億ドルは外資企業が中国で生んだ利益の貯金。その他諸々の計算をすると、中国自身の金は実際は1兆ドル程度しかない、と米国はみている。とはいえ、人民元はどんどん海外へ流出し、オンライン決済サービスのAlipayやWeChat Payも、海外で使用可能な地域をどんどん拡大している。中国が望むようにもし人民元が世界第二の通貨になり、中国が金融大国になったら強いドルに支えられた米国の地位は危うい。こうした米国内の政治家、知識人に高まりつつある危機感が、トランプ大統領の攻勢の背後にある...という見方を徐氏は示した。
これに対し中国側はどう対応しようとしているのか。中国でこの問題を報じるとき「中米貿易戦争」という言葉を使うと記事にできず、「中米貿易摩擦」という表現なら許されるという現状を紹介し、全面的な対決を中国側が望んでいないのが現実である、と徐氏はみている。「中国も面子がかかっている(から簡単に引き下がれない)。ただ、トランプ大統領個人を批判することはない」。このような表現で、中米貿易戦争の長期化は確実との見通しを明らかにするとともに、中国が「一生懸命我慢している」裏に、中国が抱える大きな問題の存在を指摘した。台湾問題だ。
台湾は中国の一部と中国は考えている。一方、台湾が実効支配する南沙諸島の島「太平島」を米国が借りるという動きが出てきた。米国が南シナ海で基地を一つ造ることが可能になることから、中国政府に警戒感、緊張感が高まっている。もし本当に米国が太平島に進出すると、中国と台湾は戦争になるという強い決意を、中国は米国に伝達済み。しかし中国は、なるべく米国と台湾問題について平和的に解決したい。習近平国家主席には台湾を統一することで、毛沢東を超えて中国の歴史に名を残す指導者となるという考えがある...。中米貿易戦争が長期化するとの見通しの背後にこのような事情が存在することを徐氏は、指摘した。
日中は第三市場で協力を
今後の日中関係について徐氏は、自身が海外特別列席代表として出席した3月の全人代会場で見られた興味深い変化をまず紹介した。李克強首相、王毅外相をはじめ、参加者がこれまでのように日本批判をあまりしなかったことだ。日本とどのような協力体制を作るか、関係を改善して世界にどのように貢献しようかといった、前向きの話が聞かれた、という。
徐氏が最近の動きで注目しているのが、昨年11月、ベトナムのダナンで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議の際に会談した習主席と安倍晋三首相が第三市場での協力体制づくりで合意したこと。徐氏は高速鉄道を例に挙げ、日中が競争して結局利益を得るのは第三国だけというこれまでのやりかたを改め、日中双方にも利益があるような協力とすることを提言した。日本の技術、ノウハウ、投資に対する中国側の期待は大きい。来年の6月と思われる習国家主席の日本訪問によって、日中関係はさらに改善する、との見通しを徐氏は示した。
一方、徐氏は日中双方の実情に通じるジャーナリストとして、中国が抱える社会問題も具体的に明らかにしている。一つは、日本との経済力の違いに起因する国民間の年金格差。局長クラス、市長クラスは定年退職後も前の給料をそのまま年金としてもらえる。しかし国営企業の定年退職者は、地方によって大きな差があり、上海の会社の社員は1カ月あたり最低4,000元もらえるが、雲南省では1,500元しかもらえない。さらに、雲南省の農村人口に相当する人は1カ月あたりわずか120元、という大きな差がある。こうした格差をなくした年金の統一には40年くらいはかかるだろうという厳しい見通しを示した。
科学技術の面でも、まだ日本とは差があることを徐氏は認め、5月に26年ぶりに訪日した李克強首相が中国大使館の幹部にもらした言葉を紹介している。北海道でトヨタの部品工場を視察した際、李氏のためにトヨタが集めた未来の車30台ほどを1台1台時間をかけて見た後、李氏は次のような感想を中国大使館の幹部に伝えたという。「これほど差があったとは想像していなかった。少なくとも新エネルギー分野の開発については中国と20年くらい差がある」。李氏が特に驚いたのは、水素を燃料とする自動車の開発が進んでいたことで、李氏の訪日を機に、水素エネルギーに対する関心が中国でも急に高まっていることを徐氏は明らかにした。
このほか、教育の不平等についても徐氏は認めている。例えば北京市民以外で北京大学に入れるのは、上海市、浙江省、四川省の、それも特に優秀な生徒だけ。さらに北京や上海に住んでいても戸籍が地方の出稼ぎ労働者の子供は、北京や上海の大学を受験できず、出身地の大学しか受けられない。さまざまなところに存在するこうした教育や社会保障面での格差をなくし平等で公平公正な社会を創るためには、経済の健全化達成の目標年である2027年からさらに8年あるいは10年の期間が必要。そのためには習近平政権が2035年まで続かないと良い結果は出てこないだろう、と徐氏は習政権が2035年まで続くとの見通しの根拠を重ねて強調した。
中国が平等で公平公正な社会を創ることができるかについては、参加者たちの関心も高い。実現の見通しについて質問に対し、徐氏は次のように答え、講演を締めくくった。
「中国には昔から、『国を管理する前に官僚を管理しなくてはならない』という言葉がある。習主席はこれを既に実行した。また中国人は財布にお金がないと、政治や外交がどんなにうまく行っても批判し続ける。だから10年かけても、文句が出なくなるまで経済をうまくやらないといけない。経済、政治の問題を解決したら、社会問題を解決する体力がついてくる。そして最後に、社会保障制度の統一をはじめ中国国民が満足できるサービスを提供することができる、と習主席は考えていると思う。あと15年、楽しみに見ていてほしい」
(写真 CRCC編集部)
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徐 静波(じょ せいは)氏: 株式会社アジア通信社(亜洲通訊社)代表取締役社長
略歴
1963年9月中国浙江省生まれ。中国の国家教育部、中国教育新聞社記者を経て、1992年4月私費留学で来日。東海大学大学院文学研究科専攻後、同大学研究員、在日中国語日刊紙の副編集長を経て独立。
2000年3月、株式会社アジア通信社を設立、代表取締役社長に就任。2001年8月、日本初の中国経済情報専門紙『中国経済新聞』創刊、編集長兼任。
2004年10月から、モバイル放送の番組『中国経済最前線』にも企画、出演。2008年10月、中国語日本ニュースサイト「日本新聞網」を開始。早稲田大学特別非常勤講師に。
1997年から連続20年、中国共産党全国代表大会および全国人民代表大会の取材を中国政府から認められたただ一人の在日中国人ジャーナリスト。中国政治、経済の最新動向に精通し、特に中国の最新政治事情、流通業、製造業については講演、執筆も多く、中国の指導者や大手企業の会長、総経理なども交流が深い。外資系企業の中国戦略、地方の投資誘致などにも詳しく、日本数社大手企業のアドバイザーとしても活躍している。
中国国家主席習近平、胡錦濤、江沢民(当時)、中国総理温家宝、朱鎔基(当時)、チベット仏教最高指導者ダライラマ及び日本元総理大臣中曽根康弘、村山冨市、橋本龍太郎、森喜朗、安倍晋三など中日両国政治要人、経団連会長御手洗冨士夫、トヨタ自動車社長豊田章男、ユニクロ社長柳井正など財界要人を取材。
日本演歌歌手長山洋子(2007年)、新垣勉(2008年)の中国初コンサートの企画、演出を担当。2009年、中国人民解放軍歌舞団の日本公演(団長:中国国家主席習近平氏の奥様である彭麗媛女史)の広報を担当。
著書
『株式会社中華人民共和国』(PHP)、『2023年の中国』(作品社)『日本経済の行方』(中国経済出版社)、『日本変天』(共著、中国世界出版社)など。
訳書
『不死鳥ーーヤオハン前会長和田一夫自述過去と現在』(百家出版社)、『一勝九敗』、『成功は一日で捨て去れ』(ユニクロ社長柳井正著、台湾・北京出版)など。
講演歴
日本経団連、日本商工会議所、日本新聞協会、日本小売業協会、日本経済新聞社、NEC、三井物産、ソニー、伊藤忠商事、北海道、秋田県、大分県など。