第66回CRCC研究会(シンポジウム)「中国政治の光と影-習近平体制の課題と展望-」(2013年11月13日開催)
小岩井忠道(中国総合研究交流センター)
科学技術振興機構中国総合研究交流センター主催のシンポジウム「中国政治の光と影―習近平体制の課題と展望」が11月13日、都心で開かれ、日中の研究者、ジャーナリストが、習政権が目指す「改革の全面深化」の行方などについて活発な議論を行った。
シンポジウムが開かれた日は、中国の大きなイベントである中国共産党の第18期中央委員会第3回全体会議(3中全会)が閉幕した翌日。改革の徹底を目指しさまざまな努力を呼びかけたコミュニケが公表されたばかりとあって、習政権の今後と中国社会の動向についてさまざまな興味深い見通しや評価がパネリストたちから示された。
中国から来日した曲徳林・清華大学社会科学院日本研究センター長は、4月19日の政治局会議で習近平主席が、形式主義、享楽主義、官僚主義、ぜいたくの風潮という「四つの風紀」問題を解決することを明確にしたことや、上海自由貿易区の建設により、対外開放して内需を拡大し、新たな改革を促すことを目指す李克強首相の経済政策を詳しく紹介して、中国国内でも習政権への期待が高まっていることを強調した。一方、改革開放政策だけでなく、内外の問題を多々抱える習近平政権が、江沢民、胡錦濤氏の時代よりも大変厳しい環境にあることも指摘した。
田中修・日中産学官交流機構特別研究員も、講演のほとんどを李首相が主導する経済改革についての紹介に充て、「政府機能の転化」「多方面の改革の実行」「都市化」が柱となっていることを詳しく解説した。
公表されたばかりの「『改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定』に関するコミュニケ」でパネリストたちの関心を集めた一つが、国有企業の扱い。富が国有企業とその幹部たちに集中し、巨大な既得権になっていることから改革の障害になる、とこれまでも指摘されているからだ。
「コミュニケの中では国有企業改革についての具体的な改革内容や目標に触れられておらず、(逆に)公有制主体の維持ということが出されていることに若干の失望がある」。朱炎・拓殖大学政治学部教授から厳しい感想が示された。「市場の役割を重視して政府の介入をいかに減らし、規制緩和を取るかということが今回改革の中心」と期待していたのに、「国有経済は国有性経済の主体を堅持する」と書かれていたのが「意外だった」という。
美根慶樹・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹も「市場経済的なことも重視しなければいけないと一方で言いながら、他方では国有企業にとって決定的に問題になるような表現はない。このコミュニケは国有企業を敵視していない、とはっきり言っていいのではないかと思う」と語った。
経済改革に積極的と伝えられる李克強首相と、習近平主席の考え方に差があるのがコミュニケの記述に現れている、という見方は、田中修・日中産学官交流機構特別研究員の発言からも伺える。10月7日のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会談で積極的な発言をした後で習主席が、「やはり改革は、穏当、周到、慎重に準備していかなければならない」という言い方をしていることを紹介し、「国有経済に主導的役割を発揮させて、影響力を増強させる」という習主席の考えがコミュニケに入っていることに、田中氏は注意を促していた。
さらに、現在、習政権が抱える問題の多さについても、活発な議論が交わされた。「所得分配の不公平、格差、過剰生産能力、過剰投資、労働力不足と賃金上昇、地方政府の財政問題、過剰債務の問題、さらに国有企業の独占問題による民業圧迫という問題」を朱氏は列挙し、中国が以前のような経済成長を回復するためにさらなる改革が必要であることを指摘している。曲氏も、「政府の政務を簡素化し権利を分配する」行政体制改革と、マーケット経済をより良く活気づかせる「経済構造の変換」の必要を強調した。具体的には「内需拡大の最大動力となる」都市化、雇用を生み出すサービス業振興、利率改革、民間資本による金融機関の設立、営業税から増値税への減税政策と、金融、石油、電力、通信などの領域における新入許可の緩和を挙げた。
朱氏も「この10年の改革の停滞と前政権後期におけるやる気の無さによって累積した構造問題が今の高成長をおそらく妨げるのではないだろうか」という懸念を示したうえで、所得分配の不公平、格差、過剰生産能力、過剰投資、労働力不足と賃金上昇、地方政府の財政問題、過剰債務の問題、さらに国有企業の独占問題による民業圧迫という多くの問題を解決する必要を指摘した。
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和中清(㈱インフォーム代表取締役)
日 時:2013年11月13日(水)14:00~16:50(13:30より開場・受付開始)
場 所:JST東京本部別館1Fホール
演題:「中国政治の光と影-習近平体制の課題と展望-」
登壇者紹介
■モデレータ
坂東 賢治 氏:毎日新聞 編集編成局次長
- 1957年5月30日 長崎県生まれ
1981年東京外国語大学中国語学科卒業後、毎日新聞社入社
政治部、香港支局長、論説委員、中国総局長、ニューヨーク支局長、
北米総局長を歴任。外信部長を経て2011年4月より編集編成局次長
講演テーマ:「中国の夢」と「中国経済の昇級版」
- 李克強首相は今年3月の全人代後の記者会見で「中国経済の昇級(アップグレード)版を作り出す」と打ち上げた。改革開放の大枠は変えずに質や効率を高めようという意味なのだろう。上海に設置された自由貿易試験区もその手段と位置づける。習近平国家主席の提唱する「中国の夢」実現のための具体策でもある。官僚の腐敗、成長の減速、格差拡大、周辺諸国との摩擦など課題が山積みの中国。「昇級」が順調に進むかを検討する。
■パネリスト
曲 徳林 氏:清華大学社会科学院 日本研究センター長
- 2009年、清華大学日本研究センター主任に就任、現在に至る。1967年、清華大学化学工学科を卒業。1999年から北京語言大学(BLCU)の学長、北京語言大学と清華大学の教授を兼任。過去に清華大学化学工学科副主任、同大副秘書長、同大外事弁公室主任、中国駐日本大使館教育参事官を歴任。化学プロセス分析研究、エネルギー政策研究に携わるほか、6つの国レベルのプロジェクトの責任者であった。主な担当は、化学プロセス設計・最適化研究の方法刷新。業績には、国家科学技術部科学進歩(二等賞)、中国石油化学最優秀ソフトウェア(二等賞)および国家級発明特許2件がある。
講演テーマ:習近平新体制下の中国現状と課題
- 1.「中国夢」(チャイニーズドリーム)と中国の現状
2.「リコノミクス」と中国の経済状況
3.日中関係現状と日中民間交流
朱 炎 氏:拓殖大学政治経済学部 教授
- 中国上海市生まれ、1982年に復旦大学経済学部卒、上海市政府財政局勤務を経て、86年に日本留学。一橋大学大学院修了後、90年に富士総合研究所、96年に富士通総研に入社、2009年に拓殖大学、現在に至る。
講演テーマ:中国経済の成長減速を克服するための新たな経済改革
- 中国経済は30年間の高成長を遂げたが、高成長がもたらし様々な問題は持続的成長の妨げとなって、現在の成長減速を招いた。こうした構造的問題を解決するために、中国は新たな改革を計画している。中国経済の構造的問題を検討するうえ、所得分配、独占打破、金融の自由化など、改革の内容を分析し、その効果を検討する。
田中 修 氏:日中産学官交流機構 特別研究員
- 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学)。 著書は「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)、「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」(日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)、「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)、「中国は、いま」(共著、岩波新書)、「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)、「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)、「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)など。
講演テーマ:「リコノミクス」の特徴
- 李克強総理の経済政策は「リコノミクス」と一般に総称されているが、その内容は大変豊富であり、4つの大きな柱で構成されている。その第1は、人を核心としたニュータイプの都市化の推進であり、第2は、政府機能の転換、第3は、合理的な区間内でのマクロ経済の安定維持、第4は、改革ボーナスの国民への還元、である。しかし、それぞれの政策には困難・障害も多く、その実現には習近平党総書記の強い政治的サポートが不可欠である。
美根 慶樹 氏:キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
- 学歴: 姫路西高第14期生。東京大学法学部卒業。ハーバード大学にて修士号(地域研究)。 職務歴: 1968年、外務省入省。72年、日中国交正常化交渉に参加。86年から在中国大使館参事官(政治部長)、94年、内閣審議官として戦後処理問題などを手掛ける。99年から2年間防衛庁で国際担当参事官、2001年、在ユーゴスラヴィア連邦共和国特命全権大使、04年、在軍縮代表部特命全権大使、07年、日朝国交正常化交渉日本政府代表を命じられ、9月にウランバートルで日朝交渉。09年、外務省を退官し、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。
講演テーマ:革命路線か経済成長か-習近平政権の悩み
- 中国では、革命か、自由化かという2つの路線対立が何回も起こったことがある。1979年以来、改革開放政策によるめざましい経済成長は中国を世界の大国へ押し上げ、中国はかつてない自信を持つに至っているが、一方では、革命路線をこれまで以上に重視しなければならないという考えが強くなっている。新政権成立以来、習近平政権はこの問題にどのように取り組んできたか。